10 弾丸を放つ -1-
『柊実文庫』の管理を私が受け継いだことは、紗那お姉さまから正式に寮生全員に伝えられた。
私は公然と文庫の部屋にこもっていられるようになった。もしかしたらそれもお姉さまの気遣いだったのかもしれないけれど、おかげで寮にいる時間が少しだけ楽になった。
バレンタインデーを一週間後に控えた頃、学校にお客様が来た。
学校が所属している教会の本部からシスターが ALT としてやって来てみんなに英語を教えてくれるということだった。
嵯峨野先生が言うにはこれはあまりないことだそうで、みんなシスターに失礼がないようにと何度も念を押して言われた。
私も気を付けよう。おばあちゃんの住んでるところって英語がちょっとなまってて『two』が『ヅー』みたいな発音になるんだよね。
小学校の時にも ALT の先生が来て英語でしゃべる機会があったんだけれど、その時は急に英語で話しかけられて焦っちゃってなまり丸出しで話しちゃって、『One more please?』って三回くらい言われてものすごく恥ずかしかった。
家でその話をしたら、お姉ちゃんが『まるっきり同じことを私もやった』と言った。私とお姉ちゃんの間ではその事件を『櫓館(おばあちゃんの家の名前)の呪い』と呼んでいる。
もう呪いは十分なので、今度は失敗しないようにしなくちゃ。
「Good morning, everyone. I’m Nancy Summerfield, call me Nancy, please.」
海を越えてやって来たシスター・ナンシーは若くてきれいな先生で、朗らかにそう挨拶してくれる。
それから全員が順番にシスターに自己紹介をして質問に受け答えする。
自分の番になった。ちゃんとした発音でしゃべらなきゃ。
「Good morning, Z……Sister Nancy. I'm Pacie……」
ミスった。発音に気を取られていて、英語の方の名前を言いかけてしまった。
「I'm Shinobu Yukinoshita. Nice to meet you.」
あわてすぎて、それだけ言って口をつぐんでしまった。好きな教科とか、何か自己紹介をしなきゃいけなかったのに。
「Hello, Shinobu. Could you teach me where your Dad lives in?」
手元の資料を見ながらシスターが質問してくる。早く答えなきゃ。そしてなまらないようにしないと。
「My father John lives in Shanghai ……」
答えてしまってから、あっと思った。パパの名前、ジョンだって言っちゃった。上海に住んでるって言っちゃった。
ハーフだって言うと、また小学校の時みたいに変な目で見られる。そう思ったから、パパのことは誰にも言っていなかったのに。
周りがざわざわし始めている。シスターの質問はまだ続いていたが、自分がそれに何と答えたのか私にはもう分からなかった。
シスターが教室から出て行った後、私はぐったりしていた。何でだか私はやたらに当てられて、最後の方は焦って結局なまった英語で受け答えしちゃって『Pardon?』とか聞き返されて、もう本当に小学校の時の再現そのものだった。大失敗だ。
英会話教室に通っていて、きれいな英語を話せる子がいっぱいいたのに。何でなまってる私ばかりをそんなに当てるの。
焦ってしまって、今までみんなに黙ってきたことも全部話しちゃったし……。
「忍」
呼ばれて顔を上げると、美空ちゃんが前に立っていた。
「君ってハーフだったんだな」
聞かれるよね、それは。
「うん、まあ……」
私はまたうつむく。
「二重国籍なんだって?」
「うん、まあ……」
「向こうの名前が、ペイ……なんだっけ」
「ペイシェンス・ブロムフォード……」
答える声がだんだん小さくなる。
「話してくれても良かったのに」
「えっと……うちのパパ、外国人って言ってもアジア系とかいろいろまじってるし、別にかっこ良くないし、私もどっちかというとママ似だし……」
小学校の時は授業参観に来たパパを見て外国人のくせに金髪碧眼じゃないからニセ外人だと言われたり、日本語は話せるけど興奮すると英語になってしまうパパのことを『日本なんだから日本語で話せ』と言われたりした。
自分の悪口なら自分が我慢すればいいだけだけど、パパのことを言われるのはすごく嫌だった。
おばあちゃんの家に行ったことを話すと、彩名ちゃんに言われたように『海外旅行に行った自慢か』と言われる。そういうのが嫌だから、もうパパのことは内緒にしておこうって思っていたのに。
美空ちゃんは小さくため息をついた。
「……君とひかりとのケンカのことには口を出すまいと思っていたんだけど」
ひかりちゃんの名前に、私の心臓はびくっとする。
「彼女も彼女だけれど、君にも問題があるんじゃないか? この話は私にも少なからずショックだった。ひかりなら尚更じゃないのかな」
それだけ言って美空ちゃんは自分の席に戻ってしまう。
それをぼんやり眺めながら私は、ああまたかと思っていた。




