聖グリュフィス聖堂孤児院の午後2
「最初はここの子たちに読み聞かせするために描いてたんだけどね?それをノエルさんが面白がって、出版社に持ち込んで、あれよあれよと出版にまで至って、売れっ子作家となりました…もう10年以上前の話なのね…」
「これは金になるって思ったのよね~…売れた時には、さすが私~って思ったな~」
ダリオさんがひたすら肉を焼き、フェリア先生が焼けた肉をテーブルに運び、それを子供達が貪り食う中、メリルさんとノエルさんが遠くを見る目で思い出に浸る。
「はい!すごいです!」
聞いてるのか聞いてないのか…いやハッキリ言って全然聞いてなくて、適当に相槌をうちながら、その視線はメリルさんが所有していた絵本「魔法少女エリエル・シバース」の原画に釘付けとなってまして、興奮状態なエリエルちゃん。
うん、気持ちは分かる。
そりゃ著者だって子供の頃に見ていたあのマンガや、読んでいたあの小説の生原稿とか、憧れのあの大芸術家のあの作品が日本に来た!そして今目の前にある!なんて事になったら、そりゃ涎も垂らすというものですけど、いやでも人の話はちゃんと聞いた方が良いと思いまs
「ちょっとうるさい、黙ってて」
え?あ…はい…すみません…っていやいや、黙ってたら話進まなくなっちゃうじゃないですか、話進めますよ?良いですね?
「チッ…」
舌打ち?エリエルちゃんが舌打ち?…まあ…いいや…話進めます…
えーと気を取り直しまして、創作作品の生原稿ともなれば、ファンにはたまらない物である事は間違いないのです。
しかし、このエリエル・シバースの原画になりますと現在のパナス王国ではちょっと様子が違ってくる訳です。
焼けた肉を運んできたフェリア先生曰く
「でも、こういうのって持ってるだけでも違法になるんじゃないですか?」
そうです、これは発禁本の生原稿なのですよ。
この国では単純所持でも罪に問われるという訳で、流石にエリエルちゃんも違法という言葉が耳に入ってきてハッとして、ゾッとして我に返ります。
「それはほら…ここはアレだから…」
「ああなるほど…」
「ああそうか~」
いろいろ濁した言葉で三人が納得しちゃってますけれど、エリエルちゃんは全く意味が分かりません。
「アレってなんですか?」
聞きますけれど
「うーん…なんて言ったら良いんだろ?治外法権?」
「そうね~なんか違う気もするけど、だいたいそれで合ってるんじゃないかしら~?」
煮え切らない答えが返ってくる。
要するに、ここはパナス王国内にありながら、王国の法律が適用されない特別区という事。
何故ここが特別区なのかという理由はシニャック老お願いします。
「この辺りはエリックとリンドがここに街を築くよりも以前から、聖地エヴァレッティアへの巡礼者の宿泊地として栄えてましたが、ここから先、聖地までの道のりは厳しく、ここで断念する者が少なくありませんでした。そういう人達にとって聖地に最も近いこの聖堂はとても重要な場所になり、やがて『国家思想宗教宗派といった物をいっさい持ち込まない』という、聖地の暗黙のルールがここでも適用されるようになりました。そういう歴史があってこの場所は聖地と同じであり、現在も国家等あらゆるものに属する事のない特別区という事になっているのです」
なるほどシニャック老長々と説明台詞ありがとうございました。
エリエルちゃんも今のでわかりましたか?
