13 信じて踏み込む -5-
「ご、ごめん」
あんまりひかりちゃんががっかりした様子なので、つい謝ってしまった。
「でも先生は特別な人だから」
と言うと、
「玲人の話を聞いたときは頭に血がのぼってカムフラージュとか言っちゃったけど」
ひかりちゃんはじとっとした目で私を見る。
「やっぱりホントに十津見が好きなんだね。前にも聞いたけどさ、どこがいいの?」
「え。優しいし、よく話を聞いてくれるし」
「どこが? 冷たいし生徒を見下してるし、一方的な命令しかしないじゃん!」
うーん。このひかりちゃんとの先生像の差異はどうやって埋めたらいいんだろう。
「えっとね」
私は初めて先生に会った時のことを話すことにした。
百花園は、入試前に開かれる入学説明会に出席した者しか受験できない。うちのママは私の百花園への進学にあまり乗り気じゃなかったから、説明会をすっぽかそうとしていた。
だから私はひとりでも説明会に行こうと思ったのだ。お姉ちゃんからいい学校だと聞いていたし、地元の中学に進むのはどうしてもイヤだったから。
でも駅に向かう途中で彩名ちゃんたち小学校のいじめっ子に会ってしまい、どこへ行くのと問い詰められ、からかわれ邪魔されているうちに電車に乗るはずだった時間がどんどん過ぎていった。
新しいブレザーもボタンをちぎられたり、胸のリボンを破られたり、水たまりに突き飛ばされたりしてぐしゃぐしゃになってしまったけれど、それでもどうしても百花園に行きたかった私は、周りの人にじろじろ見られながら電車に乗って何とか校門までたどり着いた。
だけどそこにはもう説明会の看板も受け付けもなくて、十津見先生がひとりで校門を閉めようとしていた。
みっともない恰好だったからやっぱり不審な目で見られた。私は未練がましく『説明会は』なんて聞いたのだけれど、答えはやっぱり『とっくに終わった』だった。
何もかも終わったんだと絶望に打ちひしがれて帰ろうとした私を、先生が呼び止めた。そして中に入れて受験票の入った資料を渡してくれ、汚れた服を拭くための濡れたタオルと卒業生の忘れて行った古い運動靴を貸してくれた。革靴はびしょびしょだったからすごく嬉しかった。
「それで私、絶対この学校に入ろうと思ったの。偏差値は微妙だったんだけど、受かりたかったから一所懸命に勉強したの」
最初は地元の中学への進学から逃れるためだけの入学希望だった。
でも十津見先生に親切にしてもらって気持ちが変わった。『どこでもいいから逃げたい』が『絶対にこの学校に入りたい』になった。
「その時から好きなんだ」
と聞かれて、恥ずかしいけどうなずく。
「そっかー。そうなんだ。でも忍には悪いけど、それって入学希望者を逃さないようにするため仕方なくだったんじゃないの? 校長から言われてたとか」
だってそういう親切なことするタイプじゃないもんねー、とひかりちゃんは言うけれど。
正直、そんなことは問題じゃないんだ。
もし説明会に遅刻しても欠席しても申し出れば受験票がもらえるんだったとしても、先生が本当は嫌々だったとしても変わらない。
あの時の先生の行動は、この世の中は怖い人ばっかりじゃないんだって私に教えてくれた。
小さい時から知っている近所のお友達にどれほど辛い目に遭わされても、初めて会った見ず知らずの人が優しくしてくれることもあるんだって教えてくれた。
それだけで、私はもうしばらく頑張ってみようって思えたんだ。
だから先生は私にとっていつまでも、特別で大切で大好きな人。
この気持ちはずっと変わらない。
「ふーん」
ひかりちゃんはじろじろ私を見る。
「でもいいの? 十津見だよ? オジサンだよ? もし付き合ってって言われたら付き合える? キスとか出来る?」
すごいこと聞くなあ。顔が赤くなる。
「そんなことあるわけないよ」
「だから、もしもの話」




