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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第三章 生き方の決め方

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76.交錯する思惑、幾つもの


 珍道中である。


 真澄が移動初日でうすらと感じたそれは、最終日――つまりレイテアに到着した時には確信に変わっていた。

 順を追う。

 そもそも出立からして慌ただしかった。なんせ遭難から帝都に戻ったのが夜の八時過ぎだ。壮行会は免除されていたが出立まで半日の猶予もなかった。睡眠もとらねばならない僅かなその時間でアークは衛生科に放り込まれ、真澄はヴァイオリン一式の準備やら入浴やらに追われた。

 そして翌日。

 首席二人は青い顔のまま馬車に乗り込んだのである。言葉もなく。

 道中は組の騎士と楽士が同じ馬車で移動しつつ最後の調整をするのが恒例らしいが、スタートからしてそんな感じだったので正直それどころではなかった。

 特にアークが酷かった。

 見かけ上の傷は治癒のおかげで綺麗に治っていたものの、流した血が多すぎた。そのせいで重度の貧血を起こしてしまい、三度の食事以外はひたすら寝て過ごすという有り様だ。真澄も真澄で体力消耗甚だしく、結局二人仲良く寝込んだ次第である。

 冷静に考えて、遭難直後に半月にも及ぶ長旅に出たのがすごい。

 そして景色など楽しむ余裕もないままに道中のおよそ半分を費やした。最初の頃こそあちこちから心配されもしたが、途中からは荷物と同列扱いに成り下がり、なんとも静かなものだった。

 ちなみに真澄とアークがじゃがいも宜しくほったらかしで寝ることを許されたのはセルジュの働きによるところが大きい。

 大暴れだったらしいのだ。

 出立初日から前評判に違わずレイテアからの刺客が次々とあの手この手で襲いかかってきたものを、その全てを迎え撃って捕縛したというのだから剛毅だ。相変わらず。しかもセルジュ自ら囮になったという。

 現場を見ていなかった側としては疑問符が浮かぶ。

 よくよく聞けば、よぼよぼの文官を装って隊列の周りをふらふら出歩き、これ幸いと近づいてくるスパイをその豪腕で沈め続けたのだとか。

 やり方が汚い。

 そう叫んだスパイもいたらしいがそんな抗議などどこ吹く風、護衛の中でも最強クラスの御仁は「お前が言うな」と掌底一発で黙らせた。いちいち正論なのだが相変わらず容赦がない。そうやって千切っては投げ千切っては投げしているうちに噂が回ったのか、やがて耄碌もうろく文官に引っ掛かるスパイはいなくなった。

 そうして旅の安全は見事に確保されたのである。


 一悶着あったのはその後だ。


 真澄とアークが日中もまともに活動できるようになった頃。懸念事項の一つだった腱鞘炎を解決しようとしたのだが、これがちょっとした騒ぎを引き起こした。

 最初はアークが真澄の腕を見ながら難しい顔をしていた。

 当然、真澄は訊くわけである。なにごとかと。返ってきたのは「共倒れだ」という最高に意味不明な悩みだった。

「なにそれ?」

 突然の遭難からも生還を果たした人間がここにきて何を言い出すのか。真澄が浮かべた疑問には、少し間が空きつつも回答がきた。

 曰く、楽士はやはり生命線だと。

 安定の噛み合わなさである。真澄が理解する一切の努力を放棄して――どうせ時間はたっぷりある――泰然と待っていると、アークの胸のうちが明かされた。

「その腕、治癒をかけてやろうと思ったんだが冷静に考えて俺の魔力がないからできねえな、と」

 さてどうしたもんかと腕を組むアーク。

 治癒は苦手の筆頭、効率の悪さゆえに大量の魔力を消費する。だがしかし肝心の魔力回復には真澄の演奏が不可欠であって、今はその真澄が弾けないから困っているのである。

「ねえ、その前に一つ質問」

「なんだ」

「治癒って根本的な治療じゃないって前にカスミちゃんから聞いたんだけど」

 止血や鎮痛はできても、元通りの五体満足になるわけではない。いうほど万能ではなくて、だからアークもこれほど寝込んでいたはずだ。

 アークは当たり前のように「そりゃそうだ」と息を吐く。

「無理したらすぐにまた痛みだすぞ」

 これはあくまでも武楽会中の暫定措置であって、緊急避難なのである。アークはそう言い切った。

 少なくとも腕を痛めた原因が外的要因だとはっきりしている以上、時間を定めて真澄が正しく弾く分にはそこまで悪化しないだろう。必要最低限だけを乗り切るための方策で、武楽会が終わったら完治までは弾かせるつもりはないらしい。

