二話 「元の世界」の定義。
「ようこそ、異世界の果てへ。」
どこから発せられた声なのか、上空から聞こえてきた。まるで球場の場内アナウンスを聞いているようだった。そして、孝介はこの声に聞き覚えがあった。ついさっき意識を失う直前、
「こんなに早く放棄されるなんて、冗談にしても笑えないわね。」
あの声だ。しかし、当然声の主が分かるわけでもない。孝介にとって、意識が途絶える直前に聞いた声と同じだという事に以外にこの声に関する情報はない。
孝介を含め、その場全員が唖然とする中、場内アナウンスは続く。
「皆さんは今、異世界からこの異世界の果てへ飛ばされてきました。」
「今まで皆さんは異世界で勇敢に怪物を倒してきたかと思います。同様に、この世界でも怪物を倒してもらいます。」
ここで、孝介は、先ほどまで居た世界は、やはり異世界だったのかと納得する。聞かされている側のリアクションを待つ間もなく、場内アナウンスはまだ続けられる。
「武器は1オーダー毎にランダムで一人につき1つ支給します。1オーダーは1時間です。オーダーが終了すると給付された武器は消失し、この戦闘区域から休息区域へ皆さんを転送します。休憩時間は6時間です。そして、6時間経過後、再び戦闘区域で給付された武器を使って戦って頂きます。」
「ルールは以上です。この世界の怪物、通称、まぁ、そのまんまなんだけど、エネミーを倒した方を元の世界へ転送させて頂きます。ノルマは1体です。」
「あぁ、それから、容姿及び身体機能等は元の世界から飛ばされる前の状態になっておりますのでご注意下さい。」
どうやら説明は以上のようだ。要約すると、1時間以内に与えられた武器を使って怪物を1体倒せ。倒せなかったら6時間休んで、さぁ張り切ってもう一回戦、ということらしい。
孝介は苛立ちを覚えた。説明不足にも程がある。何回続けるのか、どんな怪物なのか、何体出てくるのか、そもそもここで死んだらどうなるのか。説明は以上です、だと。冗談じゃない。と心の中でクレームのマシンガンをぶっ放していると、横から話しかけられた。
「不安かい?僕は魔導戦士のユキト。よろしく。それにしても、ここはどこだろうね。」
声の方を見ると、上下スウェットにボサボサな頭。しかし、どこか得意げな表情の18歳程の男が居た。孝介は、すごい格好だなぁと思うも、自分も寝起きの格好であることをすぐに思い出し、すみませんでしたと胸の内で勝手に謝罪をする。
その男は孝介の心中を察したのか、続け様に「あぁ、この格好かい?これはきっと僕の友達のリーチェの仕業だよ。彼女はいたずらが大好きな魔法使いだからね。きっと僕をこんな格好に変身させて、君の前で恥を掻かせようとしているに違いないさ」と、参ったなぁといったような笑顔半分呆れ半分の表情で、一方的に孝介に語り掛ける。
孝介の反応を待つことなく、男は話を続ける。「そうだ、僕の相棒を紹介するよ。精霊のシルフだ。出ておいで」と言うと、右手の手のひらを上へ向けて開き、手を腰の位置辺りまで上げる。孝介はまるで何を言っているのか分からず、固まっている事しかできない。とりあえず彼の言うシルフさんが出てくるのを待つ。しかし、一向に何も起こらない。
孝介は、自分には見えていないだけで精霊のシルフさんとやらが実は出てきているのだろうか、とも一瞬考えたが、男が「あれ、おかしいなぁ、なんで」とブツブツ独り言を言っている所を見ると、どうやらシルフさんは本当に出てきていないらしい。孝介は、ふと周囲を見ると、各所で似たような混乱が生じていることに気付く。
そして、その集団の混乱は次第に怒りへと変わっていく。
「おい!どうなっているんだ!」、「魔力が出ないぞ!」、「マナを感じない!何故だ!」
何もない上空へ向けて、よく意味の分からない怒鳴り声が発せられる。それは孝介の隣にいるこの男も例外ではなかった。
孝介は何故今になって怒っているのか理解出来なかった。さっき場内アナウンスで元の世界から飛ばされる前の状態に戻るって言っていたじゃないか、何で皆今になって、と混乱していた。そんな中、再び場内アナウンスが流れ始めた。
「うっせーなぁ!!元の世界から飛ばされる前の状態に戻るっつっただろうが!!!元の世界だよ、聞こえなかったか!元の世界だよ!も・と・の・せ・か・い!!!転生された異世界がてめェらの元の世界なのか!?」
