時限付緊急事態令終了
一日目
前日に発電所で起こった殺人事件は、ブロンズ・メイダリオンの職場であったという事もあり、シバース教アナトミクス派との関連を疑う声もあったが、関連性は低いと判断され、捜査は別口で行われる事になる。
この日の捜査に成果なし。外出禁止令違反による逮捕者数名。
当初、デイブ・ハーゲン首相は無期限での緊急事態令発令を目指していたが、議会の一部から「大袈裟である」と反発があり、五日間の時限付という事で折り合いが付けられた。
もっとも、デブハゲ首相は最初から時限付で発令するつもりだったので、要するに反対派に譲歩したというポーズを取りたかった訳である…汚い。
二日目…成果なし。前日同様、外出禁止令違反による逮捕者が数名。
具体的に、緊急事態令で何が変わるのかというと、わかりやすい所で言えば、周辺都市の守護隊の応援と軍の介入。
と言っても、この手の捜査。内容はといえば聞き込み、聞き込み、ただ聞き込み。たまに不審な人物を見かけたら職務質問と、いたって地味な作業であって、別都市の守護隊員はまだしも、軍にとっては専門外。
捜査自体は王都守護隊が主導して行われ、軍はいざという時の用心棒みたいな扱いなんですけど、何しろ偉そうな事この上ない連中なので、守護隊との仲は極めて悪いという事を報告しておきます。
三日目…不審人物の情報が入り捜査した結果、隠れシバースのコミュニティが発見されるも、シバース教アナトミクス派との関係は認めらず。成果なし。
三日目ともなると、外出禁止令違反するようなバカも現れなくなる。
四日目…前日逮捕した隠れシバースから、情報を得られないかと期待されたが、全くもって得られる事は無く、この日も成果なし。
ここまで来ると、アナトミクス派は王都から脱出しているのではないか?とか、本当にあの事件にアナトミクス派が関わっているのか?という疑問が随所から聞こえてくる。
何しろ目撃情報すら一件も無いのだから、そもそもシバース教アナトミクス派は本当に存在するのか?なんて事まで言われてしまう始末である…
五日目…何事もなく無事終了。
緊急事態令は、ほどなくワンランク下の非常警戒令に移行する。
「で?緊急事態令って、何の意味があったんだ?」
緊急事態令が終わり、夜間外出禁止令も解けた夜、クルーア君行きつけの酒場にて、泡の出る方の葡萄酒(この店で一番高い奴)を片手に管をまくのは、我らがフェリア先生であります。
「まったく!こっちはこの5日間営業もできなかったていうのに、何の成果もありませんでしたじゃないってんだよ!」
それに便乗するのはこの店の店主。トリアエズイツモノが、なみなみ入ったジョッキを割れんばかりの勢いでテーブルに叩きつけ、営業できなかった5日間に、何の保証も無い事への鬱憤をぶつけます。
「いや…あの俺に言われても…」
ぶつけられて小さくなるのは、王都守護隊のワルドナさんで、付添いのパーソンくんは触らぬ神に祟りなしとばかりに知らん顔。
それを眺めてたクルーア君
「まあでも、引き続き非常警戒態勢な訳だし、王都の出入も厳しくなってるんでしょ?そいつらがまだ街にいるなら容易に出られないし、街の外にいるなら入ってこれない…まったく意味のない事でも、ないんじゃないか?」
元守護隊だからという訳ではないけど、フォローを入れます。
それに対する
「今までだって、容易に街に入れる状態ではなかったはずだが?」
フェリア先生の指摘は、ごもっとも。
王都に出入りするルートっていうのは限られていて、それこそ10年前の事件以降は国境警備並みの厳重さとなっている。これも平時は守護隊の仕事。
非常警戒中の今は、軍も一緒に任務にあたってるわけですが…
「いや…まあ、あいつらが正規のルートで通ってくる訳はないと思うんだけどね?」
なんてクルーア君が言い返せば
「ほう…正規のルートでないとするなら、どうやって彼らはこの街に入ってきたって言うんだい?」
フェリア先生売り言葉に買い言葉。そこへ
「アナトミクス派の影響力も侮れないからね~…案外どこぞの大物政治家あたりが、裏で手引きしてたりとか…」
またぞろ、自らトリアエズイツモノのおかわりを持ってきた店主が、週刊誌のゴシップネタみたいな事を言い出すもんだから、皆さん苦笑いしかないのですけど
「そもそも、あいつらって、外から入ってきたんですかね?」
ここでパーソンくんが真理を突きます。
「そうか…ずっと潜伏してたって可能性もあるのか…」
「10年も?」
それだけの期間、奴らが見つかる事なく、組織として丸ごと潜伏してたのなら、驚くべき事ではありますけれど
「普通の顔して普通の生活してて『実はアナトミクス派です』っていうんなら、もうお手上げだもんね」
アナトミクス派なら、身体のどこかにそれと示す紋章の焼き印があるはずだけれども、かといって流石に何の疑いもない人物を、片っ端から裸にひん剥く訳にもいかないわけで
「シバース教徒だからって、シバースとは限らないもんな…」
『シバースによる世界の統治』を目指すシバース教アナトミクス派の教義を、シバースではない者の中にも熱狂的に信奉する者がいる…これもまた真理。
ともあれ、ここでこの話を続けても詮無き事ですので
「まあ、俺たちはあらゆる可能性を考えて捜査を続けるだけだよ…地上を調べても見つからないなら次は地下…」
