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イセカイカクメイ  作者: 凪と玄
第一章 異世界
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第一章11 『最終確認』


 しばしの抱擁を終え、ちょっとした羞恥心を抱えながら、自由になった体を回し、改めて無事を確認。それを待つパルムと目が合うと、不思議と笑顔が溢れる。


「――よし、帰ろうか」


「……ん」


 パルムはイツキの呼びかけに、ほんの少しだが、笑顔を見せて返事をしてくれる。

 晴れ晴れとした、そこまでとは言えないかもしれないが、確実に軽くなった心は彼女が作ってくれた。


「でも、ほん、とに、急がな、いと。時間、かけす、ぎた」


「ほんっとすみませんでした!」


 急にいつもの顔に戻ったパルムの一言に痛いほどの謝意を感じる。

 深々と丁寧に頭を下げるイツキにかまわず、彼の手を取り、引っ張る。イツキの力になろうとしてくれるパルムに、また涙が零れそうになったイツキは歯を噛み締め、その手をしっかりと握り返し、彼女の隣に並んだ。

 そして、大きく息を吸い、心を落ち着かせる。


「行こう」


 一緒に、その一歩を踏み出した。


 帰り道は来たときとは違う景色だった。木々の中のたくさんの分かれ道を一つ一つ選んで、駆け抜けて行く。それは、追手であるガイルを混迷させるためであると、パルムは言う。

 しかし、その効果は曖昧らしい。なぜなら、相手がガイルだから。

 この道はどこのタイミングでどちらの道を選んだとしても、たどり着くのはあの集落だ。適当に、何の法則性もなく進んでいけば、追跡されることなく目的地へ簡単に辿り着く。だが、ガイルはとてつもなく鼻が利くらしい。それによって、こういった分かれ道を用いても時間稼ぎになれば幸い、といったところなのだ。


「くるときは一本道だったはずだけどなぁ」


「あっちか、らじゃ、他の、道、は見えな、いの」


「え、何? それも魔法?」


「違う。か、角度で」


「角度? ……ああ、そういうことか」


 聞けばこの仕組みは至って簡単だ。

 集落からこちら側へ向かうのにすべて道なりに進んでいたということだ。分かれ道は進行方向とは反対向きで、この暗がりに生い茂った木々があれば、かなりわかりにくい。おまけにイツキは門番の牛人、ガームに、一本道と聞かされていたため、他の道があるなんて考えていなかったのだ。

 だが、それではそれではすべての道が集落に繋がっていることに矛盾が生じる。なんて考えたが、ここも小細工。イツキの通ってきた一本道以外は、再び分かれ道が現れるらしい。そこで折り返すように進むと集落方面だとか。イツキには面倒臭いとしか思えないのだが。


「――!」


「どうし、たあぁ!?」


 急に動きを止めたパルムに気が付きイツキも足を止める。とその前に前進運動が止まらないイツキの、ボロボロのマントをパルムが思いっきり引っ張り、イツキは地面に仰向けになった。