「ちげェだろ!異世界に来る前にいた世界が元の世界だろうが!異世界生活が長すぎて元の世界を忘れちまったってか!?」
「ちったぁ考えろボケがァ!文句があるならてめェらを飛ばした創造主共に言え!あたしに文句言うんじゃねェ!!!」
孝介は、場内アナウンスをしている女の子の変貌ぶりに驚きを隠せなかった。
こっわ、なに今の。え、さっきの子だよね。キレたら全然違うじゃん。超こえぇ。ていうか創造主ってなに。もうやだこんなとこ、早くお部屋に帰りたい。
孝介の驚きと落ち込み具合ときたらこの程度のものなのだが、孝介以外の他の者たちの驚きと嘆きは、孝介のこれとは次元が違う。
一瞬、戸惑い交じりの静寂があると、孝介以外の者たちは次第にバラエティに富んだリアクションを見せ始める。狼狽する者、頭を抱えて震えている者、依然として上空に怒りをぶつける者。中には泣き叫ぶ者も居た。
孝介の隣にいた男は、まさにその泣き叫ぶ者であった。
「返ぜええェェェ!!!!僕の力ああああ世界いいいいいいァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
孝介は、さっきまでの勇ましさはどこへやらと呆れ半分、場内アナウンスの女の子に続き、彼の変貌ぶりにもまた驚きを隠せないのであった。
孝介と孝介以外の者との間でこれ程までに反応の差があるのには、ある理由があったからだと考えられる。孝介は、異世界に飛ばされ、聖剣とか呼ばれる剣を持って怪物をあっさり斬り殺して、少女に惚れられかけて、老人に伝説の勇者だとか驚かれて、ここまで体感でせいぜい5分から10分程度。それが、孝介が先ほどの異世界に滞在していた時間だ。
それに比べて、孝介以外の者たちはどれくらい異世界に滞在していたのだろうか。横で発狂している彼にしても、飛ばされる前の姿に戻されているからこそ18歳程の若者だが、もしかしたら異世界へ飛ばされて何年も、下手したら何十年も経っていたのかもしれない。
そうであるならば、元の世界と言われてピンと来ないのも当然であろう。
それにしても、孝介も急に訳の分からない世界に連れてこられた訳だから、彼らと同じように取り乱しても良いはずだ。孝介がそうならなかった理由は、起きている現象に脳がついて来ていないのだ。人間、到底想定しえない事が起こると、かえって何も実感が沸かないものなのだ。しかも、孝介にはその到底想定しえない事が立て続けに起こっている。孝介は今、実感の不存在を超え、脳の情報処理が追い付かず、逆に、変に落ち着いてしまっている状態にあるのだ。
しかし、孝介がそんな精神状態でいられるのも、これからこの薄暗い世界に訪れるエネミーや、これから起こる惨劇を目の当たりにしていないおかげに過ぎない。そして、まさに生き地獄という言葉が相応しいこの阿鼻叫喚の大合唱の中、これから本当の地獄へと向かう準備をしろといった趣旨の場内アナウンスが流れる。
「まもなくエネミーが到来します。只今から武器を支給しますので、戦闘に備えてください。」
先ほどの女の子と同じ声だが、どうやら冷静さを取り戻してくれたらしい。と、ほんの僅かに孝介が安堵した時、孝介の目の前に、全長15センチメートルほどの胴体が1つに頭が4つ付いた人形が突然現れ、浮遊している。
「皆さんへの武器の支給が完了しました。目の前に現れた武器を受け取ってください。30秒後、エネミーが出現します。」
ふざけた話だが、どうやら孝介の武器は、この不気味な人形という事らしい。
孝介は、この人形で何とどう戦えというのだ、と怒りを覚える。しかし、何も無いよりは恐らくマシだと信じるほかないし、とりあえず言われた通りにした方が良さそうだという直感を信じ、人形を手に取った。
「これはマニュアルじゃなくてあたしの意見よ。あんた達、エネミーに勝ちなさい。そして必ず生きて元の世界に戻りなさい!心から武運を祈るわ!」
戦闘が始まる間際、激励のアナウンスが流れる。そして、
「5、4、3、2、1。エネミーが出現します。戦闘を開始して下さい。」
今さっきのアナウンスなど無かったかのように再びマニュアル対応に戻り、場内アナウンスからカウントダウンと戦闘開始の合図が告げられた。
戦いが始まった。