 なるほどそうか。

 理解するが、目の前の問題はそのまま残っている。

「この腕じゃ確かに満タンは辛いかなあ……」

「だろ?」

「かといって、このままってのもねえ」

 武楽会を戦い抜くにはあまりにも支障がありすぎる。

「つまり誰かに頼んでお前に治癒をかけてもらうか、俺を回復してもらうかの二択なんだが」

 どっちがより騒ぎにならずにすむか。

 穏便な道を模索して二人で出した結論は、とりあえず困った時の近衛騎士長召喚だった。



 そして休憩時を見計らってカスミレアズを呼び出し、事の顛末を説明すること十分。

 話の終わりに近衛騎士長の顔は如実に曇った。

「一曲弾けるかどうか、それくらい酷い痛み……ですか」

 ならば叙任式の時とほぼ条件は同じである、と続く。

「おそらく一度では到底無理でしょう」

「てことは、妹ガウディも呼ぶ必要があるんだな」

 あまり知られたくないがこの際仕方ない。そういうわけで、次はグレイスが真澄たちの馬車に来ることとなった。

 そして急に呼び出された当の本人は、雁首揃えた三人を前に初手から眉を困らせた。

「ええと、つまりエイセル騎士長が真澄さまに治癒をかけて、私がエイセル騎士長の回復をすればいい、ということですか?」

 飲み込みの早いグレイスに、三人はうむ、と頷いた。

 銀の乙女は不安げな様子を見せつつも異議を差し挟むことなく、大人しくその場に座り込んだ。

「まずはやってみるか」

 アークの指示でカスミレアズの手に青い光が満ちる。目が眩むほどではないが豊かな輝きは、すぐに真澄の左腕に吸い込まれていった。

 拳を作り、開く。

 その簡単な所作では痛みは感じない。いけるか。そんな期待を抱きつつ試しにパガニーニを弾いてみると、しかしすぐに衝撃が走った。

「……駄目か」

 真澄の歪んだ顔を見てアークが呟く。

 そして最初の回復がかけられたのだが、二回目も変わらなかった。捗々しくない結果にアークとカスミレアズがため息をつく。相応の時間を演奏に割いたグレイスも、無言のまま行方を見守っていた。

「焼け石に水だな」

「ただの擦り傷ではありませんから」

 二人とも実に沈痛な面持ちである。

 やはり相当苦手らしい。三百頭のウォルヴズを相手取った時の覇気はどこへやら、このまま続けるのが申し訳なくなる勢いでアークもカスミレアズも暗い。

「何回ほど繰り返すのでしょう」

 神妙にグレイスが問えば、

「そうだな……十まではいかないだろうと思うが」

 真面目にカスミレアズが答える。まったく明るくない展望を。そして二人で眉間を寄せる。

 どこまでも真面目だ。

「それだけ長い時間を断りなしに不在にしてしまうと、今度は私共が心配されるのでは……」

 至極真っ当な意見をグレイスが言った時、馬車の扉がノックされた。

 誰だ。

 四人の視線が集まった先、ひょこりと顔を出したのはアルマだった。

「あら、ここにいたのね」

 たれ目が優しく緩む。そして彼女は外の誰かに向かって、「見つけたわ」と声を張り上げた。

「出発の時間なのにエイセル騎士長たちがお見えにならなかったから」

「もうそんな時間でしたか。お騒がせして申し訳ありません」

「いいのよ。時間を忘れるほど話し込んでたのね。邪魔してごめんなさい」

 詫びつつ退出しようとしたアルマだったが、しかし彼女は小首を傾げた。

「……何かお悩み?」

 どうも沈んだ馬車内の空気を察したらしい。できることがあるなら手伝うが、と申し出が続く。

 不意に差し伸べられた手。取るか取るまいか一瞬の思案の後、このままでは埒が開かないと判断したかアークが「実は」と切り出した。

 かくかくしかじか。

 真澄の状態がつまびらかになるにつれ、アルマの目が驚きに丸くなった。

「そうだったの。それならアークレスターヴ様のおっしゃるとおり、無理はできないわね」

 アルマは頬に手を当てながら天井を仰ぐ。

 そのままの体勢で考え込んだ後、彼女はぱん、と柏手を打った。

「こうしましょう。マスミ様の治癒はヒンティ騎士長とリシャールに任せて、本戦までアークレスターヴ様は私たち四人で回復します。マスミ様には本戦のみに集中してもらうのが宜しいと思いますわ」

