プロローグ 世界の小さなひとかけら
ひとの目に映る世界はそれぞれ違っているのだ。おばあちゃんはそう言った。
同じものを見て同じ経験をしても、ひとりひとりの受けとるものは全く違う。
それが人間というものだよと、おばあちゃんは諦めを含んだまなざしをした。
私にはずっと、仲の良い友達がいなかった。最初は仲良くしてくれた子も、そのうち私の傍からいなくなる。私を排斥する側に回ってしまう。
こんなに嫌われるのは何か私に悪いところがあるんだろう。そう思うけれど、どこが悪いのか分からない。だから直すこともできない。
「なんていうか存在がウザい」
とか、
「その顔が気に食わないんだよ」
とか言われるけれど、そんなものどうしたら直せるんだろう。気に入られようと頑張ったり、怒らせまいと気を遣ったりすればするほど状況は悪くなる。いつだってその繰り返しだ。
「忍も百花園を受験しない?」
六年生になる前の春休み。近くの公立ではなく中高一貫の全寮制女子校に進学したお姉ちゃんが、私にそう言った。
お姉ちゃんが寮に行ったのを寂しがっていたママは反対したけれど、私は道が開けた気がした。小学校の友だちがいっぱいいる地元の中学校で三年間を過ごすと思うと怖くてたまらなかったのだ。
私は意気地なしで頭も悪いから、逃げることしか考えられなかった。行けるなら世界の果てまでだって逃げてしまいたかった。
お姉ちゃんが一緒に説得してくれたおかげで、ママも受験することは許してくれた。塾に行かずに合格出来たらという条件付きだったけれど。
私はお姉ちゃんから情報を聞きながら一所懸命に勉強した。それしか逃げる道がなかったから、必死で頑張った。
その学校で、私は初めて自分を認めてくれる他人に出会った。
私の話を聞いてくれ、励まして心配して、信じてくれる人。おばあちゃん以外は絶対に誰もわかってくれないと思い込んでいたことでさえ、その人はあっさりと信じてくれた。
パパやママやお姉ちゃんでさえ、信じてくれはしなかったのに。
私はそれまで、友だちや仲間の温かさというものを物語でしか知らなかった。
誰かひとりでも横に立って信じてくれる人がいれば、それだけで頑張れる。
そんなことはゲームの中の剣と魔法の世界より、ずっと遠い場所の話だった。
だけど、その人と出会えた。
私は世界を信じることが出来た。
ここにいてもいいんだって思うことが出来た。
私ははじめて逃げずに世界に立ち向かった。
結果は不器用な私らしく、不器用なものだったけれど。
それでも自分はやるべきことをやったのだと、少しだけ自信を持てた。
私はこの世界で生きている。
私は世界の一部であり、世界は私に通じている。
私は世界からはじき出された異物ではなく、ここに確かに存在する。
それを教えてくれてありがとうございます。
あなたは私の大切な人です。
心の底から、大好きです。