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城下町の魔法少女  作者: あしま
第四章 剣王祭
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第201回パナス王国剣王祭開会式

 小さな光球が一つ。


 まだ太陽の沈みきらない空を尾を引きながらゆっくり昇っていき、大輪の花を咲かさせる。


 大空に咲いた花が、あっという間に散ると、次の光球がゆっくり昇りはじめ、それを追いかけるように無数の光球が昇っていく。


 連続して昇っていく光球は、速度は同じはずなのに不思議と加速しているように感じさせ、やがて無数の花を咲かせる…


 夜空に上がる花火が美しいのは、この世界も同じ事。


 けれども火薬技術の退化した世界で打ち上げを行うのは、職人さんの技術ではなく、シバースと呼ばれる魔法使いの魔法によるもの。


 しかし、その事に興味を持つ者はこの時この場所にはほとんどいない。


 会場に集まった観客達が「たまや」「かぎや」のように囃し立てる事もなく、ただ黙って花火を見上げているのは、それが本日のメインイベントではなく、始りの始まりを告げる合図でしかないから。


 最後に打ち上がった花火が、すっかり日の沈んだ空に王国の国章を描き、同時にファンファーレが鳴り響けば、観客達は思い出したように歓声をあげ始める。


 それが落ち着くのを見計らうようにして


「大変長らくお待たせしました!」


 拡声魔法を使ってアナウンスが会場いっぱいに流れれば、再び歓声は大きくなる。


 またそれが落ち着くのを待って


「ただ今より、第201回パナス王国剣王祭、開会式を始めます!」


 始まりの始まりを宣言すれば、もう収集がつかなくなりそう。


 そんな歓客達も


「大会委員長デイブ・ハーゲン首相の挨拶」


 に変って水を差され、一気に消沈。


 支持率の高さ=人気の高さでは決して無く、いつもならヤジやらブーイングの一つも起きておかしくない所だけれど、そうはならないのはこの大会だからこそ。


 良く訓練された観客達は、続く来賓達の長々としたスピーチの連続も華麗にスルーし


「選手入場!」


 ようやく主役達の登場という事で、本日最大級の大歓声。興奮は一気に最高潮になるのです。





 会場となる円形闘技場。


 その東側にある選手入場口から、パナス王国近衛隊隊長ゼガール・ベラトン卿がパートナーとなるシバースと共に先頭で登場。


 大会4連覇、今大会優勝すれば晴れて『永世剣王』の称号を得る事になるベラトン卿は、そのルックスから女性からの人気が絶大。


 スタジアム中央の特設ステージに向かう花道を、観客に向かって手を振りながら歩けば、歓声は黄色い悲鳴へと変わる。


 続いて近衛隊副隊長スカーレット・イヅチが登場。


 と、思ったらいきなりパートナーを置いてきぼりにして、小走りにベラトン卿を追いかける。


 すぐに追い付き、何やらにこやかに言葉を交わすから、黄色い悲鳴が怨嗟へと変わる。


 でも、その会話が


「毎年思うんだけど、開会式なんてやる意味あるのかなー?別に必要ないよね?めんどくさーい!」


「…気持ちは解らなくもないが…そういう事を言うものじゃない」


「真面目かよ?」


「真面目で悪いか?」


「あーセガール嫌ーい!もー帰りたーい!」


 なんて内容だって事は、誰も知る由もない。



 まあ、そんな事を言ってはいても、仕事はちゃんとするのがスカーレット。


 観客に手を振るのを忘れたりはいたしません。



 ステージへ上がると、左右に別れてぐるりと一周しながらひとしきり手を振り、観客からの声援を浴びる。


 それが終われば、ステージ後方、花道からステージに上る階段の前へ。左にベラトン卿、右にスカーレットと分かれて立ち、続く周辺国招待選手のエスコート。


 それを待って、4ヵ国5組の選手とそのパートナーが、各国の民族衣装を身に纏って入場口に登場。花道を横一列になって歩く。


 ステージに上がると、選手5人は等間隔に歩きつつ観客へと手を振りぐるりと一周。


 ひとしきり拍手を受けた後、パートナーと合流してベラトン卿の左側へと並ぶ。


 招待選手が並び終わるのを待って、今度は一般推薦枠の選手が入場する…


 段取りだったはずだけれども…


 先程から何度か言及してる通り、この大会は実際に競技を行う選手の他に、それぞれパートナーとなる魔法使い=シバースが一人ずつ付く訳です。


 シバースの役割は結構重要であるものの、競技をする選手以上に注目されるなんて事は、まず有り得ません。


 ですが、中には例外もあるものです。



