ソフィアとユーリカ
今、この街には『エリエル・シバース』と名乗る空飛ぶ魔法少女がいて、良くも悪くも話題になっている。
先日の騒動。気を失っていたマリーをここまで運んできたのが、その魔法少女である。
その正体がリカちゃん…ユーリカ・マディンである。
メリルさんがマリーに説明した事は、簡単に言うとこう。
これだけ説明すれば、マリーなら当然
「空飛ぶって…ソフィアじゃないんだし…」
という所に辿り着く。
飛行魔法は伝説級の大魔法。そんな事が可能な人間が何人もいる訳がない。
だとすれば…
「え? じゃあ、さっきの子は…」
ユーリカではなくソフィアという事になる。
「そういう事になるかしらね…」
ちゃんと確認した訳ではないから確証はないけど、十中八九間違いないだろう。
「本人、気付かれてる事に気付いてないみたいだから、取り敢えず誰も気付いてない事にしておこうって事になってるのね?」
だからマリーも話合わせてね?って事は理解した。けれど「気付かれてないと思っている」というのがわからない。
他に飛行魔法を使える者がいないのだから、昔から彼女を知る人にはすぐに正体がバレるだろう。
「あの子はね、あの頃の記憶を封印されてるの。だから、おそらく自分が空を飛べるというのを誰も知らないと思ってるのよね?」
なるほど、それで先程のユーリカ=ソフィアの様子がおかしかったのも合点がいく。
「ここにいた頃の事をあまり覚えてない」と彼女は言っていたが、その様子からは少なくともマリーの事を全く覚えていないように見えた。それは「あまり覚えてない」というレベルの話ではない。
そりゃ小さい頃の記憶だ。全てを鮮明に覚えてるって事は無いだろう。しかし、あの頃一緒に過ごした時間の事はマリーにとって大切な記憶。
もちろんソフィアにとってはそうではないのかもしれない…けれど、とても忘れる事ができるなんて思えないんだ…
当時王太子だったシルドラが公務の合間を縫い、娘ソフィアを連れて聖グリュフィス聖堂を訪れるようになったのは、マリーが6歳になったばかりでクルーアが10歳になる少し前。
シルドラは聖堂を訪れると、すぐにシニャック老とともに何処かへ行ってしまう。けれど、そもそも子供達は王太子の訪問理由なんかに興味は無く、その関心は当然のように置いてきぼりにされるソフィア姫へと集中する。
集中はするけど相手は未来の女王様。クルーア達は言葉をかけるどころか近寄る事すらできず、父親を待って退屈そうにしてるソフィアを、いつも遠巻きに眺めているだけだった。
血縁上は従姉妹にあたるはずのフェリアでさえ
「い、いや…だって話した事ないし…」
この有り様。
ちなみにこの頃のフェリア先生、魔法学校入学直前。
元々エルダーヴァイン夫妻に連れられて孤児院に遊びに来ていたのだが、シルドラが聖堂に来るようになり、実弟とあまり顔を会わせたくないノエルさんの足が遠退き、夫妻はあまり来なくなる。
しかしフェリアだけは、それからもしょっちゅう遊びに来ていたのです。
なんで遊びに来てたのかは…聞くのは野暮ってやつですよ。
ともかくですね、そんなお兄さんお姉さんの様子を見てたマリーや他の孤児達は、良くわからないけどソフィアには近付かないのが無難と判断。
ソフィアと孤児院の子供達の距離は縮まる事がなく、それがしばらく続いたある日、一人の子供が孤児院にやってくる。
「そんな訳でリカちゃんです!みんなよろしくね!」
「うん…リカだよ…」
そんな風に紹介された事が、クルーアとフェリアに10年後までそれが本名だと誤解され続けるきっかけだったのだけれども、今は別の話。
紹介されたユーリカの容姿を見て一同は驚愕する。なにしろソフィア姫と瓜二つだったから。
良く見ればユーリカの方が若干髪の色が明るいとか細かい違いはあるのだけれど
「そりゃアタシもびっくらこいたわよ。双子かと思ったわ」
とは、メリルさんの弁。パッと見だけでは見分けがつかないほど二人はそっくりだった。
それだけではそれだけしかないのだけれど、しかし自分にそっくりの子が現れたというのは、きっかけになったのかもしれない…
「クルーアお兄ちゃん…あの…この絵本…読んでほしいの」
そう言って申し訳なさそうにエリエル・シバースの絵本を差し出すユーリカの横に、目を爛々と輝かせてクルーアを見上げるソフィアが立っていた。
ソフィアとユーリカの間にどんなやり取りがあったのかは知らないけれど、ここまで来れば子供達が打ち解けるのに時間はいらない。
元来、明るく人懐こい性格のソフィアはあっという間に子供達の中心となり、ユーリカを引っ張り回し、マリーを引っ掻き回し、怒ったフェリアに追いかけ回され、巻き込まれたクルーアが目を回す。…というのがいつものパターン。最後には皆で笑い合って終わる。
楽しかった。
本当に楽しかった。
幸せな時間だった。
ずっとこんな日が続くんだと信じて疑わなかった。
