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長くなったので、半分に切ります。

変なところで切れています。

『貴女に恋をした。だから、ここまで来た。あかの一族が第六位バーミリオン、アルベルテュスが請う。俺のものになれ、リリーベル。俺は貴女に恋をしている』


 夜。いつもの愛用の鎧に身を包み、剣を下げて、兵達と共に城壁を見回りながら。

 リリーベルが思い出すのは昼間、遭遇した存在だった。

 はじめて出会った、赤い瞳の青年。紅の一族を名乗っていた。

 嘘とは思えない。赤い瞳は一般的な魔物の証だし、逆に普通の人間で赤い瞳というのは出会ったことがない。

 だからたしかに、あの黒髪の青年は紅の一族なのだろう。けれど……。


『俺は貴女に恋をしている』


(……う~~ん……???)


「ええええ???」という気分である。

 今日、リリーベルが出会った紅の一族の青年は、あらゆる意味で、これまで彼女が話に聞いたり教わったりしてきた『魔物すべての支配者』像とかけ離れていた。


(食べたり、血や精気を吸ったりするために若い健康な男女に目をつける……というのは、よくあるけれど……)


 リリーベルも実際に何度か経験したことがある。

 護りの堅い都市はともかく、田舎の村や町だと往々にしてそういうことがあり、浄化のために白魔術師が呼ばれるのだ(そして依頼が間に合わなかったり、謝礼が用意できなくてあきらめてしまったりする場合も少なくない)。

 しかし、求婚してくる魔物の話というのは皆無だ。


(ただの冗談……でも冗談一つのために、わざわざ城壁を抜けて街の中にまで入って来る? 街には聖殿もあるのに? いくら紅の一族第六位で、実力に自信があるからといって……それとも第六位ともなれば、そういうもの?)


 リリーベルはとうてい、額面どおりに受けとることはできない。


(やはり、なにかの罠と考えたほうが……)


 昼間は、あまりにとうとつな展開に、リリーベル自身が現実の出来事と信じることができずに、聖殿への報告をためらってしまった。

 けれどそれは、やはり間違いだ。

 あの紅の一族がなにを考えているかはわからないが、だからこそ聖殿に報告して、厳重な警戒命令を出してもらうよう、求めておくべきだ。


(これで、なにかの被害が出たら……)


 自分の想像に思わず冷や汗が背中をつたった、その時。

 ひらり、と赤いものがリリーベルの顔の横をよぎった。

 蝶である。

 立待月の下、妙にくっきりと姿が見えるその蝶は、ひらひら、見せつけるようにリリーベルの鼻先で踊る。


(かすかだけれど……これは、魔力の気配?)


 とっさに蝶を捕まえようと手を出すが、赤い羽根は籠手をはめた手をすりぬけ、城壁の外へと飛んでいく。


「二、三人、着いてきてください」


「ナイト・リリーベル?」


 リリーベルはそばにいた見回りの兵に、そちらを向かずに指示を出すと、速足で城壁の階段をおりて、門番に開門させて城壁の外に飛び出した。

 少し先で、赤い羽根がひらひら移動している。

 追い駆けだしたリリーベルは気づかなかった。

 指示に従っているはずの兵士達が、誰一人として追いかけてこないことに。


「……異常はないな」


「……ああ……異常はない」


 城壁の上では、兵士達がそんな会話を交わしている。



 リリーベルは走る。蝶を捕まえようとするが、赤い羽根はするりするりと逃れて、森へと飛んでいく。

 月の光が届かない夜の森は、魔物達の独壇場だ。

 追跡を躊躇したリリーベルは突然、強いめまいに襲われ、一瞬、意識を失ったような感触を味わうと、気づいた時には目の前に小さな泉があった。

 泉の上の梢の隙間から月と星の光がわずかに射し込み、水面を反射させている。


(ここは……森の中!?)


「いつの間に……」

 がさ、と小さな音が聞こえた。

 ふりむく間もない。

 背後から二本の腕が伸びてきたかと思うと、リリーベルは、長身で肩幅の広い誰かの腕と胸の中に捕えられていた。自分のものではない長い髪が、頬をくすぐる。


「あなたは……!」


「最高の夜だ。欲しいものが手に入った」


 すぐ間近から、赤い瞳がリリーベルを見おろしている。その嬉しそうな声。


「離してください!」


「断る。どうして、欲しいものを手放さなければならないんだ?」


 リリーベルは身をよじって抵抗するが、抱きすくめた腕はびくともしない。


「離しなさい! すぐに他の兵士達もやってきますよ!!」


「城壁の兵のことなら、夢の中だ。何事もなく見回りをしている夢を見ている。白騎士か白魔術師以外、脅威ではないし、仮に白魔術師がいても、貴女は返さない」


「この……!」


 先ほどの妙な感覚も、さてはこの魔物の青年の仕業か。

 リリーベルはどうにかして逃れようと、首をねじって相手の顔を見上げ――――戸惑った。

 わずかな月光に照らされる、白皙の美貌。長い黒髪は森の闇に溶け、赤い瞳はそれ自体が光を放って、闇の中で紅玉が輝くかのようだ。


(この輝き方……この赤い瞳は……)