ワルドナさん、格好つけてこの話を締めようとしますけれど
「ワルドナさん!それ守秘義務!」
パーソンくんが慌てて突っ込みます。けれど時すでに遅し…
「なるほど…今度は地下水路を捜査する訳ですか?本格的だ…」
クルーア君とフェリア先生ならまだしも、店主にまで聞かれたのはちょっとまずいってことで
「あー!しまっ…い、今のは聞かなかった事に!」
慌てて取り繕う姿に、一同笑いを堪えられない訳ですけど、うんワルドナさんの口軽いキャラ完全に出来上がったな…
で…
「地下水路って国が管理してるんじゃ…」
「いや、国が管理してるのは今も使われてる所だけで…」
「あー今は使われてない水路か…なるほど、そこなら潜伏場所に…」
等々…店内すっかり地下水路の話で持ちきりとなってしまったので
「あぁ…」
ワルドナさん、頭を抱えますけど自業自得。
そんな感じで、いたって穏やかで和やかな店内だったのだけれど、それだけじゃ話も進まないって事で、ドカンと乱暴にドアを開ける音と共に、軍服姿のマッチョが二人ほど来店しまして、空気がガラッと変わります。
「…いらっしゃい」
見るからに感じの悪い客とはいえ、客は客ですから、それだけで帰れっていう訳にもいきませんので、渋々店主が注文を聞きに行く。
注文したカロリーモンスターとキングオブジャンク。そしてトリアエズイツモノを飲みながら、とりあえずは大人しくしてる軍服マッチョ。
しかしながら、とにかく横柄ですし、くちゃくちゃと店内に響き渡るくらいでかい音たてて物を食べますし、それがワザとやってるのが分かってしまうものですから、店内の雰囲気はもう最悪。
「嫌な感じだね」
だから、敢えて聞こえるように言っちゃうのは我らのフェリア先生。
それ聞いて顔を青くするのが現役守護隊のお二人で、ヤレヤレって感じで溜息ついちゃうのがクルーア君…
「ああ?」
軍服マッチョが聞き逃す訳もなく、こっちを睨んできますけれど、睨まれて目を逸らすようなフェリア先生ではありませんので
「嫌な感じだといったんだが、何か?」
まあ挑発するよね?
挑発してこそのフェリア先生ではあるんですけど、もうほんとにトラブルとかご勘弁ください。ましてや相手は軍人さんですよ?
と言いたい気持ちをグッと堪えて頭を抱える店主がかわいそう。
そん中、精一杯他人のふりをしようとするクルーア君ですけれど、フェリア先生を見て、何かに気付いた軍服マッチョ。周囲をグルっと見回して
「なんだよ、この店シバースばっかりじゃねえか。通りで辛気臭い訳だ!」
「マジかよ…うわっみんな徽章付けてる…おいおいシバースなんかと一緒に酒飲ませんじゃねえよ…」
なんて事を言い出す軍服マッチョを、他の客が一斉に睨み付けるよりも早く、クルーア君は立ちあがり、周りが制止する間もなく眼前まで歩いていくものだから、今度はフェリア先生が頭を抱えてため息をつくことになりました。は~…
「あの…帰ってくれないですかね?金は俺が払っときますんで…」
頭かきかき。一応言葉はやんわりと。しかしド直球に帰れと言ってます。
ですが、いくら金を払うといったって帰れと言われて『はい分かりました』となる訳はありません。
「はあ?お前何様だよ?」
凄んできます。
けれど、それでクルーア君が怯む訳もなく
「あ、ごめんなさい…軍人さんみたいな空気頭の人には、もう少しちゃんと説明しないとわからないですよね?ここはシバースであるとかないとか、そんな事気にせず、ゆっくりお酒が楽しめる…そういうお店なんですよ?それが気に入らないのは仕方がないと思うんですけど、出てけよもう面倒臭いなー!」
あー投げちゃった。穏便に済ます事を諦めたぞクルーア君…いや空気頭とか言っちゃってる時点でアレか…
「てめえケンカ売ってるのか?」
そういう事ですよね?
「先にケンカ売ってきたのは…そちらだと思うんですけどね?」
売り言葉に買い言葉と同時に軍服マッチョが拳を振り上げる。
それとほぼ同時に、店にお客さんが入ってきたけど、この時点で誰もその存在には気付いていないし、そもそもそれどころではない訳で、かまわず軍服マッチョが拳を振り下ろす。
それをクルーア君、サッと避けるか、掌で受け止めるか、なんなら小指一本で受け止めるのも余裕で可能ですけれど、さてどうするか?と、この一瞬で頭を巡らせます。
けれど、そこで店内に入ってきた新たなお客さんの存在と、その人物の正体に気付いた事で、避ける事無く顔面で受け止めることに決めました…え?
ゴン!…という鈍い音と共に
「いってー!」
殴りかかった軍服マッチョが手首を押さえてもがき苦しみ、殴られたクルーア君は少し唇は切れてるようですけど微動だにしない。しかし
「何をやっている!」
店内に入ってきたお客さんが言うのを、聞くか聞かないかのタイミングで
「チッ…」
舌打ちして踵を返し、元の席へと戻っていく。
その様子を見てた店内一同、ただただ茫然。
何しろその人物、私服ではあるけれど、軍服マッチョよりさらに一回りはでかいのではないかという体躯の持ち主で、しかもこの国の人なら誰もがその顔を一度は見た事のある超有名人…
「ジオット…将軍…」
硬直する軍服マッチョが、絞り出すような声で、その人物をそう呼ぶのとほぼ同時に、クルーア君はドカンとでかい音を立てて椅子に座り
「チッ…」
もう一度…聞こえるように舌打ちをするのです。