 次の瞬間、イツキの眼前を大量の土砂が過ぎて行く。その勢いに死を感じたイツキは、ギリギリで引っ張ってくれたパルムにまたしても感謝。

 そして――


「クソっ、お前は何個落とし穴作ってんだ、馬鹿」


「ガイル!」


 イツキたちを追っていたはずのガイルが進行方向に立っているのを見て驚愕する。が、何よりも、そのイツキを見てガイルが驚く。


「っ!? てめぇ、首へし折ったはずだぞ! なんでそんな元気でいやがる!?」


 半死状態だったイツキの回復ぶりにその驚きを隠せていない。

 正直、イツキもここまで自分の力があるとは思っていなかったため、なんで、と聞かれても困る。


「お前より、俺の意志の方が――」


「まぁ、いい。もう一回やりゃぁいい話だ」


「ちょっと! 今、カッコいいこと言おうとしてたんだから邪魔すんなよ!」


「はぁ?」


 遮られ、文句を言うイツキに、ガイルも勢いを弱めてしまう。

 イツキはガイルに勝てない。無理やりでも時間を稼ぐことを考えたのだ。が、


「知らねぇ! ぶっ潰す!」


「ちょ、待てって、おわっ!?」


 瞬時に間を詰めるガイルに慌てて両手を前に出す。デジャヴだ。このままではまた腕を砕かれる。だが、反応が間に合わない。

 ガイルがイツキの二メートルほど手前に迫り、あの惨劇が脳裏を過った刹那、大地が爆ぜる。


「チィッ!」


 その爆発に身を引き、下がったガイルにさらに追い打ちの土砂流。パルムの土魔法だ。

 少し前のイツキなら、同じように腕を砕かれていただろう。だが、今は違う。今は、パルムがいる。味方がいるのだ。


「助かった、パルム。サンキュー!」


「まだ、くる」


「――ッッッ!!!」


 感謝の言葉を伝えたが、パルムはそれに応じることなく、自分の放った土砂流に埋まるガイルを見ている。

 そして次の瞬間、咆哮が、森中に響き渡った。その咆哮によって爆発的に広がった音波が、ガイルの周りを囲っていた土砂を弾き飛ばした。


「んだと……」


「パルム、お前も無事で済むと思うなよ!」


 ガイルは凄まじい鬼気を飛ばし、パルムを睨みつける。

 それに対してパルムは一歩も身を引かずにかまえ続ける。だが、魔法を声だけで弾くガイルに勝てるだろうか。そう思ったイツキは咄嗟にパルムの片腕を掴んでいた。

 イツキのとるべき行動は、ガイルと戦って勝つことじゃない。この場でイツキとパルムが無事でいるようにすることだ。ならば勝てる保証のない方法から避けるのは当然。だから、イツキはパルムの腕を掴んで、ガイルから距離をとるために走り出しているのだ。


「ど、して?」


「戦うより逃げた方が安全だろ? それより足止めする方法は――」


「ねぇよ!」


「っ!?」


 イツキの問いかけに答えるのはパルムではなく、ガイルだった。

 先に走り出したイツキたちを追い越し、正面に姿を現したガイルは反転の勢いを用い、そのまま回し蹴りを繰り出す。が、今度は高圧の水流がガイルの体躯にぶち当たり、そのまま上空へ吹き飛ばした。またしてもパルムの魔法がイツキを救ったのだ。


「落と、し穴」


「切り替え早ぇな!? で、それはすぐできんのか」


「集中し、たい」


「おし、任せろ!」


 走りながら、パルムの手を引き上げ、抱える。その行動に驚いた様子のパルムだが、すぐにマナの操作に意識を注ぎ始めた。

 鈍い爆発音とともに巨大な穴ができていく。直接見ることはしなかったが、そこはパルムを信じて。

 その落とし穴が効果を発揮してか、それからしばらくは、ガイルの追手を感じることはなくなった。だが、


「お前がいるとっ、ややこしくなんだろぉがっ」


 いつも追手は正面に。目の前に一人の少年が姿を現した。少年はその青い頭髪を掻き毟りながら、パルムを見つめる。


「カイン……」


 現れた少年がカインだとわかると、イツキはある思考を開始する。カインは、味方なのか。もし、そうならガイルとどれほど戦えるのか、違うならどう避けるか。

 できれば味方であってほしいのだが――


「お前がそっちにいるってことはっ、お前も敵だって考えてもいいってことだよなっ」


「違った! 敵だった! やっぱそうだよね!」


 堂々と敵宣言をするカインにうっかり心の声が漏れる。普通に考えれば、最初からイツキを嫌っていたカインだ。この状況で敵視されるのはある意味当然だ。

 信じる信じないの話以前に、現実を確認すべきでもあった。


「やりにくいけどっ、我慢するわっ」


 イツキの迂闊さを無視し、カインはそう言って一直線にこちらへ向かってくる。

 それに対しパルムを抱えたままのイツキはかなり反応が遅れる。が、ここでもやはり、パルムに救われる。


「おうっ!?」


 イツキの腕の中でパルムが手を光らせ、突風を生み出した。その突風がカインの身体を持ち上げ、道の外へ。カインは呻きながら森の中へ飛ばされ、勢いそのままに姿が見えなくなる。正直、ああまで簡単に飛ばされると憐れみさえ覚えてしまう。が、今はそれどころではない。皆が無事で話し合いの場を作れたら、改めてそのことを話してみようかと思ったり、思わなかったり。


