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11 海風の吹くところ -4-

「先生」

「何だ」


 先生の返答はぶっきらぼうだ。まだ不機嫌みたい。

 けれどそのことは気にせず、私は先生をまっすぐに見て言う。

「ありがとうございます」


「な、何だ急に」

 先生は驚いた顔になる。

「あの」

 私はためらう。


 ちょっと前までだったら何も考えずに先生の胸に飛び込めた。

 だけど今はそれが子供っぽくて、先生に対しても失礼なことなんだろうなって分かったから、力いっぱい抱き付きたい今の気持ちをどうしたらいいのか分からない。



「えっと……先生のおかげで元気が出ました。ありがとうございます」

 どうしてこう、子供っぽい言葉しか出てこないかなあ。ホント私って、子供なんだな。

「あの……私、先生のこと大好きです」

 せめて気持ちを伝えたくて精一杯そう言ってみるけれど、やっぱりこの言葉もとっても子供っぽい。いろんな意味で恥ずかしい。もっと大人っぽく告白できればいいのに。


 何も知らなかった頃は楽だった。だけどいつまでも小さな子供のままでいたくないなら。

 先生の信頼に応えられるようなちゃんとした自分になりたかったら。

 あのままじゃきっとダメなんだ。


「まあその……」

 先生はひとつ咳払いをして、

「そういうことを平気で言えるのだから、君はまったく子供だな」

 と言った。

 恥ずかしいけど、それはきっと本当のことなんだろう。私はホントに、嫌になるほど子供なんだ。


「冷えてきた。そろそろ行くぞ」

 先生に言われて、私もあわてて一緒に立ち上がった。

 その時、肩に回された先生の手が私の背中を軽く押した。


 一瞬だけ私の額がこつんと、先生のワイシャツの胸元に当たる。

 先生の香りがしてドキッとする。

「ご、ごめんなさい」

 すぐあわてて先生から離れた。ほっぺたと耳が熱い。

 ……今の、偶然なんだよね? すごくラッキーな偶然だったけど。


 先生は眼鏡の向こうから冷たく私を見下ろして、

「さっさと行くぞ。足元が暗いから気を付けなさい」

 と左手を差し出した。


 先生の大きな手に右手を握ってもらって、ゆっくりと暗い坂道を降りる。

「君は」

 先に立って歩きながら、先生が言う。

「いつだってどうせ最後には自分の好きなように行動するんだろう。君はそういう人間だ、もう諦めている。だったら開き直ってもっとわがままになれ。君の姉のように図々しくなれとは言わないが、少しは見習ってもいい。君は本質がわがままなくせに遠慮深すぎる」


 手を握られているのとは別の意味で恥ずかしくなった。私、そんなにわがままかな?

 だけど先生が私のことを気遣ってそう言ってくれていることはよく分かる。


 先生が好きだ。大好きだ。

 それは恋とか愛とかいうものなのかどうかは、子供の私にはまだ良く分からない。

 でもこうやって手をつないでもらって歩くだけでドキドキする。ただ一緒にいるだけで嬉しいって思う。その気持ちは絶対に嘘じゃない。


 だから今は、ただそれを大切にしてみよう。

 先生が好きだし、先生にも私を好きでいてほしい。

 こうやって先生と色々なことを話したり笑ったりしていたい。

 その先にあるものが、夢見ていたおとぎ話のようでなくても。


 ずっと一緒にいたい。

 その気持ちを込めて、私はつないだ手をギュッと握った。


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