魔獣騒乱7
猫のような小さく素早い動物に路地に逃げ込まれてしまえば、普通に考えれば探し出すなんてのは困難に決まってるけれど、今はどういう訳かそれを正確に追いかけてる魔獣を目印にすれば良い。
幸いな事に、その目印は周囲の建物より頭一つ分突き出していて…って、また大きくなってる…
このまま際限なく大きくなっていくとも思えないけれど、生物は大きくなりすぎると自重で身体を支えられず潰れてしまうと言います。
それは魔獣だって例外ではないと思われるので、潰れてしまうならそれはそれでラッキー。
とはいえ、この魔獣の巨大化の限界というのが分からない以上楽観はできない。
それにしたってどうするよこれ…
魔獣というのは今やこの世界には存在しないはずの生き物ですから、軍だろうと、守護隊だろうと、魔獣退治のノウハウというのを持ち合わせてない訳で、それはクルーア君だって同じ事。
何とか対応できるとすれば軍のシバース部隊くらいだと思われますけど、それだって希望的観測ですし、そもそも王都に駐留してるんだっけ?
「剣さえあればな…」
どうにでもできるのにと呟きかけて、しかし先程までのゴタゴタで若干自信を失いかけてるクルーア君は、言葉にするのを止めて首を振る。
ともかく今はシャルルさんと合流する事を優先し、その後の事はその後考えようと気持ちを切り替え、魔獣の位置を確認しようとしてその動きが止まっている事に気付く。
周囲をキョロキョロと見回す様は明らかに目標を見失ったそれであり、それはつまりクルーア君も目標を見失ったという事になってしまうので
「チッ…」
お得意の舌打ち。
こうなると優先事項は変わらないものの次の行動をどうするか迷う訳で、魔獣と同じように周囲をキョロキョロ見回してしまってる所へ
“クルーア!”
突然上の方からシャルルさんの声が脳内に直接響く。
聞こえてきた方を向けば、建物の2階の窓から猫が一匹ダイブしてくるから慌ててそれを受け止める。
「シャルルか?」
“アア!ナントカマイテキタ!”
興奮気味のシャルルさん、お疲れのところ申し訳ないのだけれど、とりあえず
「なんでアイツはお前の事追いかけてきてるんだ?」
それが分かると助かるな~と思ったのだけれど
“知ルカ!コッチガ聞タイッテ!ナンナンダヨアイツ!”
まあ、そうだろうなって答えしか返ってこない。
特に期待もしてなかった訳だし、取り敢えずシャルルさんと合流できたのですから良しとして、さあこれからどうしますか?って事で二人…えーと、一人と一匹がほぼ同時に魔獣へと視線を移すと、何故か相手も建物に身を乗り出すようにして、こちら側を見ているものだから、バッチリ目が合ってしまいます。
「へ?」
「みゃ?」
一人と一匹の間抜けな声が漏れるのと、魔獣の咆哮がほぼ同時。
建物の屋根伝いに移動でもしてるつもりなのかもしれないけれど、それはただの破壊行為にしかなってなくて…とにかく魔獣がこっちに向かってくる。
「なんでこっちに気付いた?」
そんな事を考えてる場合ではない無いのだけれど
“モシカシテ念話カ?”
シャルルさんが答えに行きつきまして
「なるほど…そういう事か…」
クルーア君は妙に冷静。
おそらくはそれだけではないのだろうけど、あの魔獣がシャルルさんの念話に反応している可能性は非常に高いと思われる。
だとすればそれを使って魔獣を引き付ける事も出来るのではないか?
そういう考えに行きついて、クルーアの次の行動が決まる。
“何ヤッテルンダ?早ク逃ゲルゾ!”
そういうシャルルさんの身体を逃げられないようにガッチリと押さえ
「いや…アイツがなんでお前を追うのか分かったからそれを利用しようと思う。」
“ハ?チョット待テ?何言ッテル?”
それは先ず周辺住民の安全を確保するため
「取り敢えずここでアイツの足止をする!」
避難が終わるまでの時間稼ぎという目的が一つ。
“バカ!何言ッテンダ!離セ!”
