魔獣騒乱16
エリエルとニコラの現在地は、攻撃態勢に入った近衛のシバース達と魔獣の間の直線上。
ハッキリ言って邪魔。
話し込んでたのが悪いのだけれど、この状況はあんまりよろしくない。
「急ぎますね?」
という事でスピードアップ。
「うん…う…うっわ!」
予想を超えるスピードに焦るニコラちゃんですけど、エリエルちゃんはお構い無し。
あっという間に避難所付近までたどり着くと、その周辺で最も高い建物の屋上で、攻撃態勢に入ってる近衛のシバースを発見する。
ニコラちゃんもエリエルとほぼ同時に、近衛のシバースに気が付いたけれども
「あの距離で当たるんすかね?」
素朴な疑問を持たずにはいられない。
魔獣との距離は1㎞を超えている。結構な長距離攻撃。
ただ当てるだけなら広範囲に魔法を展開すれば良いのだけれど、それでは当然、威力も分散してしまう。
スカーレットが、クルーア君に『魔獣から最低200m離れろ』と指示していた事を考えても、ピンポイントで魔獣に命中させるつもりだろう。
しかし、近衛のシバースと言えども流石にそれは至難の技だとエリエルも思う。
「どうするんだろう?」
ニコラに聞こえるか聞こえないかの声でエリエルが呟いた直後、近衛のシバース3人が、その魔力を合体させ、特大の魔力の塊を作り出し魔獣目掛けて打ち放つのです。
突然頭上で何かが強烈な光を放つから、魔獣はそちらに意識を奪われ、クルーア達はその隙に難なく魔獣から距離を取る。
距離を取ったのは良いけれど、ここでも疑問に思う事はやっぱり
“ドウヤッテ命中サセルツモリダ?”
という事になる。
何しろ魔獣との距離はたった200m。巻き込まれたらたまったものではないのだから、シャルルさんは不安になるのですけど
「イヅチ先輩が大丈夫って言うなら大丈夫だろ?」
クルーア君、スカーレットに対して謎の信頼。シャルルさんは訝しげ。
そうこうしてる内に
“来タゾ!”
近衛のシバース3人分の、超特大の魔力の塊が飛んできて、真っ直ぐ魔獣に向かって…ない?
「なんだ?」
魔力の塊は魔獣には向かわずに、その頭上。スカーレットが打ち上げたのであろう、攻撃開始の合図の信号である所の光の塊へと飛んでくる…
いや、飛んできてるというよりは吸い寄せられてるといった感じ。
間もなく光の塊とぶつかり一体化した所で、特大の魔力の塊は急降下。あっという間に魔獣を包み込んでしまう。
「まさか魔法を誘導してるのか?」
“他人ノ魔法ヲカ?ソンナノ聞イタ事ナイゾ?”
何が起こってるのか分からずに、軽く混乱気味の一人と一匹は置いといて…現時点で魔獣を包み込んでいるのは、ただの魔力の塊。
そこから炎に変換したり、雷に変換したり、あるいは治癒魔法に変換したりして初めて効果があるものであって、それだけでは何の効果もありません。
そこでもう一度。おそらく今度は準備完了の合図であろう信号が上がる。
信号が上がった事で、一人と一匹はスカーレットの現在の位置を把握する事ができたのですけれど、それは今はどうでもいい話。
信号は、打ち上げ花火のようにスーッと上がって一瞬だけパッと輝いて消え、次の瞬間魔獣を包み込んだ魔力の塊が変化を始める。
先ずは魔力の塊の一部が分裂し、無数の小規模爆裂となって轟音と共に魔獣を襲う。
突然の事に魔獣は混乱し身を守る事も儘ならないけど、しかしこの程度でこの魔獣を倒せるとは誰も思っていない。
それが終わるより前に、今度はまたぞろ分裂した魔力の塊が、無数の雷撃となって雷鳴と共に魔獣の身体を貫き、魔獣は絶叫を上げる。
その絶叫はこの攻撃によって、少なからず魔獣にダメージを与えられてる証拠でもあるのだけれど、まだこれで終わりではない。
残った魔力の塊が大規模な爆裂魔法となり、地響きを伴って魔獣を蹂躙する。
爆裂魔法は強烈な爆風を生み出し、魔獣のついでにクルーアとシャルルも…って…
“オイ!チョット待テ!”
「殺す気か!」
思いがけない大規模爆裂による大爆風。
寸での所で危険を察知し、建物の陰に隠れて事なきを得たけれども…いや本当に危なかった。
巻き込まれたらクルーア君はともかく、シャルルさんは命が無かったかもしれない…
「何考えてんだよ!」
そうクルーア君が叫ぶのは、人の気配を感じたからであり
「いや~ごめんごめん。こんな事になるとは思わなかったよ!」
苦笑いではあるけれども、およそ反省してるとも思えない表情をしてスカーレットが登場する。
「わたしも、わたしの部下も実戦経験は初めてなんだ。許してくれたまえ」
そういう問題ではないと思うのだけれど、考えてみれば国王陛下の護衛が主な任務の近衛隊が、こういったケースで投入されるなんて普通は無い訳で、実戦経験がゼロというのは…それ、いざという時どうなんだ?
