魔法少女の翌日
シバースの中には、動物の言ってる事がわかる、動物と会話ができるなんて人もいるらしいが、エリエル・シバースにはそれができない。
それは、できない事ではあるのだけれど
「フミャー!(意訳:いいから早く離しなさいよ!)」
流石にこれは何を言ってるのか理解ができたようで
「あ?ご、ごめんさい」
慌てて手を離すと、白いモフモフしたニャーと鳴く方の愛玩動物…もう面倒臭いから猫で良いよね?はいこの世界にも猫はいますよ…
白モフ猫は「失礼しちゃうわね」とでも言いたげな視線で、エリエルを一瞥すると、サッとベッドから降りていく…
「ベッド?」
知らないベッドに寝ている…
さて、今がまだ夢の中というわけではないというのは、白モフ猫をもっふもふした事によって確認済みではありますけれど…ここはどこ?これはどういう状況?
入り口のドア…壁…窓…そして仰向けになって天井を眺める…
一通り室内を見渡して不思議な感覚に囚われる。
既視感…この場所をエリエルは知っている。
そう感じて、ここがどこなのか記憶の奥底を探って思い出そうとしてみるけれど、どれだけ記憶を遡ってみても、この場所の記憶が存在しない。
「気のせいかな?」
あるいは、これもまたエリエルの記憶のぽっかりと開いてしまった期間と関係があるのかもしれない。
しかし今はそれよりも、まずこの状況だ。
昨夜、あの男の人と別れた後雨が降り出して…そして何があった?
「思い出せないや…」
遠い昔の記憶だけでなく、ほんの数時間前の記憶すら思い出せない事に、軽く自己嫌悪してため息したところへ…
ドスン!
という鈍い音と共に腹部へ衝撃が走る。
唐突に攻撃を受けた…人の気配はない…しかし何かがいる
それほどダメージは無かったけれども、このままではまずい…また攻撃を受けるかもしれない…
エリエルは次の攻撃を警戒しながら、ゆっくりと上半身を起こそうとする。
すると今度は風のようにサッと何か近付いてくるのを感じる…速い
「ダメ…防御できな…」
「みゃあ~(意訳:おはようございます!)」
「…あ、はい」
…何のことは無い。さっきとは別の赤茶色っぽい被毛に覆われたシュッとしたタイプのニャーと鳴く方の愛玩動物…猫である。
猫の挨拶というのは、実際こういう物だ…
考えてみたら、さっきの白モフ猫だって部屋の隅で悠々と毛繕いなんかしてるんだから、何かに襲われる心配なんかする必要ない訳なんだけれども、それにしてもこの猫は今までどこにいたのだろうか?
狭くてシンプルな部屋に一緒に住んでいても、たまにどこにいるかわからなくなる…それもまた猫。
それはさておき、エリエルはこの猫の事をものすごく恐れおののき慌てふためいた事が恥ずかしくなっていたが、猫さんの方はそんな事はお構いなく、ものすごい勢いでスリスリと頭を擦りつけてゴロゴロゴロゴロ喉を鳴らしまくってる。
「はは…遊んでほしいのかな?」
さっきの白モフ猫とはえらい違いで、こちらは人懐っこい猫みたいなのでエリエルちゃんちょっと調子に乗って、赤茶猫の尻尾の付け根あたりをそっと撫でる。
エリエルちゃん猫の事よくわかってる人のようで、ここを撫でられると猫は過剰にビクンとなるものなのです…
「かわいいな…」
そんな赤茶猫のあまりの愛らしさに癒され、エリエルはすっかり本題の事を忘れてるようですけど
トン…トン…
ドアをノックする音がして、再びエリエルは緊張する…そうだよ、ここはどこであなたは何故ここにいるのか、っていうのを考えていた最中だったじゃないですかエリエルちゃん。
そうして警戒していると、再びトントンとノックしてきたので、今度は恐る恐る
「はい…」
と返事してみると
「良かった~起きてたか。入るよ?」
と女の人の声がする。
「はい…どうぞ」
とにかく状況が良くわからないままなので、警戒しつつそう答えるとガチャッとドアが開いて、声の主である女性が室内に入ってきた。
「食事持ってきたよ?お腹すいてるでしょ?」
そうあっけらかんと言ったかと思うと、ベットの上で上半身を起こしてるエリエルの姿を見て、驚いたような表情をして、何故か照れくさそうに顔を逸らしてしまう。
その仕草に若干の疑問を抱きつつも、直感的に悪い人物では無さそうだと感じたエリエルは
「あの…ここはどこですか?私は何故ここにいるんですか?」
と、疑問をストレートにぶつけてみると
「あー覚えてないか?」
顔は逸らしたまま目だけチラッとエリエルの方を見て
「えーと…まずここは『聖グリュフィス聖堂』。そして君は昨晩ここの近所で倒れてるのを、偶然アタシが発見してここまで担いできました!」
『聖グリュフィス聖堂』は知っている…貧民街近くにある割と大きな教会…教会と聖堂って違うのだろうか?
