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紅の吸血鬼と白の聖女騎士  作者: オレンジ方解石


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長くなったので、分けました。

変なところで切れています、すみません。

なんで、この二人の会話は長くなるんだ……。

 人間が影のようにしか見えない、黄昏時。

 下のほうから大勢の人の声が聞えるが、リリーベルは確認できない。

 首を動かそうとすると、あかの一族第六位(バーミリオン)アルベルテュスの胸に押さえつけられるように動きを封じられて、注意をうけた。


「危ない。ここで暴れないでくれ、貴女を落としてしまう。人間はこの高さからでも、落ちれば死ぬのだろう?」


 青年の言葉に「どういう意味だ?」とリリーベルは当然の疑問がわき、状況を理解しようと、首は動かさずに視線だけ動かし、同時に自身の他の感覚にも意識をむける。

 すると、体のあちこちがかるく痛むうえ、全身をしっかりしたなにかに捕えられて身動きがままならず、横にちかい体勢になっているようだ。足が地についていない。


「え?」


 リリーベルは己の体を見おろし、頭の上にある紅の一族の青年の顔の位置を確認し、そこから導き出される結論に「え? え?」と何度も自分の体と青年の顔を見比べる。

 リリーベルはアルベルテュスの腕の中にいた。

 それも、結婚式で新郎が新婦を抱きあげる時の格好で。

 アルベルテュスの腕の一方がリリーベルの背中と肩を支え、もう一方がリリーベルの足、膝の裏を支えている。

 一時、リリーベルは疲れも痛みも吹き飛んだ。


「どうして、私が、こんな格好で……どうして、あなたがここにいるんです!!」


 かすれ声だったが、怒りと恥じらいのままに相手を咎める。


「貴女の顔が見たくて」


 魔物の青年はさらりと答えた。


「紅の一族に加わって久しいが。たった三日間に、こんなに焦れたことはない。貴女に一日会えなかっただけで、朝を迎えずに夜だけで過ごしたような気分だ。やっと顔を見られた」


 言いながら、アルベルテュスは腕の中のリリーベルをしっかりと捕まえ、頬を寄せる。

 女も羨む、いや、むしろ女のこちらが恥ずかしくなるような滑らかな頬に触れて、汗まみれ埃まみれの自覚があるリリーベルは紅潮した。


「あなた、紅の一族でしょう! 光を嫌う魔物なら、朝が来なくても夜だけで充分じゃないですか! すぐに私をおろしてください!!」


「まあ、それはそうだが、もののたとえということで。人間は会えないつらさを、こう表現するだろう? それとも『夜を迎えずに真昼だけで過ごしたような気分』とお伝えしたほうが、理解しやすかっただろうか?」


 たぶん、そちらのほうが人間にはぴんと来ない。


「せっかく会えたのだから、もう少し貴女に触れていたいな。ああ、全部、消滅したな」


 最後の一言に、リリーベルもこれまでの経緯をやっと思い出した。


「そうだ、あの魔物……ここは……あの魔物はどこですか!? 浄化できたのですか!?」


「ここは城壁の上だ。貴女が戦っていた魔物なら、たった今、すべて消滅したところだ。見えるか?」


 リリーベルをしっかり支えつつ、アルベルテュスは体の角度を変えて腕の位置をずらす。

 リリーベルは彼の肩より高い位置に頭が移動して、下を見ることができるようになった。

 太陽は西の地平の彼方に沈みかけ、個々の顔の見分けはつかないが、先ほどまではなかった白っぽい山ができているのは視認できる。おそらく二体目の魔物も一体目同様、浄化のあとに骨を残したのだ。


「ナイト=リリーベル!!」


 自分を呼ぶ声が聞える。みな、リリーベルがあの魔物の巨体の下敷きになったと思い込んでいるのだ。


「私は、こちらで……!!」


 かすれた声でリリーベルは同僚達を呼ぼうとする。

 その口を大きな手がふさいだ。


「せっかく会えたんだ。もうしばらく私と共にいてくれ」


 アルベルテュスは笑うと、リリーベルの返事を待たずに城壁を跳びおりた。


「!?」


 リリーベルは当然、驚愕に身をかたくする。

 が、予想したような激突はなかった。

 突然、体が浮いたかと思うと、あっと言う間に城壁より高い位置に移動してしまう。

 目の高さに空があり、東にはすでに星々が、西には赤い光を残して沈みゆく太陽の姿がある。強い風にリリーベルのほつれ毛が、アルベルテュスの長い髪がなびく。


「え? え? え!?」


 リリーベルは力の入らぬ体で必死に首を左右に動かした。

 自分は今、空の中にいる?

