90.魔術士というもの・13
ある意味試合そっちのけだった。
アルバリーク陣営応援席でのことである。にわかに盛り上がりを見せ始めた人間関係に、真澄はただただ驚きを隠せずにいた。
* * * *
「ふうん……半分か」
至極つまらなさそうにフェルデが言った。
準決勝──カスミレアズとばらの王女、アナスタシア=レイテアとの試合の場である。丁度、両者が会場に姿を現した時のことだ。割れんばかりに響く歓声とは対照的に静かな呟きは、それでも関係者の耳にはっきりと届いた。
「一体なにを遊んでたんだか。ばらの王女相手に余裕だね」
吐き捨てられた内容に真澄は思わず隣を見た。
気配を感じたか、競技場へと向けていた視線をアークが戻す。他所を見てはいたがフェルデの声は拾っていたようで、真澄と目が合った後、アークは肩を竦めた。
「腐っても大魔術士。それも宮廷魔術士団なら朝飯前だろ」
「そう。たかが魔力の読み取り程度できないなんて、やる気がないにも程がある」
珍しく横からフェルデが返してきた。
内容には刺がありありだが、しかしアークも負けてはいなかった。
「そりゃ魔術士に限ってはな。やる気の問題を持ち出すなら長剣で叩っ切られても文句は言えねえぞ」
相手に同等を求めるなら、自分も相手と同等の力を持ってから言え。
がつんと刺された釘にフェルデは不服そうに押し黙った。
そうこうする内に競技場では着々と準備が進められていて、カスミレアズとアナスタシアは既に開始位置にそれぞれ誘導されていた。
向かい合う二人、距離はおよそ五十メートルほど。
普通に考えると遠すぎるようにも思えるが、これは騎士と魔術士の射程が違いすぎることによる措置だという。
近すぎれば騎士が有利。術の発動前に長剣の間合いに入ってしまう。逆に遠すぎれば魔術士の独壇場。魔力量に差がありすぎて、騎士は早々に魔力が尽きてしまう。そういうわけで、競技場における勝負になる丁度良い距離がこれらしい。
中央に立つ審判が手を上げる。
カスミレアズとアナスタシアが互いに一礼。再び向き合った時、審判の手が降ろされて準決勝は始まった。
試合開始の合図と同時、カスミレアズが飛び出す。
駆けながら長剣を引き抜き、刀身に青い光が宿る。疾走の速さは鎧など身に付けていないかのようだ。向かう先にいるのはただ一人、その動きにアナスタシアの顔色が変わった。
これまでの試合、カスミレアズは常に守勢を崩さなかった。
神聖騎士部門の本戦でもそうで、相手の出方を見ながら受けた攻撃をさばきつつ、頃合いで攻勢に転じて勝つという流ればかりだった。
そんな相手が今、猛然と間合いを詰めてくる。
出端を挫かれたアナスタシアの焦りは想像に難くない。その手に集まりかけたばら色の光は、大きく満ちる前に稲妻となりカスミレアズへと襲い掛かった。
紫電一閃。
青の長剣は、ばらの稲妻を弾き返す。観客のどよめきと共にカスミレアズは更に踏み込んだ。
ばらの追撃は来ない。
長剣が肉薄する。
あと一歩。
誰もが手に汗握り、固唾を飲む。しかし再びばらの光が立ちはだかった。
無数の蛇のごとく四方八方から雷撃が走る。三匹までは長剣で瞬殺されたが、そこでさしものカスミレアズも進撃の勢いを削がれた。
手数があまりにも多い。
見事な剣さばきで光を弾き折っていくが、終わりが見えない。その隙にアナスタシアは後方へ下がり距離を取った。
カスミレアズは追おうとするが、宙を埋め尽くす勢いの光に阻まれる。大盾を出して受ければ良いものを、しかし彼は頑なにそうはしなかった。
危ない。
そう評したのはヒンティ騎士長だったが、端から総量に天地ほどの差があって、他にやりようもないとアークが返した。
薄氷を踏むような戦い。
そこにやがて綻びが出る。
