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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第三章 生き方の決め方

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96.互いの覚悟


 衝撃は突然だった。


 視界がぶれたのか足元が揺らいだか。

 どちらかも分からないままに真澄の身体は一瞬宙に浮き、次に腰から床へと叩きつけられた。

「っつ……!」

 息が詰まる。

 一体なにが、と問う前にもう一度大きな揺れが襲ってきて、「きゃあっ!」というアナスタシアの短い悲鳴が耳をついた。

「アナスタシア!?」

 小刻みに震える床に伏せたまま真澄は叫ぶ。

 すると「伏せろ!」という激昂と共にアークが覆い被さってきた。

 ドン、と再び館が揺れる。

 どこかで窓ガラスが割れる乱雑な音が鳴り響く。部屋の中にあった調度品が片っ端から倒れ、けたたましさに拍車がかかる。最後は天井に設えられていた豪奢なシャンデリアが法円の上に丸ごと落ちた。

 光球が四散し薄暗くなる。

 誰も喋らない。アークが手で真澄の口を押さえ込むので、訳が分からないなりに真澄も息を殺していた。

 やがて揺れが収まった。

 それからゆっくりとアークの身体が離れていき、ようやく真澄は顔を上げることができた。

「大丈夫か」

 言いながらアークが支えてくる。

 したたか打った腰をさすりながらも真澄はどうにか起き上がった。

「なんとかね……びっくりした、地震?」

「天変地異ならいいんだがな」

 真澄が立ち上がったのを確認してからアークが背後に向かう。その先には同じようにアナスタシアを庇うライノが伏せていたが、こめかみから血が出ていた。

 深いらしく、頬がべったりと赤く濡れている。

 アナスタシアが取り乱しかけたが、それはライノが手で「大事ありません」と収めた。

「よくその程度で済んだもんだ。館全体に防御壁をかけていたのか」

 随分と厳重だな、とアークが呟く。

 が、それに対してアナスタシアは「いいえ」と首を横に振った。

「ここは母の離宮ですので、母が滞在しない間は特別な警護はされません。いわゆる管理人が二人置かれている程度で……今回はたまたま、アークレスターヴ殿下とマスミ様になにかあってはと思いましてわたくしが敷地の外周と館全体に防御壁を」

「ふうん……ということは、お前は言葉どおり本当に裏切り者ではないんだな」

 軽い相槌でアークがライノを見遣る。

 自然と全員の注目が集まるが、当の本人はそんなことお構い無しまなじりを吊り上げた。

「俺はアナスタシア殿下の盾だ! その為だけに叙任を受けて、こうして」

「ああ悪い、そんなに怒るな。お前『魔の蛇』の構成員だっただろう。俺やマスミを狙ったのなら巻き込まれるようなやり方はしないと思ってな。お陰で敵の絞りこみができたわけだ」

「……え」

 顎を撫でながら思案顔のアークとは対照的に、アナスタシアとライノの空気が凍りついた。

 信じられないものを見るような、責め立てるようなアナスタシアの目。逃げるように視線を逸らすライノは明らかに「知られたくなかった」風情だ。

 実に不穏な空気である。

 確か「魔の蛇」とやらは誘拐でもなんでもござれの裏家業組織だったはずで、過去に真澄も迷惑を被っている。しかもそのいずれもライノが絡んでいたわけで、ことここに来てさすがに「そんな事実はなかった」とは言えない。

 様子を窺っていると、ドンとくぐもった音がした。

「ライノ、どうして……! わたくしに言えないことは一つもないって、叙任の誓願は絶対に違えないって、約束……!」

 白い拳が厚い胸を叩く。

 何度も。

 鍛えられたライノの身体はびくともしないが、受ける表情は苦悶に満ちていた。

 言い訳は出てこない。

 どれだけ責められてもひたすらライノは無言で甘受していた。

「なんのために、どうして……?」

 もはや涙声の問いにも答えない。

 真澄とアークがどう収めようかと目配せを交わした時、また館が轟音と共に揺れた。

 よろめくアナスタシアをライノが支える。

 忌々しそうにアークが舌打ちした。

「痴話喧嘩は後だ。とりあえず反撃するぞ、手伝え」

 このままだと館が崩れる。

 まったく嬉しくないアークの二の句に、事態の急が知れた。


*     *     *     *


「敷地全域に能動探知はかけられるか」

 アークの問いにライノは「私には無理です」と白旗を上げた。

「わたくしがやります」

 すぐにアナスタシアが名乗り出る。

 そしてアークは即断した。

「今すぐやれ。その後は館全体にもう一度防御壁、それからこの部屋に追加の防御壁と俺たち四人以外は(はじ)く認証をかけろ。できるだけ強固に」

「はっ、はい!」

 焦りながらもアナスタシアの身体からはすぐにばら色の光があふれ始めた。

 それを見届けた後、アークはライノに向き直る。

「この部屋に重ねて防御壁がかかったら相手はここを目指してくる。俺が適当に迎え撃つから、お前は外で身を隠して相手の人数と顔を確認しろ。一切の手出しは許さない。お前の存在を知られないこと、それが鉄則だ」

