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11 海風の吹くところ -2-

 先生がまたため息をつくのが聞こえた。今度こそ呆れられてしまったかも、と思うと怖くなる。自分みたいな手間のかかる生徒の世話をするのはうんざりだと思われてしまったかもしれない。

 坂道を駆け下りてこの場から逃げ出してしまいたい。

 その気持ちが抑えられなくなって立ち上がりそうになった時、大きな手がそっと私の背中に触れた。


「……君はバカだ」

 海の方を向いたまま、先生は低くそう言う。背中に回された手は傷痕の残る場所を避けて、私を包み込むように抱きよせた。

 それはあの記者にされたみたいに強引でも自分勝手でもなく、ただとても優しい。冬の海風で冷えた体に添えられた掌が、温かさを伝えてくれる。


「だいたい遠山ひかりも遠山ひかりだ。事情も聞かずに一方的に君を責めるような奴が友人と言えるか。私だったらこちらから縁を切る」

「でも、それは」

 私が悪かったから……と言おうとすると、

「君の一番悪いところは」

 先生の言葉が有無を言わさずそれを遮った。


「周りを信頼していないところだ。だから一人で行動する。だからすぐに迷う」

「え……いえ、あの」

 私が信頼していないのは『自分』だ。

 私が私を信頼できていないから、どこへ行ったらいいのかどうしたらいいのかいつも迷っている。そのはずなのに。


「違うとでも言うつもりか」

 先生の顔がやっとこちらを向いた。眼鏡の向こうの目がじろりと冷たく私をにらむ。

「ではなぜ相手が悪い時も糾弾しない。君の話を総合するに、君が糾弾するのは敵だけだ。そうでなければ君は話し合う努力を放棄して、『傷付いた』と勝手に言って相手から距離を置く。つまり君は、敵にも味方にも一切の釈明を許さない一方的な断罪しかしない」


「え……えっと、それは」

 そうなのかな。そんなつもりじゃなかったんだけど。

 話し合おうとしたつもりなんだけど。聞いてもらえなかったから。いつでも聞いてもらえないから……。


「君は友人を信頼していない」

 先生はもう一度言った。

「君の言葉で相手が行いを改める可能性を初めから否定している。だから相手を咎めない。他人を非難しない態度は一見したところではご立派だが、要するに君は他人を同等に見ていない」

「そんなつもりは……」

「つもりがあろうがなかろうが、君がやっていることは結局そういうことだ」


 そうなのかな。

 先生の言うことには納得できることもある。

 私は自分が友達と同等だとは思っていない。いつも人に嫌われてしまう自分のことを、みんなと同等だなんて思えない。

 私なんかの言葉で、誰かが心を動かしてくれるとも思っていない。だから聞いてもらえなかったらすぐに諦めてしまうのかも。


 でもそれはみんなを見下していたわけではなく、みんなと同じように出来ない自分自身を蔑んでいたから……のはずなのだ、けれど。

 結局、同じことなのだろうか。見下していても見上げていても、届かないのだと諦めてしまう行為は他人から見たら変わらない?

 私は私を信じていないだけでなく、同じように他の人のことも信じていないのか。


「君のそういう態度がとても腹が立つ。何のために連絡先を教えたと思っているんだ」

 先生はとても不機嫌だ。

「君は挨拶をよこしたきり一度も連絡をして来ないし、その間に他校の男子と遊びまわっているし、あんな事態になっても私のことを思い出しもしない。どういうつもりだか聞かせてもらいたいものだ。君は私をバカにしているのか?」


「そんなことありません」

 私は大慌てで首を横に振った。

「残念だがとてもそうは思えない」

 先生は肩をすくめる。

「もう何度目だか分からないから言うのもバカらしいが。君にとって私は、そんなに頼りにならない人間か? 私は……あー……君の友人、だと思っていたが」


 言いにくそうに先生が口にしたその言葉に、私はもう一度泣き出しそうになった。

 私なんかが友人だなんて。こんな嬉しい言葉はない。


 そして、先生の言葉の意味をはっきりと理解した。

 秋のあの事件の最中にも、先生は同じことを私に言ってくれた。けれど私は全然それを信じていなかったのだ。


 大好きな人がくれた嬉しい言葉なのに、大人の都合から出た言葉ではないかと疑っていた。

 それはどれだけひどい不信で、裏切りで、侮辱なんだろう。

 私は『大好きな人』と呼ぶ相手を少しも信頼していなかった。


「……ごめんなさい」

 言えることは他になく、私はうつむいて言葉をしぼり出す。

「ごめんなさい」

 泣いちゃダメだ。泣く資格なんか私にない。そう思って、こぼれそうになる涙を必死でこらえる。


「君は私のところに来ては泣くのが習慣になっているものだと思っていたが」

 先生は冷たい口調で言う。

「泣かないのか? とうとう私はその程度の頼りがいすらないと見限られたか。君はひとりでもやっていけるのだろうし、特別な力などない平凡な私は見捨てられても仕方ないかもしれないが……」


「そ、そんなこと思ってません」

 私はあわてて顔を上げる。

「あの、ただ……これ以上迷惑をかけてはいけないと思って」


 先生は派手にため息をついて見せた。

「またそれだ。君、もっと周りを頼れ。信頼しろ。何のために私がここにいると思っている? 君はそれで恰好をつけているつもりなのかもしれないが、本音のひとつも話さないで全て自分で抱え込み、自分一人で決着をつけるなら横にいることに何の意味がある? そうやって心を閉ざされたままで、私は君の友人だと言えるのか?」


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