10 弾丸を放つ -4-
街灯の光の外からゆっくりと背の高い人が現れる。スマホを掲げた十津見先生はとても怒った顔をしていた。
「その子から手を離しなさい。証拠は撮らせてもらった、未成年略取未遂の現場写真として警察に提出すれば十分通用するだろう。ああ、もう警察は呼んである。すぐに到着するだろうから覚悟しろ」
「ちょっと待てよ」
記者の人は私を放し、憤慨した様子で言った。
「言いがかりだ。俺はこの子が気分が悪そうだったから介抱してやろうと思っただけだ」
「と言っているが」
先生はとても冷たい目で私を見た。
「君の意見は?」
「無理矢理引き止められてました」
私は力なく言った。『能力』を使おうとして過集中していた反動で、強い虚脱感に襲われていた。
「お金あげるからついて来いって。エンコーやってたんだろって。ホテル行こうって言われました」
「中学生にそんなことを言ったのか、この変質者」
先生の顔が更に険しくなる。大股に近づいてきた先生は私を突き飛ばすようにして記者から遠ざけ、相手と向かい合う。胸ぐらをつかまれ記者の人はひっと悲鳴を上げて首をすくめた。
「警察を呼んでいなければ叩きのめしているところだ。免許証を出せ」
縮こまったまま、記者の人は訝しげな視線を先生に向ける。
「さっさと出せ。腕を折ってからの方がいいか?」
その言葉に記者の人は顔色を青くして、渋々とズボンのポケットからパスケースを取り出す。
先生はそれをもぎ取ると、私に向けて放ってよこした。
「運転免許証は分かるな? 君の携帯電話で写真に撮っておきなさい。裏面もだ」
私はあわてて制服のポケットを探ってスマホを出す。この気持ち悪い人の写真を自分の携帯のデータに残すのはイヤだったけれど、先生の言うとおりにしなくてはいけないと思ってカメラを操作した。
「なあ。ホントに悪かったよ。つい口が滑っただけだよ。本気じゃなかったんだ」
記者の人は懇願するように言った。
「警察は勘弁してくれ。前にも注意されてるんだ、出版社に迷惑をかけたら仕事を干されちまう」
「そっちの都合など知らん」
先生は吐き捨てるように言った。
「うちの生徒に対して再三暴言を吐いていることを知らないとでも? 悔やむなら自分の言動を悔やめ。容赦する気はない」
そう言っている間にパトカーが来た。
やって来たのは前の事件の時にも話を聞かれた刑事さんだった。先生の顔を見て、
「またあなたですか」
とちょっとうんざりしたように言った。
記者の人は警察署で話を聞かれることになり、しょんぼりと肩を落としてパトカーに乗せられて行った。
さっきは気味の悪い怪物のようだったのに、その背中は普通の人のもので。私はようやく、自分がもうちょっとであの人をズタズタにしてしまうところだったことに気が付いた。
自分勝手な恐怖や嫌悪感だけで相手を傷付ける。そんなことをしたら、何人もの女の子を苗床にして咲いていたあの花園の黒い薔薇と変わらないじゃないか。
残った刑事さんが、私と先生にひととおり事情を聴いてメモに取っていく。
「じゃあまた、うかがいたいことがあったら連絡させていただくかもしれません」
刑事さんはそう言って先生に軽く会釈してから、
「君さ、こんな暗くなってから一人で歩き回っていちゃダメだよ。先生に心配かけないちゃいけないよ」
と私に注意をした。全くその通りなので、黙って頭を下げた。
坂道には私と先生の二人が残された。
先生は黙っている。私も申し訳なくて何と言ったらいいのか分からない。ずいぶん長く沈黙が続いたけれど、ずっとそのままなのも気まずいので、
「あの」
あやまろうと口を開いたら、
「黙りなさい」
斬り捨てるように遮られた。
「あれだけ何度も言ったのに、やはり君は全く反省していないな。どうして君はいつもそうなんだ。なぜ軽々しくあんな男と口をきく」
何も言えない。そう思われても仕方がない。また先生に迷惑をかけてしまった。
これ以上迷惑をかけたくなかったのに。小さな子供みたいに甘えるばかりでいたくなかったのに。
なのに、やっぱり私はまた迷惑をかけることしか出来なくて、
「君の謝罪は聞きたくない。前にも言ったが、君はどうせちっとも反省していないのだからな。口先だけの謝罪など聞くだけ無駄だ」
こうやって叱られる羽目になる。
謝るなと言われてしまうと、もう私が口にできる言葉は何もなくなる。うつむいて自分の靴紐の結び目を見ていることしか出来なくなる。
「あー。その」
しばらく沈黙が続いた後、先生が咳払いをして口を開く。
「嵯峨野先生が、君が出かけるのを見かけたが帰るのは見ていないと言うから探していたんだ。こんな時間まで何をしていたんだ? ……その」
先生は言いにくそうに一度言葉を切る。
「君が他校の男子と付き合っているとかいう噂を耳にしたが、まさかその男と会っていたわけではないだろうな? いや、つまり交際届が提出されていないという話だが」
私は驚いてパッと顔を上げる。
街灯の下で私を見ている先生の顔は、陰になってはっきりと表情が見えない。
あんな嘘が先生の耳にまで。
それは私の心の最後の堰を粉々に打ち砕いた。今まで懸命に抑えてきた様々な感情がとどめるものを失って、外に向かって一気に流れ出す。
「違います」
私は必死に訴えた。目頭が熱くなる。涙が勝手にこぼれ出す。
「違います」
声が震えて、ふにゃふにゃになって、鼻水が詰まって鼻が痛くて、みっともない。
こんな汚い顔も、情けないところも見せたくないのに。先生には一番見られたくないのに。
あふれ出した私の涙はもう止まらなかった。




