8 暗転 -1-
その後も、しばらくひかりちゃんは機嫌が悪かった。
話しかけてもあまり答えてくれないし、私もいろいろ聞いていいのか遠慮してしまう。
こんな時は十津見先生に相談したいのだけれど、先生方はみんなとても忙しそうだ。十津見先生もいつもより疲れているみたいに見える。
……それに相談するとなると二人きりの時がいいんだけれど、そうなったら私はまた余計なことを考えてどうしたらいいのか分からなくなりそうで、声がかけられない。
結局、一歩を踏み出す勇気が出ない。私はいつも同じ。ちっとも成長していない。
二月の最初の土曜日に、家に帰った。その翌日がお姉ちゃんの結納だからだ。
いつもは上海でお仕事しているパパだが、この時期は中国のお正月『春節』で会社がお休みになる。なので、その時期を選んで結納をしようと向こうのおうちと決めてあったらしい。
お姉ちゃんは十六歳の誕生日に仕立ててもらった赤い振袖を着て、とても綺麗だ。ママは黒の留袖、私は急いでレンタルした紫の振袖を着てお客様を待つ。パパだけスーツなのがおかしい気もするが、『和服を着てもどうせ似合わないのでそれで正しい』というのがお姉ちゃんの意見。
「Hi、シャノン、こちらを向いて」
パパはやたらに写真を撮っている。お姉ちゃんをというより、着物を撮影したいらしい。
桜の花や手毬が散りばめられた模様が気に入ったようだ。
「ペイシー、もっと袖を広げて」
と思っていたら私のところにも来た。私の着物には鶴とか描いてある。やっぱり私じゃなくて着物を撮ってるな、パパ。いいけど、私の着物はレンタルだから、明日には返しちゃうし。
でも良かった。パパの顔を見ても少しは笑える。
まだ前みたいに屈託なくパパに甘えることは出来ないけど、あのままパパと話せなくなったりはせずに済みそうだ。
少しずつ元のように接することが出来るようになるといいな。別にパパが嫌いになったわけじゃないんだ。ただあのことがあんまり衝撃的だっただけで。
ちなみにシャノンとペイシーと言うのは、パパの国でのお姉ちゃんと私の名前だ。私たちも一応、日本以外にも国籍がある。
「ジョン。北堀さんたちが来たからもうカメラはしまって」
外の様子をずっとうかがっていたママが緊張した声で言った。ママだけスパイスリラーみたいにピリピリしている。
お客様は、私も前に会ったことのあるお姉ちゃんの婚約者さん。それにそのお母さん、お兄さんとお兄さんのお嫁さん(お兄さんご夫婦がパパやママと同じくらいの年)の四人だった。
「本日はお日柄もよく……」
婚約者さんのお兄さんの挨拶をみんなで正座して聞く。パパだけはあぐらだけど。
「本来は父、平助がご挨拶するべきでございましたが生憎多忙のため時間が取れず、私が長兄として代理で参りました。失礼は承知でございますがどうかご寛恕いただきたく」
「お忙しいでしょうから」
とママがフォローすると相手のお母さんが、
「いえー、時間なんか作れば作れるんでしょうけどねえ。うちの人、自分が勧めた仕事に克己が就かなかったのに腹を立てて、『勘当だ』なんて勢いで言っちゃったんですよ。それで、こういう席に顔を出すのは恥ずかしいだけなんですよ。本当は興味津々で、私が千草さんの話をすると新聞を読むふりをしながら聞き入ってるんですの。もうバカ丸出しなんですけど、今度のお話は内心すごく喜んでおりますので」
なんて内情を暴露し始めて、
「母さん。ちょっと黙っていてください」
とお兄さんに叱られていた。お姉ちゃんの婚約者さんは後ろであくびをしていた。
私はみんながやることを見たり聞いたりしているだけだったんだけど、この日一番嬉しそうだったのは間違いなくうちのパパだと思う。
結納の品を見て『Fantastic! Wonderful!』と叫び、品物やお金のやり取りを興味深そうに見守り、やっぱりやたらに写真を撮った。
結局のところ儀式を真面目にやっているのはうちのママと向こうのお兄さん夫婦だけで、パパはそんなだし、お相手のお母さんは隙があればおしゃべりを始めるし、お姉ちゃんの彼氏は終始退屈そうにしているし、何だかパパを喜ばせるためのイベントみたいになっていた。
それから立派な和食レストランで食事会。日本の伝統的な結婚のしきたりにパパが興味を持ってしまい、やたらその話で盛り上がっていた。そして何故かパパとママの結婚した時の話とか、向こうのご両親の結婚した時の話とか古い話で盛り上がり、お姉ちゃんたちは完全に置いてきぼりでひたすら無言でお料理を食べている。私も口をはさめないから、お姉ちゃんの隣りでひたすらお料理を食べる。美味しかったからいいんだけど。




