表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の吸血鬼と白の聖女騎士  作者: オレンジ方解石


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/27

19

 昨夜につづいて今夜も空を飛ぶ。

 二度目のせいか、昨夜ほどの驚愕や恐怖は感じなかったが、やはり地面に足がついていないのは心もとない。

 あかの一族第六位(バーミリオン)アルベルテュスは、城壁の上空でぴたりと停止する。鳥のように旋回することさえない。


「これもあか魔術ですか?」


「貴女方人間のいう『魔術』の定義を、正確に把握しているわけではないが。『俺の能力か?』と問われれば、そのとおりだ」


 リリーベルはアルベルテュスの肩をしっかりつかみながら、恐ろしさをこらえて下を見おろす。月が出ていないうえ、多少の距離もあるので、人間のリリーベルの目では多くを視認できない。

 まず、城壁上に等間隔に設置された松明の小さな光が視界に入り、次いで、外側のある部分だけ、同じような小さな光がばらついて散っているのが目に映る。その散っている光が時折、消えたかと思うと現れ、現れたかと思うと消えるのだ。


「暴れているな」


「今日の天気は晴れ」程度の調子で告げられたアルベルテュスの言葉で、リリーベルはようやく、その巨体の輪郭をわずかに視認できるようになる。光が消えたり現れたりするのは、動く魔物の体のむこうに見え隠れしていたからなのだ。


「あそこには、警備の兵士やナイト=ベイジル達がいるのに……!」


「生きた人間はあまりいないな。死んだ者なら五人以上、転がっているが」


「そんな……!」


 紅の一族の瞳には、この暗さも距離も障害ではないらしい。淡々と情報を伝えてくる。

 リリーベルは胸がしめつけられた。

 自分が先ほど、無駄に長話をしていなければ……もっと早く行動に移っていれば、この事態は防げたのか?

 後悔が胸を満たす。

 が、今はそれに浸っている暇はない。


「おろしてください! あの魔物を浄化します!!」


 アルベルテュスの反応は鈍かった。


「危ないぞ。隠れて待っている気はないか?」


「ありません!!」


 耳元で怒鳴られ、もともと聴覚も優れている紅の一族は思わず顔をしかめる。

 やれやれ、とリリーベルを抱え直した。


「魔物のそばでいいのか?」


「そうです」と言いかけ、リリーベルは考え直す。


「城壁の上におろしていただけますか?」


 人型の流れ星が、高い石の壁の上へと流れる。


「どんどん射ろ!! もっと矢を持ってこい!!」


「聖殿への伝令は!?」


 城壁上は大騒ぎだった。弓をかまえた兵士達が胸壁から身を乗り出し、地上で暴れる魔物に次々、矢を放っていく。矢はむろん聖化しているし、弓兵の横で槍を抱えた兵士が聖水の小瓶を魔物に投げつけたりと、攻撃自体は絶え間なくつづいているが、いかんせん相手の体が大きいのと、おそらくは皮膚が固く厚いのとで、あまり効いている様子がない。

 昨日と違い、月の出ていない夜だということも影響しているだろう。人間側に圧倒的に不利な条件だった。


「どいてください!」


「ナイト=リリーベル!?」


 リリーベルは胸壁の一つにとりつき、地面を見おろす。

 彼女が突然、背後から現れたことを不審に思う兵士はいない。それどころではないし、いたとしても、休憩で城壁上に来ていたのだろう、くらいにしか考えないだろう。

 リリーベルは空にいた時よりも、もう少し詳しく状況を視認することができた。

 先ほどまでリリーベルも警備にあたっていた場所に松明が錯乱し、あるものは消えかかり、あるものはすぐそばに兵士が倒れている。三人の兵士達が大声を出しながら槍を突き出しているが、魔物にはたいした牽制になっていないようだ。魔物は昨日同様、芋虫のような巨体でじりじりと兵士達に迫り、兵士達は逃げる隙も見つけられない。

 そこに白い光が閃いた。

 線のように細いが鋭い光が一閃、二閃して、魔物の太い胴体を斬る。

 効果があったらしく、魔物は身をよじって例のおぞましい悲鳴をあげた。


「ナイト=ベイジル!!」


 リリーベルが、あるいは彼女の横にいた兵士達が叫ぶ。

 白騎士であるナイト=ベイジルが戦っているのだ。おそらくは実質、一人にちかい状態で。

 リリーベルは数秒間、注意深く魔物と白い光を凝視し、その動きを見極める。


「聖水を!」


 リリーベルは手近な兵士から小瓶を奪い、腰から愛用の剣を抜いて瓶の中身を刃にかける。腕も籠手も、胸当や顔も濡らした。


「ナイト=リリーベル!?」


 白い衣装に身を包んだ女性が駆けてくる。

 同僚の白魔術師、コーデリア・ホワイトだ。


「聖化の白魔術を!」


「え? ええ!?」


 コーデリア・ホワイトは急な要求に目を瞬かせながらも、リリーベルの注文通り、彼女の剣に聖化の白魔術をかけてくれる。リリーベル自身も聖化の術は扱えるし、聖水も持ち歩いているが、あの魔物相手に戦うなら、自身の力も聖水も少しでも温存しておきたい。

