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紅の吸血鬼と白の聖女騎士  作者: オレンジ方解石


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「妻……あなたの?」


「なにを言っているんですか、あなたは!!」


 リリーベルは赤面する思いでアルベルテュスを止める。

 ここでようやく思い至った。

 リリーベルにとってのカレルは兄代わりだが、カレル自身はリリーベルに求婚しており、リリーベルを『ほしい』と言うアルベルテュスにして見れば、『恋敵』の立場にあてはまるのだ。

 そしてアルベルテュスは魔物。

 それも『すべての魔物の支配者』『強者の中の強者』等、様々に形容される種族『あかの一族』であり、その中でも特に強力な十三体の内の一体、『第六位バーミリオン』の位階を得ている存在である。

 リリーベルから見た彼は「訳のわからない男性ひと」「話が通じない男性ひと」だが、それはけして、彼のすべてではない。魔物であり、紅の一族(吸血鬼)であるアルベルテュスは、人間を襲うことにためらいはないだろう。

 自分が『邪魔だ』と判断した相手なら、なおのこと。

 リリーベルは自分の迂闊さを呪った。

 カレルは騎士としては優秀で、王都の武術大会でも優秀な成績を残している若手の有望株だが、リリーベルのように白魔術が扱えるわけではない。仮に扱えたとしても、紅の一族第六位の前では児戯のようなものだろう。

 カレルをアルベルテュスの前に出してはならなかったのだ。


「お願いですから、少し下がっていてください。話はあとでしますから……」


「そうはいかない。これには伝えておくことがある」


 リリーベルはアルベルテュスの腕を引いて、この場から離れさせようと試みるが、アルベルテュスはそのリリーベルの手をすり抜け、さらに前へ進み出る。

 リリーベルはとっさに、カレルを背にかばう格好でアルベルテュスと向かい合った。


「カレルお兄さまは、私の家族です。兄のような方です」


「兄?」


「お兄さまに手荒なことをしたら、私が承知しませんよ」


 両腕をひろげて、紅の一族第六位に宣言する。

 現実問題、リリーベルがアルベルテュスに勝てる可能性は限りなく低い。

 先日、同じ紅の一族の第十一位バーガンディーを浄化するという大偉業を遂げたリリーベルだが、アルベルテュスはあの第十一位より、さらに強敵だろう。

 だが、だからといって家族が襲われるのを、黙って見ていることはできない。


「リリーベル……」


 背後からカレルの困ったような声が聞こえる。

 いまひとつ、状況が把握できなくて困惑しているのかもしれないし、自分より年下の娘に守られる格好になっていることに、抵抗があるのかもしれない。

 リリーベルはまっすぐに、アルベルテュスを見あげる。

 アルベルテュスが惹きつけられた澄んだ緑の瞳だが、この時のアルベルテュスはリリーベルのこの瞳にも怯まず遠慮せず、秀麗だが重々しい表情で彼女を見かえしてきた。


「その男が貴女の家族とは知らなかった。だが、見逃すことはできない。その男は俺の領域に踏み込んだ。紅の一族には、一族のやり方がある。許可なく踏み込んだからには、相応の覚悟をしてもらう」


「どうして、そういうことに……!」


「アルベルテュス様!!」


 リリーベルの焦る声にかぶさるように、甲高い声が割り込んできた。


「アルベルテュス様! やっと、お会いできましたわ!!」


 カレルがやって来たのと同じ方向の暗がりから、白っぽい小柄な人影が現れたかと思うと、まっすぐアルベルテュスに駆け寄り、抱きつく。

 白いドレスに白いヴェール、白い肌と金色の髪。松明の赤い炎に照らされた横顔には、リリーベルも見覚えがあった。


「グレイシー・シープフィールド嬢……!?」


 リリーベルは目を丸くした。

 何故、スノーパール城伯の令嬢たる彼女が、こんな時間に、こんな危険な場所にいるのだろう。城伯は知っているのか? それに今、はっきりとアルベルテュスの名を――――


「ああ、アルベルテュス様、アルベルテュス様。お会いしたかった……!!」


 グレイシー嬢は長い金髪をゆらして、アルベルテュスの長身に抱きつく。ただの知人とは思えない。可憐な横顔は歓喜に彩られて、紅の一族である彼に単なる好感以上の気持ちを抱いているのは確実だった。

 対して、アルベルテュスの態度はあっさりしたものである。


「今は忙しい。あとにしろ」


 抱きついてきた彼女の細い腕をつかみ、無造作に引き離そうとする。


「嫌です! もう絶対、離れません! 離さないでくださいませ、アルベルテュス様!!」


「あ、あの、グレイシー嬢。なぜ、このような場所に? お父君のスノーパール城伯はご存じなのですか? 供の者は?」


 ますますアルベルテュスにすがりつくグレイシー嬢の姿に、何故かリリーベルは割って入りたい気持ちがわいて、声をかけてしまう。だが、グレイシー嬢はリリーベルなど眼中になかった。


「うるさい! お前などに用はないわ、さがりなさい! お前みたいな地味な女風情が、アルベルテュス様に近づかないで!!」


 散々な言われようである。

 リリーベルはさすがにむっとしたし、アルベルテュスもグレイシー嬢の細い手首をつかんで、問答無用にやすやすと自分から引きはがす。

 そこで、はたとアルベルテュスはグレイシー嬢の顔を見た。


「お前は……」


 リリーベルにも見えた。


(え……グレイシー嬢の瞳が……赤い……?)