「ほんと助けてもらってばっかで情けない」


「いいの」


 パルムを腕に抱えたまま、再び走り出す。これ以上、道を遮る者がいないことを祈るが、いなくてもピンチなのは変わりない。

 そろそろ、集落に戻ってもいい頃だが、集落に明かりは灯されていないので、近くでも距離はわからない。だからこそ余計に焦りが募る。


「オラぁぁぁ!!!」


「うっわ、来たよ。ガイルだぁ」


「お、落、とし穴、意味な、い」


「まじか」


 荒げた声に走りながら振り向けば、それは予想どおり、ガイルだった。彼は道にできた巨大な落とし穴を次々と飛び越えて追ってきていた。障害物競争のように、何かを躱しながら走れば、普通に走るよりも確実に遅くなる。だが、ガイルはそれでもイツキたちを見つけ、追いついてきた。

 ここまで追いついてきたということは、途中からの落とし穴は大体そういう風に躱してきたのだろう。失速してもなお、イツキよりも早く走れるなど、化け物以外の何者でもない。などと悠長に考えてはいられない。

 危機はどんどん迫ってくる。


「ちょっ、やばいやばいやばい! どうする!?」


「あ、とちょっと、で着く。頑、張って」


「ほんとか!? 最後の力振り絞るよ!?」


「ほんと」


 焦るイツキに抱えられたままのパルムが状況報告。それに応じて尽力宣言すると、パルムはこくりと顎を引き、イツキの行動を許可する。


「んぬうおおおおおお!!!!」


 疲労困憊の体を酷使し、言葉どおり、最後の力を振り絞る。だが、それでもガイルの足音は近づく一方だ。

 必死に走り、ときに足が地面に負けそうになったときもあったが、それでも走り続けると正面にうっすらと門が見えた。そしてイツキが走ってきたことを察したのか、


「――!? どうしたボウズ! 何してんだぁ!?」


「おおおおお!!!!」


 驚くガームがイツキを出迎えた。いや、表情変化がわかりにくいがそこは推測ということで。

 イツキは愕然とするガームの問いかけにも答えずに、門を駆け抜け、広場へ直行。


「どこ行けばいい!?」


「フィ、リセ様、のとこ」


「え、まじで?」


 正直、嫌だ。

 フィリセのところに行って何をされるかわかったもんじゃない。でも、イツキはフィリセのところに行く理由があってしまうので、仕方がない。


「待てや、コラァ!」


「うげっ、もう来やがった」


 フィリセの部屋へ向かおうと方向転換したすぐ後だ。その部屋への道にガイルが立ち塞がる。


「てめぇはここで終わりだ! ――ぐげ!?」


 ガイルは腕を伸ばし、サムズダウン。

 まずい、と感じて一歩引こうと足を上げた瞬間、ガイルの頭が急激に高度を下げる。何事かと、一撃で沈められたガイルの後ろを見れば、そこには緑髪のエルフが立っていた。


「こんな夜中に騒々しいな」


 エルフは魔石の光をこちらに向ける。


「どうやら色々確認ができたようだな、イツキ君」


 確認できたことはパルムが味方であること。ガイルが、ついでにカインがイツキを疑い、敵視していること。確認できたことはそれだけだ。だが、確信できたことは違う。

だから、


「ああ。でも、まだ最終確認が残ってるんだよ」


 その確信が正しいのか、確認すべきなのだ。


「ふむ、聞かせてもらおうじゃないか」


 エルフ、フィリセはそう言って手招きすると、細道へ入っていった。



「話を聞く前に一ついいか?」


「……なんだ?」


