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9 不安と激励 -3-

 その週の終わり。夕食を終えた後にひとりで部屋に戻ろうとした私は、紗那お姉さまに声をかけられた。

「忍さん。暇だったらちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 百花園では、下級生は基本的に上級生に逆らってはならないことになっている。私も素直にお姉さまの言葉に従った。……どうせやることもないのだし。


 お姉さまに連れてこられたのは一階の端っこの小部屋だった。代々の寮生たちが置いていった本が所狭しと置いてある、通称『柊実文庫』の部屋である。

「ここさあ。入学以来六年、私がずっと管理してきたのね」

 紗那お姉さまは大事なものを見る目で本棚とあちこちに積み上げられた大量の本を見る。

「でも、私ももうすぐ卒業だし。それで、後を忍さんに任せたいと思ったんだ」


「え」

 私はびっくりした。そんな大役を、どうして私に?

「だって忍さん、本が好きでしょう。あなたのお姉さんの千草さんも相当読む人だけどさ。一年間見てきて、ここを一番使ったのはあなただったから。本の管理は本が好きな人にしか託せないよ」


 自分の頬が赤くなるのが分かった。

 確かに本を読むのは好きだ。部屋に座ったままで見たこともない世界に行ける感覚も、知らなかったことを知ることが出来る感覚も。

 この部屋の静かな空気も好きだった。だからやることがない時やひとりで寂しかったり悲しかったりする時は、本の山に隠れるようにして表紙を開いていた。


「別にずっとやれって言ってるわけじゃないよ。これから入ってくる下級生にもっと適任な人がいれば、代わってもらえばいい。私みたいな本好きなら喜んで飛びつくからさ。それまでの中継ぎだと思ってくれても構わないよ」

 そう言われるとせっかく紗那お姉さまが私を選んでくれたのに、嫌がっているような気がしてしまって申し訳なくなる。


「あの、嫌なわけじゃないんです」

 あわてて言うが、自分でも言い訳じみてると思う。本当に私ってもう、どうしようもない。

「ただ、私なんかでいいのかなって……」

「うんうん。だいたいそんな反応だろうなって思ってた」

 紗那お姉さまは笑顔でうなずく。


「忍さんはね、もう少し自信を持ちなさい。そういうところは姉さんを見習った方がいいよ。あの人って天然のファイターじゃない?」

 お姉ちゃんと比べられると自分が不甲斐なさ過ぎて、私の視線は下に向かってしまう。

「あーいや、忍さんが千草さんに負けてるって言ってるわけじゃないよ。言葉が足りなくてごめんね。私はね、本当は千草さんより忍さんの方がファイターだって思ってるから」


 意外な言葉だ。私はびっくりして顔を上げ、紗那お姉さまの顔を見る。

「だってさ」

 と紗那お姉さまは言った。

「秋の事件の時に大怪我したのは千草さんじゃなくて忍さんだったじゃない。千草さん泣いてたよ、自分をかばって妹が怪我したって。鬼の目にも涙ってやつだったよ」

 うーん、紗那お姉さまもお姉ちゃんのお友達なのだが、皆さまはお姉ちゃんを一体どんな人だと評価なさっているんだろう。


「でもさ」

 困ってしまった私をそのままに、紗那お姉さまは話し続ける。

「それって、刃物を持った相手にあなたが立ち向かったってことだよね。普通できないよ、いくら家族が危険にさらされていたって。二人殺した相手の前に出て行くなんて怖いよ。だからね私、忍さんは強い人なんだなって思ったの。千草さんはほら、魔女とか言われてるけどあれで結構人望があるというかね。あの人には敵わないなってみんな思ってるのよ。でもその千草さんより忍さんの方が強いんだ」


 それは。

「買いかぶりです。私はただ考えなしだっただけで」

 あの時も、お姉ちゃんにも十津見先生にもいっぱいいっぱい怒られた。

「だからさあ。忍さんの一番悪いところは、自己評価の低いところ」

 紗那お姉さまは呆れたように言う。

「それね、人によってはイライラするよ。あなたより劣ってる人の前であなたがそうやって自分を卑下したらね、それって自分がそれ以下のゴミクズだって言われてるようなものでしょ?」


「そんな」

 私はもっとびっくりする。

「そんな、私より劣ってる人なんて」

「いっぱいいるよ。決まってるでしょ。大体、オールラウンドにダントツ一番な人なんていないよ。オールラウンドにダントツびりの人もね。みんなどこかしらが誰かに勝ってるし、どこかしらが負けてるの」


 お姉さまは言いながら本棚から一冊の本を手に取り、くるりと回る。

「……で、私が見たところ今このコレクションを託すのに一番ふさわしい人は忍さん。だから誇りをもってこの仕事をやってくれると嬉しいなあ。本音で答えてほしいんだけど、引き受けるのは嫌かな」



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