表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の吸血鬼と白の聖女騎士  作者: オレンジ方解石


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/27

17

 休憩して午後の正餐をとったあと。

 リリーベルは城壁の影の外、日光の中で、コーデリア=ホワイトと手分けして聖水や兵士達の武器や鎧の聖化にあたった。

 兵士達は今夜も、この場所で警備にあたらなければならない。それでなくとも、夜は魔物の襲撃の恐れがある。彼らが身を守れるように、聖化はいくら強化しても損ではない。

 リリーベルは手を動かしつつも、頭は別の事柄を考えてしまう。


(本当に、グレイシー嬢があの時の魔物なの? だとしたら……でも……)


 グレイシー・シープフィールドの、あの冷めた青の瞳。

 あれはたしかに、リリーベルの家族と村を襲った魔物の瞳の色だった。

 魔物がどんな姿をしていたか。リリーベルは思い出すことができない。

 覚えているのは、瞳の色。

 爛々と光っていた、赤い二つの瞳。

 それが急激に輝きを失って冷め、青く変化した。

 魔物は何故か、リリーベルだけは殺さずに去って行った。


(私が白魔術の素質を持っていたから……とか?)


 仮説は浮かんでも、確証は得られない。


(仮に、八年前の魔物がグレイシー嬢だったとして……スノーパール城伯はそのことを知っているの? 知っていて、隠しているの? グレイシー嬢はどうして八年前、私の家族を……)


 そこで、はたと気がついた。


(……八年前?)


 リリーベルの頭が高速で回転をはじめる。

 グレイシー・シープフィールド嬢は今年十五歳。間近に見た彼女も、それくらいの外見だった。八年前なら、七歳前後。

 一般に、あかの一族をはじめとする魔物は不老不死と言われている。浄化されでもしない限り、同じ姿のまま生きつづけると。

 リリーベルの知る紅の一族第六位(バーミリオン)アルベルテュスも二十代半ばくらいにしか見えないし、先日、浄化した第十一位バーガンディーも若者の姿だった。

 もし、例の魔物がグレイシー嬢だとすれば、八年前に魔物化していたことになるのだから、現在も八年前と同じくらいの容姿――――七歳か、それより少し上――――でなければ理屈に合わない。

 三十歳と三十八歳はともかく、七歳と十五歳では肉体的な差がありすぎる。どう考えても、ごまかすのは不可能だ。


(あ、でも八年前に、すでに今の姿ということも――――)


 いや。八年前にすでに十五歳だったとして、八年間、だましつづけられるだろうか。

 個人差はあるが、十五歳と二十三歳なら、まだ肉体的な成長の余地はある。


(そう、それにパレードも)


 スノーパール城伯の娘であり、『スノーパールの白薔薇』の異名を持つ彼女は、毎年、祭りのたびに聖女や神話の女神の仮装でパレードに参加している。つまり、もう何年も前から、彼女の顔はスノーパール中に知れ渡っているのだ。

 八年間、まったく変化がなければ怪しむ者もいるはずだし、リリーベル自身、「幼い頃から愛らしかったが、年頃になって大人びてきた」と語る街の声を聞いたことがある。

 つまり、グレイシー嬢の肉体はこの八年間、きちんと成長しているのだ。

 リリーベルは大きく息を吐き出した。安堵のため息だった。


(どうして、こんな基本的なことに気づかないの。グレイシー嬢が八年間、成長していたなら、魔物のはずがない。瞳の色は偶然なのよ)


 疑問が一つ、解消された。良い方向に。


(グレイシー嬢に失礼なことを……でも……あの魔物に関して、一つ思い出せた――――)


 赤い瞳以外、なにも思い出せなかった、あの魔物。

 だが今日、もう一つの瞳の色を思い出した。

 おそらくあの魔物は魔物化して日が浅く、もとはグレイシー嬢によく似た青い瞳だったのだ。


(でも……青っぽい瞳は、この国ではよく見かけるし……それに……魔物化したら、最終的には完全に赤く変化するって……八年も経っていれば、もう完全に……)


