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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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9.疑問符の応酬、その行き着く先は


「ここはアルバリーク帝国だ」

「アル、……は? なんて?」

 真澄が初めての単語を聞き取れなかったのは致し方ない。

 しかし何故かそれも「想定の範囲内だ」と言いたげな顔で、アークは辛抱強くもう一度同じ言葉を繰り返した。

「アルバリーク。中央大陸の最北に位置する、歴とした現存する国だ」

「中央大陸ってヨーロッパのこと?」

「違う」

「じゃあユーラシア大陸?」

「違う」

「んん? まさかのアフリカとか?」

「それも違う」

 ここまで否定されると、残るアメリカ、オーストラリア、南極大陸という候補を挙げても無駄な気がして、思わず真澄は黙り込んだ。


 時代が合わないだけで、こんなに難しい顔をされるものだろうか。


 それとも目の前にいる二人は、まさか自分が死んだことに気付いていないのか。そんなまさか。死んでから五百年以上も気付かないなんて、流石にどうかしている。ぼんやりしすぎだ。

 気付いていないならば不慮の事故とかで突然死したのかとも思うが、そういうやつは地縛霊とか怨霊になるものだと黄金の国ジパングでは相場が決まっている。


 しかし話が噛み合っていないのもまた事実。


 真澄が色々と考えを巡らせる目の前で、同じように慎重な姿勢を見せる大の男二人。

 明らかに互いに探り合う空気だ。

「お前、出身はどこだ」

「日本だけど、五百年前はなんて名前だったっけな? ジパングとか言えば分かる?」

「名は」

藤堂とうどう 真澄ますみですが」

「トードーとはまた妙な名前だな」

「名前っていうか藤堂は姓ね。名前は真澄。西洋とは名乗りの順番が姓名逆なのよ。ていうか妙とか失礼だっつの、あんたのアークレスターヴなんとかっていう長ったらしい名前も大概でしょうが」

 遠慮しない相手に遠慮していたら負けである。

 とりあえず真澄は言いたいことは余さず言って、相手の出方を窺った。しかしアークは腕組みをしたまま動かず、首を傾げて真澄を真正面から見据えてくるばかりで何も言わない。

 半歩後ろにいるカスミレアズも同様だんまりを決め込んでおり、仕方なく真澄が話を進めることにした。


「私は階段から落っこちて頭打って死んだのよ。持ってたはずの荷物は無くなってるし、駅にいたのに気付いたら全然知らない原っぱだし、身体中痛いのは多分死因が全身打撲だからだと思うし。これで死んだと思わない方がどうかしてるわ」

 死にたくなかったのは山々だが、死んでしまったものはどうしようもないのだ。

「あの世初心者で右も左も分からないのにいきなりここに連れてこられて、散々脅された挙句に話が噛み合わなくて今ここ、なのよ」

「……お前多分死んでないぞ」

「我ながら残念な死に方だったとは思うけど、だからって問答無用でスパイ扱いもどうかって思、は? 死んでない?」

「詳しくは後で調べるが、おそらくお前死んでないぞ」

 ほぼ同じ台詞がアークの口から繰り返された。淡々と、感情の読み取れない声だ。

 真澄は口籠って目を瞬いた。

 意味が分からない。死んでいなければ説明のつかないことだらけだと言うのに、この男は何を勘違いしているのだろう。

「死んでないって、なんで?」

「何度も言うがここはあの世じゃない、アルバリークだ」

 口の中で真澄はオウムのように繰り返す。

 ここは黄泉の国ではなくアルバリーク。聞き慣れない単語だが、明らかにアークはあの世があの世だと理解した上で、二つの単語を並べている。

「俺たちは亡霊でもなんでもない、生きている人間だ」

「ダウト」

「あ? ダウト? なんだそれは」

「騙されないわよ。じゃあなんで人魂連れてたり認証とかいう得体の知れない芸当ができるの?」

「魔術も知らんって、本気で地図にも載っていない辺境から出てきたのか?」

「確かに極東の島国出身だけど、言うほど辺境でもないと思うけどなあ」

 田舎を飛び越えて辺境呼ばわり。未開の地でもあるまいし、土人を見るようなその目は甚だ遺憾である。自然と真澄の口は尖った。

 アークがくは、と喉を鳴らして苦笑する。

「しかし見事に噛み合わねえもんだな」

「その点については激しく同意するわ」

「記憶喪失なのか錯乱してるのか原因は不明だがな」

「ちょっと、一方的に私だけが精神病みたいな言い方やめてくれる?」

「いきなり駐屯地に忍び込んできた不審者の言う台詞じゃねえぞ、それ」

「私にしてみりゃあんたたちの方が突然目の前に現れた状態ですけど?」

「口の減らないやつだな。普通の女はここで震えたり泣いたりするもんだぞ」

「だって死んでるなら命乞いしたところで無意味でしょ」

「……とりあえずその認識を改めるべきだな」

 おもむろにアークが立ち上がり、座っていた真澄の腕を引いた。

 痛いと抗議の声を上げる間もなく、真澄の頬は固く引き締まった胸板に押し付けられた。離れようともがくが、頭と背中を固定されて――つまり真正面から抱きすくめられて、逃げられなかった。