「しかし敵がどれほどのものかも分からないのにそれは」

「分かる。熾火の魔術士と護衛の騎士一人を仕留めるつもりの布陣で来るだろう」

 狙いは王女――アナスタシアだ。

 断言したアークを見て、ライノの顔が強張った。

「なぜ殿下が狙われる!? 殿下はなにも」

「善人なら害されないと思うのは間違いだ。存在そのものが邪魔にされることは王族に生まれついたなら当たり前のことだ。どんな些細なことさえ理由になる」

 話を聞いた限りでは停戦派だっただろう。

 アークが指差したのは他でもないアナスタシアだった。

 術を唱えながらもアナスタシアの目が驚愕に見開かれる。「停戦派ということがなぜ」と代わりのようにライノが問うと、

「端的に言うなら政変だ」

 とアークが返した。

「時間的に見てアルバリークへの併合が王宮内で公になった頃合いだろう。継戦派の最後の悪あがきだろうが油断するなよ。相手は停戦派を一掃するか自分たちが一掃されるか崖っぷちだ。間違いなく王女の首を獲りにきているし、王女側の内通者も確実にいる」

 転移が発動できなかった理由は裏切りである。

 第三者であるにしても淡々と状況分析を進めていくアークに、思わず真澄は聞いていた。

 どうしてそんなに冷静でいられるのか、と。

 すると返ってきた答えは「慣れの問題だ」という、素直に頷くにはためらわれるものだった。

 アークは言う。

 たとえ相手が見えなくても、身の回りで起きている現実は変わらない。人間は嘘をつくが己が目に映る光景は嘘をつかない。だから「誰が」とか「なぜ」を問うのは無意味だ。

 想像するから迷いが生まれ、惑い、判断が遅れる。

 理由は後からついてくる。

 まずは降りかかる火の粉を払うのが先決なのだ、と。

「生き延びるか死ぬか。二つに一つしかない」

 どうする。

 青ざめるアナスタシアにアークが重ねる。

「生きるならお前たちは既にアルバリークの庇護下に入っている。俺が介入する理由はある。だが同胞と戦うつもりがないのなら生きたまま穏便に済ます手立てはない。別大陸にでも渡れ。ここに居合わせたのも縁だ、脱出する手助けくらいならしてやる」

「……退きません。絶対に」

「その覚悟、本物か?」

 敵は親きょうだいの可能性もある。


 切り捨てられるか。


 そんな無情な問いに、アナスタシアは小さく笑みを浮かべた。

「だってわたくしがここで逃げ出したら、マスミ様になんと言えばいいのですか」

 自分と、そしてこの世界の勝手さでどれだけ振り回すのか。

 もうこれ以上失望されたくはない。

「わたくしは二度と間違いたくありません」

「待ってアナスタシア。そのことはもういいのよ、私はそんな」

「マスミ様、庇わないでください。あなた様にしてしまったことは生涯かけても償えはしませんけれど、だからといって無かったことにはできません。それにわたくしはもう大人です。自分の往く道は自分で選びます」

「よく言った」

 パン、と柏手が鳴った。

「正義の意志持つ魔術士に、騎士は誇りを持って盾になろう」

 人が茨の道を進む時、必ず人の助けはある。

 強くアークが言い切って、そこから先は早かった。



 時間がない。

 迅速に動けというアークの指示に、アナスタシアとライノの二人はよく従った。籠城するに足る強度の防御壁と認証はアナスタシアが重ね、ライノは身に付けていた騎士の鎧を外し、薄着一枚で「行って参ります」と部屋を出ていった。

