1 天国と地獄 -1-
年末年始は、パパの方のおばあちゃんの家に泊まりに行った。
三が日が終わる頃に家に帰ると、家の中がイラストだらけになっていた。ひとりで残ったママがずっとお仕事をしていたのだ。ママはきれいな男の子ときれいな男の人が仲良くしている絵を描くのが得意なイラストレーターなのだが、お姉ちゃんはそれを嫌がって友だちにも教えないようにしている。
「ちょっとママ。『天心院蓮華』のイラストをリビングで描いたり飾ったりするのやめてって言ったでしょ。せめて片付けてよ。もし克己さんが一緒に来たら、どうするつもりだったの」
不機嫌に言った。
克己さんというのはお姉ちゃんの婚約者だ。私と六つ違いのお姉ちゃんは、高校を卒業したら結婚する。最近、そう決まった。
相手の人は大人で、どうやって出会って恋愛したのか全然わからないけど、とにかく結婚することだけは決まった。ママはずいぶん反対していたけど、押し切られたらしい。
「あら、ゴメンね。ちょっと仕事に没頭してたら、曜日感覚がなくなって」
お仕事が忙しい時のママはヘロヘロしていて、服装なんかもだらしなくなる。
たぶん三日くらい着替えていない部屋着と、徹夜明けっぽい顔を見てお姉ちゃんもため息をついた。
「ママはちょっと女を捨て過ぎだと思う。パパだって帰って来てるのに」
「いいじゃないか。マリコはアートを作っているんだよ」
パパはママのイラストを見て微笑んだ。お姉ちゃんは更に不機嫌になった。
「もう。パパがそうやって甘やかすからママが付け上がるの。パパは、こういうオタク文化を過大評価しすぎよ。これはね、世間一般には認められないものなの」
お姉ちゃんの剣幕にパパは目を丸くしている。
うん、お姉ちゃんの言うことにも一理ある。うちのパパは外国人で、一年のほとんどを海外で過ごしているから日本の文化に疎いというかちょっとズレてるところは確かにある。
「千草ちゃん、ひどい。いいじゃない、こういうのが好きな仲間で楽しんでるんだから。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし、それどころかお金払ってまで描いてくれって人もいるからママがお仕事出来てるんじゃない」
プライドが傷付いたらしくママは言い返すが、
「知り合いに見られたら私が迷惑なの。同類と思われるのはイヤなの」
お姉ちゃんも負けていない。
私はこんな風に、パパやママに自分の思っていることをうまく言うことが出来ない。お姉ちゃんはすごいなあと、いつも思っている。
ママは深くため息をついた。腹立たしそうな表情は、お姉ちゃんが時々する顔とそっくりだ。
「本当に、どうして千草ちゃんはこんなに口が悪いのかしらね。可愛がって育てたのに悲しいわ。いいわよ、忍ちゃんとパパは私の味方よね」
巻き込まれてしまった。うーん、私はママの味方なのかなあ。
ママが絵が上手なのはすごいと思う。でもたまには可愛い女の子も描けばいいのになあとは思ってる。
「ダメよ。忍はこっちの味方よね」
お姉ちゃんが私の腕を引っ張る。
「前にも言ったけど、ママがこんなイラスト描いてるって学校で言っちゃダメだからね。みんなにバカにされるんだからね」
その言葉にママは更に傷付いた様子になったが、お姉ちゃんは気にしない。パパがお茶を飲もうと言って、その話はうやむやになった。
荷物をほどく暇もなくみんなでリビングを片付けて、それからママが淹れてくれたお茶を飲んだ。久しぶりの家の味がちょっと嬉しい。
来週には学校が始まるし、パパも会社のある上海へ行ってしまう。
「またひとりでお留守番しなきゃいけないのね。ママ、寂しいわ」
ちょっと恨みがましいママの言葉に、お姉ちゃんは何か言いたそうな顔をしたが結局黙っていた。
その後はパパとママとお姉ちゃんで、結婚相手の人の家に挨拶に行くとか結納がどうとかいう話が始まる。
私にはよくわからない。それにここにいると、きっと邪魔になるんだろう。
自分のカップを洗ってから、みんなに新しいお茶を淹れた。それから二階の自分の部屋に向かって階段を上がった。