3 事件の波紋 -3-
十津見先生は背が高くて足が長いから歩くのが早い。でも規則で廊下は走ってはいけないから、精一杯の早足でついていく。
「あのう、何だか申し訳ありません」
校内だし、寮にはひとりでも帰れると思うのだけど。
先生は私をちらりと振り返って、とても不機嫌そうな顔になった。
「あの事件の直後は大した騒ぎだった。夜間に塀や門を乗り越えて敷地に侵入する、報道陣と称する輩もいたほどだ。君は入院していたから知らなかったのだろうが」
そんなことがあったのか。生徒指導室に行くだけなのに寮母さんがついてきたり、ずいぶん厳しくなったなと思ったけど、あの秋の事件のせいだったんだ。
「申し訳ありません」
もう一度あやまった。くだらないことを言ってしまって、もっと迷惑をかけている気がする。
「気にしないでいい。何かあったら学校の責任になるからやっているだけだ。そんなことで謝っているひまがあるなら足を早く動かしなさい」
はいと返事して、しばらく黙って先生の後について行くことに専念した。
私の寮、柊実寮に続く渡り廊下が近付いたところで先生は足を緩めた。
「あー。今日の話だが」
先生の目が眼鏡の向こうから私を見下ろす。
「記事にするネタがないのか知らんが、また記者たちが生徒につきまとっているようだから、君も十分注意するように。君は何と言うか……目立つし、たちの悪い輩に目をつけられやすいからな」
「申し訳ありません」
何だかあやまらなくてはいけない気がしてもう一回頭を下げる。
私、バカだからかな。隙があるのかな。変なことに巻き込まれやすいのは自覚している。
「どうだか」
先生は更に不機嫌になった。
「君はいつも返事だけはいい。だがまともに注意を聞いたためしがない。自分から危険に突っ込んでいく。それをとがめるとまた謝る。謝るだけだ。本気で反省していない。君は本当に面倒な生徒だ」
「ご、ごめんなさい」
さっきから謝罪の言葉しか口にしていないが、他に言えることがない。自分では何かあるたびに反省はしているつもりだけれど、先生に何度も何度も迷惑をかけてしまったのは本当だから、反論できない。
「君の謝罪は話半分に聞くことにしている」
先生に冷たく言われて、本当にどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
私、やっぱりいつでも周りに迷惑をかけることしか出来ない。
先生を困らせたいんじゃないのに。
叱られるんじゃなくて自慢に思ってもらえるようになりたいのに。
いつでも反対になってしまう。どうして私はこうなんだろう。
自分が馬鹿すぎて駄目すぎて、せっかく仲良くなれた人もみんな離れて行ってしまう。
いつもいつもその繰り返し。
「あー、こういう状態だから」
先生は咳払いをした。
「明日の全校集会で寮生は外出を控えるように注意がある。それから何かあった時のために警察と学校の直通番号を携帯に登録しておくよう全生徒に呼びかける。……君は風紀委員だし先にプリントを渡しておくが」
先生は上着の内ポケットから折りたたんだ紙を私の方に差し出した。
「私個人の連絡先も書いておいた。危ないと思ったら、居場所だけ知らせてくれればすぐに行く。どうせ君のことだからどれだけ言っても勝手に危険に首を突っ込むのだろうし、本当に危なくなるまで連絡なんかしてこないのだろうが。とにかく危険だと思ったらいつでも私を呼びなさい。くれぐれもひとりで解決しようと思わないように」
私は目を丸くした。そんなもの、私がもらっちゃっていいのだろうか。
先生はもう一度咳払いした。
「あー、分かっていると思うが他の生徒には教えないように。君のようにものがわかった生徒ばかりではない。全校生徒の無意味な呼び出しに四六時中応じるほど私も暇ではない。携帯に登録する時も注意を払うように。私の名前は使うな」
「えっと、あの、はい」
私は本当に頭が悪いので、そんな言葉しか出て来なかったけれど。とにかく全力でうなずいた。
「わかりました。ありがとうございます」
……先生はいつだって優しい。怖くて厳しいようだけど、いつも私のことをちゃんと気にかけてくれる。
こんな特別扱いをしてもらうほど今まで迷惑をかけてきたのかと思うとちょっと恥ずかしいけれど、それでもやっぱり嬉しかった。