そして倒れていた所をここまで担いできたって事は…
「す、すみません!」
助けてくれた人物を、最初だけとはいえちょっと警戒してしまった事をとっさに反省して、思わず謝ってしまったけれど
「こういう時は『すみません』じゃないんじゃないかな?」
と優しく窘められて
「あ…ありがとうございました…」
「よろしい!」
何というか、自分をここまで担いだというのも含めてパワフルな人だなとエリエルは思っていたのだけれど、で、あればこそ何故この人は、いまだ顔を逸らしたままなのかというのが腑に落ちない。
「アタシはメリル。ここと同じ敷地内にある孤児院で働いてる。君の事、孤児院の方に運んでも良かったんだけど、あっちだと子供達がうるさいからさ」
相手が自己紹介したのなら、こちらも名乗らない訳にはいかない。
「私は…」
ここでちょっと待った…今の自分をどう名乗れば良いのだろう?
もちろん本名のソフィア・パナスを名乗るわけにはいかないのだけれど、ではユーリカ・マディンを名乗るのが正解か?って言うと、昨夜の自分はエリエル・シバースだった訳で…と、迷っていたら
「ユーリカ・マディンさんでしょ?」
言われてビックリする…何故その名を知っているのか…
「噂の魔法少女さん?思いっきり違法行為やってるのに、生真面目に徽章を付けてるっていのもどうかと思うよ?」
「あ…」
何のことは無い、答えは簡単だ。
シバースが装着を義務付けられてる徽章は、裏が身分証明書になっていて、悪い事して捕まったりしたら簡単に身元が割れてしまうようになっている。
しかしこれで、エリエル・シバース=ユーリカ・マディンというのがバレてしまった訳だけれども
「心配しなくても、君を守護隊に突き出すような事はしないから安心してね?」
そう言われただけで安心なんか普通はできるものではないだろうけど、不思議とこの人のいう事は無条件で信用できるとエリエルは思った。
何故だろう…
そう考えてふと気付く…
エリエルはこのメリルという女性に、奇妙な懐かしさを覚えていたのだ…
「それに君がユーリカならアタシの家族だしね…」
ふとメリルが意味深な事を呟く…家族とはどういう事だろう?自分が今感じてる奇妙な懐かしさと関係があるのだろうか?それについて聞いてみるか迷っていたら
「ところで!だね?」
と、急にメリルさん大きな声出すもんだから、ビックリして質問の機会を失います。
「君は昨夜ずぶ濡れで倒れてたわけですよ!」
昨夜はあの後大雨になったから、それはそうだろう
「アタシはシバースの事よくわからないんだけど、君が倒れてたのは急激に魔力を消耗したからなんじゃないかって事です」
そこまで魔力を使ったという自覚はあまりない…しかしそういう事なのだろう。
「でここからが本題なんだけど…」
今までの前置きだったのか…
「ずぶ濡れびしょ濡れの女の子をそのままの格好にしておく訳にはいきません」
当然の事だ…あれ?
「で、アタシは君の衣服を脱がすことに成功しました!」
そう言えばなぜ今までその事に気付かなかったのか…
「で、別の服を着せるのに失敗しました!」
えーと…着せるのに失敗するというのが良くわからないですけど、早い話エリエルちゃんは現在真っ裸という事です。
成程、なぜ今まで顔を逸らしたままだったのか腑に落ちました…
腑に落ちはしましたし、女性同士なんだから別に見られても良いと思うのに、そんな風に顔を背けてチラッチラッと見るのが、かえってエリエルちゃんには恥ずかしい事だったらしくて赤面。
「という事で、食事と一緒に着替えも持ってきたから、ここに置いとくね…じゃ!」
と言って、そそくさとドアを開けて出て行ったと思ったら、すぐに引き返してきて
「シャルル!ロココ!あんたたちもご飯食べちゃいなさい!」
と、いったい誰に向かって言ってるのかと思えば
「みゃ?(意訳:なんですって?)」
「にゃ?(意訳:今ご飯と言ったな?)」
その言葉に赤茶猫と白モフ猫が反応し、二匹は猛ダッシュで部屋の外へと出て行ったかと思うと、その後に次いでメリルさんも今度こそ本当に部屋の外に出て行った…
部屋にポツンと一人残される、全裸の魔法少女…
とりあえず食事よりも、まず服を着る事にする…
「しかし、なんでまたあの二人、入れ替わっちゃったのかしらね?」
扉を閉めて、メリルは少し安心したのかフウっとため息をつき微笑を浮かべ
「それにしても…若いって良いわね…」
おっさんめいた事をぼそりと呟いて、その場を足取り軽く離れて行った。




