79.魔術士というもの・2
レイテア文官の背を見送る間、真澄の頭は割れ鐘を叩くように痛んでいた。
「定期便って、イヴの家族がいるんじゃ……」
実の父親と妹のアンシェラが応援に来るのだと喜んでいた。
イヴ自身はかつてのヴェストーファ飢饉による退っ引きならない事情があったため、楽士のエーヴェ一族へ養子に出ている。しかし生家のメリノ家とは今でも関係があり、彼女はアンシェラの結婚支度金を揃えたくて今年の武楽会へ名乗りを上げたのだ。
「ちょっと、ねえ、アーク」
無事なのか。
大群とはどれくらいか、まさかヴェストーファのウォルヴズ並みか。襲うってどうやって。護衛がいたはずではないのか、彼らは騎士や魔術士ではないのか、だから襲われたのか。迎えに行ったイヴとリシャールは大丈夫なのか。今から駆けつけて色々なことは間に合うのか。
次から次へと真澄の口からは動揺がこぼれ落ちる。
人外のものに襲われるなどテレビや新聞の向こう側、それも日本ではなく別の国の遠い話だ。それもせいぜいが野生動物で、魔獣などという異形の相手ではない。身近でそれが現実となった時、なにを想定してどんな心持ちでいたらいいのか、真澄には分からない。
ただ焦り、気が急くばかりだ。
落ち着きなく立ち上がりかけたそんな真澄の手を、しかしアークが握り留めた。硬い手のひらは温かい。伝わる体温に、そこで自分の手が冷たくなっているのだと真澄は気付いた。
「落ち着けマスミ」
かけられたアークの声はいつもとまるで変わらない。
「大丈夫だ」
「でも」
「大丈夫。それなりにイグルスは多いだろうがウォルヴズと違って群れる習性はない。たまたま赤の周期で集まっただけだ。護衛の魔術士も攻勢から守勢に切り替えて救援を待つ頭くらいある。でなけりゃ、ソルカンヌは定期便の状況を知り得ない」
続々と湧いて出てくるイグルスを前に護衛の魔力が尽きかかったのだろう。これ以上の露払いは不可能と判断し、結果、街道の真っ只中で立ち往生していると考えるのが妥当だ、とアークは続けた。
「定期便の一団が動けないだけで、おそらく酷い怪我人は出ていない」
「そう……なの?」
「多分な。兄ガウディたちもソルカンヌにある終着駅で待っているだろうから心配ない」
「……そっか」
真澄は浮かしかけていた腰をそこでようやく下ろす。
小さく深呼吸。
大丈夫だともう一度胸のうちで呟けば、総毛立つ背中も少しずつ落ち着いていった。
首席二人のやり取りを聞いていたか、アルバリーク陣営は緊張しつつもそぞろだってはいない。そんな中にあって魔術士のフェルデだけは退屈そうに椅子にふんぞり返っている。非常事態などどこ吹く風、その顔にはさっさと解散したい、そう書いてあった。
「イグルス掃討に二日……?」
考え込むようにカスミレアズが呟く。それに対して「もう少し長引くかもしれんな」と返したのはヒンティ騎士長だった。
「まあ競技場整備に三日も四日もかかっていたのでは不安を煽るから、建前上は二日と言わざるを得なかったのだろうが」
「支援要請、来るでしょうか」
「さて」
騎士長二人は真面目に状況分析をしている。だがその内容に引っ掛かる部分があった。
「助けるのにそんな時間がかかるの?」
大丈夫だとアークは言った。
そしてヴェストーファのウォルヴズ掃討が頭にある真澄は今日の数時間後には片付くものだとばかり思っていたが、どうもそうではないらしい。
浮かべた疑問には否応にも不安が滲んでいた。
思案顔の騎士長二人は言葉を選ぶように押し黙り、その間を埋めたのはアークだった。
「そもそも何故ソルカンヌが城郭都市だと思う?」
それを考えればカスミレアズたちの懸念が分かるという。
「大前提として魔獣の生息域だからだ。棲み分けなんぞできやしない、かといって完全に駆逐も無理な相談だ。そんな場所で生活するなら相応に身を守る手段が必要であって、それが魔術士なら必然こうなる」
盾となるべき騎士がいないから、守りは別の何かを頼るしかない。その何かというのが他でもない城郭なのだ。
自分たちは魔力の多寡で全てを解決できるわけではない。
