2 不穏な登校 -2-
「ねえねえ。君たち、百花園生でしょう」
学校へ続く坂道を登り始めたところで、声をかけられた。大きなカメラを持った男の人だった。
「どうかな、もう事件からは立ち直ったのかな。新学期は新たな気持ちで送れそう?」
気安い感じで話しかけながら、どこまでもついてくる。
「たくさんの生徒が転校したって話だけど、そのことについてはどう思う? 友達が減ってしまって寂しいんじゃない? 君たちはどうして学校に残ることを選んだのかな。その辺の話を聞かせてもらいたいなあ。もちろんお礼はするよ」
ポケットからいろいろなカードを出し、私たちの行く手を遮るように突きつける。
「どれでも好きなものをあげるよ。ここの駅前のショッピングモールで使えるから。洋服やアクセサリーを買ってもいいし、ほら、アイスのチェーン店の商品券もあるよ。スマホのアプリで使えるカードもあるしさ。SNS のスタンプも買えるし、ゲームに課金も出来るよ」
お姉ちゃんは何も言わずに私の腕を引っ張って、足を速めた。
「ねえ。待ってよ」
後ろから肩をぐいとつかまれた。秋に大怪我したところに指が食いこんで、私は痛さで思わず立ち止まってしまった。
「気取らなくたっていいだろ。援交が流行ってたって話は知ってるし、裏付けもあるんだよ。その辺をもっと詳しく知りたいんだ。話してくれたら、これを全部あげてもいいんだよ」
お姉ちゃんが足を停め、くるりと振り返った。ものすごく怒った顔をしていた。
「失礼ですが。百花園は二期制ですので、年が改まったからといって新学期になるわけではありません。学校案内にも載っておりますから、そのくらい確認なさってから取材においでになるべきではないかと思います」
手厳しい口調で言う。
「それと、妹から手を離してください。大声出しますよ」
「姉妹なの? 似てるね」
そう言ってから男の人は気持ち悪い笑いを浮かべた。
「怒るのは、後ろ暗いところがある証拠じゃないのかい? 大丈夫、匿名にするからさ。何人くらいと会ったのか教えてよ」
私の肩から離れた手が、今度はお姉ちゃんの手首をつかんだ。私は貧血を起こすかと思った。
やめて。お姉ちゃんを放して。
その瞬間、
「きゃああああ!」
お姉ちゃんがとんでもない声を上げた。
「この人、痴漢でーーす!」
シャッター音が響く。撮影したのはお姉ちゃんだ。つかまれているのと反対の手にスマホを持って、男の人の顔に向けている。
「顔と、痴漢行為の現場をはっきり撮りましたから」
にんまり笑うお姉ちゃん。
「ご存知ですか? 今どきの若者は馬鹿ですから、何でも SNS に載せてしまうんですのよ。相手の人権とか気にしないんです」
「おい、やめろよ」
男の人はあわててお姉ちゃんから手を離した。
「ちょっと腕をつかんだだけだろ。痴漢とか、何を勘違いしてるんだよ。調子乗ってんじゃねえよ、ブス」
「あら。暴言ですわね」
お姉ちゃんは微笑んだが、それがめちゃくちゃ怒っている時の顔だと私は知ってる。
「ところで、申し上げるのを忘れておりました。動画も撮っているんでした」
「おい。ふざけるなクソガキ。スマホをよこせ!」
男の人は怒り狂ってお姉ちゃんからスマホを取り上げようとした。お姉ちゃんは、
「ああれええ、引ったくりですわあ」
とかまた大声を出している。なんだかすごく余裕の感じられる悲鳴だった。
そこへ、
「痴漢はここかあ?!」
ものすごい勢いで、人影が飛び込んできた。着物に袴の剣道スタイルに、長いポニーテール。お姉ちゃんの友だちの小百合お姉さまだ。右手に竹刀を持っている。
ちなみにお姉さまというのは他の学校で言う『先輩』のことだ。下のお名前に『お姉さま』をつけて親しくお呼びするのが百花園の伝統だ。
「痴漢はお前かあ! 天誅!」
小百合お姉さまは男の人に向かって竹刀を振り上げてから、お姉ちゃんに気付いた。
「千草じゃん。何だ冤罪かあ、せっかく坂を走って下りて来たのに」
「小百合さんこそずいぶん勇ましい出で立ちですけれど、いったい何をなさってるの?」
お姉ちゃんも呆れた顔で小百合お姉さまを見た。