シャルルさんの抗議はごもっとも。誰だってこの状況なら逃げたいと思うでしょうけど
「これ以上街を破壊させる訳にはいかないだろ?」
というのが一つ。
そしてそれがクルーア君にとっては割りと大切な事であり
「悪い、我慢してくれ」
言われれば、シャルルさんも納得はいかないけれど受け入れるしかなく
「ミャー!」
という猫特有の鳴き声と
“アー!モースキニシロ!”
諦めの言葉がクルーア君の耳と脳に響き、同時に目の前の建物が破壊され、体高10mに達しようかという魔獣様とご対面となる。
「僕の魔獣に何をした!」
ジェリコーとトレートルの話に割って入ったエドモンド・グラーフに、遅れて現れたリチャード・ヘスコーが更に話に割って入ろうとするけれど、「後にしろ」とばかりに一斉に睨まれてしまえば、アナトミクス派最年少幹部は黙るしかない。
年功序列という訳でもないけれど若輩者は辛いのです。
さて、貧民街の街外れというおかしな場所ではありますけれど、シバース教アナトミクス派の主要幹部が図らずも全員揃ってしまいました。
いい加減シェリル姉さんもお姫様抱っこ状態ではいられない、と判断しクルッと後ろ回りするようにしてジェリコーの腕から抜け出します。
これ、シェリル姉さん抜け出そうと思えばいつでも抜け出せたという事でしょうから、なんだかんだお姫様抱っこ状態を楽しんでいたのではないかと思われるのですけれど、今はそれよりクルーア・ジョイスの情報をジェリコーに伝えていなかった事に関する話。
「どういう事か説明していただけますかね?」
ジェリコーがアナトミクス派に参加する目的は、10年前その左腕を奪った子供の情報そのもの。
その情報を得てじゃあどうするのかは考えてない…というか、その時の気分で決めるとの事で
「貴様が何をするのか分からないのに、やすやすと伝えられるものか」
トレートルが吐き捨てるように言うもんだから、またぞろ剣呑な雰囲気となってしまう。
この二人は全く反りが合わないらしく、一触即発の所をグラーフが制し
「我々の計画はお前も知ってるだろう?それを実行に移す前にお前に退場されては困る。だからあの男とはその前に接触してほしくなかったのだ」
この状況で嘘を付く訳にもいかず、本心を話し出す。
「…ワタクシが負ける事は前提な訳ですね?…」
そう判断されても仕方がないとは分かっていても、それはやはり面白くはない。
「あの男にかなう人間がいるとは思っていない…我々にできる事は、あの男をなるべく我々の計画から遠ざける事くらいだ…話してはいなかったが、計画当日はお前にはあの男を引き付けてもらうつもりでいた」
なるほど、クルーア・ジョイスに執着するジェリコー…そしておそらくクルーアもまたジェリコーに執着してるというのも計算にあるのだろう…その二人をぶつける事でクルーア・ジョイスを彼らの計画から遠ざけさせるつもりであったという…
しかしジェリコーが負ける事を前提として考えてるという事は
「ワタクシは最初から捨て駒にするつもりだったという事でしょうか?」
という事に他ならない訳であり、流石に『捨て駒になってください』という訳にもいかずに
「だから話せなかったのだ…」
と言うグラーフ。
これは不誠実というもの。
これではもうジェリコーが計画に乗る事は無いかもしれない。
それどころかこの後ジェリコーがどういう行動に出るのかまるで予測がつかない。
最悪アナトミクス派から離脱する事も考えられるし、そうなれば自分たちの障害にすらなりかねないのがこの男。
「すまなかった、計画は一から練り直す。お前には今後とも…」
慎重に言葉を選びながら引き止めをしようとしますけれど
「面白いではないですか…捨て駒、やりますよ?」
やはりこの男の思考は予測がつかない。
「そういう事なら最初から言って頂ければ良かったのですよ」
これは、まあ嘘という訳ではないのでしょうけど、しかしジェリコーは気まぐれな男。
本当に最初から言ってたらどういう結果になっていたかなんて分かったものではありません。
今この時このタイミングでなければ全く違う事を言ってるでしょう。
しかし、一度言った事に不思議と責任を持つ、というのもこの男というのがグラーフの認識であり、そうであればこそ、ここはひとつ念を押す意味も込めて