雷撃の一本をカスミレアズが取りこぼした。左足めがけて飛ぶ光、後手に回りながらもどうにか避ける。が、無理が祟って体勢を崩し、カスミレアズが右膝をついた。
寄り集まる光は大蛇と化し鎌首をもたげる。
裂けるほどの口が迫る。勝負は決したかに見えたが、しかしカスミレアズは次の一手に出た。
盾が飛ぶ。
光ではなく白銀の実物だ。カスミレアズの左手にあったそれは、大蛇の眉間にその角を突き立てた。声もなく大蛇が仰け反る。ゆらりと四散を始める光の横を身軽になったカスミレアズが駆け抜けた。
速い。
見る間に両者の距離は縮まっていく。爆発する歓声と怒号、悲鳴に競技場が揺れた。
ばら色の盾が輝く。
この武楽会が始まって以来、初めてアナスタシアが防御に回った瞬間だった。
長剣は再び青い闘気をまとう。カスミレアズが振りかぶる。中心に深く刺さった刃に、盾は粉々に砕け散った。
光の破片が煌めく。
幻想的な景色の中、カスミレアズが最後の一歩を踏み切った。
アナスタシアは後ろへたたらを踏む。が、到底避けきれない。首が落ちる、まさにその瞬間に極光が弾けた。
細い身体が核となり光が膨らむ。
カスミレアズは逃げ場もなく飲み込まれ、光の中に姿を消した。
極光は神速で競技場を席巻した。観客の目を眩ませた輝きが消えた後、轟音が地を揺るがし張り巡らされた防御壁を震わせる。衝撃波に舞い上がった土埃が全てを隠し、会場は一時騒然となった。
* * * *
眼前の光景にさすがのアルバリーク陣営にも緊張が走った。
若い楽士は声も出せずに注視している。手のひらで口を覆う者、瞬きを忘れている者と様々だが、そこに漂うのは一様に驚きと心配する気配だ。それは、アークとヒンティ騎士長の短いやり取りに端を発する。
「微妙だな」
見えたか、とアークが水を向けたのはヒンティ騎士長だ。問いに対し、ヒンティ騎士長の顔は曇った。
「申し訳ございません、私からはなんとも……」
明らかに大丈夫、そういった類いの言葉は出なかった。
真騎士部門で同じような展開になったが、今回は距離が違う。ネストリのように離れていれば防御壁も間に合うだろうが、今回のカスミレアズは至近距離に過ぎた。
まして、開始前にフェルデがその魔力を「半分」と評した。
あれだけの攻撃を防げるだけの魔力が残っていたのか、当事者ではない真澄も誰も分かり得ないのだ。
砂埃は未だ晴れない。
下手な憶測も飛ばせずに待っていると、事態が動いた。
「担架! 担架持ってこい!」
運営の中で誰かが叫んだ。
「急げ、救護班は!?」
怒号が炸裂する中、白衣の人間が何人も競技場へ走っていく。彼らの背中はすぐに茶色に霞んで見えなくなった。
嫌な空気が応援席に広がる。
誰も彼も無言だ。
身動ぎさえ憚られる緊張の中、椅子を蹴倒し立ち上がる者があった。
「行って参ります」
震えながら、しかし決然と言ったのはグレイスだった。蒼白な顔のままでアークの返事を待たずに身を翻す。
が、急ぐ彼女の腕をフェルデが掴んで引き留めた。
不意にかけられた力にグレイスがよろめく。並べられた椅子がぶつかり合う乱雑な音に、否応なし注目が集まった。
「っなにを、……放してください!」
「やめとけよ。見たらしばらく肉が食えなくなるぞ」
随分な台詞にグレイスが絶句する。
その言葉の示唆する内容はあまりにも衝撃が大きかった。グレイスどころか真澄も咄嗟に言い返せない。凍った空気に気を良くしたか、フェルデが笑った。
「そんなに驚くことか? 自分のせいだろ?」
半分しか回復できなかったくせに、と。
心臓を止めるような揶揄が突き刺さる。見かねたアークが「おい」と口を挟みかけたが、その瞬間に膠着が解けた。
「──放して!」
ぱあん、と乾いた音が響いた。
「なにを言われても、わたくしはあなたのためになど弾きません」
絶対に。