 アークはアークで部屋の調度をあちこち動かしている。

 テーブルは扉の前にバリケードさながら立て掛けられ、その後ろについでとばかり飾り棚も追加される。全ての窓はカーテンが引かれ、中の様子は隠された。

 はたして何も仕事をしていないのは真澄だけである。

 居たたまれなくなってなにか手伝えないかと申し出るも、アークから「黙って座っとけそれが仕事だ」と一蹴されてしまった。

 最初の揺れから小一時間ほども経っただろうか。

 あまりの静けさに真澄がちらとカーテンをめくると、ちらついていた雪は本格的な吹雪に変わっていた。

 分厚い白にダズネ山も隠されている。

 そもそもこのユク地方でこれほど大雪になるなど普通ではなく、やはり赤の周期による異常気象らしい。

 吹きつける風の音だけが聞こえる中、アークが「そろそろ来るか」と時計を見た。

「良い探知と防御壁だった。予想以上に解除に苦戦していると見える」

 感心しきりといった態でアークが唸る。

「実際のところ、お前の実力はどのくらいだ? レイテアで五指に入ると聞いたが」

「そうですね……現役でしたら最高位は魔術士団長、王族の中でわたくしより力あるのは一番上のお兄様だけですから、三番手ということになりましょうか」

「なるほど。それならまずはお前一人で相手の出方を見てみるか」

「……と、いいますのは?」

「俺の長剣を貸す。柄にある『碧空の鷲』紋を出して、既に第四騎士団の盾を持っているがそれでも向かってくるのかと問い質せ。政変を目論むくらいだ、金縁紋章の意味が分からないようなチンピラじゃないだろう」

「かしこまりました」

「相手が投降すれば良し、抵抗するなら叩きのめす。あるいは一度退いて態勢を整えるようであれば容赦しない」

 第四騎士団長の威光を前に刃向かう意志を見せるということは、それなりの大物である。

 これが最も面倒な話で、放っておくとまず間違いなく将来への禍根になるとアークが断言すると、アナスタシアは緊張に顔を強ばらせつつも頷いた。



 そして時は来た。

 真澄とアークが部屋に設えられているワードローブに身を隠した直後、男たちの怒声が幾重にも重なって聞こえてきた。


 ここか? そうだ間違いない、認証が。解除しろ早く!

 王女はここだ!


 獣のような荒ぶる声に、隠れていてかつ狙われている張本人でもない真澄の背が粟立った。

 人はこんな声を出せるのか。

 どこまでも敵意しか感じられない激しさだった。

 ワードローブの木の透かしからそっと窺う。焦りの滲む粗野な怒号とは違い、部屋の中央に立つアナスタシアの背中は真っ直ぐ伸びていた。

 やがて扉が赤紫の光に覆われた。

 砕けるような音はしない。色を濃くしていく赤紫とは対照的に、ばら色の光は花びらが一つまた一つと散るように四散していった。

 光の後は打撃だった。

 扉から刃が生える。

 ぎらつく銀からまた赤紫がほとばしる。一気に広がった光に、次の瞬間扉が跡形もなく燃え落ちた。

 黒衣の数人がなだれ込む。

 彼らは皆が一様に目元しか露出しておらず、すぐには性別さえ分からなかった。

「止まりなさい」

 凛とした制止が響く。

「あなたたちはこの館が誰のものであるか、そしてわたくしが誰であるかを知っていてこの狼藉を働くのですか」

 その細い両肩にふわりとばら色が滲み出る。

 侵入者たちはなにも答えなかったが、緊張の気配を強めた。

「わたくしには『碧空の鷲』の庇護があります」

「……でたらめだ」

「これを見ても同じことが言えますか?」

 アナスタシアの手が動く。

 抜刀の涼やかな音、アナスタシアはその切っ先を黒衣の集団へと向け、自ら一歩を踏み込んだ。

「投降しなさい。悪いようにはしません」

 アナスタシアの勧告に、ふと痛いほどの沈黙が訪れた。

 荒れる吹雪のうなりだけが聞こえてくる。ややあって、先頭の黒衣が口を開いた。

「なにを以て保証とする?」

「手形を寄越せと言うのですか。いいでしょう、必要ならば」

「結構。世の中には空手形って言葉があるだろう」

 いかなる形を取ろうとも、裏切りの可能性は否定できない。

 この世の真理を一つ言い当てて、その黒衣は一歩下がった。

「時間はわれらに味方する」

「っ! 待ちなさい!」

貴女(あなた)の首、今宵頂戴します」

 不吉な予言を吐いて、潮が退くように黒衣たちは去った。


 吹雪はますます猛威を振るう。


 交渉の余地は、否、相手に交渉する気は微塵も見受けられなかった。

 アークが「……全面戦争だな」と独りごちた。




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