十一話 二人の常識人と考察。
意識が戻り、ゆっくりと目を開く。懐かしい、薄暗い世界に再び戻ってきた。懐かしいのは薄暗さだけではなかった。体を起こして周りを見渡すと、そこに広がっていたのは見覚えのある住宅街であった。
ここは以前、タカアキ達と来た世界だ。ふとケイとリクヤの最期を思い出す。胃から込み上げてくるものを感じると、これをグッと飲み込んだ。
さて、どうしよう。
孝介は、夏休み終盤で一切手を付けていない宿題を前に、何からどう始めればいいのかと呆然とする小学生の如く、頭を悩ませた。幸い、孝介以外に目を覚ましている者はおらず、皆公園の中で寝ている。しかし、彼らを救うと約束はしたものの、そもそもどうやってエネミーを倒したらよいのか分かっていない孝介にとって、他人を救う以前に自分が助かる事すら危うい。
具体的に、まず何からすべきなのか。最低でもオーダーが始まる前に避難場所に移りたい。そして、おろおろしているうちに寝ていた人たちが目を覚まし始める。
「あっ、えー。あのー、ちょっといいですか。」
孝介は控えめに声を発する。彼にとっては、知らない人の群衆に向かって声を出すというのは非常に勇気のいる事であった。むしろ、声を出せただけでも進歩している。この異世界の果てから戻り、元の世界で積極的に活動するようになってから、それなりに身に着けたものがあったようだ。
しかし、周囲から疑問と不振の眼差しが向けられる。これに気付き、孝介は慌てて払拭しようとする。
「あ、いや、僕もここに飛ばされてきました。以前にも飛ばされた経験があるので、えー。」
なんとか説明しようとしてみるも、周りはピンと来ていないようであった。無理もない、孝介も逆の立場であったら同じ反応をするであろう。
「とりあえず、ここは危険なので、ちょっとついてきて下さい。」
孝介は説得を諦めて、とりあえずついてくるように伝える。オーダーが始まるよりも先に、避難場所を確保しておきたかったのだ。しかし、これではさすがに言葉が足りなさすぎる。周囲の、何を言っているんだ。という目線が刺さる。
「そもそもここはどこなんだよ。」
強い口調で群衆の中の誰かが言葉をぶつける。孝介は少し驚き恐怖心を覚えるが、これに答える。
「あの、異世界とはまた別の世界です。とにかく、ここは危険なので、ついてきて下さい。」
無理はしないって言ったからな、と心の中でウグイスに言い訳すると、以前避難した裏庭を思い出しながら捜索の為走り出す。
ふと振り返ると、ついてきていたのは僅か二人であった。制服を着た女の子、恐らく女子高生だろう。それと元ラグビー部のようなガッチリとした体型のスーツを着た男。孝介と同い年くらいだろうか。
会話をし、挨拶をするよりも先に、まず裏庭の探索を優先した。若干道を誤りながらも、思い出しながら探索をし、何とか裏庭へ辿り着く。
裏庭への入り口、即ちケイとリクヤが亡くなった場所を通り掛かったとき、彼らの最期を、今度は明確にフラッシュバックした。今度は明確な吐き気が孝介を襲うが、これを何とか耐え凌ぐ。
「大丈夫ですか。」
ついてきたラグビー体型のスーツを着た男が心配をして声を掛けてくる。
はい、すみません。と返事をすると、三人は息を整える事に専念した。
沈黙の後、男の方が会話を仕切る。
「初めまして。タケダ トウマです。」
「あ、サイトウ アヤカです。」
続けて女もつられて控えめに挨拶をすると、孝介も神田孝介です。と自己紹介する。
そう言えばこの世界でフルネームで自己紹介されるのは初めてだ。異世界生活が短かったからだろうか。しかし、それだけで常識的であるという印象を受けた。
聞けば、二人は今回が初めてのオーダーでは無いとのことだった。二人は休憩時間に話すようになったという。道理ですんなりとついてくるはずだ。この場所が危険だと言い、早速避難に移ろうとした理由が分かっていたのだ。しかし、それでもたったの二人か、と孝介は自分の説得力の無さを実感する。