「いつまでその状態でいるつもりなのか気になるんだが」


「ん? あ、いやこれは……」


 イツキは無我夢中だったせいか、ずっとパルムを腕に抱えたままだった。パルムもパルムで、何も言ってこなかったので、悪い気はしなかったのだろうが。

 とりあえず、彼女を丁寧に降ろし、改めてフィリセと向き合う。


「まさか君にそういう趣味があるとは」


「ちげぇよ!」


 そういう誤解はしてほしくない。確かにパルムに絶対的な信頼を置いてはいるが、イツキはロリコンにはなりたくない。――いや、パルムならあるいは……?


「それで、最終確認とはどういうものかな?」


 イツキが変なことで頭を悩ませていると、フィリセがようやく話を聞こうと背筋を伸ばす。

 それにイツキももう一度頭を切り替え、深呼吸して話し始める。


「……疑問に感じたんだよ」


 一言。まずは牽制を仕掛ける。

 イツキはパルムに助けられてから、また新たに考え始めていた。


「シルが誰にも言わずに出かけることなんておかしくないかってな。それもヒナタを連れてだ」


「それはよほど急いでいたのではないか」


 それはイツキも考えた。だが、


「あの冷静なシルが急ぐってことは何か危険なことが付きまとうだろ? そんなところにヒナタを連れて行くとは思えない。だから、その可能性はないと言っていい」


「シルが心変わりして連れ出したとは?」


「それもない。シルはそんな奴じゃない」


「何故そう言い切れる?」


 シルがいくら心変わりしたからといって、誰にも伝えずにそんな陰湿な方法を使うとは考えられない。それに、シルはイツキを信じたのだ。根拠は曖昧だったが、彼女自身がそう言ったのだ。そのときはまだ、心変わりしてはいないはずだ。

 つまりはシルがイツキを信じたのは本当のことで、イツキがこことは違う世界から来たということも、ただの人間であることも、信じているはずだ。少なくとも、イツキにシたちに対する敵意がないことは知っているはずだ。

 さらにそれが意味することは、シルが万が一にも心変わりしたとすれば、陰で行動を起こす必要はない。イツキたちが弱いことをシルは知っているからだ。

 ならばそれをしないのはなぜか。心変わりしていないからだ。

 と、長々と説明すればこんなところだが、イツキにはそんな理由などどうでもいい。イツキがシルを信じる理由は、ただこれだけ。


「パルムがそうじゃないって信じてるからだよ」


「――」


 フィリセの疑問に、イツキは味方と立ち向かう。

 イツキの前に立つパルムの肩に触れ、そう答える。その返答に、一瞬意外そうな顔を見せるが、やはりフィリセだ。すぐに平常をとり戻す。


「何故その子を信じる?」


「味方だからだ」


 死にかけたイツキを助けてくれた。

 混乱するイツキを落ち着かせてくれた。

 孤独を感じたイツキの味方になってくれた。「安心」をくれた。

 それだけで十分だ。


「俺はパルムを信じる。そんでもってパルムはシルを信じてる。だから俺もシルを信じる」


「違ったとしても?」


「信じる」


 強く、言い切る。


「何故?」


「信じるか信じないかなんて、気持ち次第だ」


 この言葉は、疑って、誰もを疑ったイツキに言える言葉だ。疑心暗鬼は気持ち次第。特に今回はそうだ。誰がどんな人物かも知らないのに、勝手に疑って勝手に破滅しかけた。少しでも信じることをしていれば今とはまた違った結果になっていただろう。