「そう言うのであれば、今後は計画に支障をきたすような行動は慎んでもらえないだろうか?」
あくまでも下手に出る。
「…善処しましょう…」
中途半端な答えが返ってくるけれども、これはこれでこれまでよりもだいぶ前進したという事ではあるのですから良しとする。
「で、アレはどう収拾つけるつもりだ?」
ここからでは、もはやその咆哮が聞こえてくるくらいで、状況をつかむ事のできない魔獣様へと話は移る。
「さあ?…クルーア・ジョイスが何とかしてしまうんじゃないですかね?」
無責任な言い回しをするもんだから、ここまで我慢をしていた魔獣の本来の飼い主さん、リチャード・ヘスコーがブチ切れまして
「お前!僕の魔獣に何をしたんだ!」
ここで振出しに戻って大声をあげますけれど、やっぱり相手にはしてもらえず
「アレ、こっちの言う事聞くの?」
「ワタクシ、アレをクルーア・ジョイスがどうするのか見てみたいのですよね?…」
「制御できなければ兵器としては使い物にならないぞ?…」
それぞれ思い思いの事を口走って話がまとまらない。
「しかし、ここで我々が魔獣化魔法を復活させた事が公になってしまったのは良くない…」
グラーフの口走った言葉が気に入らず
「それは、禁忌を犯した組織に対して賛同者が減ってしまう事の懸念ですか?」
以外にも噛みつくのはリチャード・ヘスコー。
それをまるでフォローでもするかのように
「もともと戦力不足を補うための魔獣じゃないですか?賛同者なんて別にいらないでしょう?」
ジェリコーが続ける。
「それにしても笑える話ですよね?…散々犯罪行為を行ってきた我々が、大昔にできた禁則事項を頑なに守り続けてきた…ワタクシは感心したのですよ?魔獣化魔法を復活させるなんて、思考の凝り固まったワタクシ達では到底思いつきもしなかった事でしょう」
それはリチャード・ヘスコーへの賛辞であり、言われた当人は困惑する。
「同時に興味を持ってしまいました…ワタクシにも魔獣化魔法ができないものか?…と」
これは『僕の魔獣に何をした』という質問に答えてるんだと気付いて
「面倒臭い人だな…」
独り言つ。
「僕が聞きたいのはそういう事じゃない。何をしたのか聞いているんだ」
ジェリコーはその質問の意図がいまいち分からず
「どういう事でしょうか?」
率直に聞き返す。
するとヘスコーは自分の後ろに隠れるようにしていた動物を前に出す。
「僕にはどうやってもこれより大きくする事ができなかった」
それは大型犬くらいの大きさの爬虫類であり、つまるところ件の魔獣の本来の大きさがそれだったという事。
「なのにアレは何だ?まるでおとぎ話のドラゴンじゃないか?…何をどうすればあんな事ができる?」
ようやくヘスコーの質問の意図に気付いたジェリコーは
「面倒臭い人ですね…」
独り言つ。
「それは、ワタクシに魔獣の巨大化方法を教えろ…という事でよろしいのでしょうかね?」
核心をつくジェリコーに、ヘスコーは静かに頷いてみせ
「それなら、それでもう少し言い方というものがあると思うのですが…まあ嫌いじゃないですよ?そういうの」
やや呆れ気味に溜め息をつきながら、しかしどことなく嬉しそうにジェリコーは笑う。
「だが、自分たちで制御できないようなものは戦力にはできないぞ?」
誰にいう訳でもないトレートルの独り言に
「制御できればいいんでしょ?やりますよ」
穿き捨てるように言うヘスコーを持って、この会話は終わりになるのですけれど、そもそもここまでの会話は横道に逸れた物であって
「で、あの魔獣はどうするんだ?」
グラーフが話を戻す。
「先程も言いましたけど、ワタクシとしてはアレをクルーア・ジョイスがどうするのか見たいのですが…今はあの魔獣の事は放っておいて新拠点への移動を優先するべきではないですかね?」
クルーアがあの魔獣をどうにかしてしまう事を前提とした話ではあるけれども、ジェリコーにしては意外なほどマトモな事を言ったのに対して
「ねえ?アタシ考えたんだけどさ、この騒ぎに乗じてアタシたちは王都から逃げ出しましたっていうのはどう?」
ここまでほとんど会話に入ってこなかった、シェリル姉さんが斜め上の事を言い出す。




