早すぎる決着
しばらくジアは彼が薬を飲み終えるのを待った。
「そう言えば名前を聞いていなかったな。君の名前は何だ?」
「ぷはっ!!ああ、俺の名前はウェルだ」
「では、ウェルよ。準備はいいか?」
「ああ。ありがとうよ」
彼は飲み終えた薬の瓶を全てキオに返し立ち上がる。
「道のど真ん中で戦うってのも新鮮だな」
ウェルは呑気なことを言いながら腕や足を回している。
「しかし、まともに呼吸できるなんて初めてだよ。いいね、改めて礼を言う。ありがとうよ」
「なに、これからの労働で返してくれればそれでいいさ」
「さあそんじゃ、いっちょやるか」
「ジア、何度も言うぞ。やり過ぎるなよ」
「そこまで言われたら本気出せませんよ」
「そうか、ではやり過ぎろ。ある程度のところでセイに止めさせる」
「お願いします」
ジアは内心昂まった。
許可が下りたのだ。
やりすぎていいという許可が自分たちの主人から直々に出たのだ。
当然気分は高揚し、彼はこれから起こる戦いに心の底からわくわくしていた。
「しっかし、あんたのその骨だけの姿どっかで見たことあるなって思ったけど、思い出した。腹の足しに俺が食ってたやつと同じだ」
「そうか。だが、彼らと僕は違う。同じように思わない方がいい」
「そうかい」
ウェルは返事をすると同時にジアに殴りかかる。
ジアは鎧を彼の目の前で脱いだため、鎧は彼の視界を遮った。
彼はそのまま鎧を弾くと目の前には誰もいなかった。
「後ろですよ」
ウェルが振り向くとそこにいたのは腰に剣を刺し、それ以外は何も装備していないジアだった。
「はは!!自ら防具を脱ぐなんてやつ初めて見たぜ!!」
ウェルは大笑いしながらジアの方へ向き直す。
「この格好が僕にとっての戦闘態勢だ」
ジアは剣の柄に手をかけ、構える。
「…………今の俺の体内にある魔力は、恐らく普通に生活すれば何十年何百年と保つだろうよ。けどよお、毎日寝ずに戦えば十年で使い切るだろうさ。でよ、この左手をさあ、元の大きさに戻して戦えば、丸一日保つか保たないかぐらいの量なんだわ」
ウェルはそう言って左肩に右手を添える。
すると少しずつ彼の左腕が太く長く、そして大きくなり始めた。
「やはりこいつの腕はこれが本来の大きさか」
たちまちに道の幅と同じぐらい太く、一番大きいセイの倍以上はあるであろう長さになった。
しかしながら、誰一人として驚きや恐れを抱かなかった。
無論ジアもその一人であり、彼の今の視線の先にあるものは彼の腕ではなく自分の手元のみで、ただただ静かにその場に立っていた。
「これで戦うのは生まれて初めてだ。そのか弱い身体でどこまで保つかな!!」
彼は振りかぶり全力でジアに向かって拳を振り下ろした。
「結局大きさが勝敗を分けるんだよ!!」
ジアは静かに腰の鞘から剣を抜き、静止した。
そして彼の頭と拳の幅が紙一枚ほどになったとき、彼はその場から消えた。
拳はそのまま地面を殴り、その衝撃であれだけ綺麗に整備されていた道は原型を留めないほど滅茶苦茶になっていた。
彼は昔から倒してきたスケルトンとの戦いを思い出していた。
彼自身スケルトン相手に一度も本気で、自身の左腕を巨大化して使ったことなく、まして、どれほど衰弱しようと自分が負ける事はない相手だった。
そんな種族を敵にあてがわれ、更には勝てないと言われていた彼は心底気分が良かった。
改めて自身の強さを確信したと同時に、偉そうに言っていた彼らの驚く表情を見ることができると考えただけで、彼はますます気分が良くなった。
今の自分ならあの首無しも倒せるのではないかと思う、いや、出来ると考えていた。
「やっぱすげえなこれ!!どうだ!!」
彼は嬉々とした表情を浮かべながら、王たちの方を見る。
王たちはというと各々勝手なことをしていた。
サイは立てた計画を書いた紙をひたすらに眺め、王はシンと遊び、エデはそれを見守っている。
キオは雑草の選別を行いつつ乗っていた動物を愛でている。
「おいおい、あんたらのお仲間が一人やられたんだぜ?悲しいとか思わねえのか?」
「やられる?馬鹿を言うな。お前に負けるほど、うちのジアは弱くない」
その一言を挑発と捉えた彼は、彼らに向かって拳を振り下ろした。
「自分の身体で感じろよ!!俺の強さを!!」
彼らはそれでもここでやっていることを止めなかった。
「あばよ!!」
刹那拳が止まった。
彼がどれだけ力をかけようと拳は微動だにしない。
彼の目の前にあるのは、自分の巨大化した左手のみだったため、拳の先で何が起きているのかが全く把握できなかった。
