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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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74.越えるべき夜、決意抱く払暁


 その日、久方ぶりに早く自室に戻っていたカスミレアズはしかし全くといっていいほど寛げていなかった。

 制服は着っぱなし、湯浴みもまだだ。

 夕食も取らず今か今かと待ち続けているが、その知らせは一向に舞い込んでこない。何度見ても時は遅々として進まず、それでももう九時を回った。

 刻限だ。

 内心で線を引いていた時間の到来に痺れを切らし、カスミレアズは自室を後にした。

 さしたる距離もなく目的の部屋に辿り着く。ノックをするが返事はなく、理由を知っているカスミレアズはそのまま扉を開けた。

 部屋の中を一瞥し、一時間前となんの変化もないことを確認する。

「……やはりお戻りにはなっていないか」

 予想はしていたが、今度こそという期待は今回も裏切られた。

 部屋に控えている女官が今にも泣きだしそうな顔でうつむく。彼女が整えた食卓にはところ狭しと豪勢な料理が並べられているが、とうの昔に冷めきってしまって湯気も立っていない。


 日が沈む前には帰るはずだった上官たちが、この時間になっても戻らない。


 あらゆる可能性を考慮して今まで静観の構えを崩さなかったカスミレアズだが、ここにきてさすがに緊急事態だと判断せざるを得ない状況だ。

 たとえばもう少し遠出をする、あるいはヴィスカス湖で一晩を過ごす。気分転換にあり得ない話ではない。だがそうするのならば、必ずアークから伝令の鷲が飛んでくる。

 常日頃から大雑把だが、自身の立場は嫌というほど理解してもいる上官だ。

 アーク自身と加えてその専属楽士がまとめて消息を絶つなど、どれだけの騒ぎになるか。ましてレイテアへの出立を間近に控えたこの時期に、後始末の面倒くささを考えれば絶対にそんなことはしないと言い切れる。


 となると、連絡を取りたくても取れない状況にある、と考えるのが自然なのである。


 その可能性に行き当たると必然、顔が渋くなる。

 ヴィスカス湖には高位魔獣のレヴィアタが棲んでいる。それ以外はウォルヴズ程度の下級ばかりで、アークの相手にはならない小物ばかりだ。あの上官が陸で後れを取るとは考えづらく、となるとやはりレヴィアタと一戦交えたのではないだろうか。すぐにはうなづき難いが、かといって「そんな馬鹿な」と一蹴するだけの材料がない。

 最悪なのは既に二人とも生きてはいないパターンだ。いかにアークが規格外とはいえ、神話の魔獣相手に絶対に死なないという保証はない。

 が、これは考えるだけ無駄なので考慮の外に置く。

 どうあれ捜索しないという選択肢はあり得ないのだ。最悪の事態は、それが確定してから後の心配をしたら良い。

 次いで考えられるのは、生きてはいるが怪我をしている、あるいは魔力が枯渇している状態である。

 これが最もありそうだとカスミレアズは睨んでいる。不意の交戦だったとして、返す返すもあの上官がただでやられるとは思えない。守るべき専属楽士が傍にいるのなら、なおさらだ。

 戦ったは良いが、どちらかの理由で立ち往生。

 それにしても陸にいれば馬がいるから帰ってこれるはずで、余程の深手を負ったとしても定期便の人間が見つけて帝都に運ぶだろう。

 あくまでも、陸にいれば。

 だが定期便の最終はとうの昔に帝都に戻ってきている。怪我人を拾ったという報は入っていない。つまり陸での立ち往生説はなさそうで、とすれば相手の土俵――水中、つまりヴィスカス湖内――での戦いを余儀なくされて、挙句にどこかに流されたか。

 可能性を一つずつ考えて、カスミレアズはぐ、と奥歯を噛みしめた。


 捜索範囲が絶望的に広い。


 帝都の比ではない。

 まして起伏に富む山間、平面の街に探知をかけるのとは勝手が違う。やみくもにやったところで、あっという間に魔力が枯渇して手詰まりだ。おまけにヴィスカス湖は帝都の水がめ、東西に大きな支流を持っている。せめてどちら側にいるのかだけでも分かれば良いものの、それはもはや望むべくもない。