 だからこそ、愚者として情けなく踊ったイツキだからこそ、確信を持って言えるのだ。


「――」


 そのイツキの姿勢に、フィリセは片目を閉じ、射貫くように見つめる。


「……ふむ、なるほど。その意志は理解した」


 しばしの時間の後、彼女は納得の意を示した。それから彼女は「だが」と前置きし、


「ヒナタ君が連れ出した可能性だってある」


 イツキも懸念したもう一つの可能性を提示する。これも勿論考えられないと、イツキは言える。


「いや、悪いけどそれもあり得ない。俺はシルの魔法も見た。あんなのにヒナタが勝てるはずもない」


「それを信じることはできない。君たちが私たちの知らない力を持っている可能性があるんだ。わかるだろう?」


「だったら、俺があそこまで焦ったのはなんでだ? 力があるなら焦りゃしねぇ。勿論、もしかしたらヒナタが俺に隠れて何かするかもしれない、とは考えた。考えたけど、やっぱあり得ねぇわ。だって俺、結構ヒナタのこと知ってるけど、隠し事がめっちゃ下手だからさ」


 小学三年生のころからの付き合いだ。もうかれこれ十年近くになる。十年も一緒にいればそれなりにわかってくるもがある。

 ヒナタは隠し事が下手、もっと言えば隠し事をしない。素直すぎるのだ。勿論、恥ずかしくてなかなか言えないこともあるだろうが、それはまた別の話だ。

 とにかく、彼女が何かを隠したりすることは、ない。少なくともイツキには言ってくるだろう。この世界ならなおさら。


「君の発言を信じることも――」


「必要ないさ。フィリセさん、あんたが一番よくわかってるはずだろ?」


 当然、その切り返しがくることは予想していた。だから、その切り返しの切り返しを用意している。

 イツキの発言に眉をピクリと動かし、その発言の意図を問う。やはりだ。フィリセは何かを知っている。


「さっきも言ったけど、パルムはシルを信じてる。これはパルムだけじゃなくて、あんたも同じはずだ。あんたもシルのことを信じてるはずだ。なら、おかしな点がいくつか出てくるよな?」


「――」


「まず一つだ」


 イツキは人差し指を立てて、フィリセに見せつける。


「飯食った後の話な。シルが考えを変えたんじゃないかって、フィリセさん言ったよな? そこだ。信じてる相手をそう簡単に疑うか? ――いや、違う」


 この点で考えられるのは二つ。

 フィリセはシルのことすら何かの道具のように考えている。もしくは、フィリセはシルを大切に思っていて、この一連の流れもそのためだった。この二つだ。

 どちらもフィリセの不気味な性格に関わるため、確信は持てない。だが、どちらかであることは間違いなく、フィリセが本当にシルのことを思っているのなら、答えは一つに絞られる。


「あんたはそんなことはないと知ったうえでそう言ったんだ」


 フィリセはシルを疑ってはいない。確証はないが、恐らく正解だ。そしてこの説が成り立つのならば、次の説も検討でき、恐らく成り立つ。

 自身が湧いてきたイツキは、さらに「二つ目」と言いながら指を足す。


「シルが俺たちに敵意を持たないと知っているのなら、そっち側としてはヒナタが怪しいという線一つになるはずなんだが、それでもフィリセさんはここに残った俺を殺そうとしなかった。なぜだ?」


 フィリセが言ったことだ。イツキが黒なら、ヒナタを殺し、ヒナタが黒なら、イツキを殺す、と。

 そして、今回の問題である、シルとヒナタの行方不明の原因はシルかヒナタにあると断言できる。この二つから思いつくのは、まず、フィリセとしてはシルに原因があるとは考えないことだ。これは前述どおり、シルを信じているからだ。では、原因はヒナタにあると、確定できるはず。それは彼女らがいないとわかった瞬間にだ。

 だったら、その瞬間に、ヒナタが黒であることは確定し、イツキを殺すことに躊躇は必要ない。だが、フィリセはそれをしなかった。それは、


「ヒナタが何もしないことを知っていたからだ」


 ヒナタが黒だとわかっている時点でイツキを殺さないのは、少なくとも今回は、ヒナタが黒でないと知っているから。そのため、フィリセはイツキをすぐに殺そうとは考えなかった。