 昼間、街で見た時とは印象が変わっていた。

 おなじ赤でも、夜の闇の中で見るそれはいっそう禍々しく、けれど強烈に人間を惹きつける力を有している。

 この赤と力には覚えがある。

 頭の中のおぼろな面影と印象が、すぐ上からのぞき込んでくる顔と瞳に重なる。


「あなた……四日前の夜に、会っていた――――?」


 途端、青年は嬉しそうな表情になり、より腕に力を込めてくる。


「そうだ。四日前、ここで貴女と会ったのは俺だ。第十一位バーガンディーと戦って気を失った貴女を、俺がここまで運んで顔を拭いた」


「あなたが……!?」


 リリーベルは仰天した。

 森で見つかった話を不審に思ってはいたが、そんな真相があったなんて。


「どうして……!」


「どうしてだろうな。最初は単純に、貴女を殺して後顧の憂いを絶つつもりだったんだが」


 大きな白い手がリリーベルの頬に添えられる。


「一時、目を覚ました貴女を見たら――――殺せなくなった」


 切なげに目を細めた、その表情。まなざしに秘められた熱。

 リリーベルは相手が人ならぬ存在であることを忘れかける。

 内心で己に喝を入れ、話題を変えた。


「私を捕まえて、どうするつもりです?」


「具体的には決まっていない。ただとりあえず、さらって行こうと」


「さらって、どうするつもりです」


「そこだ」と赤い瞳の青年はリリーベルを抱きしめたまま、ため息をつく。


「恥ずかしながら、人間の女をさらいたくなったのは、貴女が初めてだ。だから、さらったあとどうすべきか、わからない。ただ、このまま貴女が俺の手の届かない場所に居るのは嫌だ」


「……生贄か、食料にでもするつもりですか?」


「それも考えたが」と赤い瞳の青年は否定しない。


「貴女が死ぬのは嫌だ。死ねば、話すことも触れることもできなくなる。それは嫌だ。だから殺しはしない。生きたまま閉じ込めたいんだ。俺の手の中に」


 言って、リリーベルの顎当てから少しだけのぞく首筋に、かるいキスを落とす。


「ひゃっ……!」


 びりっ、と不思議な感覚が首筋に走る。


「血が飲めないのは、無念極まりないが。貴女の血はけっこう聖化しているようだからな」


 魔物の青年は心から残念そうに言った。

 リリーベルは日々、全身を清めて聖化をたもつ努力を重ねてきた己を絶賛した。


(なんなの、この人……いえ、人ではないけれど!)


 結論は出た。


(もう、逃げよう……!)


『敵前逃亡』とは考えない。

 とにかく逃げないと。この魔物、どう考えても絶対、変だ! 頭が変!!


(付き合っていたら、こちらの頭もどうにかなりそう……!)


 言葉が通じないというのは最強だ。

 リリーベルは右手に力を込め、剣を抜いた。


「おお!?」


 青年がのけぞり、腕の力がゆるむ。

 リリーベルはすかさず、青年の抱擁から脱出した。

 白く淡く輝く剣をかまえて、魔物の支配者の一族の一体に向かいあう。

 白い魔力を宿した剣先に、紅の一族の青年は困ったようにリリーベルに告げる。


「嘘は言っていない。本当に俺は、貴女を殺すつもりはない」


「そういう問題ではありません。私は、あなたの戯言に付き合う暇はないのです」


「戯言じゃない、本気だ。心から、貴女を俺のものにしたい。独占したい。この三日間、俺のいない場所、俺の知らない所で貴女が他の男と話し、関わっていると想像するだけで、我慢ならなかった。だから街まで行ったんだ」


 離れていたくないと。手に入れたいと、自覚したから。

 そのためには人間であろうと、紅の一族らしくないと嘲笑されてもかまわないと思ったから。

 会えるのなら、生きている姿を見られるなら、城壁も白魔術の防御も敵地で一人になることも、すべて障害ではなかった。


「俺は貴女に――――」


「近づかないでください!」


 リリーベルは白魔術の浄化の力を宿した剣先をアルベルテュスに向ける。


「私に会うためだけに、街まで来たというのですか? わざわざ昼間に、街には大勢の白魔術師や白騎士がいるとわかっていて? そんな戯言……!」


「そうだ」


 迷いのない、力強い断言だった。


「貴女を手に入れるためなら、白魔術師も白騎士も兵士も、すべて殺す。戯れでもなんでもいい。信じられないなら、それでもかまわない。ただ、俺は貴女を欲していて、その事実を俺自身が理解しているのだから、やることは一つだ」


 踏み出してきた魔物の青年の真剣なまなざしと台詞に、リリーベルは大いに混乱する。

 位階持ちには先日、一体、遭遇した。だが、あの第十一位とこの第六位では天と地ほども差がある。あの第十一位はまったく、こんな浮ついたことは言ってこなかった。良くも悪くも、当然のようにリリーベルを殺しにかかってきた。そのほうがありがたかった。

 迷いなく応戦して、相手を倒すことだけに集中できたのに。


(なんなの、この人……!)


 思考や目がぐるぐる回りだす。首筋の、唇が触れた箇所が熱を持っている。


「馬鹿言わないでください!!」


 状況の打開を求めて、リリーベルは大声を出していた。


「ものとか独占とか……私は所有物ものではありません! 失礼でしょう!?」


「そうか? だが人間の男も、女に『自分のものにしたい』と言うのだろう?」


「違います!!」


 リリーベルは断固、否定した。

すみません。

つづきは、たぶん明日……。


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