8 暗転 -4-
寮に入るとひかりちゃんが待ち構えていた。
「忍、ちょっと」
声が固い。何だかすごく怒っているみたいな気がする。
廊下に出てお姉さまたちの耳に声が届かない場所まで来ると、
「嘘つき」
いきなりなじられた。
「家の用事で出かけるって言ったじゃない。何よそれ。全部嘘だったんじゃない。嘘つき」
まくし立てられて茫然としてしまう。言われていることが分からない。
「え……嘘って。本当に今日はお姉ちゃんの結納だったんだけど」
何でこんなに、何をこんなにひかりちゃんは怒っているのだろう。
「この期に及んでまだ嘘をつくの? 信じられない」
ひかりちゃんはみさげはてたという声を出した。
「忍ってそういう奴だったんだね。今まで勘違いしてた。星野や小林の方が見る目があったのかもだね」
胃のあたりがすっと冷たくなる。それは去年の秋まで一緒のクラスで、私に冷たく当たっていた子たちの名前だ。一人は転校してしまい、一人はもうこの世のどこにもいないのだけれど。
「ごまかせると思ってんの? バーーカ。ちゃんと証拠があるんだよ」
ひかりちゃんはスマホの画面を私に向かって突きつけた。
そこに写っているのは見覚えのある店内。机の上に無造作に置かれたハンバーガーの包み。
向かい合って座る私と、玲人くん……。
「小学校のクラスメートが送ってきたんだ。玲人が知らない女の子と会ってるって」
ひかりちゃんは冷たく言った。
あの時の女の子たち……。いつの間に写真を撮られたんだろう。
「玲人は私の友達だよ。どうして私に無断で、こそこそ会うようなことをしてるの。やり方が汚いよ」
「え、あの、違う……」
私は何とか釈明しようとする。
「玲人くんに呼び出されて、話があるって言われて……俊くんも……」
「俊くんは関係ないでしょ!」
ものすごい声で怒鳴られた。
「ちょっと、ひどくない? 都合が悪くなったら玲人のせいにするの? サイテーだね。私、ちゃんと先に玲人に確認したんだよ。どういうこと? って。玲人は言ってたよ、あんたに呼び出されて告白されたって」
頭が真っ白になる。
私が呼び出した?
告白?
何それ。なんでそんな嘘を。
「違う、よ……」
そんな力ない声しか出ない。何が何だかわからなくて、言葉も出てこない。
「ほら。また嘘」
ひかりちゃんは決めつける。ダメだ。私の言うことを聞いてくれる気なんかない。
「十津見が好きとか、全部カムフラージュだったんだね。ホント最低だね、あんた。そんなに自分を飾ってどうすんの? いくら表面だけいい顔したって、あんたが嘘つきの最低女だってことは変わらないんだよ?」
ひかりちゃんの言葉は矢のように降りかかり、私の全身を傷つけていく。
何で、どうして、こんなことになったの。
今朝まで仲のいい友達だったのに。
「玲人はバカだけど大事な友達だから。あんたみたいな女があいつにつきまとうのなんか、認めない。あんたは玲人にふさわしくない。私の友達にこれ以上近づかないで」
「ひかりちゃん。違う……」
届かないとわかっているのに。
もう何を言っても無駄だと頭では分かっているのに。
未練がましい私は、あの楽しかった時間にすがりつくように言い訳を繰り返す。
「まだ言うの? 本当にみっともないね、あんたって」
ひかりちゃんの声が蔑みを帯びる。
「じゃあ何のために玲人と会っていたのよ。説明できるの?」
「それ、は……」
俊くんの話が頭の中に浮かぶ。
ひかりちゃんのいないところで聞いてしまった、ひかりちゃんの秘密。
……ダメだ。言えない。
黙り込んでしまった私に、ひかりちゃんは聞こえよがしにため息をつく。
「ほら、説明できないんじゃん。あんたとは絶交だから。もう馴れ馴れしく寄ってこないで」
言い捨てて背中を向けて去っていく後ろ姿を、私は黙って見送ることしか出来なかった。