それを肝に命じるべきなのだと、この場で誰よりも高い力を誇るアーク自身が言い切った。
思わず真澄はフェルデを見た。
彼の視線は剣呑な光を宿しながら真っ直ぐにアークへと突き刺さっている。百ほども物言いたげながらしかし、最後までその肉声は発されなかった。
気付いているのかいないのか、大魔術士には一瞥もくれずアークは話を進める。
「大掛かりな術を使えても魔術士だけの編制は機動部隊としては向いていない。消費がでかすぎる」
攻撃に全力を注いでいる片手間に、防御を必要最低限の力でできるか。
それはいうなれば右手で渾身の力を込めて殴りかかっている最中に、左手で最適な受け身を取れるか、という問いに近いのだという。
「そんな器用な真似、できるのは女神デーアくらいのもんで、俺たち人間には無理だ。大技の攻撃に加えて防御にまで全力を出してたんじゃ魔力なんざあっという間に空っ欠だわな」
だからこその拠点防衛であって、迫り来る脅威に対しては城郭内から迎え撃つのがレイテアの定石なのだ。
魔術士の誇る絶大な火力は何処でも彼でもその全てを発揮はできない。
これを念頭に置くと、街道まで足を伸ばしての救出には不得手な防御に人員を割かれるため、相応の時間がかかるだろうというのがつまりカスミレアズたちの予測なのである。
彼ら魔術士が本来取るような行動とはかけ離れている。が、今回は非常事態ゆえ致し方ないのだろう。
状況は理解できた。
そこから出るのは次なる疑問である。
「助けに行くんでしょ?」
守ることが本分といえば、まさにここに控えている陣容がそうだ。
しかしアークは真澄の問いに腕を組んだまま微動だにしなかった。そして、
「命令があれば出る」
椅子にふんぞり返ったその態度は別として、およそ総司令官らしくない台詞が出る。
自然、真澄の首は傾いた。
「命令って、ヴェストーファはすぐ出たじゃない」
むしろ会食で不在だったアークに代わり、カスミレアズが即決、即応していたくらいである。
今になって「命令が」と言われても、正直「今さら?」と返したくなるのだが、しかし「軍には指揮権ってのがあってな」という言葉と共に武骨な指が競技会場の一角を指した。
立派な屋根が張り出されている。
加えてそこは護衛の魔術士も傍目に判るほど多いところだ。誰がいるのかは聞かずとも知れている。
「あれは俺が最高司令官で、カスミレアズに全権委任してたからだ。今ここには王太子殿下がいるから、決めるのはあっちだ」
「ふうん」
話に上った王太子本人には目通りしたことはないが、それでも真澄には思い出す顔がある。
その息子のテオドアーシュだ。
夏、星祭りのために二人で王宮を抜け出した記憶が鮮やかによみがえる。
小生意気ながらその倍以上の可愛さを持つ彼は、そういえば真澄にかけられた召喚術とやらを調べると言っていたが、その後どうしているだろうか。
「まあ決めるのは王太子殿下っつっても、そもそもレイテアから支援要請が来なけりゃ助けるもへったくれもねえけどな」
「なんかいちいち面倒ね」
「国同士の公式行事中だからな。勝手に動けば即外交問題になって、責任を問われるのは王太子殿下だ」
「アークが他人のこと気にするなんて意外」
「お前な、俺だって誰彼構わずやり合うわけじゃねえぞ?」
心外であると言わんばかりにアークが鼻を鳴らす。
が、真澄はまともに取り合わなかった。
「どうだかね」
例えるなら狂犬ではないが闘犬だ。
一度敵と見なせば誰であろうと一歩も退かないことはもう分かっている。が、そんなもの周知の事実なので敢えて口にしないだけなのだ。
そんなこんなでぐだぐだ言い合っていると、「マスミ!」と遠くから呼ばわる声が響いた。
どこか聞き覚えのある声だ。
誰だろうか。出所を探して周囲を見渡すと、通路の階段を駆け下りてくる金髪、小さな影があった。
「……テオ!?」
「マスミ、久しぶりだな!」
勢いよく駆けこんできたのはなんとテオドアーシュだった。
どうしているだろうかと思った矢先の再会で、驚きながらも自然と真澄の頬が緩む。考えてみれば両親がこの武楽会に最高来賓として招かれているのだから、その息子も一緒にいておかしくないのだ。
