十二話 実験。
この裏庭にエネミーが侵入してこないことは前回で確認済みだ。とりあえず、前回と同様に裏庭の入り口へ顔を出し、エネミーを観察する。何か手がかりを掴めないかと、危険性が高くならない程度に色々試してみないかとトウマに提案される。
孝介は一瞬戸惑うと、トウマは「私がやるので。どうでしょう。」と情けなさを悟られる。これを払しょくするように、孝介は「やりましょう。勿論私もやります。」と、テンションを合わせて言う。
まず、孝介達は五感の作用について実験を行うことにした。まず、通り過ぎて行ったエネミーに裏庭にある砂利を投げつけて、触覚の感度について調べることにする。危険を伴うものであるが、基本的にこの狭い裏庭から出ない限りは安全であろうと踏んでのことだ。その方法は、通り過ぎて行ったエネミーの背後から砂利を投げ、その反応を見るというものだ。
孝介たちは、裏庭の砂利をからある程度の量を裏庭の入り口へと運ぶと、エネミーが通りかかる裏庭の入り口から顔を出して待った。
「コウスケさん、来ました。」
反対方向を見ていたトウマはエネミーがこちらへ向かってきていることを孝介に知らせる。あの芋虫だ。最初にここへ来た時に初めて目にしたエネミーがこちらへ向かってきていた。見つからないように、孝介とトウマは顔を引っ込める。
若干、脈を打つ鼓動が早くなる。初めてエネミーに遭遇した感覚を思い出した。2回目のこの世界でもあの不快な芋虫が初めて会う相手となった。
「やりますか。」
そんなことを考えていると、エネミーは通り過ぎ孝介たちの横を通り過ぎていたらしく、トウマが実験の開始を促す。
「やりましょう。」
と、孝介が答える。
どっちがやるか、と話し合うよりも先に、トウマは砂利を掴んで裏庭から出て、芋虫に投げつけ、すぐに逃げるように戻ってきた。孝介は呆気にとられた。いくら口よりも先に動くタイプといっても、行動力があるにも程がある。孝介はじっくり考え、観察してから行動に移るタイプであるので、命がかかっているこのような場面ですんなり行動を起こせるトウマに驚いた。
「反応がありませんね。」
そんな孝介を余所に、トウマは当然のように答える。漫画の主人公ってこんな感じなんだろうな、と場と不釣り合いに一瞬そんなことが頭をよぎる。改めて思考をエネミーへ戻す。あの芋虫に反応は無いようだ。しかし、これだけで触覚についての判断は難しい。孝介は、元々芋虫は動きが鈍く、プニプニしているような感触があるという印象を持っていた。したがって、これがエネミーの特性なのか芋虫の特性なのか判断しかねた。
トウマの様子を見ると、孝介と同じようであった。
確信を得るために、この実験を繰り返した。その結果、どのエネミーも芋虫と反応は変わりは無かった。どうやら奴らに感覚は無いようだ。
次に、聴覚について実験をすることにした。
「どうしますか。」
聴覚について調べるについても手段がない。声を出して引き付けるのはあまりに危険だし、かといって大きな音が出せるような物もない。孝介はトウマに悩ましげに問いかける。
「これ使うっていうのはどうでしょう。」
そういって、トウマは携帯電話を取り出す。どうやら、元の世界で服の周りに身につけていた物ごと包括的に飛ばされるようだ。孝介は今スーツのポケットにハンカチがあることを思い出した。そして、携帯電話を鞄に入れていたことを悔やんだ。
実験方法は、アラームをかけて、エネミーが通りかかるのを待って反応を見る、といったものだ。トウマは、前世代の懐かしい二つ折りの携帯電話にアラームをセットする。そして、道に飛び出し、さっと携帯電話を置くと、急いで戻ってきた。
数分して、アラームが鳴り響く。エネミーは来るだろうか。しばらくすると、先ほどの芋虫が再び通りかかる。孝介とトウマ、アヤカの三人は芋虫の様子を伺う。どうやら、これについても何も反応を示さない。