 ただ、イツキが二人がいないことに焦りを感じ、外へ飛び出したことを、黒だと思ったのだろう。だからガイルを刺客として送ってきた。

 それは今は置くとして、この説が正しいのは間違いない。


「そして最後だ」


 三本の指を立て、笑顔を見せてから、続ける。


「シルもヒナタも何もしないことを知っているのはなぜだ?」


 そう、二つの説が正しいとき、大きな矛盾が生じる。フィリセは何も知らないと言ったはずだ。だが、この二つの説が正しければ、最初からフィリセは何かを知っていたということになる。つまりは、前言のフィリセは嘘をついていたということだ。


「それはシルとヒナタがどこで何をしているのかを知っている、つまり、あんたはシルから話を聞いているからだ」


 フィリセの部屋を訪れた、その後。シルがフィリセの部屋に入った。恐らくそのときにでも聞いたのだろう。


「……ほう、だとしたら何故、私は皆にそのことを話さなかったのだ?」


 それは簡単だ。皆に話せば、イツキにもその情報が伝わる。それではフィリセの計画は始まらない。その計画こそが、


「試練だよ」


 イツキは笑顔のまま答える。

 イツキを一人にし、かつ疑心暗鬼にさせるためには、誰かに知らせることは避けたいはずだ。


「みんなに知られずに俺を試すにはこういう形でやるしかなかった。昼間じゃ子供たちとかいるしな。シルの話を喋らずに俺に皆を疑わせるように仕向けることで、俺が孤立して本性を見せるんじゃないかって考えたんだろ? そんで俺はあんたの思惑どおり、焦って色々と変なことを考えた」


「そして君が挙動不審に出て行った。だからガイルを監視に向かわせた、と」


 フィリセの企んだ計画、試練とは、イツキが黒でないことを証明するためのもの。イツキが一人になればそれを試すのは比較的楽になる。そう踏んで実行されたものだ。だが、そこには意外な役者が入ってきたのだ。それこそがパルムだ。


「それが思いもよらない助っ人参上で計画は失敗に終わった。で、それに気付いたから俺はこの試練を降りるためにここに来た」


「ふ、なるほど。確かに君の推測通りだ。だが、君の疑いは晴れないぞ?」


「でもまだ絶対に黒だとは言えねぇだろ? ならいいんだよ。それならあんたもヒナタを味方として見る」


 イツキとフィリセの間で結ばれた契約は、イツキが黒だと確信できない限り、ヒナタを味方として見ること。白だと証明することは至極困難なことだ。だから、イツキはそれを証明することを目標とせず、黒でないことを保とうと考えたのだ。


「そう誓ったな」


 今はまだ、シルが、パルムがイツキたちを信じてくれている。それならば、フィリセもまた、イツキたちを黒田とは言い切れない。


「だから、今回の試練は無理して受けずに、降りさせてもらう、てことだ。……次はもっと楽な方法で証明できるようにしてほしいもんだな」


「――君は面白いな」


 フィリセはそう言って初めて企みを含まない笑顔を見せた。


「ちょっと待て、コラ! 何勝手に納得してんだよ!」


 声を荒げて話に割り込んできたのは、入り口で伏せられたガイルだ。彼は怒りむき出しで二人に食ってかかる。納得いかないのは表情でわかる。


「ババぁが納得したところで怪しいのは変わりねぇだろぉが! 怪しいならここで殺すべきだろ!」


「短絡的すぎだろ! 殺す前に疑え! そして信じろ!」


 殺すことに妙に執着する彼につい反応してしまう。

 それに反応したのはイツキだけでなくパルムもだ。彼女はイツキに食いつこうとするガイルの前に立ち塞がり、両手を構える。そんな一途な姿に、愚直にも愛おしく感じてしまったイツキがいる。

 そしてそのパルムを改めて敵視するガイルは、じりじりと間を詰めてくる。

 確かに彼の言う通り、イツキが怪しいのに変わりないのかもしれないが――


「どういうことです?」


 ふいに放たれたこの一言で、イツキの思考は停止し、ガイルは混乱の表情を見せるのだった。




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