魔法少女の翌日2
大豆の発酵食品を使ったスープ、具は大豆の加工食品。おかずは焼き魚的な何か…と、大豆の発酵食品。これに、これまた大豆を発酵させた調味料をかけ、それを白いご飯とともに食す。
「白いご飯は…神…」
魔法学校の寄宿舎には食事に決まりはなく、多くの生徒はきちんと自炊してたりするんですけど、そこはエリエルちゃんお姫様…自分で食事を作るという発想が、無い訳ではないのですけど大の苦手。生活費だって限られてますから、普段偏った食事をしています。
メリルさんが、そんなエリエルのために用意した食事は、それはそれは優しい味付けで、エリエルちゃんの心と胃袋をグッと鷲掴みにするのでした…
久しぶりのちゃんとした食事に、ひとしきり感動したエリエルちゃんは、食器くらいは自分で片付けたいし、何より食事のお礼がしたいものですから、メリルさんを探すため部屋を出ます。
で、この聖堂の居住区はさほど広いものでもなく、程無く調理場的な場所を見つけ、そこで洗い物をしているのだろう音と一緒に、何か会話しているのが聞こえてきて、そこにいるのがメリルさんだけじゃない事がわかって若干の緊張。
恐る恐る調理場を覗き込みながら
「あの…ご馳走様でした」
言うと、メリルさんがすかさず気付いて
「あ、なんだ持ってきてくれなくてもよかったのに~」
あっけらかんと声をかけてくれて一安心。
それにしてもメリルさん…あまりにも年齢不詳。流石に10代ということはないだろうけども、20代と言われても、30代と言われても、40代と言われても違和感のない感じである。
「そこに置いといて、後はアタシが洗うから」
「あ、いえ…自分でやります…あの、やらせてください」
「そう?じゃあお願いしようかな?」
そんな会話をしていると、奥から
「それじゃ私は、お茶でも入れようかね?」
老人が声をかけてくる。
「あーアタシがやりますよ!シニャックさんは座っててください!」
立ち上がろうとする老人を強引に押さえつけるメリルさん…本当にパワフルな人だ。
「はは…じゃあお願いしますかね」
苦笑いをする老人…シニャックさんの様子をこちらも苦笑いしながら眺めていたら目が合っちゃって
「こ、こんにちは…」
間抜けな挨拶をしてしまうエリエルちゃんに、シニャックさんはにっこり満面の笑みを浮かべてから、深々と頭を下げ
「おはようございます」
またぞろ既視感。
そのシニャックさんの姿を見て、エリエルはまた「懐かしい」と感じてしまう。
メリルさんといい、シニャックさんといい、そして何よりこの場所この建物にも感じている懐かしさは、いったい何なのだろう。
思い出そうとしても思い出せないし、考えたってわかるものでもない…もどかしい。
「ポール・シニャックです…ユーリカさんは私の事、覚えてませんか?」
覚えてない…というか、そもそも会ったことがあるのかもわからない。シニャックさんが今話しかけてるのは、今現在王城にいるはずのユーリカ・マディンであってエリエルでは無いのだ。
そう、一つ確かな事は、この二人にとってユーリカ・マディンという人物は、既知の存在なのであるということ。
では、何故エリエルが奇妙な懐かしさを感じているというのだろうか?
「シニャックさん、その話はゆっくりお茶飲みながらしましょうよ?」
困ってるエリエルにメリルさんが助け舟を出せば
「そうですね…すみません話を急かしてしまいました」
そう言ってシニャックさんはまたにっこり満面の笑みを浮かべる。
それはとても優しい笑顔で、やっぱり懐かしい。
「あ、いいえ大丈夫です…」
話を聞けば、ひょっとしたら今感じてる懐かしさの正体が分かるかもしれない。
エリエルは洗い物をする手のスピードを速めた。
結果メリルさんに、洗い物のやり直しを言い渡される…
時間短縮のために手を抜くと、かえって時間がかかってしまう…作業効率を上げるというのは手を抜くという事ではないのです!エリエルちゃん!
そういう訳で、ようやく食後のティータイム…もう食後って感じしなくなっちゃったけど気にしない。
メリルさんが淹れたくれたのは緑茶でして、エリエルちゃん緑茶は渋みが苦手だな~思いながら飲んでみたら
「あれ?美味しい…なんで?」
ってなりまして、若干失礼な事を言ってしまうけど
「あら?ありがとう。淹れる時のお湯の温度がポイントなのよ?」
と、メリルさんが気にする事もなく豆知識を披露するもんですから、エリエルちゃん後で詳しく教えてもらおうと思いますが、今はその話をする時ではないのです。
「あの…お二人はユーリカ…私の事をご存じなのですか?」
恐る恐る本題へと入ります。
「あーやっぱり、リカちゃんは覚えてないか~。残念」
ユーリカをリカちゃんと呼ぶのは、限られた親しい人だと記憶してる。メリルさんもその一人ということか?