 いずれにせよ第三者の意見が欲しい。

 カスミレアズの脳裏に浮かんだのは、指南役筆頭であり指導騎士エルダーでもあったセルジュだった。

 主の戻らない部屋の中、二人でただ沈黙していても始まらない。カスミレアズは一つ息を吐き、女官の名を呼んだ。

「このまま部屋で寝ずに待っていてほしい。もしかしたら、夜半にお戻りになるかもしれない」

 おそらくないだろうと思いながらもカスミレアズは口にする。

 仕事を与えておかなければ、彼女は「自分が不用意に勧めた」という罪悪感に押し潰される。目を潤ませる女官は、それでも涙は零さず気丈に頷いた。

「お二人が戻られた時にいつでも休めるよう、万事整えていてくれ」

「かしこまりました。必ず務めます」

「私は自室に戻って対策を考える。休むつもりはない、何かあればいつでも来るように」

「はい」

「頼んだぞ」

 総司令官が不在の今、第四騎士団の全権はカスミレアズが掌握せねばならない。隙を見せてはならず、動揺を抑え、粛々と騎士団を維持する、それが仕事だ。

 初めてではない。

 これまでも上官のアークが不在にすることはままあったし、その度にカスミレアズが第四騎士団を預かってきた。だがそれはあくまでも「アークが必ず戻る」前提だった。

 胃の腑が落ち込む。

 こうなる可能性は十二分に理解していたし、軍人の序列も身体に叩きこまれている。が、それでも突然すぎて実感が湧かないのだ。


 薄ら呆けやがって。


 部屋の扉に手を掛けながら自身を詰る。

 序列二位が笑わせる。これが最前線であったとしたなら、こんな逡巡さえ許されないというのに。自分を殴り飛ばしたくなる衝動を必死に堪えながら、カスミレアズは上官の応接室を後にした。