 花道は何とか歩き切ったけれど、ステージ前で緊張で動けなくなり、今にも泣き出しそうになっているリック・パーソンくん。


 それを尻目に


「はあ…僕は目立つのは好きじゃないのだけどなぁ…」


 等とのたまいながら、パートナーであるフェリア・エルダーヴァイン先生がステージに上がってしまうから、会場にどよめきが起こる。




『名家エルダーヴァインの長子フェリアが、治安警察王都守護隊の1隊員に過ぎない無名選手のパートナーになった』


 というのは、ニュースにはなっていたけれど、実際にこの場でその姿を観るまで、多くの人は半信半疑だった模様。


「マジかよ…」


「本物だ…」


 みたいな声があちこちで聞こえる。


 それはそれとして、いくらエルダーヴァイン家のご令嬢とはいえ、この場で選手よりも前に出るのは御法度です。


「あー…ダメだよフェリアちゃん…」


 流石のスカーレットでさえ、友人の蛮行にちょっと慌てたご様子で止めに…


 入らないな…これ笑い堪えてる。


 口ではダメだと言っておきながら内心「もっとやれ」って思ってるヤツだ…


 えーと気を取り直しまして…



「フ、フェリアさん!自分より前に出ないでください!」


 さっきまで緊張で泣き出しそうだった事は内緒なパーソンくんが止めに入るけれども


「ふん!」


 取りつく島がない。


 要するに「シバースは前に出るな。後ろにいろ」という扱いに憤慨なされてるのだと思うのだけれど、時とですね?場合というのをですね?


「ちょっと邪魔ですわよ!」


 わきまえてほしいかな?と思ってたパーソンくんを、続く選手が押し退けてステージに上がる。


「邪魔ですわよ?退いてくださいますか、お・ば・さ・ま?」


 なんて言葉でフェリア先生を挑発すれば


「あ?なんだ小娘…」


 先生は先生で、その挑発に乗るものだから


「あー、やめてください…」


 パーソンくん、ついに泣いてしまいます。


 パーソンくんは泣いてしまいますけど、観客は大喜び、大盛り上がりで大歓声。


 何しろこのお方、一説に1,000万人に1人と言われる『パラノーマル』と呼ばれる超人を、代々輩出してる事で有名なミスト家のご令嬢。


 今回初出場ながら、若干14歳金髪縦ロール美少女という事もあって、あらゆる方面から注目度の高いレイクチユル・ミスト嬢その人にあらせられます。


 そのレイクチユル嬢が、これまた超名家エルダーヴァイン家のご令嬢であらせられるフェリア先生に、ケンカ売ってる訳です。


 名家同士のガチバトル。やり取りの内容はわからなくても、それは伝わります。


 伝わればそんなもん面白いに決まってますから、無責任な観客は「やれやれー!」ってなる訳です。


 けど、泣いてるパーソンくんが、ちょっとかわいそう。


 スカーレットが笑いを堪えるのが辛そうなのは…まあどうでもいいか?


 そんな事は知ったこっちゃないフェリア先生とレイクチユル嬢は、向かい合う形で睨み合いとなる。


 そうなると若干背の低いレイクチユル嬢の目の高さが、長身のフェリア先生のちょうど胸の辺りとなり、そのあまりの迫力に一瞬怯む。


 それを見逃さないフェリア先生は、胸でレイクチユル嬢を威圧する。


 たじろぎ、一歩後ろに下がってしまいそうになるのを必死に堪えるレイクチユル嬢。


 圧倒的胸力で威圧するフェリア先生。


 負けじと胸を張ってみせながら、フェリア先生を睨む事をやめないレイクチユル嬢…


 ちょっと揺らして見せるなどして、大人気なく胸を強調し威圧するフェリア先生…


 フェリア先生を睨んだまま、自分の左右の胸に左右の手を当てて『無い』事を確認し、軽く絶望するレイク… はい!レイクチユル嬢目を逸らした!フェリア先生の勝利!!


 と、まあ、いったい何の勝負をしてたのかわからないですけれど、先程までの不機嫌が嘘のようにフェリア先生は満足げ。


 レイクチユル嬢を嘲笑いながら、後方へと歩いていく。


 嘲笑われたレイクチユル嬢。振り返り、すっげえ悔しそうなのを隠す事もなく、フェリア先生…ではなくパーソンくんを指差し、睨み付け


「ご、5年後見てなさい!」


 なんて捨て台詞を吐くもんだから


「え…ぼ、僕ですか!?」


 とばっちりのパーソンくん、またも涙目。


 フェリア先生、そのパーソンくんの頭を、すれ違い様軽くポンと叩いて


「緊張は解れたか?」


 と声をかける。


 なるほど、これは、緊張でガチガチだったパーソンくんを気遣ってのパフォーマ…いや、違うだろ。


 という事で、パーソンくん、不満げな顔でフェリア先生を見るけれども、先生は意に介す事もなくそそくさと歩いていき、笑いを堪えぷるぷる震えるスカーレットの脛を、軽く蹴飛ばしてから定位置に着く。