 そこへ、緊張感に満ちた声が飛んできた。


「ナイト=リリーベル! 城伯令嬢! すぐにその男から離れろ!! そいつは……!!」


 ナイト=ベイジルだった。左右を兵士にはさまれて肩を借りて立ち、声をはりあげたが、傷が痛んだらしく「うっ」と呻いて顔をしかめる。


「ナイト=ベイジル!」


 リリーベルは思わず叫び、アルベルテュスはリリーベルにむかって手を伸ばしてくる。


「リリーベル。すぐにこちらに――――」


「やめてください、アルベルテュス様! そんな女に触れないで!!」


「リリーベル、こっちに」


 リリーベルを引き寄せようとしたアルベルテュスの手を、グレイシー嬢がさえぎり、カレルが今にもため息をつきそうな表情でリリーベルの肩を抱き、引き寄せる。

 苦痛による脂汗に顔を濡らしながら、ナイト=ベイジルが叫んだ。


「ナイト=リリーベル! その男が術者だ!!」


(この人が……!?)


 リリーベルはとっさに、アルベルテュスを見た。

 だって、他にいない。紅の一族なら、魔物を造り出した術者として、可能性としても理屈としても筋が通る。

 だがナイト=ベイジルが指摘したのは、別の人物だった。


「逃げろ! お主のが――――!!」


(兄?)


「リリーベル!」


 アルベルテュスの手が伸びてくる。

 だが彼の手が届く前に、リリーベルは左の腿に強い衝撃を受けたかと思うと、灼熱のような感覚に襲われた。


「……っ!?」


 自分の意志と無関係に、左足から力が抜けて膝が折れる。


「リリーベル!」


 アルベルテュスの形のよい眉が吊りあがる。

 リリーベルは己の左足を見おろした。

 鎧をつけていない腿を包む緑の衣装がざっくり切れて、その下の皮膚から赤い血がどくどくとあふれ出している。


(どうして……?)


 リリーベルは背後をふりかえった。

 彼女のがいるほうを。


「傷むかい? リリーベル」


 カレルの声は優しかった。

 けれど、手に短剣を握っていた。

 赤い鮮血に濡れた短剣を。

 そして瞳は()()()






「いったい……どうして……」


 リリーベルは膝をついた体勢でカレルを見あげる。

 訳が分からない。

 どうして、カレルの瞳が赤く輝いているのだ。

 まるで紅の一族のアルベルテュスのように。

 それに彼の手に握られた短剣。

 自分の左腿を斬ったのは彼なのか?


「驚いた顔をしているね、リリーベル」


 カレルの声はあくまで優しかった。いつもどおりに。

 表情も普段のカレル、リリーベルが知る『兄』のもののままだ。

 ただ、その瞳だけが、優しさとは対極の光を放っている。

 リリーベルの手に、肩に、震えがはいあがってくる。

 ぞわぞわと、黒い不安と恐怖感が内側を満たしていく。

 松明の光にいっそう赤々と輝く、魔物の証。

 この光景はどこかで見た気がする。

 どこか、遠いどこかで――――

 カレルは笑った。


「ああ。そういう顔をすると、昔を思い出す。君は昔から、怯えた表情が格別、愛らしかった。食べてしまいたい衝動と、愛でつづけたい思いとで、どれほど葛藤したことか」


「お兄さま……?」


「そう。『お兄さま』だ」


 カレルは松明を掲げたまま膝をつき、リリーベルと視線の高さを合わせた。


「八年間、君を守ってきたというのに。君はいつだって、私を『兄』以上には見なかった。求婚した時でさえ。とても残念だったよ。おまけに、あんな男に魅入られて――――」


 カレルの視線がリリーベルを通り越して、黒髪長身の人物へと注がれる。

 月の出ていない夜空の下、二対の赤い瞳がにらみ合う。

 カレルは目尻をつりあげて言った。


「『妻』だと? よくも汚らわしい、大嘘を」


「嘘ではないな。俺はリリーベルを欲し、欲した以上は手に入れるのが、紅の一族の流儀だ。一族と異なるのは、餌や手駒として欲しているわけではない、という点か。俺はリリーベルを手元に置きたい。独占する、と決めた。だからリリーベルは俺の妻だ」


「勝手に決めるな、どんな理屈だ」と先ほどまでなら、リリーベルはアルベルテュスを怒っていただろう。


 しかし今は左腿の痛みがひどくて、それどころではない。片手で押さえながら、片手で手巾ハンカチを引っぱり出し、なんとか傷口を結んで止血しようと試みる。

 アルベルテュスの暴論はリリーベルのみならず、カレルの反感も買った。


「勝手なことを言うな! リリーベルを見つけたのは私、私が先にリリーベルを見つけたんだ!! 八年間、このために育ててきた! 待っていたんだ!! 貴様などに渡すか!!」


「ほう。つまりそれは、俺から奪うということか」


 グレイシー嬢の両手首を片手で拘束して動きを封じつつ、アルベルテュスは冷たい彫像のようなまなざしと表情でカレルを見る。


「一族の流儀がなくとも、貴様は排除するぞ――――第十三位ピンク


 リリーベルは一時、痛みを忘れた。






 松明しか灯りのない、夜空の下で。

 紅の一族第六位、アルベルテュスとカレルがにらみ合っている。

 リリーベルはアルベルテュスの言葉を聞き間違えたのだと思った。

 だって……だって今、彼はなんといった?


「……第……十三……位?」


「そうだ」


 断定。


「そいつは、紅の一族第十三位。十年前に紅の一族に入り、いまだ瞳の色は完全に変化しきっていないにも関わらず、わずか五年で位階持ちの末端に名を連ねた――――いわば『俊英』だ」


 拘束しているグレイシー嬢に口をはさませず、アルベルテュスは淡々とリリーベルに説明する。


「そしてリリーベル。貴女の村と家族を殺したのも、その男だ」


 リリーベルは今度こそ、世界が反転したような衝撃を味わった。

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