第一章9 『試練と確認』
「それで、何か用かな?」
イツキの前で胡坐を掻いて微笑みながら問うのはエルフ、フィリセだ。彼女はやはり何かを企んでいるような微笑を常にイツキへ向けている。
そんな態度には取り合わず、イツキはこの場に足を運んだ理由を率直に話し始める。シルたちがどこへ向かったのか。ヒナタは無事なのか。集落の皆は本当にイツキとフィリセの話を知らないのか。すべてを話し、質問をぶつける。
「それで、私が何かを企んでいるのではないか、と……。辛辣だな」
ふっと吐息を漏らし、紫紺の瞳でイツキを射貫く。
「言っておくが私はシルの考えに賛同している。これは事実だ。だが、やり方は個人で決める。シルのやり方と私のやり方が違ったとして、君に文句は言わせない。そしてもう一つ。他の子たちは私たちの話し合いの内容を知らない。これも事実だ」
「ヒナタは無事なんだろうな?」
「シルが心変わりしていなければ無事だろうな。だが、あの子が考え方を改めた場合はどうなっているかは私にもわからない。だから今、あの子が何をしようとしているのかも、私は、知らない」
「考えられる可能性は?」
「君には教えない」
「は?」
なぜ? シルの行動がわからない以上、イツキがどう行動するかもわからないはずなのに。
「言っただろう? これは君に与えられた試練だと。乗り越えるのには君の力でなくてはいけない」
「そんな、そんな悠長なこと言ってられっかよ! もしかしたらヒナタは――」
「それも結果だ」
冷静に、熱るイツキの言葉を遮断する。
「それはシルが君たちを敵と見なした結果だ。そしてそうなった場合、私はそれに反対はしない。あの子が切り捨てるものは、私も切り捨てる。君も例外ではないのだよ」
「そんなこと言われたって、俺たちは――」
「それにだ」
反論を口にしようとするイツキを再びフィリセが遮る。
「こちらとしても君たちを疑っているのだ。今の状況はヒナタ君が作った可能性も十分にあり得る。彼女がシルを狙ってこの状況を作っているのだとしたら、私は君をこのままにはしておけない」
「いや待て、それはない! だって俺たちはただの人間で、シルに恨みなんて持ちはしないんだ」
シルは言ってみれば恩人だ。感謝こそすれ、敵意を持つことなどあり得ない。だが、
「それをどう信じろと? 言ったはずだ。君たちがどんな存在であっても、君たちを知らない私にとって疑いは止まない。それを、その疑いを晴らすのが君の試練だと。言葉だけで信じてもらおうなどとは考えるなよ」
今のイツキには打開策が浮かばない。
「君が今すべきことはヒナタ君の無事を確認することか? それは作戦の成功の確認か? 今起こっていることを確認するべきなのは君だ。私には君がどちら側なのかまだ断定できていない。だからこそ、君の力になるつもりはないし、まだ、君を誅することもできないのだ。――この状況を打開するには君自身が、確認しなければならない」
「確認……?」
「そう、確認だ。私たちが君の素性を確かめるように、君もシルのことを確かめるべきだ。その結果がどうであれ確認しなければ君の道もここで終わる。シルが考えを変えたなら、確かめに来た君も手に掛けるだろう。逆にヒナタ君がはかりごとを進めているのなら、私が君を潰す」
「そんなの、どっちでも死ぬじゃねぇか」
「だからこその試練だ。君たちがシルに必要とされ、君たちが私たちの味方であるかを試すための」
何か胸に引っかかる発言。シルさえも思うように使っているような、そんな言い方を、フィリセは何の躊躇いもなくしている。
これもイツキを嵌めるための方法なのか。
「ヒナタがシルを……?」
ぽつりと、頭の中に過った疑問を呟く。
考え難い話だが、もし、ヒナタがそういう考えを持ったいたとしたら、いつから、何故、そうなったのか。ヒナタはずっと前からこの世界のことを知っていたのか。イツキの知らない間にシルに対して敵愾心を持つような出来事があったのか。なら何故、イツキに言ってくれなかったのか。ヒナタはイツキを――
「すまないが一人にさせてもらいたい」
「――ぁ?」
ふいに放たれた言葉に思わず吐息を漏らす。
「これ以上君と話しても何の進展もない。下がってくれ」
「なっ!? まだ話しが――」
「下がれ」
「く、うぅっ!?」
フィリセは白い手を広げ、イツキに向ける。瞬間、凄まじいエネルギーがイツキの身体に迫る。見えない圧に押されて部屋を弾き出され、そのまま細い道を壁にぶち当たりながら進まされ、広場まで。
「わけわかんねぇわ」
自室に戻ったイツキは寝台に寝転んでぼやく。結局、フィリセとの話では詳しいことは何一つわからなかった。ただ、「確かめろ」と言われ続けただけで、何も。
「どうやって確かめろってんだ」
シルの考えについて、この集落の住民に聞いたところでフィリセと結果は変わらないだろう。
ヒナタがどんな考えを持っているかなんて皆は知らないだろうし、今のイツキでもわからない。