そのまま携帯電話のアラームを鳴らしたままにし、他のエネミーが通りかかるのを待つことにした。
何回かエネミーが通りかかるのを待って様子を伺うが、昆虫型、無機物型、哺乳類型のいずれのエネミーも芋虫と同様、何ら反応を示さなかった。どうやら聴覚についても、エネミーは有していないようだ。
次に、視覚について、どの距離まで認識されず、どの距離から認識されるのについても調べたかったが、あまりに危険であるし、認識された後から逃げ切れる可能性は極めて低いことを孝介は知っている。したがって、これについては断念する。
しかし、収穫は多かった。基本的に、奴らは視覚以外の五感を有していないようであった。つまり、姿さえ捉えられなければ殺される心配はない。背後を追跡する程度のことは出来そうである。孝介達はこのオーダーでやりたいことは全て果たした。とりあえず、あとは考察をしつつ、このオーダーが終わるのを待つことにした。
裏庭に戻り、一息をつく。
話は、ウグイスの話になった。
「ウグイスさんと話したことあるんですか!?」
さっきまで大人しかったアヤカが食いついてきた。容姿が整っていてスタイルが良いと伝えると、より一層テンションが上がった。孝介は以前から、女の子が可愛い女の子に対してテンションがあがる事について疑問を持っていた。しかし、どういう心境なの?聞けるほど仲も良くないので、この質問をぶつけることを我慢する。
というか、何故ウグイスという名前を知っているんだろう。
孝介は疑問を抱いた。このウグイスという名前は孝介があの白い部屋で付けた名前であって、第三者が知る機会は無かったはずである。
「何でウグイスって名前を知っているんですか?」
と孝介は尋ねる。
「最初のアナウンスの時に言ってました。」
アヤカが言うには、最初に名前を自分で言っていたらしい。どうやら孝介の命名は彼女に受け入れられたようだ。彼女は今この様子も見ているのだろうか。
「オーダーが終了しました。只今から皆さんを休息区域へ転送します。」
余計な事を考えていると、オーダーの終了をウグイスから告げられる。そして、意識が途絶えた。
目を覚まし、起き上がると、休息区域であることを確認する。背後に気配を感じ、振り返ると、アヤカとトウマが立っていた。どうやら孝介が眼を覚ますのを待っていたようであった。
トウマは、明るい場所で見ると、ガッチリとした体系が余計目立ち、より体育会系であることが際立った。そして、アヤカはウグイスのような派手さは無いが、所謂清楚系であって、まさに女子高生といった感じであった。
「あの、これ、どうぞ。」
アヤカがコップを孝介に手渡す。目を覚ました孝介の為に飲み物を用意してくれていた。若いのに気が利くなぁと感心しつつ、これを受け取る。特に何か会話があった訳ではないが、三人で休息を取っていた。
「あとは、どうやって倒すかですね。」
トウマが孝介に話しかける。怪物退治は詰めに差し掛かっていた。しかし、肝心の最後の詰めでつまづいている。タカアキはどうやってあのカタツムリの弱点に気付いたのだろうか。確かタカキはあの時、カタツムリの倒し方に確信を持っていたような気がする。
ということは、何か手がかりがあるのだ。
「何か食べ物を取ってきましょうか。」
孝介とトウマが頭を悩ませていると、アヤカが気を遣ってくれた。彼女の善意に応えるため、お願いします。と返事をする。しかし、アヤカは本心ではトイレに行きたかったのだが、この真面目な雰囲気で言い出す勇気が無く、食べ物を持ってくることを口実に、この場を離脱したかったのだ。
孝介とトウマがエネミーについて考察していると、アヤカが食べ物を持って帰ってくる。
「これ、どうぞ。あと、何かトイレでこんなもの見つけたんですけど。」
アヤカは、そういうと申し訳なさそうに料理の乗ったお皿の下に重ねて持っていた物を差し出す。