もう二度と。
「わたくしは楽士として騎士を支えたいのです。あなたの人形になるために仕官に上がったわけじゃない!」
激情に振られた首、銀の涙が宙に飛ぶ。
全身で拘束を振り解いたグレイスが肩で息をする。それを歪んだ顔でフェルデが睨み付ける。その口が開きかけたのを、しかしグレイスの強い眼差しが遮った。
「いつかあなたはわたくしに言いましたね。どうせわたくしが楽士として在るのに意志などないのだろう、だから使ってやる、光栄に思えと」
「それがどうした。ただの事実を言ったまでだ」
「そうですね、事実でした。けれど同じではありませんか。回復さえできればいいのなら、わたくしではなく誰でもいい。そこにあなたの意志などない。ただ言われるまま補給に従事していたわたくしと、魔術士だからとりあえず専属が欲しかったあなたと、一体なにがどれだけ違うと言うのですか」
「……なんだと?」
フェルデの形相が憤怒に変わる。
しかしグレイスはこれまでの彼女とは違い、一歩も退かなかった。
「あなたのお力は素晴らしいと思います。どうあれ何年も近くで見てきましたから、それを嘘だとは言えません。重ねたあなたの努力にも失礼です」
「はっ、今さら顔色伺いか?」
「いいえ、事実を言ったまでです。これさえ素直に聞けないのなら、あなたはどうしてここにいるのですか」
一体なんのために、誰のためにそこに立つのか。その研鑽は誰がために。
魔術士として生きているなら。
余計な配慮を全て削ぎ落としたグレイスの問いは、フェルデを黙らせた。
誰も口を挟めない。
長く続いた二人の因縁は、今まさに終焉を迎えようとしていた。
「最後に一つだけ申し上げます。力があるから選ぼうとしても、楽士の誰も頷かなければあなたにできることはありません。楽士の補給もなく騎士の守りも頼めない魔術士は、本物の魔術士といえますか」
丁寧な姿勢を崩さず、ともすれば諭すように静かなグレイスの問いだった。
答えはない。
グレイスは返事を強要することなく、ただ成り行きを見守っていたアークと真澄に一礼し、フェルデに背を向けた。
終わった。
隣り合う者同士、無言で目配せする。気になるのは試合の勝敗、そして負傷の具合である。
が、動きだそうとした空気を鋭い一言が切り裂いた。
「ガウディ本家の楽士にそんな自由があるとは知らなかったなあ」
グレイスの歩みがぴたりと止まる。
振り返りざまの彼女に向かって、フェルデが喉で笑った。
「ここで俺に啖呵を切ったところで、どうせあの男とは一緒になれないだろうに」
ぶつけられたのは悪意の塊だ。
呪いのような言葉にグレイスの顔が強張った。その様子を見てフェルデの口の端がさらにつり上がる。
「これは失礼、ただの一人言だから聞き流してくれ。さあ行けよ、短い夢を楽しんできたらいい。絶対に叶わない夢だけどな」
「それ以上ガウディ家を侮辱するのはやめてもらおう」
毅然と遮る朗々とした声。
緊迫した空気に割って入ったのは他でもないリシャールだった。
「何を勘違いしているのか知らないが、ガウディ家の家督は俺が継ぐ。妹は関係ない」
「へえ、 楽士じゃない人間がガウディ家を語る? それこそお笑い草だな」
「黙れ。貴様に言われる筋ではない」
たかが一魔術士に媚びずともガウディは揺るがない。
言い切ったリシャールは、グレイスに向かって「早く行ってやれ」とその背を押した。彼女が後ろ髪を引かれる素振りを見せるも、背で遮る。やがて走り去った妹を確認してから、リシャールはフェルデに向き直った。
「これまでの妹への所業、知ったからには捨て置けない。覚悟しておけ。ガウディは一族を挙げて貴様を補給対象から外す。無論、貴様の血縁もだ。この意味分かるか」
「それはどうも。お互い不愉快にならなくていいね」
