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12 世界の声 -2-

 そんな話をしている間に学校に着いた。先生は『念のため』と言って寮の前まで送ってくれた。

「どうもありがとうございました」

 出来るだけ丁寧に頭を下げる。

「今回のことはよく反省するように。期待はしていないが」

 先生は冷たく言う。


「それから今日のことは学校と君の家に報告する。明日また警察に行くことになるかもしれないから覚悟しておくように」

 そしてくるりと背中を向け、さっさと立ち去ってしまった。私はそれをずっと見送っていた。


 海から吹く風が、ここでも木の枝を揺らしている。冬になって葉を落とした木、冬でも緑の葉をつけた木、それぞれが違う音を立てている。

 不意に、おばあちゃんに言いつけられた修行をするのをしばらく忘れていたことを思い出した。

 ひかりちゃんに嫌われてしまってから、そのことで頭がいっぱいになって忘れてしまっていた。

 ううん、もっと前から。彩名ちゃんからあの話を聞いた頃から、私は大事なことを忘れていた気がする。


『いつも自分を研ぎ澄ましなさい』

 そうおばあちゃんは言っていた。

『大地の声を聴き、風の声を聴き、星と太陽の声を聴きなさい。流れる水の音に耳を澄ましなさい。空を行く雲の動きを知りなさい。絶え間なくうなる海の声を聴きなさい』


 小さな自分の中ばかり見つめず、外の世界の声を聴けと。

 私はこの世界の小さなかけらに過ぎないのだと知れと。

 そうすれば自分の力なんかどれほどちっぽけなものなのか分かるのだって、おばあちゃんは言ったのだ。


 自分のことだけを見て、自分のことだけを考えていると力は滞る。

 小さな自分の尺度でものごとを図っては力を制御することは出来ず、いつか必ずそれは暴走するのだと。


 私はゆっくりと『自分の外』に感覚を伸ばしていく。

 風の冷たさ。空気のにおい。足元の芝生と土は乾いている。花壇のパンジーやクリスマスローズは夜になって少し花を下に向かせて、ひそやかに呼吸をしている。


 椿の花が落ちる。

 街路樹の中で小さな雀が身動きする。

 夜空に漂う雲はゆっくりと動いていく。

 十三夜の月が煌々と、そして遥か遠くの星々が冴え冴えと輝いている。


 ああ。

 私は私のことばかり考えていたな。

 世界はこんなに広いのに。

 どんなに自分を広げても、あの星のひとつにも届かせることが出来ないほど広いのに。

 ずっと自分の周り数メートルのことしか見ようとしなかった。


 足元の土の下には小さな生き物たちの気配。

 そのずっとずっと下には、この星の熱い命。


 私の中で滞っていた力がゆっくりと回りだす。それは私の外側へ飛び出し、冷たい大気とひとつになり、星に照らされ風にさらされ地熱に灼かれ、他のたくさんの生き物の中を通り抜けてまた私の中へ還ってくる。


 ああ、これは私だけの力なんかじゃないんだ。

 もっと大きな、この星全体を廻っているものを、私がたまたまはっきりと感じ取れるだけなんだ。


 ずっと間違えていたな。

 私だけの特別な力なんかなかった。

 これはただ、風や雨やおひさまの光と同じようなもの。

 いつも周りにあって、循環していろいろな場所やいろいろなものの間を通り抜けていくものだったんだ。


 だったら私は、二度とこれを自分のものだなんて勘違いしちゃいけない。

 これは自分勝手に使うためのものじゃない。



 さっきの記者さんを思い出した。

 あの人を、この力で壊さなくてよかった。


 あの時の彩名ちゃんの彼氏を思い出した。

 あの人も、この力で壊さなくてよかった。


 自分を分割してしまったあの人を思い出した。

 あの人をこの力で壊してしまったことを、私は一生悔やまなくてはならない。

 それを忘れてしまったら、あの人は鏡の中の私になってこの力で周りのすべてを壊してしまうのだろう。



 私はゆっくりと私の中へ還る。

 指先まで冷え切っていた。

 けれど頭も気持ちも、久々にとてもクリアになっていた。


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