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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第三章 生き方の決め方

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87.魔術士というもの・10


 武楽会のフィナーレを飾る個人戦は淡々と進んでいた。


 いや、違う。

 会場となっているソルカンヌは日を追うごとに人が増え喧騒が膨らんでいる。これで盛り上がっていないと言うのは嘘になるだろう。

 淡々と、というのはあくまでもアーク自身の心境である。

 既に楽会は決した。

 最高の栄誉を勝ち取ったのは真澄だ。本人は顔色一つ変えていなかったが、本戦にも増してその名は知れ渡った。これまで専属が居着かなかった第四騎士団長の相手というだけでも目立っているのに、その出自は謎のまま、類稀な腕前は抜きん出ていることが証明されたからだ。

 無理もない。

 最高難度で知られるルシーダの譜、それを初見で弾くのが楽会のエキシビションだった。

 一人ずつなどと悠長なやり方などではない。

 全員で一斉に弾いて、一度でも間違えるとそこで失格、以降は舞台から降ろされ弾けなくなる。そして最後まで残った者が最優秀賞という単純明快な規定だった。

 最初の一曲で楽士は半分に減り。

 二曲目で五人に絞られ。

 三曲目には真澄とアルマ=アーステラ――第一騎士団長、アークの叔父の楽士――だけが残った。

 二人の競演は七曲目まで続いた。

 アーステラ首席が降りざるを得なかったのは、どうやら体力の問題らしかった。

 最近、体調が芳しくないと漏れ聞いている。

 詳しい話は明かされていないが、長期療養も視野に入っているようで、第一騎士団は団長の代行を立てるか代替わりするかで宮廷騎士団とも調整を重ねている。最初に彼女が「今年で最後の出場」と言い切ったのはそういう理由だ。

 ともあれ、八曲目の時点で最優秀賞は決定した。

 あとは記録への挑戦である。

 ルシーダが書き下ろしたエキシビション用の曲、全二十曲。それをどこまで弾けるかというある種賭けにも似た期待が膨らむ会場で、真澄はその全てを完璧に弾ききった。

 最後の音が途切れた時、そこに歓声はなかった。


 誰も何も発さない。

 ただ静寂がひたりと横たわっていた。


 驚きはおそらく、アルバリーク側に大きかった。

 アルバリークといってもその中のごく一部、謎とされている真澄の素性を知っている者たち――アーク始めカスミレアズ、そしてガウディの妹――だ。

 アークたちは知っている。

 真澄が生まれ育った場所は遥か遠く、アルバリークの楽士とは文化的背景がまったく異なる。ゆえに彼女はアルバリークやレイテアの楽譜に親しんでおらず、彼女の国の書式に直すという手順を踏んでいた。

 本戦でもそうしていた。

 しかし個人戦で真澄はそれをしなかった。

 アルバリークやレイテアの楽士と同じように、受け取った楽譜をその場でめくりながら弾いた。両手を演奏に割きながら、頭では譜を読み変換する、そんな離れ業をやってのけたのだ。

 底が知れない。

 真澄自身が「楽士ではない」と否定すればするほど、その稀有な才能が鮮やかに浮き彫りになる。


 もしも真澄の過去に往きあえたなら、

 いかなる辛苦も退けてその矜持を守り抜くのに。


 そんな叶いようもない願いが胸に去来するほどに、舞台上の彼女は楽士以外の何者でもなかった。

 表彰は武会と合わせて執り行われる。

 真澄の望みは元いた彼女の世界へ戻ることだ。どんな言い方をするのかは分からないが、どうあれアークに止める手立てはない。

「……そんなわけねえだろ」

 思い浮かべたもっともらしい筋立てを、独りごちて否定する。

 実際には留め置く方法などいくらでもあるのだ。

 むしろ数日前まではどんな手段を使っても離すつもりなどなかった。

 それなのに今、物分かりの良い振りで諦めようとしているのは、長兄から第四騎士団の去就について内示を受けたからに他ならない。


 先に大きな任務が控えている。


 もしも真澄がアルバリークの人間だったのなら、この内示を受けても専属にすることをためらわなかった。まあその仮定を持ち出すと、そもそもヴェストーファの叙任式時点でさっさと専属にしていたはずなのだが、それは今考えても詮ないことだ。

 どうあれ、傍にいてくれと請うのなら、将来を考えねばならない。

 手前勝手に留め置いた挙げ句さっさと殉職しました、では無責任にも程がある。一生を遊んで暮らせる金だけ残せばいいという話でもない。いくらアークが向こう見ずであっても、こればかりはさすがに考える。

