十四話 必勝法。
孝介たちは避難場所を求めて走っていた。若干ついて来ない者も居たが、大半の者はトウマの扇動に従いついてきた。トウマ、孝介、アヤカが先頭となって、エネミーの侵入を許さない安全な場所を探し始めた。前回孝介が避難した場所は使えない。なぜなら、前回避難したビルの隙間は、確かに安全ではあるものの、10人以上の人数が一度に隠れられるほどのスペースは無いためである。
しかし、孝介達は、前回の実験等も含め経験を積んでいることから、どのような場所が安全か、大体どの位の場所であればエネミーが侵入してこないか、エネミーごとに大きさの大小はあるものの、おおよその見当はついていた。
出来ればアナウンスが始まる前までに見つけられることが好ましい。アナウンスが開始されれば、すなわち、その終わりには戦闘が開始してしまう。他の戦闘区域と違い、ビルが軒並み建っているっているからか、なかなか避難場所が見つからない。詳しい説明もなく皆をいたずらに連れ回している状態にあり、このままでは反発を招きかねないと思い、内心孝介は焦った。
しかし、そうはいっても避難場所を探す以外に方法はない。一同は避難場所を求めて走り続けていた。
「ここ、どうです。」
トウマは、若干息を切らしながら、孝介に確認を取る。人一人が通るには若干広めの道路だ。遮断物等は無く、若干エネミーに見つかりうる不安もあるが、侵入される危険性は低いと判断し、孝介はトウマに向かって頷く。
「皆さん、この通路に入ってください。」
トウマがそう言うと、一同はぞろぞろと通路に入っていく。一同が通路内へ入ったことを見届けると、トウマは孝介に相談を持ち掛けた。
「どうしますか。ルールについて皆さんに説明しますか。」
これに対し、孝介は少し考え、
「いえ、止めておきましょう。先ほどのようになりかねませんので。」
孝介は、先のトウマへの反発のような事を起こしたくなかった。間もなく、アナウンスが始まり、オーダーがスタートする。そんな状態にありながら、直前で場が荒れ、孝介達に不信感が高まれば、エネミーどころでは無くなってしまう。
「そうですね。分かりました。」
トウマは孝介の意図を汲み、説明をウグイスに委ねることにした。
孝介は、ふと面々を見回した。孝介が初めて来たときよりも異世界ボケをした人が少ないようにも思えた。勿論、前回のオーダーを経験している者もいるのだが。中にはアヤカ以外の女もいた。思えば、孝介が一度元の世界に戻る前に居た時は、全員男だった気がする。それに、今回はちゃんと外に出られる格好をしている者が増えている気がする。
どうやら、異世界へ飛ばされる人間のタイプに若干の変化があった。これを創造主によるものなのだろうか。そうであるなら、創造主にブームでもあるのだろうか。
そんなことを考えていると、アナウンスが始まった。
ここがどこか、ルール説明、一通り終え、武器が支給される。孝介達は、目の前に突然として現れた物体を一様に手に取る。孝介が初めて来たときは取り乱す者や抜け殻のようになる者など居たが、辺りを見回してみると、落ち着いているようだった。
恐らく、個として点々としていた前とは異なり、今回は先導者がおり、団体で行動しているので、安心感があるのだろうか。
孝介達は皆の武器を確認して回る。そして、その中に、孝介たちはあの塩の入った瓶を持っている者を見つけた。
「コウスケさん!これ!」
孝介にトウマは瓶を指し、言うと
「ありましたね。」と、やはりと言った具合に孝介は答える。孝介達は、先の休息区域で、まずは倒せる方法が明確になっているエネミーから倒していく事を決めていた。したがって、まずは、不思議そうに瓶を持っているおとなしそうな眼鏡の彼を助ける事が、このオーダーでこれからすべきことになる。
単に助けられる確率が高いというだけではない。目の前で助けることで、他の人達に対して、説得力が増すという下心もあった。
とはいっても、倒せる機会がなければそれも叶わない。つまり、ここにあのカタツムリが通りかからない限り、倒そうにも倒しようがないというものだ。
したがって、今はあのカタツムリが通りかかることを待つほかにない。
「ちょっといいかい?その中身はエネミーを倒すための塩なんだ。巨大なカタツムリが現れた時、その塩をふりかければ、エネミーは死んで君は助かる。」