「元気にしてたか、マスミ。ちっとも私のところに顔を出さないから、ちゃんと食べているか心配してたんだぞ」
一端の口をききながら、真澄の両手には立派な包みが押し付けられた。真澄が尋ねる前に「差し入れ、菓子の詰め合わせだ、武楽会は体力勝負だから」とテオが真顔で言う。
九歳から施しを受ける二十八歳である。
半笑いになりながらも真澄はありがたく受け取った。
「ごちそうさまです。こんな大きな包み、よく持ってこれましたね」
包装の綺麗さもさることながら、一際目を引くのがその大きさだ。
テオの上半身が隠れてしまうほど大きい。
真澄が包みとテオを交互に見遣ると、小さな胸がぐいと反らされた。
「その程度持てなくて男といえるか」
「あら、肉体派に鞍替えしたんですか?」
「四の五の言わずに黙って受け取れっ」
「もちろん頂きますけど」
変わりない生意気さに負けて、とうとう真澄は吹き出した。
最後に会った時はまだ骨折の痕が痛々しかったが、今は包帯も取れてすっかり元気一杯になっている。それに、少し日に焼けただろうか。病的に青白かった頃の影はもうどこにもない。
良かった。
それ以外の言葉が見つからない。
テオが屈託なく真澄の腕の中に飛び込んでくる傍らで、アークが「俺に挨拶は」とドスの効いた声で呟いている。
相変わらず大人げない男だ。
ところがテオも負けてはいなかった。
「アークも久しぶり」
「なるほど俺はあくまでもついでか」
二十九歳の額に分かりやすく青筋が浮かぶ。本当に、どこにいても大人げない。
「ちょっとやめなさいよ大人げない」
似たようなやり取りは前にもあった。
懐かしく真澄が思い出していると、一転テオが真面目な顔でアークに向き直った。真っ直ぐな視線に利発さが滲む。変化を感じ取ったか、アークも眉を上げてそれを受けた。
「マスミ恋しさにただ抜け出してきたわけじゃなさそうだな?」
どうした、と聴く態勢でアークが水を向ける。
するとテオの口からは「イグルス」という今この場で最も熱い単語が飛び出した。
「アークならあっという間に助けられるって言ったら、是非って」
なぜか誇らしげにテオが胸を張る。これに対してアークは片眉を上げた。
「あ? てことはレイテアから正式に支援要請があったのか?」
「そのとおり。但し、そうするように仕向けたと言う方が正しいけれどね」
アークの疑問に答えたのはテオではなく、背後の人物だった。
丁寧な口調と柔らかく低い声。
聞き慣れないそれに真澄だけではなくほぼ全員が振り返る。そこにいたのは声に違わず柔和な面立ちの、壮年の男性だった。
光に透けるような淡い色の金髪。
優しい眼差しは青い。
身なりがよく、後ろには数名の騎士が控えている。彼のまとう雰囲気に真澄がデジャヴを感じていると、ヒンティ騎士長がすっ転ぶ勢いで立ち上がった。
「王太子殿下!」
そして発された言葉に今度は真澄が驚いた。
「王太子殿下ぁ!?」
おうむのごとく同じ言葉を繰り返す。突然の要人登場に呆気にとられ、真澄の挙動――立ち上がって、敬意を表す――は、他の人間より悠に十秒ほども出遅れた。
にわかに慌てふためくアルバリーク陣営。
だが王太子はそれを手で制しながら、アークの側へと降りてきた。
「まったく、この前から体力作りに精を出すようになってね。走り出されたら、もう追いつけなくなってしまったよ」
王太子が息子の額を優しく小突く。テオはくすぐったそうに首を竦めながらも、その顔はどこか誇らしげだ。
親子のやり取りを聞いてアークもまた頬を緩めている。
「それは良いことです。男は強くあるべきだ。ところで直々に来られるってことは、『出ろ』と?」
テオだけならいざしらず、最高責任者である王太子までわざわざ姿を現したのだ。当然、ただの物見遊山ではないだろう。
周囲の注目を一身に集める王太子は、にっこりと人好きのする笑顔を見せた。
「神聖騎士部門を早く見たいからね」
「だからさっさと片付けてこい、ですか」
「そう。イグルス掃討に関してはアークに全権委任するから、可及的速やかに危険を排除するように。建前上は支援だけれども、現地ではレイテア含めてお前が指揮していい。話はつけてある」