 下に、夕闇に包まれていく城壁が見えた。あれほど高い城壁が足の下にあるのだ。


「なにを……!」


 だが当の魔物ときたら、楽しそうに笑って、反省どころか恐怖の色さえうかがえない。


「いい機会だ。このまま貴女を攫っていこうか。海の一つ、山脈の一つも越えてしまえば、貴女もここに戻ろうとは思わなくなるかな?」


 リリーベルは本気で怯えた。


「やめてください……!」


 そんなことになったら本当に大事だし、けれど、実際にそれをやってのけるだけの力と状況が、この青年にはあるのだ。リリーベルの返事一つ、彼の機嫌一つで、彼はリリーベルを支える手を離すことができる。

 その不安を察したのだろう。アルベルテュスは苦笑した。


「冗談だ、そう怯えないでくれ。そういう表情かおも可愛らしいが。ただ、もう少し一緒にいたいだけだ」


 アルベルテュスはリリーベルの額に自分のそれをこつんとあてると、下界を見渡した。


「ひとまず、貴女の埃をどうにかしようか。この辺りに水辺は……」


 陽が沈み、リリーベルにはほぼ黒一色にしか見えない光景だが、紅の一族の青年の赤い瞳には別の風景が映っているらしい。「あそこがいい」と、あっさり決めた。


「えっ……」


 風がいっそう強くなる。

 夜の生き物、その支配者の一族を名乗る青年は、夜空を切りとったような長い黒髪をなびかせ、空の中を馬より早く移動する。


「きゃああああぁ!!」


「大丈夫だ、落とさないから」


「そういう問だ……いやあああぁぁ!!」


 リリーベルはかたく目をつぶり、必死にアルベルテュスの服をにぎりしめていた。






 空を飛んでいたのは、せいぜい二百か三百、数える程度だったろう。

 だがその三百の間は、リリーベルの人生の中でも屈指の恐ろしい時間だった。

 アルベルテュスの腕から大きな岩の上におろされた時、大地の上に戻ってきたと知ったリリーベルは心から安堵して、全身の力が抜けた。もう一歩も動けない。

 一方、元凶となった青年はというと、申し訳なかったと思いつつも、恋しい娘にしがみつかれる楽しい時間であったことを否定できない。

 笑いながら手巾ハンカチをとり出し、水で濡らす。

 城壁の北、リリーベル達が魔術陣を描いた場所よりさらに北に岩場があり、その岩場に湧水が湧いて、岩と岩の間を川とも呼べぬ小さな流れが流れているのだ。

 アルベルテュスは戻ってくると、リリーベルの汗と土埃で汚れた顔をていねいに拭きはじめる。リリーベルは恥ずかしくなって顔をそむける。


「自分でやります」


「そういわず。貴女の顔を拭くのは初めてじゃない」


 リリーベル自身に記憶はないが、初めて出会った時のことを言及されて、ますます恥ずかしくなる。

 なんで、この人(人間ではないが)はこう、ずんずん積極的に近づいてくるのだろう。優しい手つきで、ていねいに触れるのだろう。

 問答無用に殺しに来てくれれば、リリーベルだって迷わず心を決めることができるし、白騎士としての当然の判断に罪悪感を覚えることもないのに。


「よし。こんなものか」


 青年の満足そうな声が聞こえる。

 陽は沈み、空は夜の色に塗り替えられて、今夜の月の出は遅いため、リリーベルにはアルベルテュスの赤い瞳以外はよく見えない。正直、声だけが頼りだ。


「……ありがとうございます……」


 魔物相手に、とは思ったし、でも一応はお礼を、とも思い、しばし迷った結果、口からこの台詞がもれている。

 冷たく濡れた布で拭かれたはずの頬は、何故かじんわりした熱を感じた。


「貴女に礼を言われるのは初めてだな。予想以上に心地よい。これくらい、どうということはないし、貴女が望むなら何度でも拭いて差しあげるが?」


「……けっこうです」


「顔に限らず、手でも足でも、その服の下でも」


「けっこうです!!」


 リリーベルは反射的に手が出ていたが、力を使い果たした腕はへろへろと空を切っただけで、魔物の青年にもたやすくかわされた。楽しげな笑い声が聞こえる。


「だが、真面目な話、疲労した身にその鎧は負担では? 人間の体は疲れやすいはずだ。脱ぐのなら、手伝うが」


「……余計なお世話です……!!」


 リリーベルは両腕で鎧ごと自分の体を抱き、アルベルテュスの赤い瞳を射殺さんばかりの目つきでにらみつける。愛用の剣は城壁の下に置いてきてしまったようで、今のリリーベルは丸腰だし、なにより岩に座る体勢を維持するだけでも大儀なほど疲労していたが、意地と根性で「変なことをしたら、浄化しますよ……!!」と言いきった。


「だいたいあなた、紅の一族でしょう。魔物でしょう? 私の鎧も服も、聖水をかけて聖化しているのに、なにを当たり前のように触れているんです!」


 低級な魔物なら、触っただけで火傷してもおかしくないはずなのに。

 紅の一族第六位は笑った。


「あれだけあの魔物に接近して、魔力の染み込んだ土を浴びて、空っぽになるほど白魔術の力を使えば、聖水も中和される。俺が貴女に触れるのに、なんの支障もない。こんな風に」


 言い終わるなり、リリーベルの体が宙に浮いた。

 と、ふたたび腰をおろしている。

 ただし、今までのように岩の上に、ではない。


(え? え? え?)