「ユーリカさんが王城に入られたのは5歳の時…10年前ですからね、仕方がありませんか…」
二人がユーリカを知っているとしたら、それはユーリカが王城に入る以前の事であるというのは当然の事として、王城に入る以前のユーリカは何をしてたのか、と考えてエリエルちゃんハッとします。
「孤児院…」
そうユーリカ・マディンは孤児で、王城に入る前はどこかの孤児院にいたというのは聞いた事があって、先ほどメリルさんは敷地内の孤児院で働いてると言ってた訳で…
「そう、あなたはここの孤児院にいたのよ?10年前まで」
「私には、ついこの前の事のように思えますがね?」
「そりゃ500年以上生きてるシニャックさんには、10年なんて一瞬の出来事でしょうよ」
サラッと、とんでもない事を言った気がしますけど、それは多分メリルさんの冗談だろう、という事で置いとくとして、なるほど二人がユーリカを知っているというのは合点がいった。
しかし、ここにいたのはユーリカ・マディンであってエリエル=ソフィア・パナスではない。ではこの二人と、この場所に感じてる奇妙な懐かしさはなんだろうか?
「ところであの衣装『魔法少女エリエル☆シバース』よね?絵本の。自分で作ったの?」
「あ…はい、自分で作りました。」
話が変わった。エリエルの衣装は昔読んだ絵本の記憶を頼りに、エリエル自身が市販のものを改造して作った物である。
「下手くそですけど…」
「そんな事ないよ~、よくできてるわ」
お世辞でも嬉しいもので、少し照れ気味にメリルさんの方に目を移すと
「燃えるわね…」
目をキラーンってさせてるんですけど、何が燃えるんです?
「それにしてもアタシたちの事は覚えてないのに、エリエルの事は覚えてるなんてね~。あれだってここにいた時に読んだ本でしょ?」
ハッとする。昨夜ふと自分に沸いた疑問『私は、いったい何時何処でエリエル・シバースの絵本を読んだんだろう?』
ユーリカ…本人の方が絵本を読んだのは孤児院にいた時であり、王城にエリエルの絵本は無かった。絵本の話をユーリカから聞かされたのかもしれないけど、それだとエリエルのデザインを鮮明に覚えてる事に説明がつかない。
もしかしたら自分はここに来た事があるのかもしれない…
「あの…ここに、わ…ソフィア様がいらしたことはあるんでしょうか?」
思い切って質問してみる。
「え?」
メリルさんが言葉に詰まる。
「さ、さあどうだったかな?」
ごまかしたのを見て確信する。自分はここに来たことがあって、その時にエリエルの絵本を読んだのだ。なるほどその時に親しくなったのもあってユーリカは王城に呼ばれたのかもしれない。
しかし、はたしてそれだけの事でこの場所を『懐かしい』とまで感じるのだろうか?それだけではない何かがこの場所であったのではないだろうか?
自分の記憶のぽっかり穴の開いた期間。その答えがこの場所にあるのではないだろうかと考えていたら
「ここは歴史ある聖堂ですから陛下もお見えになられた事がありますし、その時に姫様もいらしたのかもしれませんが、私どもに紹介はありませんでしたよ…」
シニャックさんの言葉でまた少しわからなくなったけれども多分これは嘘だ。メリルさんが少しホッとする表情をしたのをエリエルは見逃さなかった。
この二人はエリエル=ソフィアの失われた記憶の事を知っているに違いない。そしてそれはどうしても隠さなければいけないことなのだろう。
そうまで隠そうとする事を知りたいかって聞かれれば、それは少し怖い事のような気もするけれど、やっぱり知りたい…
だがちょっと待て。今の自分はソフィア・パナスではなく、ユーリカ・マディンとしてこの場にいる。これ以上この話を掘り下げて聞くのは不自然ではないだろうか?
それとエリエルには、他に少し気になってることがあって
「あの…ここは聖グリュフィスの聖堂なのにどうして残されてるんでしょうか?」
そっちの方を質問してみる事にした。
10年前のアナトミクス派の事件の後、シバース教はアナトミクス派もグリュフィス派も関係なく活動を禁止され、文字通りの弾圧にあい、教会や聖堂は次々に取り壊しになった。
それにもかかわらず、この聖グリュフィス聖堂と呼ばれる建物がずっと残されてる事が、エリエルはずっと不思議でならなかったのだ。
「簡単な話です。ここはシバース教なる宗教が起こるよりも以前からある聖堂ですから」
なるほど、聖グリュフィスの名前がついてるというだけでシバース教グリュフィス派とは全く関係のない建物という事だ。いや、でもだ
「シバース教以前から聖グリュフィスへを信仰する宗教があったという事でしょうか?」
素朴な疑問を口にすると
「うーむ…説明不足でしたね?そうですね…実際に見てもらいましょうか?」
言うとシニャックさんすっと立ち上がる。ちょっと見た目年齢からは意外な身のこなし。
「聖堂の方に来てもらっても良いでしょうか?」
「あ、はい…」
ものすごく自然にすっと手を差し伸べてくるから、思わず手を取り、案内されるままエリエルは聖堂に向かう事になる。
「アタシはお茶片付けますね」
それをメリルさんは微笑ましく見送るのでした。