 レイテアが会場の、これで最後となる武楽会。

 舞台も役者も揃っている。そこで真澄が最優秀賞をとったのは必然か。端からアークに決定権はなかった。真澄だけが彼女の生き方を決められる。

 考えてみれば当たり前の話だ。

 表彰式で真澄が何を願おうとも、受け入れねばならない。その覚悟がアークの中で固まった。

「まあ、……人生思い通りになることなんざなかったしな」

 王族の末席に生まれついて、不自由なく長じることはできた。魔獣闊歩するこの苛烈な世界。爪も牙も持たない人間はひたすら弱く、死は常にすぐ隣にある。群れなければ移動さえままならない境遇で、特にアークが恵まれた環境だったのは疑いようもない事実だ。

 その中にあって、我を通したことは一度もない。

 自分の立場で望まれること、できることを常に最優先にしてきた。熾火としての力を磨くのも、第四騎士団を存続再興させたのも、全ては帝国のためだ。

 それが王族に連なる人間の――不自由なく生きられる者、公人としての――唯一絶対の義務だ。そうでなければ民はついてこない。人がなければ国はなく、統治者の血筋が好きに生きれば帝国が死ぬ。それはやがて人間そのものの黄昏を招くだろう。

 そうであるから、アークの中で武楽会は些事なのだ。

 武会で優勝したところで何かを望むわけではない。名誉だけ受けて、権利は返上するだけだ。昨年もそうだった。

 まして試合そのものが心躍るものでもない。

 もとより去年の武会優勝者であるアークには決勝の一戦だけが用意されている。武会の個人戦は各部門からの選抜十八名で行われるトーナメントだが、実質はアークへの挑戦権を巡って争われているようなものだ。


 今日、武会選抜は四名に絞られた。


 まずはカスミレアズ。

 第四騎士団 近衛騎士長として順当な勝ち上がりを見せている。前評判に違わず、とはまさにこのことだ。

 次いでフェルデ。

 こちらは明らかに手を抜いている様を隠さない。が、それでもこの若さで大魔術士となった実力は本物と言わんばかり、圧倒的な力の差を見せつけている。

 そしてネストリ。

 真騎士部門の首席らしく、堅実な試合運びでここまで来た。第四騎士団の名に恥じない活躍といっていいだろう。

 最後はアナスタシア=レイテア。

 唯一残ったレイテア側の出場者だが、その勝ちっぷりはフェルデに並ぶか、あるいは凌ぐか。真騎士部門での戦いは手加減していたのだと分かる内容で、この個人戦の盛り上げに一役買っている。


 誰が勝ち上がってきてもアークとしては委細構わない。

 その戦績に敬意を表して、全力で相手をするだけだ。しかしここにきて気がかりができて、それゆえアークはこの夜更けに人を待っている。

「……」

 古い城郭、その物見ものみやぐらから空を仰ぐ。

 漆黒の夜に降るほどの星が輝き、吐く息は白く残りやがてかき消えていく。赤の周期には万物の生がみなぎるのだという。いつもより星の光が眩しく見えるのも、寒さを厳しく感じるのも、そのせいなのか。