「……その余裕がどこまで続くか見ものだな。ガウディを冠しない姻戚一族の方が多いぞ? 貴様の知り得ない旧家同士の繋がりもある。補給を受けられない魔術士に宮廷はいつ見切りをつけるだろうな」
「できるものならやってみろ。どうせ俺は……っと、本国に戻ったら軍法会議にかけられるんでしたっけね」
それまで脇目もふらず睨み合っていた二人、先に目を逸らしたのはフェルデだった。そしてアークに矛先を変える。しかしアークは挑発には乗らなかった。
「日時は追って下命する。それまでの指揮命令権は宮廷魔術士団長イェレミアスに戻る」
「……つまんないね」
「ならば魔術士を辞めるか? お前の志一つだ。俺の指揮下に入りたいならいつでもいいぞ、第四騎士団は誰に対しても門扉を閉ざさない」
「そういうのが余計なんだよ」
苛ついた様子でフェルデが舌打ちする。対するアークは眉一つ動かさなかった。
黒曜石の瞳は冷静に、ともすれば感情を交えず大魔術士を見据えている。その視線に居たたまれなくなったか、フェルデは立ち上がり会場から去っていった。
その背が見えなくなってから、ようやくアルバリーク陣営の空気が緩む。
それと同時、準決勝の勝者はアナスタシア=レイテアであると運営のアナウンスが入った。
全員の視線が競技場へと飛ぶ。
しかしそこに両選手の姿はなかった。視界の悪い内に救護班が全てを片付けてしまったらしい。折悪しくアルバリークの全員が内輪揉めに気を取られていて誰も経過を見ていない。救護の幕を窺うもそこで手当てを受ける者はなく、どういう状態で勝負が決したのか分からなかった。
「仕方ねえな。俺とヒンティで確認してくるから、一度解散だ」
アークが端的な指示を出す。
午後にはアーク出場の決勝が控えている。それまでには各自戻れと付け加え、アークが立ち上がった時だった。
「アークレスターヴ様!」
正騎士の一人が慌てふためいて駆け込んできて、アークとヒンティ騎士長の間に割って入った。
「今度は何だ」
呆れたようなアークの受けと同時、全員の顔が怪訝さを隠さない。
注目された正騎士は、あたふたしながらも「面会です」と言って後方を手のひらで指し示した。
* * * *
その先にいた人物は折り目正しく礼を取り、確かに用があって来たのだと知れた。
「……これはまた」
来訪者を認めて、さしものアークも驚きを隠さない。
立っていたのはアナスタシア=レイテアだ。
後ろに護衛の騎士を一人連れているがそれだけで、着衣は魔術士のローブのまま──つまり試合から控え室には戻らず、直接ここに来たということである。
よくよく見れば彼女の左頬には深い傷があった。
それは赤く真新しい。
鋭利な切り口から察するに、カスミレアズの長剣によるもののようだ。治癒をかけたらしく既に血は止まっているが、若く可憐な王女にはまるで似つかわしくなかった。
豊かな栗色の髪はところどころ乱れている。白のローブには土の汚れが目立ち、胸元には頬から滴ったと思われる血の跡が広がっていた。
「アークレスターヴ様にはお初にお目にかかります。レイテア第八王女のアナスタシアにございます。この度はご挨拶とお願いがあり拝謁に参りました」
衆目の中、はっきりとアナスタシアが述べる。それを受けたアークは小首を傾げた。
「午後も待てないほど火急の用件とは穏やかじゃない。まさかまたイグルス掃討か?」
「いいえ、私個人の話にございます」
「そうか──まずは聞こう」
アークが話の続きを手で促す。真澄としては頼み事をするのに衆人に晒された状態は気が引けるのだが、当の二人は委細構わないらしく、アナスタシアが一歩前に出た。
「午後からの個人戦決勝、胸をお借りするつもりで挑ませて頂きます。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