 どういう状況だ。


 高校生くらいの若かりし頃であれば、長躯のそれも整った顔立ちの男に抱かれて平常心ではいられなかっただろう。可愛らしい悲鳴を小さく上げるか頬を赤らめるか、そんな甘酸っぱい対応になった自信がある。

 だが真澄は二十八だ。

 おまけに生娘でもあるまいし、可愛らしい初心な仕草はまったく出てこない。


 怪訝さを露わに真澄が見上げると、高い位置から見下ろしてくる黒曜石のような瞳と目が合った。

 背が高い。

 頬が当たっていたのは胸板とばかり思っていたがほぼ下限、腹筋との境目くらいだ。頭二つ分と少し違う。だがその位置でも、真澄の肩幅はアークの身幅より小さかった。

 どれだけ良いガタイなのか。

 鋭かった漆黒の瞳は、僅か伏し目がちになると少しだけ柔らかさが滲んでいる。それは意外な発見だった。

 しかしそこはそれ、変わらない体勢と見えない意図に、真澄は抗議を上げた。

「ねえ、苦しいんですけど」

「そうか? ほとんど力は入れてないぞ」

「体格差を考慮に入れてもらえませんかね」

「こうしたら痛いか?」

「ちょっ、いたたたた!」

 悲鳴が出た。思いっきり胴を締め上げられたのだ、そりゃ悲鳴も出る。

 やめろという強い意志表示として、真澄は右手に拳を作って脇腹を殴った。しかしアークはびくともしない。この男、無駄に頑丈にできている。

 悔しくて二度三度と殴っていると、不意に締め上げの手が緩んだ。吸うこともままならなかった息がようやく戻る。

「急に何してくれんのよ!?」

「お前が生きているということの証明」

「……は?」

「死んだ人間に痛覚なんぞあるわけがない」

 痛かったんだろ?

 重ねて問われ、真澄は押し黙った。

 確かに痛かった。昨日も今日も痛いことだらけだ。死んでからも痛いなんて聞いてない、そう毒づいたのは他でもない自分である。

 そういう台詞が即座に出る程度には、生者と死者の境目は明確だ。

「当たり前だが俺たちも生きている」

 言うが早いかアークは真澄の手を取り、それを自身の首筋に当てた。

 指先に温かさが伝わる。そして、規則正しい拍動も同時に伝わってくる。疑うべくもなくそれは、目の前の男が生きている、そう証明している。

「素性は知らんがいずれにせよお前は生きているというわけだ。そして俺たちも生きている、つまりここはあの世じゃない。分かったか?」

 言い切られた内容に言葉を返せなかった。

 今一納得がいかないが、否定できるだけの材料が真澄にはない。死んでいなかった、生きているというのが事実であればそれは嬉しいことだが、この状況では素直に喜べない。


 なんせ、まるで勝手の分からない場所にいるという有難くない現実が圧し掛かってきた。

 おまけにそうなった理由は考えたところでどれもぶっ飛んでいるという始末。


 一つ目、例えばここが地球でかつ現代、ヨーロッパの未開の山奥か地底文明だったとして、どうやってここに来たのか。瞬間移動なんて芸当はあいにく持ち合わせていない。


 二つ目、もしくはここが地球でしかし過去か未来のどこかだったとして、だからどうやってここに辿り着けたのか。タイムスリップは映画や小説でしかお目にかかったことはない。


 三つ目、もはや地球ではなくて別世界、別次元のどこかだったとして、再三繰り返すがだからどうやって。ここまでくると漂流教室も真っ青なくらいの漂流だ。迷子にも程がある。


 頭が痛い。

 生きているのはいい、しかし自分に何が起こったのかちょっと把握できない。一体ここはどこなのか。

 額に手を当てつつ、真澄は寝台にもう一度腰を下ろした。アークとカスミレアズの視線が集まるのが分かったが、茫然としている真澄は、すぐに反応することができなかった。


*     *     *     *


「それで、話を元に戻そう」

 目線の高さを合わせるように、アークも再び椅子に腰をおろした。

「お前は捕えられた不審者であって、処遇は俺の判断一つだ。その俺が、容疑を晴らす為の最低条件が叙任式での演奏だと言っている。この際その楽器がヴィラードかどうかはどうでもいい」

 そうだった。

 真澄の勘違いというか思い込みのせいで話が横道に逸れたのだが、元々はその騎士叙任式とやらの会場で、ヴァイオリン演奏をするように求められていたのだ。


 それを真澄が即答で断ったものだから、話がこじれている。


 アークはこの状況で何故断られるのか理解に苦しんでいるようだが、真澄には真澄の理由がある。

 ただそれは、ほぼ初対面の相手に言うような話ではない。気持ちの整理がついていないし、割り切れてもいない。そのあたりの説明にも苦慮し結果としてだんまりを決め込んだ真澄に、アークが次の一手を打ってきた。