けれど、幸せな時間は長くは続かない。
国王の急逝により、王位を継承する事になったシルドラは、多忙により聖堂に足を運ぶ事ができなくなる。
そうなれば当然ソフィアも聖堂に来る事ができなくなり、ほどなく子供達の交流も終わる事となる。
それから少し経ち、大人達の計らいでシルドラの戴冠式に招待された子供達は、それぞれがそれぞれの立場で、シバース教アナトミクスによるクーデター未遂事件に巻き込まれる事となる。
最後に嫌な物も混ざってしまったけど、それも含めたって忘れる事のできない思い出。ただ、それはあくまでマリーにとって。
他の皆も同じであってほしいというのは我が儘かもしれないけれど、だからってあれだけ強烈な思い出を簡単に忘れるなんて、できないと思うんだ…
先程メリルさんは「ソフィアの記憶は封印されてる」と言っていた。
ソフィアから遠ざけるというだけのために、マリーを国外追放するような王様だ。記憶にすらマリーを残しておきたくなかったのだろう。
「じゃあソフィアはあの頃の事何も覚えてないんだ…酷い事するな…」
ボソッ呟くマリーの言葉に、メリルさんは返す言葉を持っていない。
だから、誤魔化すように
「さ、この話はおしまい!みんなの所に行きましょう!」
言うけれど、マリーにはもう1つ気になる事がある。
「待ってお母さん…ソフィアとリカちゃんが入れ替わってるなら、今リカちゃんはどうしてるの?」
これも実際に確認した訳ではないので確証はない。しかし、状況から考えれば
「…今もお城にいるはずよ?ソフィア姫としてね」
という事になるのだろう。
シバース教アナトミクス派のテロ事件の後、ユーリカ・マディンが侍女見習いとして王城に入る事になったのは、その容姿がソフィア姫に瓜二つだったからに他ならない。
早い話が影武者にでもしようというシルドラ王の魂胆であり、当時から魔法の才覚に目覚めていたユーリカは、認識阻害系の上位魔法を叩き込まれる。
その魔法を使えば、他者に自分を特定の人物…この場合ソフィアであると誤認させ、多少の顔や表情、言動や仕草の違いでは、見分ける事ができなくなる。瓜二つの二人ならなおの事。
そうして公の場にソフィア姫の代わりに出席させるつもりであったのだが、その後ソフィア姫が公の場に現れる事は1度も無く、ユーリカが影武者として活躍する事も1度も無かった。
ともかく、それを利用して二人はユーリカの魔法学校入学時に入れ替わる事に成功する…ま、エリザベートにはバレバレだったのだけれど。
さて、クルーア君は知らないけれどソフィアとユーリカが入れ替わった当時、二人は身長や体型もほとんど差がなかった。
それから4年余りが経ち、身長164㎝のスレンダー美少女へと成長したソフィアに対して、ユーリカはというと、身長に回るはずの栄養が全て胸に行ってしまったようで…
親戚の叔父さんが久しぶりに合う甥っ子姪っ子に言うような
「大きくなったね?」
という悪気の無いクルーア君の一言が
「うわっ、やだクルーア君セクハラー!」
スカーレットから、からかわれる事となり
「な!?はあ!?」
焦るクルーア君を見て
「お兄ちゃん…それはない…」
ユーリカがマジ顔で追い討ちをかける。
それがあまりにも真に迫るものだったから
「いや…ご、ごめん」
思わずクルーア君が謝ってしまうので
「くっ…は、ハハハ!」
スカーレットが堪えきれずに笑いだすから、ユーリカだって表情を崩す。
その姿に10年前と変わらないユーリカを見て、クルーア君は安堵する。ソフィアに引っ張り回されてはいたけれど、ユーリカだってかなりの悪戯好きだったんだ。
同時に、これがクルーア君に余計な心配をさせないためのスカーレットの配慮だという事にも気付き…そういう所も含めてクルーア君はスカーレットが苦手なのです。
で、こうして場が和んだ所に
「すまないが、私も暇では無いのでね?早く話を進めたいのだか…」
こんな言い回しでシルドラ陛下が水を差すから
「おい陛下、空気読めよ」
エリザベートが…え?国王陛下にそんな言い方して良いの?
「イヅチ様…」
ま、良いわけがないのでジオット将軍が戒めるのだけれど
「いや、良いんだ。私が悪い」
シルドラ陛下が静かに制する。この人、空気が読めないっていうのとはちょっと違うんだよね?空気読んだ上で余計な事を言っちゃうタイプなんだ。
だから余計に救いが無いようにも思えるけれど、それはそれとして早く話を進めたいのはエリザベートだって同じ事。
「さて、クルーア。今この場にはソフィア姫の置かれてる状況を知る者しかいない。気兼ねなく話をしよう」
仕切りだすエリザベートの言葉に、この場の面子をグルっと見回し
「なるほど、だからセガールがいないのか!」
もう一人の近衛騎士がこの場にいない理由に、今更気付くスカーレットに呆れながら
「そう…ですね。俺も聞きたい事ありますから…」
クルーア君も気を引き締め直し、話を進める事にするのです。