これはもう完全に、
「詰みだな」
「だぁ」と情けない声を上げながら、寝台の上で転げ回る。
何がどうなっているのかもわからない上に、フィリセはイツキのことを信用していないためまともな情報交換も叶わない。いっそ自分が追いかけて確かめてやるか。
「……それがいいのか?」
ふと頭に浮かんだ考えを何度かリピートする。
フィリセが言った通り、イツキが確かめに出向けば、何が起こっているのかいち早くわかるのは間違いない。
もしシルとヒナタの二人の間に何もなければ、全員無事でいられるし、シルの考えが変わったのなら待ってても殺される。ヒナタが何か行動を起こしているのなら、フィリセに見つかる前にどこかへ隠れてしまえばいい。
――ヒナタが何か行動を起こしているのなら、イツキはそれに同行すべきなのだろうか。そんな行動をとるヒナタの味方でいられるだろうか。許せるだろうか。
「考えたくねぇな……」
そんなパターンなど想像したくない、そう頭を横に振ってかき消す。だが、どちらにせよ、イツキが確かめに行くことが最善の策だと考えられる。
「どこに行けばいいんだか」
残る疑問を解消すべく向かったのは、門番をしている牛人がいる場所だ。
「――で、みんなが出かける時ってどこの道使うんだ?」
できるだけ自分の考えを悟られないように慎重に言葉を選んだ。ついでに頭の悪そうな標的に。
「道? そんなもん一つしかねぇから迷うこたぁねぇよ」
「へぇ、そうなのか。勉強になるなぁ……」
「何言ってんだか知らねぇが、出かけることがありゃぁ、わかる話だよ」
かなり適当な返事をしても悟られてはいない。そんな牛人に軽く礼を言って、イツキはもう一度部屋に戻る。
「もし……、逃げるとしたら何がいるんだ?」
考えたくはないがあり得ない話でもない、そう感じてしまった可能性の一つの結果として、もし、逃避の可能性があるのなら、何を準備していけばいいのか。
イツキは目に映ったものを手に取り、一枚の毛布の上に置く。その毛布を丸めて上で結び、風呂敷似たものを作った。入れたものは着替え程度。その他のものを準備するのに、人目を盗んで行動するのは難しい。
クロトにもらった深紫のマントを羽織り、時間を待つ。
「大丈夫だよな……。ヒナタがそんなこと……しないよな?」
何度も否定した。だが、そのたびにそうなってしまうことの不安が押し寄せてくる。もしそうならイツキはどうすべきか――
「消え始めたな……」
ぽつぽつと各部屋の明かりが落ちていく。イツキも自分の部屋の明かりを消し、魔石の組み込まれた金具を壁から毟り取る。これを暗がりでの明かりにしようと考えている。
最後の明かりが落ちたとき、イツキは意を決して部屋を出る。
第一の関門はいかにして抜け出すかということ。門までの道を見つからずに進むのは簡単だが、門には牛人がいる。彼の目を潜るか、騙すかしないと簡単には通れない。だが、一つ簡単に抜けられる方法があった。
目覚めた日の夜、イツキは眠れなくてあちこちを歩き回っていた。牛人とも話した。そのときの話だ。そもそも彼が門番をしている理由は、何らかの組織の襲撃に備えて、だそうだが、そんな組織がこそこそと襲ってくるとは思えない。だから、彼は常に見張りをしているのではなく、便所に行ったり、転寝をしたりと、隙を見せることが多々あるのだ。
そのタイミングを見て抜け出すことは可能だ。それは死角、門の裏でイツキはその機会を見計らう。
そしてしばらくすると、その隙は現れた。
牛人が深い呼吸を始め、転寝をする。その呼吸音が明らかに眠りについたものだと確信したイツキは、忍び足でその門を抜けた。
自分の気配が感じられないほどの距離まで足を運び魔石を使い明かりを灯す。魔石による光は調整が難しく、二つの魔石の距離が少しでもずれると極端に光量が変化する。常に両腕に力を加えた状況だから、進むにつれて疲れが蓄積する。さらに、毛布で作った簡易風呂敷を肩に掛けているため、疲れのバランスが左右で異なって痛みが出てくるのが災難だ。
「――ていうか、一本道が長すぎんだろ……」
出発してから数時間、森の景色が変わらない一本道をひたすら歩いている。だが、その景色が変わることはなく、今も一本道を進んでいる。魔石の光量を最大にしても先が見えない。同じところをずっと足踏みしているとさえ錯覚するほどに。
一度止まり、自分が進んでいることを確認する。確かに自分の足は地面をしっかりと踏み、前に進んでいる。
「なんか怖ぇな……。どこまで進みゃいいんだよ」
ただひたすらに進んで、一本道が終わるのを待つ。
ヒナタたちはどこまで進んだのだろうか。朝、出発したのだから間に合うことはないだろうが、何かが起こっているのなら、この道上で出会うこともあるかもしれない。そんな小さな期待を持って進む――
「――よぉ、人間。こんな時間にどこ行こうってんだよ」
それは、心臓を止めるような、緊張感を与える声だった。