「この期に及んで弾けないとは言わせない。俺もカスミレアズも外で聴いていた」

 あっさり退路が断たれる。

 どっこい、ここで諦めるくらいなら、昨晩の内にさっさと陥落されているというものだ。

「大の男が二人揃って聞き耳立てるとかやり方が汚いわよ」

「何か言ったか」

「いいえ、何も」

「いい加減観念したらどうだ。それ以上痛い思いをしたくはあるまい」

「それでも嫌だと言ったら?」

 往生際が悪いとは自覚している。だが粘らずにはいられない。


 土俵際の粘り腰に、後ろに控えているカスミレアズが意外そうな顔をしてみせた。多分それは、ここまで脅されれば言うことをきくだろうと予想していたからに他ならない。

 片やアークは盛大なため息を吐いた。


「さっきも言ったが、選べる立場だと思っているのか」

 椅子のひじ掛けに腕を置き、そこで頬杖をつく。黒曜石の瞳が眇められた。

「スパイ容疑がかかっているヤツは牢にぶち込むのが当たり前だ。むしろ俺の陣地に無断で入り込んだ時点で、問答無用に首をねられても文句は言えない状況だと理解した方がいい。それをわざわざ紳士的に同意を求めてやってるんだ、破格の条件だぞ」

「それ、ほぼ選択の余地がなさそうなのは気のせい?」

「ようやく分かってきたか」

「ちなみに牢でいいって言ったら?」

「却下だ。多少手荒な手段に訴えても弾いてもらう」

「端から選択肢ないんじゃん! 聞いて損した!」

 思わず真澄は寝台に拳を叩き下ろした。

 ぼす。

 柔らかい音の通り真澄の手には一切のダメージはない。だが少しでもこの悔しさが伝わればいい。


 ちくしょうはめられた。


 心情は完全にこれだ。

 どうせ死んだと思っていたからこそ破れかぶれにもなれたわけで、ここがどこかはともかく実は生きてましたという今となっては、力で敵わない相手に詰め寄られれば言うことをきかざるを得ない。

 痛いのは真っ平御免、だから要求を呑むとは言った覚えはない。

 だがしかし、「死んでるんだから怖いもへったくれも」という台詞から逆説的に弱点を晒したも同然だ。


 ちくしょう。


 この男、端からこうなることを見越していたに違いない。回避できると思っていたのは真澄だけで、これまでのやりとりの不毛なことといったらない。

 無駄に脅されまくっただけである。


「ようやく理解したか」

 半目になったアークが大儀そうに背もたれにふんぞり返った。

「お陰様で」

 不本意極まりないものの、真澄としてはそう答えるより他にない。

 この場所に於いて異分子なのは、どうやら自分の方であるらしいからだ。片や国の名前も現在地も知らず、片や確実に生活基盤を築いてかつ組織で動いている。どう見ても軍配はアーク側に挙がる。悔しいが認めざるを得ない。

 と、黒曜石の瞳と目が合う。

 アークは何かを考えるように右手を顎に添え、そして言った。

「ついでに言っておくが、隙を突いて逃げようとは考えない方がいいぞ」

「えっなんで?」

「お前やっぱり馬鹿だな」

 正直すぎていっそ清々しいわ。

 そう言ったアークの顔は完全に人を小馬鹿にしており、言い返せない真澄の額には青筋が浮かび上がった。

 この流れはさっきもやった。やったことは覚えているのに、何故もう一度同じようなトラップに自分は引っかかるのか。気持ちが前のめりすぎていけない。

「そもそも俺とカスミレアズの目を盗めるやつはいないが、まあそれは横に置く。仮にここを逃げ出したところで、魔術も知らない、魔力もないお前がどうやって生きていくつもりだ?」

「どうやってって、そりゃ働いてとしか」

「生きて街までたどり着けると思っているのか?」

「え、そんな遠いの?」

「近い遠いの問題じゃない。魔獣が闊歩する街道を剣も術も使えない人間が無傷で通れるなら、騎士も魔術士もいらん」

 そんなことさえ忘れたのか、そう言いたげなアークの視線に真澄はぐ、と詰まる。

「疑って命を懸けてもいいが、お勧めはしない。碌な死に方できないぞ」

 涼しい顔でどうしてそう激烈に脅しをかけてくるのだろう。

 魔獣がいるとか嘘を吐け、と自信を持って言えないのが泣き所だ。原理は不明だが魔術とやらがあるらしいここでは、何が出てきても確かにおかしくはない。

 冷静になって考える程、自分の置かれた窮状が露わになる。

「隠蔽術が効きすぎたのか、それとも記憶喪失か何かは知らん。が、お前はこの世界の基本さえおぼつかない状態だ。悪いことは言わない、俺の監視下にいた方がいい」

「スパイだって疑ってるくせに、傍に置くの?」

「無論、容疑を晴らすのが一番の目的だがな。別の騎士団にちょっかい出されても面倒だ。いずれにせよ本当にスパイではないのなら、その証明として我がアルバリーク帝国に楽士として貢献してみせろ。そうすれば面倒を見てやらんこともない」

 一気にそこまで畳みかけられて、誰が異議を唱えられるだろう。


 完全に寄り切られた。


 そして、明らかに対等ではない雇用契約が――契約と呼べるかさえ甚だ怪しいが――ここに締結された。


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