「なんか…よくわからないですけど、ここがすごい場所だって事はわかりました」
それでだいたい合ってると思います。
ノエルさんの「ま~でも聖地と同じ特別区って言っても建前よね~」という一言が気になる所ではありますけれど、とにもかくにもここに残してあった原画は事なきを得たけれども、出版社に預けてあった分はもうこの世に存在しないだろうという事。
「なんて…もったいない事を…」
肩を落とすエリエルちゃんではありますけれど、ここであらかた食事を終えた子供達の興味が、再び魔法少女に向かってくる。
「ねーねーお姉ちゃん?空飛べるんでしょ?」
「どうやって飛ぶのー?」
質問攻めが始まり
「あ~それ私も興味あるかも~?」
ノエルさんも話に乗っかってきたので、完全に話題は魔法少女へと移行します。
「僕も興味あるな。文献を調べてみたけど、空を飛ぶ魔法を使えた人物なんて、記録に残ってるのは初代パナス王と共にアナトミクスと戦った者の中に一人いたくらいで、その後誰もそれを再現できていないんだ」
フェリア先生もこの話題に食付いてきて、自分の知識をドヤ顔でひけらかしますけど
「ああ、ちなみにそのアナトミクスと戦った空飛ぶ魔法使いというの初代パナス王妃の事ですよ?」
シニャック老がまたその上を行くビックリ情報をぶち込んでくるから、「え!」という驚きの感嘆詞がきれいにそろって騒然となる。
「あの…正直自分でもどうやってるのかよく分からなくて…」
エリエルちゃんが空気を読まなかったのは、質問に一生懸命答えようと考えていたから、話が入ってこなかったからで、おかげで話が散らからずに済みましたけど
「ねー飛んでみてー」
「わー見たい!飛んで飛んで!」
「私も見た~い♪」
子供たちの無茶振りの中に、またしても大人の声が混ざってたのはまあ良いとして、そんな事言われて困ってしまったエリエルちゃん。
ここはちょっとだけでも飛んでみせた方が面倒がなくて良いと判断。
「じゃあ…少しだけ…」
言って席を立ち、その場でフワッと浮かび上がって、庭をぐるっと一周回ってみせれば
「すっごーい!」
「かっこいー!」
等々歓声が上がると共にパチパチと拍手が起こるものだから、エリエルちゃんは恐縮至極。
恥ずかしさで死にそうになるのをグッと堪えて席に戻ろうとした所でスカート…じゃないや腰マントだ。
腰マントをグイッと引っ張られるのを感じて後ろを振り返るとそこには女の子…
えーと確か孤児院の子ではなく、そのお友達のクルムちゃんだったかな…
が、腰マントをつまんで俯きながら立っている。
その様子があまりにも変だったから、心配になったエリエルちゃん無意識にクルムちゃんの目線まで腰を落として
「どうしたの?」
優しく問いかけると
「お姉ちゃんは…悪い人なの?」
突拍子のない質問が返ってきて
「何言ってるんだよ、そんな訳ないだろ!」
ジンタ君がエリエルちゃんの代わりに反論してくれたけれども
「だって…お父さんが言ってたもん…『あの魔法少女は法律を守らない悪い人だ』って」
続いた言葉に「これはちゃんと答えなくてはいけない質問だ」という事を悟るエリエルちゃん。
しかし、なんて答えるのが正解か分からない。
分からないから仕方なく、大人達へと助けを求めるべく目線を送りますけど、誰も目を合わせようとしてくれない。
心の中で「えー!」と叫びながら、しかしここは自分で考えてちゃんと答えなくてはと腹を括ろうとした時
「お母さんが言ってた…シバースは…みんな悪い人だって」
続いたクルムちゃんの言葉で、先ほどの質問の意味が微妙に変化し
「シバースなんか、みんな世界からいなくなっちゃえばいいって…」
答えるべき答えも完全に別の物になってしまったけれど、エリエルには分からない。
その質問の答えがではなく…なぜクルムは大粒の涙を流して泣いているのだろう…
彼女が泣く理由が何処にあったのだろうか?理解が追い付かず困惑する…
しかし次の瞬間、クルムの身体が薄らと光を放ちその光が上に向けた手のひらへと集束し小さな炎を作り出すのを見て
「あ…」
声を漏らす
「わたしは…世界からいなくならなくちゃいけないの?」
かける言葉の見付からなかったエリエルにできる事は、涙を止められずにいる目の前の少女をただギュッと抱きしめる事だけだった。