「なんだ、これは!!」


 スノーパール城伯と騎士団長の怒鳴るような驚愕の声が聞こえて、リリーベルは物思いから覚まされる。

 兵士達の間にもどよめきがひろがっていく。


「何事でしょう?」


「見てきます」


 コーデリア=ホワイトの怪訝そうな声に、リリーベルは作業を中断して、城伯達のもとへ駆け出す。

 声の発生源は城壁の影の中だった。例の異形の魔物が出てきた場所を中心に、なにか手掛かりが出るのではないかと、兵士達が交代で土を掘り返していたのだが。


「いったい、何体あるんだ……」


 誰かの呻くような呟き声。

 リリーベルも穴をのぞき込んで察した。

 穴の底から現れたのは、さらなる死体だった。

 それも一体や二体ではない。ざっと数えただけでも、十ちかい遺体が無造作に折り重なっているのだ。

 しかも、こちらはまだ骨になっていない。


「見ないほうがいい、リリーベル。あちらに」


 横から声がかけられた。カレルだ。

 騎士の彼は穴掘りには加わっていなかったようで、鎧姿のままだったが、リリーベルの肩を抱いて穴から離そうとする。

 だが、リリーベルは動かなかった。


「服装から見て……流れ者や芸人、低級の娼婦だな。城壁の外で夜を過ごしていて、襲われたのだろう」


「殺されたあと、ここに集めて埋められたということか。これも例の魔物の仕業か?」


「魔物の仕業というより、魔物を作った輩の仕業だろう。おそらく、この死体も合わせてあの魔物にする予定が、我々が魔術陣を描いたために、先に魔物化が進んでいた死体だけ反応して、動き出したのだ」


 ナイト=ベイジルと聖殿長の会話が聞こえる。

 推測が正しければ、間違いなく人為的な行為だった。


「いったい何者だ! よくも、私の街でこのような……! 黒魔術師の仕業というのは、本当か!!」


 動揺と怒りをにじませて、スノーパール城伯が聖殿長につめよる。


「まだ断定はできません」


 聖殿長は慎重だった。横では騎士団長が無言で死体を凝視している。


「とにかく、死体を埋葬しないと……」


「いや」


 誰かの提案に聖殿長は異を唱えた。


「この死体も、魔物化のための処置がほどこされていることは明白だ。このまま墓に埋葬はできない。まず、この場で浄化を行い、様子を見て何事もなければ、あらためて墓に移す」


 妥当な判断だった。

 兵士や騎士達はさがり、代わりにリリーベルをはじめとする白騎士、白魔術師達が穴を囲む。死体の山に聖水をふりかけ、聖句を斉唱した。


「――――光あれ!」


 いく滴もの聖水が輝き、一瞬、死体が白い光に包まれる。

 手応えはあった、のだが。


「底に、まだ死体が埋まっている可能性が高い。全部、掘り起こして浄化する他、あるまい」


「だが今日はもう、無理だ。日が暮れはじめているし、聖水の量も足りない」


 聖殿長とナイト=ベイジルが重く苦い表情で話し合う。

 口は挟まなかったが、リリーベル達も同意見だった。

 おそらく、死体はまだ隠されている。今日、出てきたのは一部だ。隠れている分まで掘り出して浄化しなければ危険だが、陽が沈みはじめている以上、光の力を借りる白魔術師達はこれ以上、強い力は揮えない。

 今の浄化は、あくまでも応急の処置だった。


「夜の警備の数を増やす。白騎士も配備して、城壁上に白魔術師も待機させる。それから聖水の増産を……」


 聖殿長達の会話を聞きながら、リリーベルも考え込まざるをえなかった。






 その夜。

 リリーベルは早速、城壁の外で警備の任にあたっている。彼女の周囲は兵士達の掲げる松明で朝方のように明るいが、兵士達の表情は重く、緊張している。


「大丈夫です。異常があれば、私が戦いますから」


 リリーベルが明るくそう言うと、「紅の一族第十一位を倒したナイト=リリーベルなら」と一時は安堵するのだが、城壁の外に広がる闇を見ていると、また不安と恐れの表情になる。

 聖化された武器や鎧を身につけていても、魔物が現れる夜はやはり、人間にとっては忌まわしく恐ろしい時間だった。

 リリーベルは時折、地面の様子を確認しながら、兵達に不審に思われぬ範囲で周囲をゆっくり歩きまわり、見張りにあたっているように見せかける。

 実際は別の目的があった。


(連絡先も方法もわからないのは、不便よね。悔しいけれど、呼び出し方を訊いておけば良かった……)