もっともパナス王国は、もう100年以上も他国との戦争をしておらず、軍ですら実戦経験ゼロというのが殆どで…いざという時が来ないよう願いたい。
あれ?今がそのいざという時か?
「そんな事よりも、今はアッチだ」
なんか、危うく殺されかけた事をうやむやにされた気がしてならないけれど、確かにそれはそう。
今はまだ、爆煙に包まれてその姿を確認する事ができないけれど、魔獣がどうなったか。
「あれで倒せれば良いのだけど…」
せめて、致命傷とはいかないまでも行動不能になるくらいのダメージを与える事ができてれば、後はどうにでもできるのだけれど…
そんな願いは、咆哮と共に儚く消えて、魔獣が爆煙の中からその姿を現す。
「そんな…効いてないのか?」
魔獣は、ちょっと見ただけでは、まるでノーダメージのように見えるけれども
“イヤ、効イテル!同ジノヲアト2、3発打チコメバ・・・”
というのがシャルルさんの見立て。
しかし
「無理だよ…それをするには準備が居る。時間も人も足りない…」
というのが現実。
「それじゃあ…」
最後の手段しかないと、クルーアが言いかけるのを
「ちょっと、待って…」
スカーレットが遮るから、まだ何か手があるのかと思いきや
「今、喋ったの誰?クルーア君じゃないよね?」
あーそこか…そこ引っ掛かりますよね?やっぱり…
そりゃ、シャルルの念話を知らなければ驚くのも無理はないけど、今はそんな場合じゃない。
「その話は後だ!今は…」
早く剣を貸してくれと、クルーアが言いかけるのを
“チョット待テ!”
今度はシャルルが遮るもんだから
「なんだよシャルルまで!」
クルーアが猫に向かって大声を張り上げる。
それは普通に考えれば奇行でしかないのだけれど、それによって勘の良いスカーレットは、さっきの声の主がこの猫である事を知る。
「何?その猫…っていうか本当に猫なのその子?」
勘の良いのはガキだろうと大人だろうと嫌いです。
だが、今はそれどころではない。
“オカシイゾ?”
「おかしいって、何が?」
“魔獣ガ、俺ノ念話ニ反応シテイナイ”
「はあ?」
重ね重ね勘の良いスカーレットは、この会話だけで何故魔獣がこの猫を狙っていたのかを理解し
「それは…まずいね…」
魔獣の様子を窺いながら呟く。
さっきまでなら、そこそこの距離があってもシャルルの念話を察知していた魔獣が、今はこちらに無関心で、その視線のは恐らく先程の魔法を放った近衛のシバースのいる建物へと向けられている。
そしてその足は、ゆっくりではあるけれども、しかし確実にそこへ向かって歩を進めている。
その姿は弱々しく見えて、魔法はちゃんと効いていた、ダメージは与えられていた、という事を確認できる。
しかし、それが油断になる。
魔獣は最後の力を振り絞るかのように、これまでにない大きな咆哮を上げると一気に加速する。
それは、その巨体からも、先程の弱々しい姿からも、とても想像のできないものであり、油断していたクルーア達をあっという間に置き去りにする。
「しまった!」
“オ、オイ!”
流石にこの状況でシャルルを抱えてる訳にはいかず、置いて急いで魔獣を追いかけ始めるクルーア。
しかし仮に追いついたとしても、あれだけ加速した巨体の魔獣をどうやって止める?
打つ手があるとも思えないけれど、だからと言って追うのを止める訳にはいかない。
「まいったな…」
剣を渡しそびれた事に気付いてしまったスカーレットも、本当は追いかけたくなんかないのだけれど、仕方がないから、クルーアの後を追う事にするのです。
さて…魔獣ですけれど、これは何が起こったのでしょう?
「自分の意志で行動した…と言えば聞こえは良いですかね?」
魔法を放った者たちを、優先的に排除すべき脅威と独自に判断しての行動なのでしょうか?
本当は最初から、シャルルさんの念話に反応してた訳ではなかったのかもしれませんが…いやそれは無いか?
当初、植えつけられた指令は自分以外の魔獣を追う事であり、その判別方法が念話であったことは間違いなく、どれだけの脅威であろうとも人間を狙う事は無かったはず。
「あなたの命令を聞かなくなったという事でしょ?」
他のアナトミクス派のメンバーとは別行動で、事の顛末を見届けるために居残っていたジェリコーとヘスコーは
「これは暴走というものですかね?」
「ええ…暴走ですね…」
件の魔獣の行動を、そう結論付けるのです。




