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2 不穏な登校 -1-

 彩名ちゃんは赤ちゃんの作り方をこと細かに説明した。そのせいで次の朝になっても私の気分はどんよりと沈んでいた。聞かなければ良かったという後悔で、胸がいっぱいだ。


 世の中のお父さんお母さんみんながそんなことしてるなんて、はじめはとても信じられなかった。

 彩名ちゃんがまた意地悪を言って私をだまそうとしてるんじゃないかと疑いもした。


 けれど、本当だとすればわかることもある気がする。

 大人が赤ちゃんの作り方をきちんと教えてくれないわけ。

 理科の授業で習った植物の受精の仕組み。

 本に載っている動物の交尾の絵では、必ずオスが上に乗っている。

 私が小学校の時、受精のことを説明してある勉強マンガを図書室で借りてきたらママが何とも言えない顔で『そういうのはまだ早いんじゃない』と言ったこと。

 みんなみんな、符合してしまう。


 でも、正直そんなの気持ち悪い。すごく汚いことな気がする。

 そんなことしなきゃ赤ちゃんが出来ないなら、一生独身の方がいい。

 パパとママがそんなことをしたなんて信じられない。信じたくない。

 それで私とお姉ちゃんが生まれてきた? そんなの気持ち悪くてたまらない。


 ……考えていたら、本当に具合が悪くなった。食欲も全然ない。

 部屋から出ない私をパパとママは心配してくれたが、私は二人をどんな顔で見たらいいか分からなくてドアを開けることが出来なかった。



 パパが仕事に行く日も、顔を出して見送ることが出来なかった。パパの仕事は海外だから、しばらく会えなくなるというのに。

 私だってパパと話せないのは嫌だけど、でもやっぱり二人の顔がまっすぐに見られない。笑えないし、何を話したらいいのかも分からない。


「忍ちゃん、大丈夫? 学校はお休みする?」

 ママがやけに嬉しそうに聞いてきたので、学校には行くと言った。

 学校は女子校だから女の子しかいない。だから行けばちょっとは気が楽になるだろう……と思う。



 学校が始まる前の日に、大きなカバンを持ってお姉ちゃんと一緒に家を出た。そう言えばお姉ちゃんはもうすぐ結婚する。けど、結婚したらそういうことをするってわかっているのかな。わかっていても結婚したいの?


 そう思ったら、お姉ちゃんと話すのも苦しくなった。

「どうしたの? 変な子ね」

 お姉ちゃんは不思議そうに首を傾げた。



 学校までは電車で二時間。

 駅の改札を出たところに、担任の嵯峨野先生と家庭科の市原先生が立っていた。

「雪ノ下さんたち、ごきげんよう。元気な顔が見られて嬉しいわ」

 嵯峨野先生は朗らかに言う。

「ごきげんよう、先生方。今年もよろしくお願いします。……何かあったんですか?」

 お姉ちゃんがたずねる。


「ご存知かもしれませんが、年末に我が校に関する非常にいかがわしい記事が載った週刊誌が出版されました。そのせいでまた記者や野次馬が学校の周りに集まっています。皆さんの安全を守るため、職員が通学路に立つことになりました」

 市原先生はきびきびと言う。

「下種な好奇心が見え見えの輩ばかりですから、話しかけられても相手をしないように。警察や近所の町内会の方にもパトロールをお願いしています。しつこく絡まれたら大声で助けを呼びなさい。女性の権利は女性自身で守らなくてはなりませんよ」


 お姉ちゃんは顔をしかめた。

「イヤな話ですね」

 先生方はうなずいた。

「生徒はみんな被害者なのにね。いくら言ってもわかってもらえなくて」

 嵯峨野先生が悲しげに言う。


「男の欲望を肯定する男社会がいけないのよ」

 市原先生は鼻息を荒くして言った。

「清らかな少女たちをそういう目で見ることがどれだけ汚らわしいか自覚するべきです。男たちは自分が汚れているから、女も同じように汚れているのだと信じたいのよ」

「市原先生、その話はここでは」

 嵯峨野先生が申し訳なさそうに市原先生に声をかけた。


「あらそうね。つい腹が立って、声が大きくなってしまったわ」

「下り電車が着きましたから、また他の生徒も出てくると思うので」

「そうね。じゃああなたたち、気を付けてお行きなさい」

 送り出された。

 そういう目で見るって、どういう目だろうと思った。お姉ちゃんは意味が分かっているみたいだけど、私にはさっぱり分からなかった。



 去年の秋、百花園で事件があった。生徒が二人、亡くなった。そのうちの一人は私のクラスメートで、もう一人はお姉ちゃんと同じ寮の人だった。

 寮長だったお姉ちゃんは、そのことにすごく責任を感じている。お姉ちゃんは悪くない。悪いのは犯人だ。だけどそれでも、お姉ちゃんは事件の話になると沈んだ顔になる。


 商店街を抜けていくお姉ちゃんの背中を見て歩いた。お姉ちゃんは何も言わない。私も声がかけられない。あの事件のことで責任があるというなら、私も同じだ。もっと早く勇気を出すことが出来たなら、傷付けられずに済む人もいたかもしれないのだから。


 もっとしっかりしなければいけない。もっと大人にならなければいけない。

 いつまでも小さい子供のように怯えて縮こまっていたら、きっとまた同じ失敗を繰り返す。

 自分にそう言い聞かせながら、重い荷物を抱えて道を歩いた。


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