 今はどこも収穫の盛りを迎えている。

 豊穣祭が終われば冬はすぐそこだ。それまでに色々と準備を進めなければならない。


 そう、色々と。


 その中身をアークが考え始めた時、下の方から律動的な足音が聞こえてきた。

 徐々にそれは大きくなり、やがて待ち人が現れた。

「アーク様、参りました」

「おう」

 夜中でも変わらず堅い挨拶に、アークは片手を上げて応えた。

 その手で自らの隣を指す。

 呼ばれた当のカスミレアズは特に疑問を差し挟むこともせず、指示のとおりに立ち位置を替えた。

「ここは寒い。単刀直入に訊くぞ。お前、ガウディの妹を専属にするつもりか」

 前置きを飛ばして入った本題に、カスミレアズがわずかに目を見開いた。

 やや間が空く。

 カスミレアズは滲んだ驚きをすぐに収めて、口を開いた。

「はい」

「武楽会の報酬として、か? 俺がいるのを忘れてないか」

 手加減を期待しているのならば甘い。

 言外の含みはしかし、カスミレアズから真っ向否定された。

「アーク様には大変恐縮ですが死んで頂きます」

「おい。もう少し言い方」

「八百長などご免被ります。公私にわたって一生頭が上がらなくなる? 考えるだけで背筋が薄ら寒く」

「ああもういい分かった」

 放っておけば延々続きそうな流れだ。

 アークが手を振って話を遮ると、こほん、と咳払いが一つ漏れた。

「武楽会はあくまでもガウディ殿の立場を確かにするため、と考えております。本当に申し込むのは帝都に戻ってから改めます」

 手堅いカスミレアズらしい段取りだ。

 武楽会に頼るのはある意味博打であると十二分に理解している発言であって、逆にその結果がどうあれ正攻法でいくという決意の表れでもある。


 ほぼ即答するほど真剣らしい。


 いい加減な男ではないと昔から分かっていたが、四人兄弟の長男であることと責任感の塊とも呼べるほどの気質のせいで、重要なことほど決断が慎重鈍重になるきらいがあった。

 それこそこのまま(じじい)になってもおかしくない。

 アークは割と真剣にそう思っていたが、ここにきてあっという間に追い抜かれた格好だ。

 面白くないとまでは言わないが、正直なところ意外に感じている。

「真面目だな」

 もう何度言ったか覚えてすらいない評だ。

 受けるカスミレアズも当たり前の顔で、これに関してはもはや言い訳もなにもしない。

「暗黙の了解だけではまた勘違いする者が出るかもしれませんので」

「……それは俺に対する小言か?」

「滅相もございません」

 そしてこうやって涼しい顔で意趣返しをしてくる。

 アークは舌打ちしつつ、息を吐いた。

 自分自身のことはさておき、苦労に苦労を重ねてきた部下が報われるのは喜ばしい。


 正式な専属契約――つまり婚姻――となると、盛大な式になるだろう。


 カスミレアズ本人にはただでさえ第四騎士団の近衛騎士長という肩書きがある。その上でそもそもエイセル家の長男だ。貴族ではないが、かねてより優秀な軍人を多数輩出してきた名家で、騎士団のみならず魔術士団にもその影響力は大きい一族である。

 これに加えて、相手はガウディ。

 言わずと知れた楽士の大家で、それもまさしくその本家が誇る当代きっての楽士が主役だ。となれば、古くから名を馳せる他の一族――たとえば第一騎士団首席のアーステラ家など――はもちろんのこと、中流下流問わずにこの慶事は広く知らされるだろう。そして同時に宮廷楽士でもある以上、宮廷関係者も漏れなくそこに加わるわけだ。

 来賓は百や二百では到底収まるまい。

 街頭パレードはさすがにないだろうが、それでもちょっとした傍系王族くらいの盛大さが予想できる。

「準備が大変そうだな」

「どうでしょうか。アーク様には到底及びませんゆえ」

「だからそれは俺に対する小言……いや当てつけか?」

「滅相もございません。いずれにせよ、まだ決まったわけでもありませんし」

 断られる未来も当然あり得る。

 謙虚というか、相手の立場を勘案した物言いに、アークは苦笑せざるを得なかった。

「難儀だな。立候補してくるのは力が足りないか楽士ですらない相手ばかりで、望みたい相手にはしがらみがありすぎる。歴代最強の近衛騎士長ってのも考えもんだ」

 今は懐かしい、ヴェストーファのあの夜。


 なぜ結婚しないのか。


 首をひねった真澄を前に、アークはがっくりと首を折りそうになった。お前がそれを言うのかと。きっとカスミレアズも同じ気持ちだったはずだ。

 まあ真澄自身が別世界の出身ゆえ、疑問を持っても仕方ない状態ではあったが。

「お前の意向は理解した。良い報告が聞けるのを待っている」

「ありがとうございます」

「一つだけ注文がある」

「はい」

「殉職の可能性を説明しておけ。必ずだ」

 平静を装ったつもりだが、語尾の念押しでアークの声は硬くなった。

 カスミレアズが虚を突かれたように押し黙る。

 そう長くはない沈黙の後、「無論そのつもりですが」と戸惑いがちの相槌がきた。

 分かりきった答えだ。

 騎士として身を立てた以上、今さら言うまでもない。まして最前線担当の第四騎士団となれば当事者でなくとも知っている。

 しかしアークは続けた。

「少しでも難色を示されたり心配されたら異動願いを出せ。必ずだ。新しい団長の下で婚姻の儀をやるがいいだろう」

「……アーク様」

 襟を正したように、芯の通った呼びかけだった。

「約束をお忘れですか」

 ()けるにはいささか早すぎるかと。

 続いた大概無礼な言葉にアークの目は眇められた。「おいコラ」と文句を垂れるより先に、しかしカスミレアズが機先を制す。

「あなたの叙任を受ける時に誓ったではありませんか。表向きは無鉄砲すぎるあなただからその抑えに私が選ばれたと思われていますが、実際は違う」

 懐かしい話を始めたカスミレアズに、思わずアークは押し黙った。


 沈黙の合間に星が降る。


 冷えて張りつめた夜の中、互いの呼気が白く舞っては消えていく。

 在りし日をまぶたに浮かべ、アークは懐かしさに目を眇めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いろいろ激動ですけど、とりあえず真澄の腕がもってくれて良かったです! って20章!すごいですねえ。 しかも変換しながらとか…確かにこれは事情知ってる側は言葉も出ませんね。 すごい努力を続け…
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