「よくレイテアがうんと言いましたね? 俺の人使いが荒いのはご存じでしょう」
本当に第四騎士団流でレイテアにも命令しますよ。
口調は脅しているようながら、楽しげにアークが王太子を窺う。返ってきたのはこれまた余裕の笑みだった。
「構わないよ。もとより支援要請を受けるだけで貸しは充分に作っているからね。自分たちで処理できないものをこちらに頼むのだから、そのやり方に文句は言えまいよ」
「悪い人だ。要請するよう仕向けたとさっき言ってたでしょう」
珍しくアークが毒気を抜かれた顔になる。
「あなたの優しげな笑顔に、そうやって皆騙される」
「なんの。紳士的に話し合った結果だ」
「どうだか……いいでしょう、分かりました。今日中に片付けます」
「その言葉を待ってたよ。それでこそ第四騎士団長だ」
「お褒めにあずかり光栄です。損害は出しませんが消耗はさせます。レイテア上層部には文句を言わないよう、改めて根回しをお願いします」
「もちろんだとも」
満面の笑みで王太子が頷く。
この実にろくでもないやり取りを聞いて、「南無三」と言わんばかりに顔を見合わせているのはカスミレアズとヒンティ騎士長、苦労性の二人である。彼らのまぶたには浮かんでいるのだ。レイテアの魔術士たちが、多分おそらくきっと、ボロ雑巾になるまでこき使われる未来が。
かくて方針は決定された。
後はアークの指示で動くのみ、騎士長二人が早速話を始めている。王太子は「邪魔になるといけない」と言いながら、名残惜しそうにしているテオの手を引いた。
「ああそれと」
そのまま戻るかと思われた王太子がしかし、返した踵を再び返した。
「――あなたがマスミ?」
回れ右の先にいたのは真澄である。
まさか話しかけられるとは微塵も想定していなかったので、またしても真澄の反応は遅れた。
「っ、はい」
「息子を助けてくれてありがとう。挨拶が遅くなりました」
その手が低い位置にある金糸を撫でた。
が、真澄には心当たりのない話で、失礼ではあるが首を傾げる。
「私はなにもしておりませんが……」
どこまで耳に入っているかは定かでない。が、テオに関してはどちらかといえば説教されておかしくない思い出ばかりだ。かといってなにをどうしたから礼を言われる筋ではない、と答えてしまうと当時の詳細が明らかになるのでこれまた宜しくないのである。
そういうわけで、真澄は曖昧な笑みを浮かべるに至った。
国籍がアルバリークになっても生まれ持った日本人気質は一朝一夕には変わらない。それをどう受け取ったのか、一方の王太子はさらに破顔した。
「落ち着いたらまたゆっくり話を聴かせてもらいましょう。お礼はその時にでも改めて」
「あ、いえお礼なんてそんな」
「テオを虜にしたあなたの演奏、楽しみにしています」
興味津々に言い放ち、今度こそ王太子は去っていった。
これはどうしたものだろうか。額面どおりに受け取ってもいいものなのか、あるいはアルバリークにも社交辞令は存在するのか。
大小二つの背を見送りながら真澄は悩んだが、周りは既にイグルス掃討戦の準備に盛り上がり始めていて相談できる空気ではなかった。
「補給はいかがします?」
帯同しますか、と重ねたのはアルマだった。たれ目は相変わらず優しいが、その表情は緊張に引き締まっている。
言われてみれば補給線としての最も本来的な任務がこれだ。
自然、アルマの緊張は真澄のみならず他の楽士にも伝わって、視線がアークに集まった。
「そこまで長期戦にするつもりはないんだが、……」
黒曜石の瞳が楽士一人一人に向けられる。
正騎士、真騎士、神聖騎士部門ときてそれが最後に真澄を捉えた時、総司令官の口端が上がった。
「実戦経験を積む良い機会だ。全員まとめて来てもらおう」
「かしこまりました」
一切の異を唱えずアルマが首肯する。
「マスミは碧空を名乗ってはいるが、従軍経験がない。アーステラ首席に楽士の取り纏めをお願いしたい。必要な全てを叩き込んでやってくれ」
「かしこまりました」