「丁寧なことだ」
年若い王女の姿勢にふとアークの頬が緩む。
一瞬和やかになりかけた場だったが、しかしそれはアナスタシアの二の句で凍りついた。
「ここからがお願いでございます。もし──もしも私がアークレスターヴ様より白星を賜ることができました暁には、碧空の楽士様を私に頂戴したく」
噛み締めるように、しかし一息に明かされた願いにアルバリーク陣営の時が止まった。
背後に控えていたアナスタシアの騎士が、そこで初めて伏せ気味だった面を上げる。真澄を射抜く強い眼差しには覚えがあった。
ヴェストーファで真澄を誘拐したあの男だ。
『武楽会でお会いしましょう』
カスミレアズとの交戦後、去り際だったがあの時彼は確かにそう言い残した。結果として数時間しか顔を合わせていないが、誘拐という人生初の濃い体験だったゆえ、印象は強い。
そこで不意に全てが繋がる。
高位魔術士であるアナスタシア。それに随行する騎士。
おそらく彼女だ。
真澄をこの世界に喚んだのは。
まさかこんな形で出逢うとは想像だにしていなかった。
求めていた人物に思いがけず会えたのはいいが、突然すぎて言葉が出ない。ただただ信じられない思いで真澄が凝視していると、横でアークが腕を組み構えた。
「聞き捨てならねえな。そうとなれば手加減はできんぞ」
「重々承知の上でございます」
「命を賭ける覚悟はある、と。それほどまでに強い願いか。理由は話せるか」
「それは、……」
当たり前といえば当たり前の詰問に、初めてアナスタシアが言い淀んだ。
彼女はアークを見た後に真澄に視線を移した。
どこかすがるような目だ。しかし真澄にはそんな風に見つめられる理由が当然分からず、どうとも応えられなかった。
「……申し訳ございません、今はまだ申し上げられません」
「そうか。分かった」
「アークレスターヴ様!?」
焦りを見せたのはヒンティ騎士長だ。
彼は知っている。真澄が別の世界の人間で、レイテアの古式召喚術によって呼び出されたと。それを暴いたのは他でもない彼の主、テオだった。
その時に、レイテアの目的が分かるまでは真澄の素性を伏せて守りを固めると決めたのだ。
真澄でさえ薄らと気付いている可能性──つまり、古式召喚術を発動したのはアナスタシアであるということ──に、ここまできてヒンティ騎士長とアークが気付いていないはずがない。しかしその目的を明かせないと言う相手に、ヒンティ騎士長は警鐘を鳴らしているのだ。
が、アークはアナスタシアの要求を丸呑みしたわけではなかった。
「もしも俺が負けたらマスミに直接交渉していい。これも人間だ、意志あってレイテアに行くと決めたなら俺が止める筋はない。かといって、本人が嫌がるものを無理に連れ去るのは許さん」
「……おっしゃるとおりです。それで結構でございますゆえ、何卒宜しくお願い申し上げます」
ごり押しのかけらも見せず、そこでアナスタシアは素直に引き下がった。
「それでは午後にまた。マスミさま……と、おっしゃいましたか。お名前さえ存じ上げずに大変失礼致しました。もしもお目通りできましたら、望外の喜びに存じます」
最後まで低姿勢を崩さないまま、アナスタシアはアルバリーク応援席を去った。
ローブをまとって尚細いその背中に、真澄の中で「なぜ」が募る。
ただの補給線として欲しいわけではなさそうだ。
一番ありそうでもっともらしいその理由は、アナスタシアが稀代の魔術士であることを考えても公にできないものではない。
彼女は一体なにを隠しているのだろう。
人に世界を越えさせるほどの強い願い。
その一方であまりにも常識的すぎる振る舞いが、彼女の本質を見えなくさせる。
真澄が喚ばれた理由。
それは誰にも分からないまま、午後に決勝戦は執り行われた。