「有難い話ですが、しかしそれでは四人の負担が」

 感謝を示しつつ難色を示すアークを、しかしアルマが人差し指を立てて遮った。

「いけません。しなくてもいい無理を重ねると、取り返しのつかないことになりますよ」

 有無を言わせぬ首席楽士の迫力だった。


 結局アルマの声掛けでフェルデ以外の人間が集まり、真澄の腱鞘炎は神聖騎士部門の面子に知れ渡ることとなった。


 そして真澄はシェリルから「なぜそういう大事なことを黙っているのか」と散々説教されながら、ヒンティ騎士長とリシャールから治癒を受けて、めでたく急性の痛みは感じないまでになった。

 一方のアークは四人がかりで回復を受ける傍ら、アルマからは「さすが歴代最高の熾火だわねー」と素直な感想を漏らされつつ、「全っ然増えませんね……」と魔珠を見上げるイヴの顔を引き攣らせていた。


*     *     *     *


 半月以上にも及ぶ旅路を終えた頃にはすっかり季節が秋に変わっていて、肌寒さを感じる時分だった。


 レイテア国境の城郭都市ソルカンヌ。

 平地にありながら、かなりの堅牢さを誇る都市だ。


 素人目にもそれが分かるのは深い水堀と高い城壁が二重になっていたためで、それも二つ目の壁内に入るには跳ね橋を通らねば城門に辿り着けなかったからである。

 郭内はただの街かと思いきやそこかしこに井戸や耕地がある。およそ都市というよりは農村のように自給自足を想定したような景色に、真澄は目を瞠るばかりだった。

「アルバリークとは雰囲気が全然違うのね」

 馬車に設えられた窓から外を窺いながら感嘆をもらす。

 すると、アークが「これがレイテアの選んだ道だ」と答えた。

「アルバリークは騎士団という機動部隊を持っているが、即応できる能力と引き換えに莫大な維持費がかかる。レイテアの国力を考えると機動より守備に特化する方が効率がいい。城郭ってのは積極的攻勢じゃなくて、自分たちの身を守る為にあるもんだ」

「でも戦争中なんでしょ? 攻めないっておかしくない?」

「……その戦争ってのも元は」

 言いかけて不意に言葉が途切れる。景色から目を転じた真澄は、窓枠に頬杖をつきながら物思いに耽るアークに気付いた。

 レイテアが攻める前提ではない、ということは。

「アルバリークが始めたってこと?」

 真澄の問いにアークが視線を寄越してくる。

 そして、

「いや。アルバリーク側国境付近の資源地帯にレイテアが手をつけた。アルバリークはそれに抗議応戦しているだけであって、機動部隊があっても積極的攻勢に出るつもりはない」

「攻める力がないのに手を出すってよくわかんないけど……アルバリークにしてみたら自分ちのもの横取りされたようなもんでしょ? なのに甘くない?」

「……色々と事情があるんだ」

 そして「本来であれば」と続く。

「この城郭は対人用じゃない。そもそも人間同士で争っているような余裕なんぞないんだがな」

 女神デーアがもういないこの世界では。

 含みのある呟きに、真澄の脳裏には読みかけの本――アルバリーク建国記が浮かんだ。

 この世界は想像以上に神話が近い。

 魔力があるのもさることながら、先の遭難時に戦ったレヴィアタが実在したのもそうだ。ただのおとぎ話ではなくて、現在に繋がる過去がすぐそこにある。

 もう少し読み進めてみればアークの言う色々な事情とやらも読み取れるのかもしれない。

 真澄は再び景色に意識を向けて、道を歩く人、並ぶ家並み、そこに見える違いを記憶しようとつぶさに眺めた。



 武楽会期間中の拠点としてアルバリーク一行が通されたのは入場した正門から反対側にある古い城塞の一角だった。

 かつては本物の砦としてソルカンヌの領主が居を構えていたらしいが、今は別の場所に移っているという。レイテア側の出場者はそちらに入る手筈になっているそうだ。

 古いとはいっても、内部は改装されていてなんら不自由はない。

 本来は石造りだったであろう廊下には絨毯が敷き詰められ、それぞれに割り当てられた部屋も充分な広さと立派な調度品が揃っている。古城の優雅なホテルといった風情で、部屋からはソルカンヌの街が一望できた。