 リリーベルの額にキスできるような位置に魔物の青年の唇があって、リリーベルの肩や背中を鎧ごと長い腕で包んでいて、リリーベルが座っているのは――――アルベルテュスの膝の上だった。


「お……おろしてください!!」


「お断りだ。もう少しこのままで」


「お断りです!!」


 リリーベルは抵抗を試みるが、力を使い果たした体は意に反してまともに動いてくれない。顔に血が集まり、頭が落ち着きを失っていくのがわかる。


「ブラシを持って来れば良かったな。この髪も梳き直せた」


「けっこうです……!」


 長い指が優しく動いて、リリーベルのほつれ毛を耳にかける。

 耳やこめかみに痺れるような熱を感じて、リリーベルはどうにもいたたまれなくなった。心なしか、鼓動が速い。

 彼女の動揺に気づいているのか、いないのか。

 アルベルテュスは腕に力を込めつつ、本音を吐露する。


「それにしても貴女は本当に危なっかしい。見ていて、冷や冷やする。目が離せない。しばらく留守にして戻ってきたら、早速、あんな汚らわしい魔物と戦っている。間に合ったから良かったものの……貴女は白騎士を辞める気はないのか?」


「ありません……!」


「俺としては、その方が安全だし、心配の種が減るし、貴女の肉体の聖化も止まるしで、良いことだらけなんだが」


「絶対に辞めません!!」


 リリーベルは断言した。アルベルテュスの腕の中から逃れられないのが悔しい。

 そして思い出す。


「……四日間、どちらに行かれていたのですか?」


『留守にしていた』ということは、スノーパールから離れていたということだろう。

 ならば何故、なんのために? やはり良からぬたくらみがあって?

 しかしアルベルテュスは違う解釈をしたようだ。


「ひょっとして、寂しがっていただけたか?」


「違います」


「なんだ。期待したのに」


「しないでください! あなたを寂しがるなんて、ありえません。私は……白騎士ですから!」


 リリーベルは質問を変えた。


「あの魔物は……あなたの仲間ですか?」


 高い城壁の影の土の中で眠っていた、巨大な魔物。多くの死体が魔物化したと思しき存在。

 紅の一族とまったくの無関係とは思えない。

 そう考えたのだが。


「まさか」


 返ってきた答はつまらなさそうな声だった。


「あんな雑な生き物と同列に扱わないでくれ。貴女の言葉といえど、不快だ。いや、傷つく。あれは俺とは無関係だ。俺はどのような目的があるにせよ、あんなつまらない存在ものは造らない」


「雑……つまらない、ですか」


「ああ」


「でも、造られたものではあるのですね?」


「人間の死体と魔物の屍を集めて、太陽の光の届かない地中で……たとえるなら『熟成』させたものだ」


「……っ」


 リリーベルは息を呑む。


「どうして、そんなことを……」


「さあ? まあ、大掛かりなことをしたかったのだろうな」


「大掛かりなこと……ですか?」


「細々とした作業をやらせたいなら、あんな大きさにはしないだろう。大きくて大雑把な作業をさせたかったから、あの形だ。城壁を崩すとか、街を破壊するとか」


 リリーベルはぞっとした。あの魔物が城壁を突破し、その巨体で建物を破壊しながら街を徘徊して人々を襲っていく未来なんて、惨事以外の何ものでもない。


「あの魔物は、スノーパールを襲うために造られたのですか? 誰がそんなことを……」


「まあ、まだ襲うためと決まったわけではないが」


「あ……」


「造った者については――――その手の術に通じた奴だな。方法は雑だが、理論はわかっている」


「術に通じた……黒魔術師とか、紅の一族のような?」


「だから、俺ではないと」


「もののたとえです。あなた以外の紅の一族にも、同じことはできるのでしょう?」


「できるが、やるのはよっぽどの奴だ。そもそも俺達は、滅ばしたければ自分の手で滅ぼす。この程度の街、一日あれば壊滅させられるのに、わざわざあんな魔物を時間と手間をかけて造る必要はない」


 予想とは別方向の反論だった。

 紅の一族、それも位階持ちとなれば、街一つを滅ぼすのもたやすい行為なのか。

 ぞっとしつつも、一方で(それもそうか)と納得する自分がいる。


(この人や紅の一族でないとしたら……それ以外の……たとえば、人間の黒魔術師……? でも黒魔術師なんて……)


 黒魔術師自体は存在する。が、そう簡単に見つかる存在でもない。

 我流のもぐり程度ならともかく、あれだけの魔物を造り出す力量を持った黒魔術師となれば数は限られるし、正統な修行を積んでいるはず。そういう実力者は、その存在も隠匿されているものなのだ。

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