 飛びあがるように、胸壁の縁に乗った。鉄靴をはいた足の下に、あの魔物の巨体がある。体から生えた無数の人間の手足が、誘うようにうごめいている。

 リリーベルは剣の柄を両手で持ち、かまえた。


「ナイト=リリーベル!?」


 誰かの戸惑うような声が聞こえたが、応えている余裕はない。


「偉大なる光の主、昼の王、数多の星と月の兄、我ら人間の命と日々の守り手よ――――」


 聖句を唱えはじめる。聖水が、剣の刃が浄化の力を宿し、自身の体内を力がめぐりはじめるのが感じとれる。

 リリーベルは眼下を見おろした。

 魔物の頭(と思しき部位)が自分の位置を通りすぎた、その瞬間。


「ナイト=リリーベル!!」


 飛んだ。

 胸壁から一直線に下方に落下する。

 同時に、聖句の最後の一言を唱えて、腕をふりおろした。


「光あれ!!」


 ひときわ強い白い輝きが放たれ、それが魔物の、人間でいうところの背骨に沿って勢いよく移動する。斬られた部位がぱっくりと口を開ける。

 剣を魔物の背中に引っかける形で落下したため、落下の勢いは減速し、リリーベルは両膝のやわらかさを利用して衝突の衝撃を逃し、魔物の背中に着地することに成功する。

 彼女の眼前には、自分が開けた長い傷口があった。

 血や体液はあふれない。強い浄化の力によって、傷口が黒く炭化しているだめだ。

 これでどうだ? と思ったのもつかの間、リリーベルが乗っていた床は大きくゆれた。

 魔物が激痛に身をそらしたのだ。

 予測していたリリーベルは魔物の背を跳ねるように移動して、地面へとすべりおりる。

 五秒か六秒、身をそらした魔物はそのまま、棒立ちのような体勢でかたまる。痛みに全身が硬直したのだろうか。

 二つの方向から、特に強い白い光が閃いたと思うと、魔物の筒型の巨体は三つに切断され、土埃を舞いあげて地面に倒れた。

 リリーベルは咳き込む。目に埃が入って、涙が出た。


「ナイト=リリーベル!!」


 ナイト=ベイジルの声が聞こえる。リリーベルと同時に魔物にとどめを刺したのは、彼の剣だ。

 リリーベルが彼の姿を探すと、ナイト=ベイジルはリリーベルの物より大きい剣を杖代わりに立ち、頭から血を流していた。

 リリーベルは先輩であり上司である白騎士に駆け寄る。


「ナイト=ベイジル、お怪我を?」


「かすっただけだ、心配ない」


 ナイト=ベイジルは手巾ハンカチで額を押さえる。


「助かった。礼を言う」


「ナイト=ベイジルが、あの魔物を引きつけてくださっていたからです。二度はできません」


 さすがに、あの高さからの落下は肝が冷えた。二度は無理だ。

 それにしても。


「三体目が出現するなんて……やはり、昼間の浄化だけでは足りなかったのですね」


「それもあるが……大勢いたため、油断していた。魔物の術者が現れたのだ」


 ナイト=ベイジルの大柄な壮年の肉体がかしぐ。リリーベルはいそいで手を貸した。


「術者が……!? やはり、黒魔術師ですか? いったいどこの何者が、なんの目的で……」


「あの顔には、見覚えがある。あれは……」


「え?」


 ナイト=ベイジルは呻き声をもらして、その場に膝をついた。


「ナイト=ベイジル……足を!?」


 よく見ると、ナイト=ベイジルの腿当がへこんで切れ目が入り、そこから血が流れ出している。リリーベルの物より、厚く頑丈なナイト=ベイジルの鎧を切るとは、あの魔物はそれほどの力を持っていたのか。


「ナイト=ベイジル、ナイト=リリーベル」


 ちょうど、逃げ惑ってた兵士達が戻ってきた。どの兵士も、汗まみれの顔に恐怖の跡がまざまざと残って、抱えた槍が折れている者もいる。


「ナイト=ベイジルを城壁内に運んで、手当てを。倒れている他の兵士も、まだ息がある者はすぐに……」


「待て、ナイト=リリーベル」


 兵士達に指示を出し、自身は倒れている者達の生死の確認に向かおうとしたリリーベルの手を、ナイト=ベイジルの手が籠手ごとつかんで引きとめた。


「すぐに、身を隠……っ、あの術者は……狙いは……」


「リリーベル?」


 覚えのある若者の声が割り込んできた。


「カレルお兄さま?」


 松明を掲げ、鎧を着込んでやってきたのは、兄代わりの青年だった。金髪が炎に照らされて、赤っぽく染まっている。


「魔物が出たと聞いて……リリーベルが倒したのかい?」


「いえ、私ではなく、ナイト=ベイジルと……」


 カレルはきょろきょろと周囲を見渡す。

 彼がここに来たのは、騎士団長の命令をうけてのことだろう。戦況によっては、騎士団も出動しなければならないと判断されたのだ。

 リリーベルはカレルに状況を報告しようと、歩き出す。


「待て、ナイト=リリー……」


 ナイト=ベイジルの制止をさえぎるように、一つの人影がリリーベルの前に出た。

 カレルとリリーベルの間に、すらりとした長身を割り込ませる。

 長い黒髪、広い肩。炎に照り返されて、なお白い肌。

 紅の一族第六位、アルベルテュスだった。


「え……」


 カレルが戸惑ったのが伝わる。

 リリーベルは焦った。

 人間に酷似した姿をしてはいても、アルベルテュスの瞳の赤い色は明らかだ。

 魔物とすぐにばれてしまう。


「なにを……」


「リリーベルに近づくな」


 前へ出ようとしたリリーベルを制して、アルベルテュスはカレルをにらみつける。


「リリーベルは、俺の妻だ。貴様が近づくことは許さない」


「は?」


 カレルが驚いたような呆れたような声を出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