 が、それらを堪能する間もなく荷物を置くなり召集がかかる。

 入り組んだ通路を上がり下がりしながら進み、若干帰り道が怪しくなり始めた頃合いで辿り着いたのは大きな部屋だった。窓がないところをみるに地下らしい。だがふんだんに浮かべられている光球が部屋の隅々まで照らしていて、息苦しさはまったく感じなかった。

 全員が集まると、レイテアの文官から挨拶と紙が数枚配られた。

 文官は紙を追いながら武楽会日程の確認や宿舎内部の案内、それにソルカンヌの街についてを愛想よく説明する。今夜は旅の疲れをゆっくり癒して、明日は武楽会前夜の晩餐会が開かれるらしい。今年も盛会になるよう願うと結び、文官はおよそ三十分ほどで退出した。

 一方で真澄たちはその場に残る。

 アルバリーク人だけになった中、今度はアークが前に立つ。手元の日程表に沿いながら終始念押しされたのは、大会期間中とアルバリークへの帰任までは単独行動を慎み、いかなる場合も必ず護衛騎士を帯同するようにということだった。

 異を唱える者は誰もいない。

 まずもって往路でその必要性は十二分に証明されているからだ。

「レイテアの出場者一覧がきている。各部門、団体戦の出場順を決めて俺に提出したら解散していい」

 アークからの指示が出て、話がしやすいように各部門ごとに固まる。

 部屋の中が途端に賑やかになった。



「ねえ、このレイテアってレイテアのレイテア?」

 出場者一覧に目を落としながら誰ともなく真澄は呟いた。するとすぐ傍にいたグレイスが傍に寄って来て、同じように紙面をのぞきこむ。

 それを受けて真澄はとある一点を指差した。

「真騎士部門にいるこの人。アナスタシア=レイテアって書いてあるけど」

 普通に考えて、国と同じ苗字というのはその統治者の血族であるのが妥当なのだがどうだろう。そんな疑問を抱えつつグレイスを見上げると、戸惑いに眉根を寄せていた。

 そんな様子に神聖騎士部門の面々の視線が集まる。不穏な雰囲気が伝わったのか潮が引くように部屋が静まり返り、それまでの喧騒が消え失せた。

 張りつめる緊張に声を出すのが憚られる。

 そんな中、くっく、と小さな笑い声が響いた。

「とんだ鼠が紛れ込んでるなあ」

「どういう意味だ」

 ヒンティ騎士長が間髪入れず返す。

 部屋の中にはいるものの一人壁際に座ってだんまりを決め込んでいたフェルデは、「これだから騎士ってのは」と嫌味を前置きにして口を開いた。

「そいつ、レイテアで五指に入る魔術士だよ」

 本来ならば神聖騎士部門に出場して然るべき実力である。

 そう評したフェルデは、誰とも目を合わせないまま自身の考えを述べた。

「降嫁前の王女がなにを企んでいるんだか。団体戦はともかく、個人戦は死人が出るかもね?」

 それまで天井の光球に向けられていた視線がカスミレアズを捉えた。


 武楽会における国としての勝敗は団体戦で決まる。

 正騎士部門から始まるそれは一組ごとに曲が提示され、楽士はその曲を弾いて組の騎士を回復する。次に騎士同士が試合をして組の勝敗が決する。これを五組繰り返して、勝ちの多い方が部門を制する。二部門以上で勝てば、武楽会の優勝という名誉がもたらされるのだ。

 一方、話題に上がっている個人戦。

 こちらは団体戦の後にエキシビションの形で行われる。武会と楽会に分かれるが、騎士、楽士ともに各部門の上位三名ずつによる選抜トーナメントだ。

 当然ながら楽士に危険はない。

 しかし騎士は違う。

 団体戦は指定曲による回復制限がつけられているが、個人戦はその限りではない。部門の区別は撤廃され、無差別級の名の下に純粋に個人の力量が試される場となっている。


 不慮の事故は過去にもあった。


 だが国を挙げての祭典、まして選抜試合を前に誰も棄権などしない。

「なあグレイス。考え直すなら今の内だぞ」

 死人と一緒の馬車で帰りたければ話は別だが。

 口の端を上げて不吉な未来を語るフェルデに、即座に言い返せる者はいなかった。


 誰も知らないからだ。

 そのアナスタシア=レイテアという王女のことを。


 空気を凍りつかせたフェルデはおもむろに立ち上がり、「順番に文句はつけない」とだけ言い残して靴音高く部屋から出ていった。


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