孝介も自分のこの世界に来たところから現在まで経緯を話す。一度、元の世界に戻ったというと、二人は大袈裟なまでに驚いていた。
そして、一部始終を聞き終わった所で、トウマが何かを考えながら呟く。
「カタツムリに塩、ヒヨコに卵ですか。私も奴らを目撃しましたが、まともに戦ってどうにかなる相手では無いように思います。ということは、奴らに何か対応する武器があるんでしょうかね。その二つも、どことなく関連性はありそうですし……。」
対応する武器。元の世界に戻ってから、この世界について思い出したくも無かったという事もありこの異世界の果てについて、無意識に一切考察することを放棄していた孝介は、この事に気付いていなかった。
孝介は、確かに。と呟き、考える。言われてみればそうだ。何か対抗する手段が明確に無ければ、一方的にこちらが殺されて終わってしまい、ウグイスの言うリサイクルは成り立たない。
「それで、あの、元の世界に戻った時、どの時点に戻っていたかとかって、分かりますか。」
トウマはまた質問をぶつけてきた。積極的だなぁと孝介は内心呟く。しかし、嫌いでは無い。積極的でハキハキしているが、タカアキのように無神経で馴れ馴れしくは無いからだ。恐らく元の世界では立派な社会人だったのだろう、と勝手に妄想する。
「えっと、本当に飛ばされる直前に戻されたと思います。朝アラームを止めようとした所で飛ばされたのですが、戻された時も、アラームは鳴っていましたので。」
孝介は思い出しながら答える。
すると、アヤカとトウマは顔を見合わせ、どうしようか、といった表情を浮かべる。これに、孝介は、どうしました?と声を掛ける。
「いや、実は私達、元の世界で多分死んでるというか、死ぬと同時か直前に異世界に飛ばされてきたんですよ。」
最初は意図を理解できず、何の話だ、と一瞬頭を悩ませたが、すぐに理解した。
つまり、元の世界戻った時点で死の直前、若しくは直後という事になる。
どうしようか、どうしたらいいか、と頭を悩ませていると、
「ようこそ、異世界の果てへ。」
ウグイスのアナウンスが始まる。
これを一通り聞き終わると、武器が支給された。
トウマは小さいおもちゃのピアノ、アヤカは頭部が無い、恐らく蛇の下半身だろう。孝介は金属バットであった。皮肉なことに、タカアキが以前支給されていた武器だ。エネミーだけでなく、どうやら支給された武器もパターンがあるようだ。
考えてみれば、もし先ほどの関連性の仮説が正しいのであれば当然のことだ。つまり、タカアキが倒したカタツムリが再び現れたようにエネミーにパターンがあるのであれば、それに対応する武器もまた同じように支給されるであろう。それは即ち、関連性の仮説の証明をするものでもある。
どうやら、この世界はパターン化されているようだ。世界も数パターンに分かれており、ランダムに飛ばされる。また、エネミーもパターン化されており、対応する弱点となる武器も変化はない、という事だろう。
この世界の存在意義を考えれば納得もいくだろう。言ってしまえば、ここはごみ処理場だ。ごみ処理場をわざわざ飾りつけしたり、ごみ処理場にお洒落をしてきて作業を行う者などいないだろう。あくまで目的は、エネミーと人間の処理。それ以外の目的は無い以上凝る必要も無いという事であろう。
また、あまりパワーバランスが崩れると、生き残る人間がおらず、リサイクルが機能しないという理由も大いに考えられる。
「どうしますか。」
トウマは孝介に今後の策を問う。とはいっても、今所持している武器でどのエネミーが倒せるか分からないし、もし間違えてしまったら、待ち受けているのは間違いなく死である。孝介は、とりあえずこのオーダーはここで時間を凌いで、その間と休憩時間に対策を練ろうと提案する。
三人は顔を見合わせると、黙示的に孝介に合意した。
明言は無いものの、ここに新たなチームが誕生した。