10 弾丸を放つ -3-
記者さんは私の肩を押さえつけ、自分の方に引き寄せようとする。私はあわてて足を踏ん張って、それに逆らう。
「あの、結構です。寮で夕食が出ますから。だからあの、早く帰らないと」
相手の顔にいら立ちが走る。黒い煙がぶわっと噴き出し全身を覆っていくのが見えた。
「いい子ぶるなって言ってんだろう。取材費も出るんだ、服でもアクセサリーでも買ってやるよ。お前さ、やってたんだろ、エンコー」
声がなぶるような響きを帯びて低くなる。私の耳に熱い息がかかって気持ち悪い。
「子供みたいな顔して、体つきも男を見る目もエロいもんな。見たらすぐ分かるんだよ。あの事件の犯人が生徒に援交やらせてたって噂は聞いてるんだ。あいつが逮捕されて仲介してくれるやつがいなくなって、カラダを持て余してるんじゃねえの? なあ、話してくれたら金もやるし、いい思いもさせてやるからさあ。ついて来いよ」
その瞬間、頭の中にパッと映像がひらめいた。
私の目に映る黒い煙は、人の抱く悪意。それを知ったのはいくつくらいの時だっただろう。
おばあちゃんの指導でその力を制御しようと鍛錬していく間に、私はその悪意の『源泉』をたどる糸を見つけることが出来るようになった。
誰かの心を歪ませている、その源を知ることが出来れば、私はそれを分解することも可能になる。
けれどまだまだ私は修行不足なので、悪意だけを分解することはとても難しい。今の私では、相手の人に大きなダメージを与えるようなやり方しか出来ないらしい。だからおばあちゃんには、緊急の場合以外にやってはならないと言われている。
それでも去年の秋に私は、ある人の心を完全に壊してしまった。他に抵抗の手段がなかったのだけれど。どうしようもなかったとは思っているけれど。
もう少し私が自分の力を使いこなせていたらとは今でも思う。
悪意の源泉を『見る』ことも、そこまでではないが私にとって制御が難しい能力だ。しっかり集中していないと余計なことまで見えてしまって、何が原因なのか判断がつかない。相手の心に飲まれてしまうような状態に陥ることもある。
この時が、正にそうだった。
イメージの中で私は裸にされていた。裸の私に目の前の人が覆いかぶさって、その私に様々なことをしていた。
映画のフィルムを一コマ一コマ写真に撮って並べたように、数限りないシーンが一度に頭の中にあふれかえる。その全てが、私にとってゾッとするような光景だった。
吐き気が喉までこみあげてきて、私はその場にうずくまろうとする。だが肩をつかんだ腕がそうさせてくれない。
服越しにでも触られていることが気持ち悪くて、気色悪くて逃げ出したい。
だけど気持ち悪すぎて悲鳴も出ない。
同時に突然理解した。秋の事件の時に、彩名ちゃんの彼氏が私を殴って上にのしかかってきたことがあった。
あの時、あの男もこんなことを考えていたのか。
事件の後でいろいろな人にやたらに『怖かったね』と同情された理由が今更分かった。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
彩名ちゃん、あなたはあの男を本当に好きだったの? 無理矢理に、抵抗も出来ないでほしいままに貪られて、それを何とか耐え忍ぶために好きだと思い込んだのではないの?
好きな人にされたことだから平気なのだと、むしろ自分も望んだのだと、そう思い込もうとしたのではないの?
「よしよし。言うこと聞くんなら俺も別に乱暴にはしないからさ」
横に立つ男が嬉しげに何かを言っている。
「まずはホテルだな。そこに車が停めてあるから行こうぜ」
私は足を停める。
「おい? どうした。さっさと来いよ」
男はまた苛立たしげな声を出し、私の背を強く押して前に進ませようとする。
ああ気持ち悪い。厭わしい。
触るな。私に近づくな。
あんたなんか、壊れてしまえばいいのに。
力が収束する。焦点に向け絞られていく。
この男を壊すための言葉を、きっかけを、無数の糸の中から探し出してしっかりと掴み取る。
要の糸を引き抜いてしまえば相手はバラバラにほどけて崩れてしまうだろう。
「……あんたなんか」
まっすぐに相手の目を見て、私は見つけた言葉を舌に乗せる。
「あんたなんか、ジャーナリストに……」
いつか誰かがこの人に向けて放った弾丸。一発で古傷を開き致命傷になるその言葉を最後まで口にする前に、暗闇にシャッター音が響いた。




