13 信じて踏み込む -1-
寮に入ると寮母さんと春香お姉さまに出迎えられた。
大変だったわね、怖かったでしょうと矢継ぎ早に言われる。秋の事件で、彩名ちゃんの彼氏に襲われた時みたい。
「十津見先生が助けてくださったので大丈夫です」
返す言葉もあの時と同じ。私を助けてくれるのはいつだって先生だ。
勇気をもらって戻って来た私は、
「心配かけて申し訳ありませんでした」
頭を下げて、しっかり声に出してあやまることが出来た。
入浴時間は終わっていたけれど、特別にシャワーを使ってもいいと言われた。体が冷たかったので厚意に甘えることにした。
熱いお湯が気持ちいい。余計なものを流し落として、心だけでなく体の外側も綺麗になって浴場を出た。
部屋に向かう途中の階段でひかりちゃんに会った。
「何だ、無事なんだ」
ひかりちゃんはとげとげしく言う。
「別に帰ってこなくても良かったのに」
ああ。何で気が付かなかったんだろう。
ひかりちゃんの体はやっぱり今も薄い黒い煙に覆われていた。
だけど私を見る目はとても不安そうだった。
まるで怯えているみたいに。
いつかこんな目で私を見た人たちがいた。
彩名ちゃんも。
小林さんも。
穂乃花お姉さまも。
黒い靄に包まれている人は、本当は助けを求めているのかもしれない。
私がもう少し大人だったら、もう少し強かったら。あの人たちの未来も変わったのだろうか。
大切な友達だって言いながら、失いたくないって嘆きながら、私はそんなことにも気付いていなかったんだね。本当に自分のことしか考えていなかった。先生の言ったとおりだ。
だから今度は信じてみようと思う。先生のことも、ひかりちゃんのことも。
「廊下で話しているとお姉さま方に注意されるよ」
私は言った。
「部屋に来る? 帰り道であんまん買ってもらったんだ。半分食べる?」
ひかりちゃんは驚いたように軽く目を見開いて、それから黙って私の後についてきた。
部屋に入ってドアを閉める。
私はベッドに腰掛け、買ってもらったおにぎりとあんまんと飲み物を自分の横に広げる。そして、
「座りなよ」
と友達に声を掛けた。
ひかりちゃんは黙ったまま、食べ物の向こう側に腰掛けた。
私はあんまんを半分にして、片方を彼女に渡した。
「……冷たいじゃん」
「先生を見送ってたら、前庭でぼーっとしちゃって」
お茶も買ってもらった時は熱かったのにぬるくなってる。
「バカじゃないの? あんたっていつもそう」
「そうだね」
厳密に言えば、ぼーっとしていたわけではないんだけど。
でも他人から見たらそんな光景だったと思うので、これは嘘をついてるわけじゃないと思う。多分。
ひかりちゃんは冷めたあんまんを一口かじった。
その横顔に私は、
「ひかりちゃん。ごめんね」
と言った。
ひかりちゃんが私を見る。目つきが鋭い。
「何が」
「いろいろ」
うん。いろいろ謝らなくちゃいけないことがあるけど。その前にはっきりさせなきゃいけないことがある。
「でも、玲人くんのことは違うから。あれは玲人くんの嘘だよ」
ひかりちゃんの目が吊り上がる。何か言われる前に、
「私が好きなのは十津見先生だから、他の人に告白したりしない」
ときっぱり言った。
一度吊り上がったひかりちゃんの目が、迷うような光を浮かべる。
「嘘」
「嘘じゃないよ」
私はスマホを出して、玲人くんとのSNSの履歴を見せる。
「ほら。ひかりちゃんに説明してって頼んだんだけど聞いてくれなくて」
ひかりちゃんは私からスマホを奪い取った。履歴も確認して食い入るようにそれを見る。
「玲人から呼び出ししてるんじゃん。それも忍が断ってるのに無理やり」
ため息をつくように言ってから、
「れーと、あのバカ~~~!! いっつもいっつも、お調子者なんだからあっ!!!」
ものすごく怒り始めた。
私はびっくりしてひかりちゃんを見る。半年以上も一緒にいたのに、こんなひかりちゃん初めて見た気がする。
それからひかりちゃんは、
「忍、ごめん!」
潔く頭を下げた。
「玲人のバカは今度会ったらシメとくから。あいつ……逆エビからかかと落とし決定だ……」
なぜか指をボキボキ鳴らすひかりちゃん。あれあれ? ひかりちゃんってこんなキャラだっけ? 図書委員でコーラス部で、いつも私をかばってくれるおひさまみたいにあったかい女の子じゃなかったっけ?
びっくりしたのが顔に出ていたのか、ひかりちゃんはバツが悪そうな顔になった。
「ごめん。あんなことしておいて許されないよね。でも!」
口調がちょっと強くなる。
「どうせ許してもらえないと思うから言っちゃうけど。忍だって悪いと思う。もっと早くこれを見せてくれていたら、私だって……」
「話聞いてくれなかったじゃない」
冷静に指摘すると、
「そ、そうだけど」
しゅんとなってしまった。ちょっと言い方きつかったかな。