 弱ったリリーベルの心の声が聞こえたとも思えないが、何度目かの見回りの時、それは姿を現した。

 ひらひらと白い物が近づいてくる。

 手を伸ばすと、当然のようにリリーベルの籠手の上に乗った。

 蝶ではない。蝶の形に切った、白い布だ。

 だが、かすかな魔力を宿している。


(来た)


 リリーベルはどきりとした。

 が、周囲の目がある。

 ちょうどその時、天の助けが現れた。


「交代だ、ナイト=リリーベル。休んで来い」


 完全武装したナイト=ベイジルが十人ほどの兵士達と共にやってきて、警備の兵士達が入れ替わる。

 リリーベルは礼を言い、先に門に戻ると見せかけて、兵士達からも城壁からも離れた。

 闇の中で捕まえていた布の蝶を離す。

 すると蝶はふたたび、ひらひらと舞い、一つの方向へと飛び出した。

 リリーベルは腰の剣を確かめ、蝶を追う。

 さほど歩きはしなかった。ふりかえれば、城壁の大きな影も松明の小さな光もはっきり見える。だが、この暗さでは、むこうからリリーベル達の姿は見えないし、声も聞こえないはずだった。

 月のまだ出ぬ夜空の下、草原の中にすらりとした長身の影が立っている。

 リリーベルの思った通りの相手だった。


「……こんばんは。第六位……さん?」


「貴女なら、その呼び方も可愛らしいが。せっかく名があるのだから、そちらで呼んでいただきたい。アルベルテュスと」


 紅の一族第六位アルベルテュスが長い足を大きく動かし、にこにこと歩み寄ってくる。

 魔物の支配者たる一族に対し、この表現はどうかとも思うが、基本的にリリーベルと会っている時の彼の顔は笑顔なのだから、こう形容するしかない。


「これは、あなたのあか魔術ですね?」


「ああ。以前、生きた蝶を使役したら貴女に怒られたので、布を用いた」


 リリーベルの手から引き抜かれた布の蝶は、アルベルテュスの手の上で燃えてなくなる。


「……あなたに、頼みがあります」


 かたい、緊張をはらんだリリーベルの声音。


「妙に何度も兵士達から離れるから、ひょっとして、と思ったんだが……貴女が俺に会いたがった、貴女から俺を求めてくれたとは、望外の喜びだ」


「変な誤解はしないでください。純粋に、危機的状況からの、私なりに合理的に判断した結果です」


「貴女が俺に会うべきと判断したなら、その危機的状況と貴女の思考を褒め称えたい」


 アルベルテュスは心もち腰を曲げてその美貌を近づけ、リリーベルにささやいてくる。


「貴女が望むなら、なんなりと。世界中の花でも、この世最美のドレスでも宝石でも。お望みなら天の星でその髪を飾り、太陽の光とて一枚の布に織って差し上げよう」


 美しい声の音楽的な口調に、リリーベルは頬が熱くなる。耳がくすぐったいのは、口にしたのがこの魔物だから、ではなく、台詞が気障だったからだ、と自分に言い聞かせる。


「あなたは相変わらずですね……私の用件は、そういう類のものではありません。ドレスも飾りもけっこうです」


「もったいないな。貴女は花の盛り、春の女神にも劣らぬ清純可憐さだというのに。一度、俺にその身を任せてみる気はないか? 実のところ、貴女が無粋な鎧を着込んでいるのを目にするたび、いつも口惜しいと……」


「私の服装は、どうでもいいですから」


「髪も飾ってみたいな。人間は、未婚の娘は髪を結わないが、花やピンを飾るのは――――」


「用件を述べます!」


 リリーベルは肩をいからせ、力ずくで話を進めた。

 この青年に話を合わせていたら、いつまでたっても本題に入らない。


「あなたに協力していただきたいことがあります。あの異形の魔物の正体と、あれを造り出した、術者。この二つを、探し出してほしいのです」


 リリーベルは告げた。

(言ってしまった)と思いながら。


(本格的に、いろいろ終わった気がする……)


 そう、胸の中であきらめの涙を流しながら。

評価、ありがとうございます‼

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