「駄目ですよ。この人達は今は関係無いんですから」
先程から聞いていた声が聞こえた。
「スケルトンか?」
「それ以外誰がいるんですか?」
「くっ!!」
彼は少し下がり、腕を引き上げ、拳の先に何が起きているのかを見た。
そこにいたのは、先程潰したはずのスケルトンが左手を彼に向かってかざしたまま立っていた。
そんなスケルトンの後ろには、先程から変わらず、各々が勝手なことをしている。
「私は言ったはずだぞ。ジアがお前に負けるはずがないとな。こいつはこの中で唯一セイと戦ってまともに負けた奴だからな」
「自分より大きい相手との戦闘なんて、ずっとやってきたんですよ」
驚きを隠せないウェルを見て、彼は心の底から間抜けだと思った。
スケルトンである自分は、弱小種族のうちの一つとして数えられているおかげで、勇者の成り損ないや、身体が大きいだけのあまり強くない種族など幅広い層から格好の餌食とされ攻撃されてきた。
今更巨大な魔族と戦うことなんて何も感じない。
彼自身も例外ではなく、見た目から弱い種族であると判断した様々な敵に襲われてきたが、その度に彼は一人で迎撃してきた。
「みんな私を見るなり攻撃をしてくるんですよ。まるで、日頃の鬱憤を晴らそうとするかの如くね。でもその度に、私は迎撃してきました。サイクロプスにはじまりキマイラやオーク。果てはケルベロスまで私を攻撃してきましたよ」
いつの間にかウェルの視界から彼が消えた。
そしてそれとほぼ同時にウェルの左腕の肘より先が地面に落ちた。
「っ!!?何で!!?」
「切ったからですよ」
再び現れた彼はごく至極真っ当なことを言うった。
当然他にも何かをしたのだとウェルは考えた。
しかしながらどちらの社会にも属さずに一人で生きてきたウェルには考えが何も思いつかなかった。
「早く治してはどうですか?」
「分かってんだよ!!」
彼はジアを睨みながら地面に落ちた手の切断面と自分の手の切断面を合わせた。
すると双方から無数の細い糸のようなものが現れ、腕に刺さるとゆっくりと繋がり始めた。
「まあ、無駄ですが」
そう言ってジアは左手に持った剣を振り下ろす。
すると繋がりかけていたウェルの腕が再び切断され、地に着いた。
「っ!!くそ!!」
「早くしたほうがいいですよ」
彼はまた同じように繋げようとしたが、繋がりかけたところでまたジアに切断された。
「っ!!邪魔すんな!!」
「戦闘中ですよ?私はむしろ猶予を与えてるのに、すぐに再生しないあなたが悪いんですよ」
彼の顔には目も鼻も唇もまして表情を作る筋肉もない。
しかしながら、ウェルの視線を通して見る彼の顔には、見えないはずの顔が見えた。
目が細くなり、口角が上がっている、笑顔が見えた。
再生するたびに切られてなかなか繋がらない腕を必死に繋げようとする自分を見て楽しんでいるとウェルは思った。
「くそ!!くそ!!くそおおおお!!!」
「何度でもやって下さい。もう貴方は終わってますがね。悪あがきは嫌いじゃないですよ」
また剣を振り下ろそうとしたジアの手を誰かが掴んだ。
「そこまでだ。これ以上はもう意味がない」
「…………分かりました、セイ」
彼は剣を鞘にしまい、王たちのいるところへ戻った。
一方、取り残されたウェルの表情からは悔しさが滲み出ていた。
「無様なものだ。あれだけ舐めてかかっていたジアに魔法も使われずに終わってしまうなんてな」
彼は顔から火が出そうだった。
舐めてかかった相手に、一方的な戦闘で終わらせられてしまったこと、初めて会ってすぐに攻撃をしてきた彼によって自分が助けられたこと、そして何よりその舐めてかかった相手に自分は本気を出したのに対してあからさまな手抜きで戦われていたことを知った彼は心の底から恥ずかしかった。
「どうされますか?」
「正直まさかここまで弱いとは思ってなかった。せめて魔法くらいは使わせると思っていたのに拍子抜けだな」
「遅くなった〜」
呑気な声で駆けつけたのは、彼らのずっと前を走っていたセンとキエだった。
「いやあ、疲れたねえ。全くもう、大変だったよ。しこたま魔物が湧いて出るしよ」
「そうか………行く道を変える。行くぞ」
「おい!!俺はどうなんだよ!!」
「自分で決めろ。荷物持ちでもついてくるのか、それとも森へ帰るか、どちらか選べ。私たちは行く」
「ついていく!!ついて行かせてくれ!!」
彼らはおもむろに馬に乗りはじめた。
「行け!!」
「俺は!!?」
「走ってこい」
「出発だねえ!!」
彼らは来た道を戻りセイが見せた地図を元に目的地へ向かった。