トウマは眼鏡の彼に端的に説明をする。
「だから、巨大なカタツムリが現れて、僕たちが合図したら、カタツムリにその塩をふりかけるんだ。いいね?」
トウマがそう言うと、塩の入った瓶を持った彼は頷いた。
「皆さん!これから通りかかったエネミーを倒します!よく見て手順を覚えてください!」
トウマは全体へ呼びかけた。
「なんか、リーダーみたいですね。」
アヤカがボソッと孝介に呟いた。
「そうですね。僕にはあんなこと出来ないですよ。本当にすごいと思います。」
孝介はそう答えると、少しばかり二人は沈黙し、アヤカは答えた。
「でも、孝介さんが居なかったら、きっと怪物の倒し方も、こうして皆でまとまることも出来なかったと思います。ありがとうございます。」
本心だろうか。気を遣ったのだろうか。女性から褒められ慣れていない孝介は、きっとお世辞であろうと言い聞かせながらも、照れることは我慢できなかった。
こうして先導しているトウマも、何か行動をする際には必ず孝介に判断を委ねている。孝介にその自覚はあまり無かったが、孝介は、トウマやアヤカの精神的な支えとなっていた。
一同は、エネミーが通りかかるのを待った。ただ通りかかるといっても、あのカタツムリが通りかからなければ意味がない。緊張した面持ちでカタツムリを待っていると、最初のエネミーが通りかかる。
無数の触手のような目がウネウネと動く。のそのそと背中に渦を巻いた殻を乗せてゆっくり動いている。あのカタツムリだ。最初に現れたエネミーが狙っていた獲物であっただけに、孝介達は面食らった。
しかし、すぐに平静を取り戻す。
「ちょっと。こっち。」
孝介は直ちに眼鏡の少年の手を引き、通路の出口まで連れてくる。カタツムリがゆっくりと横切るのを待つ。一同に緊張感が走る。真横を横切る際、見付からないか、上手くいくだろうか、様々な不安が孝介の脳裏に過る。
そして、ゆっくりとカタツムリは歩を進め、通り過ぎる。
「今です!早く!」
孝介が珍しく声を荒げる。すると、少年はそれに反応し、慌ただしく通路に飛び出し、背後からカタツムリを追いかける。聴覚を持たないカタツムリは背後の少年に気が付かない。そして、少年は瓶のフタを開け、カタツムリの体に投げるように振りかける。
雑に振りかけたため、半分はかからず路上に散らばった。
失敗か。駄目だったか。
ピリピリとした緊張が走る。
カタツムリはピタリと止まる。すると、みるみる黒く変色していく。どうやら上手くいったようであった。徐々にカタツムリが縮んでいく。少年はカタツムリの変容に驚き、慌てて戻ってくる。
「これで大丈夫な」
少年は何か言いかけた途中で突然姿を消した。一同はそれを見てざわつき始めた。
「安心してください!今彼はエネミーを倒して元の世界に戻ったんです!」
トウマはざわつきが混乱と化す前に沈静化を図る。トウマのこの行動は上手くいった。一同はほっとした様子で平静を取り戻した。
また、卵の武器を持った者は居なかった。孝介があのヒヨコを倒した武器だ。恐らく、ここまでついて来なかった人たちの中にいるのだろう。つまり、ここからのエネミーの討伐は、確実性のないものになってくる。
孝介達は、エネミーが通りかかるたびに、暗唱した詩集の内容から、対応する武器を推察し、背後から攻撃をするという手法を取り、エネミーに挑んだ。失敗し、エネミーの犠牲になってしまう者もいたが、ここを乗り切れば助かるという希望と、トウマの喝により、皆立ち向かった。そうしているうちに、オーダーが終了した。
その結果、このオーダーでは3人が元の世界に戻ることが出来た。
そして、休息区域に転送される。
どうやらこの手法は成功のようであった。失敗はあったものの、その失敗は、極度の緊張の為、固まってしまった結果、背後からやってきた別のエネミーに襲われてしまったという偶発的な事故のようなものであったのであり、その他にも対応する武器を誤って倒すことが出来なかった場合でも、触覚を持たないエネミーには気付かれずに逃げて戻ってくることが出来ていたのであった。
孝介達は、このやり方で、対応する武器を特定していけば、救出可能性は飛躍的に上がることを確信した。