「総員戦闘配備の上、三十分後の午後二時に本会場待機。時間がない、今回は楽士も全員騎馬でいく」
一際通るアークの声が響き、次々と命令を下していく。
「ヒンティは馬を含めた装備一式をレイテアから調達してこい。カスミレアズは俺と部隊編成にかかる。以上、解さ」
「ちょっと待ってもらえますかね」
苛立ちの声が解散を遮った。
不意の横槍に、奇妙な間が空く。全員の視線が集まる先には、ここで唯一の魔術士であるフェルデがいた。
「勝手に話を進めてるけど、俺は『総員』に入らないよ」
高らかな宣言はいっそ清々しかった。
いつものように人を食ったような笑みを浮かべているかと思いきや、その表情は異なっている。
どちらかといえばそれは憤怒の形相に近かった。
「ちょっと!」
真っ先に噛みついたのはシェリルだ。
補給線としての自負を持つ彼女らしい瞬発力だが、そこは専属であるヒンティ騎士長がそっと手で押し留めた。
空気が凍る。
命令を遮られたアークがフェルデに向き直る。その手には青白い極光があふれていた。
「敵前逃亡、命令違反。いずれもその場で処分だ」
問答無用の気迫があらわになる。
その光は夏、「魔の蛇」の魔術士を跡形もなく消したものと同じように輝いていた。
処分。
懲戒や免職ではなく、肉体に懲罰を与えるのだろうか。むしろこの勢いは処分というより処刑を彷彿とさせるが、まさか。
「アーク!?」
「黙ってろマスミ。これは軍人としてのけじめだ」
規律が乱れたら軍隊として致命的、許すわけにはいかない。
初めて聞くアークの低い声だ。
ところがフェルデは一歩も退かなかった。
「そう。軍人なら当たり前だ、それでも俺は魔術士として叙任の宣誓を破る方が耐え難い」
まるで汚物でも見るような目が騎士たちを射抜く。
「レイテアを指揮下に入れて魔獣掃討? 属国ならまだしも戦争中の相手だ、政治的にどうあれ停戦協定も結んでいないのに筋が違う。この力はアルバリーク国民を守るためにあるんだよ。人生懸けた力をそう易々と大盤振る舞いされちゃ困る」
「そんなの俺たちだって一緒だ!」
気炎を上げたのは真騎士の次席だった。
「アルバリークを守るのが本分なのは分かってるんだ。でも輸送隊の民間人は非戦闘員で、黙って見過ごすなんて軍人として恥ずかしくないのか!?」
「黙れよ、雑魚が」
フェルデの周りが琥珀色の光で揺らめいた。
「誰でもなれる騎士ごときと一緒にするな」
敵意みなぎる鋭利な光に次席が黙りこむ。
まとう光はそのままに、フェルデは再びアークに向き直った。
「人助けの大義名分、大いに結構。でもあんたら騎士が誇り云々言うんなら、こっちにだって矜持ってもんがある」
魔術士として、絶対に譲れない一線なのだ、と。
一触即発。
組決めの時の比ではない。
無言の間が何時間にも感じられる。どちらも退かない、であれば決着をつけねばならない。決着といっても力量差は歴然、結局はフェルデがアークに処断されて終わりだ。
仲間内で血が流れるか。
そんな覚悟にも似た緊張が走ったが、思いがけずアークが矛先を収めた。
ふ、と青白い極光が宙に解ける。
「そこまで言い切るならこの場の処分は保留してやる。掃討戦の編成からは外す」
「それはどうも」
「但し本国に戻ってから軍法会議にかける。その決定には従ってもらおう」
「……お好きにどうぞ」
それまで淀みなかったフェルデの言葉。
最後だけほんの僅かに逡巡が見えたのは、そしてその目が一瞬グレイスを捉えたのは、真澄の気のせいだろうか。
「出るぞ!」
アークの命令が飛ぶ。
やり取りは切り上げられ、止まっていた時が慌ただしく動き出す。
「さすが大魔術士。気位の高さも一流か」
頑なな姿勢に心当たりがあるのか、ヒンティ騎士長が呟いた。
騎士と魔術士。
折り合いが悪いのは補給線である楽士を巡って、だけではないらしい。
フェルデの言葉。
騎士が心一つで誰でもなれると揶揄するのなら、魔術士は違うのだろうか。楽士のように血で選別されるのか。それとも別の何かがあるのか。
あまりにも頑なだった主義主張。
そこにひとかたならぬ想いを真澄は見た。けれど、それを問う時間は今はなかった。