 これで、この場はようやく落ち着きを取り戻したとさ。




 という事で、階段下で待たされていた残り二組の選手もステージに上がり、ようやく出場12組中11組の選手が揃います。



 残るは1組。



 出場選手は事前にメディアによって公表されるのが通例なのだけど、今大会参加選手12組の内、公表されたのは11組。残る1組はシークレット。


 当然、これは大会を盛り上げる為の演出。


 名前を隠すからには、全く無名の選手という事はないはず。となると、現在将軍職に就いてるあの人の復帰か、伝説の永世剣王25年ぶりの参戦か…はたまた…



 等々、憶測が憶測を呼び、巷ではここ数日話題の中心となっておりました。


 いよいよ、その答え合わせなのですけれど、ここでそれまで途切れる事の無かった生オーケストラの演奏が不意に止むから、観客達はなんだなんだとざわつく。


 そこに


「1か月前、市内で起こりましたシバース教アナトミクス派によるテロ事件。残念ながら多くの死傷者を出す結果となりました。ここで亡くなられた皆様に黙祷を捧げたいと思います」


 なんて重々しいアナウンスが流れれば、何故このタイミング?って事でさらにざわめきが広がる。


 その、ざわめきも


「黙祷!」


 という掛け声と共に一旦は静まるけれど、行儀良く指示に従い黙祷をする観客も、内心それどころではないのです。


 最後の1選手を紹介する直前というタイミングでのこの黙祷。


 それは最後の選手が誰なのかの答えを暗に示してるのではないか?と思うのは当然の帰結。


「お直りください」


 という指示に従い観客達が目を開ければ、思った通り答えの人物がステージ中央に立っている。


 それは、多くの人が予想した人物で…


 いや…しかし演出なんだろうけど、皆が黙祷してる間に、こそこそと準備してたのかと思うと滑稽だよね?


 というのが有ってか無くてかわからないけど、歓声みたいなものはあがらない。


「それじゃあ、皆に最後の選手を紹介しようか」


 そこに先程までのアナウンスとは違う声が会場に響き渡り、観客の意識はそちらに集中する。


 貴賓席横に設置されてる演台に、王国筆頭魔導師エリザベート・イヅチが立っている。


 エリザベートが話しているのだというのが分かると、会場に変な緊張感が生まれるのは、彼女の普段のイメージのせい。


 そんな事とは知らない当人は


「先日のアナトミクス派によるテロ事件。魔獣の驚異からこの街を救った英雄…」


 おかまいなしに口上を続け、そこまで聞いた英雄さんが


「持ち上げすぎだろ?」


 独り言つのと同時に


「クルーア・ジョイス君だ!」


 この物語の主人公(自称)の名が告げられた。


 そうなれば、嫌でも主人公(自称)はそれに答えなくてはいけないという事で、乗り気では無いけど手を上げてみせる。


 上げてみせるけれど、観客達からの歓声は疎らにしか起きないからクルーア君赤っ恥。


 顔真っ赤なのがバレたくないから下を向いてしまう。


 さて、何故歓声は疎らにしか起きなかったのか?


 その答えは簡単で、クルーア君のパートナーとなるシバースが見当たらないから。


 観客の多くは、クルーア君のパートナーにどうしても一人の人物を想像してしまうというのもあるだろう。


 だからという訳では無いのだろうけど、誰からともなく観客達が上空を見上げ始め、次第にざわめきが起きる。


 釣られて、選手達も空を見上げ始めるから、クルーア君もゆっくりと顔を上げようとする…


「そして、もう一人の英雄を紹介しよう!」


 全く予想してなかった訳では無い…けれど


「聞いてないぞ…」


 上空にいるのであろう彼女の姿を確認するよりも先に、クルーアはエリザベートを睨み付ける。


 ここからでは表情までは確認できないけれど、さぞや絵に描いたようなドヤ顔をしてるのだろうと想像し


「チッ…」


 舌打ちをする。


「クルーア・ジョイス君のパートナー、魔法少女エリエル・シバースだ!」


 例えば「本当に空を飛んでるよ」だったり、「いや、だって犯罪者でしょ?」だったり…


 いろいろな感情が混ざって、単純な歓声とは違うものになってる。


 皆が皆、エリエルを歓迎してる訳では無い。


 それは分かるのだけれど、それでもエリエルを迎える拍手を彼女は有り難いと感じ、観客に向かって何度も何度も頭を下げる。



 それを眺めながらフェリア先生は深い溜め息をつき、クルーア君は頭を抱え、パーソンくんはあまりの場違いさにそれどころではなく…


「面倒くさい」「帰りたい」言ってたわりには、何だかんだ開会式を一番楽しんでるスカーレットが、ついに堪えきれず、声を上げて笑い出した所で


「何でこうなったかな…」


 っていうのを説明するため、例によって時間を遡り、物語を再開させようと思う。

こっそり再開…

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