 が、抱いた負の感情はすぐに棚上げになった。

 扉を開けた先に、まさにノックをしようと手を掲げる人物がいたからだ。急な鉢合わせに思わず両者とも若干のけぞる。

「……サルメラ次席? と、ヒンティ騎士長ではありませんか」

 目の前とその奥に佇む人物を認めて、カスミレアズは目を瞬いた。

 こんな時間に二人揃ってなにごとか。正直な疑問が顔に浮かんでいたらしく、ヒンティ騎士長が「夜分に申し訳ない」と声を落とした。

「シェリルはマスミ殿に、私はエイセル騎士長に話があって訪ねたんだが、どちらも空振りだったので」

 いるとしたら残るは総司令官の部屋だろうと思って、こちらに。

 ヒンティ騎士長の判断は妥当だが、しかし今は通せる状態ではない。なんせ部屋の主も尋ね人も不在だ。口を開く前に、素早くカスミレアズは計算を巡らせた。

 口を噤むか、助力を仰ぐか。

 逡巡はしかしすぐに決着した。後ろ手に扉を閉めながら、二人に改めて身体を向ける。

「お二人にお話したいことがあります。少し宜しいですか」

 ことは第四騎士団だけで済まない話だ。

 廊下の立ち話で済ませるわけにもいかず、カスミレアズは二人を自室の応接に案内した。



 カスミレアズの説明が終わった後、部屋には静寂が訪れた。

 ヒンティ騎士長は眉間を寄せて腕組みをし、サルメラ次席は両手で口元を覆っている。細くたおやかな楽士の指は、小刻みに震えていた。

「嘘でしょう……? 遭難なんて、そんな」

 心許ない呟きがサルメラ次席からこぼれる。

「状況は分かった。一刻を争う、が……朝までは動けないか」

 苦渋の顔でヒンティ騎士長が言う。

 重苦しい言葉は、他でもないカスミレアズも分かっていることだ。

「日が出たらすぐに動けるように手配すべきだが、どこまで触れ回ったものだろうな」

 ヒンティ騎士長が天井を仰いだ。

「そんなの――総司令官だけならまだしも碧空の楽士様がいらっしゃるのよ、今すぐに人を出してくれたっていいじゃない!」

「落ち着くんだ、シェリル」

 とりすがる腕を優しく抑えながら、ヒンティ騎士長が諭す。

「どこでレイテアに漏れるか分からない。マスミ殿をはじめとする楽士が狙われていることは知っているだろう。大勢が動くことで逆に危ないかもしれない。エイセル騎士長が私たちに知らせてくれたのさえ、実のところ迷っただろうと思う」

 噛んで含めるような説明は、至極穏やかな声音だ。

「ただし悠長にもしていられないのは確かだ。刻限がある」

「レイテア出立まで?」

「いや。できれば一両日中が望ましい。仮に飲まず食わずだと一日でかなり衰弱してしまうから」

 極力目立たず、しかし迅速に動かねばならない。

 ヒンティ騎士長の厳しい言葉に、サルメラ次席が黙り込んだ。思い詰めたようにテーブルを見つめる。強い琥珀のその瞳は、たかぶる感情を必死に鎮めようとしているようだった。

 その激しさにカスミレアズは僅か瞠目する。

 これほど親身になってくれるものか、と。彼女がまさかヒンティ騎士長に食って掛かるとは素直に驚きだ。

 口を噤んだ次席を騎士長が横からそっと見つめている。考え事に没頭している彼女はまったく気付いていない。暫時の後わずか苦笑して、騎士長が姿勢を正した。

「さて、どうする?」

 問われたのは指揮官としての決心だ。

 カスミレアズは、ヒンティ騎士長の目をまっすぐに見た。

「少なくとも壮行会までに戻らない恐れがある以上、選抜者には伝えます」

「妥当だな」 

「その上で今夜から協力を仰ぎたい。そうすれば、明朝から無駄なく第四騎士団を動かせます」

「捜しものは、そうだな。第一騎士団が得意だ」

 宮廷騎士団は待ちには強いんだが、とヒンティ騎士長が肩を竦める。

「リシャールを呼ぼう」

 伝令を飛ばそうとしたヒンティ騎士長の動きが遮られた。

 すみれ色の光がゆるく宙に解けていく。その手首を掴んでいるのはサルメラ次席だ。彼女は首を二度三度横に振って、「自分が行く」と言った。

「私にできることは私がやります。無駄遣いはしないでください」

 どうせ楽士たちも召集をかけねばならない。

 ならばついでだと言い置いて、次席は思い詰めた顔のまま部屋を出ていった。


*     *     *     *

 

 それから三十分と経たず、カスミレアズの応接にはセルジュと選抜者が集まった。

 最後に入室してきたサルメラ次席の額には汗が滲んでいる。アーステラ首席は同じ幹部宿舎棟にいたから良いにしても、リシャールやセルジュは一般の宿舎棟で離れているし、グレイスとイヴがいる楽士の居住区となればもう一つ遠い。これだけの早さで全員が顔を揃えたことを考えると、往復ともに駆けてくれたのだろう。頭の下がる思いで、カスミレアズは胸中感謝した。

「大変なことになったわね」

 全員が揃ったのを見て、最初に到着していたアーステラ首席が頬に手を当てる。

「回復のことは気にしないでちょうだい。いくらでも支援しますから」

 優しくふくよかな腕の中に抱かれているのはヴィラードケースだ。

 同じくそれぞれのケースを大切そうに携えている楽士たち三人――サルメラ次席、グレイス、そしてイヴ――は、首席の声に同意するように次々と頷いてみせる。

「寝ずの出立となっても構いません。たかが二日やそこらでしょう、道中休めますもの」

 イヴが優しくまなじりを緩める。が、その外見に似合わず剛毅な発言に、リシャールが笑った。

「さすがヴェストーファの一級補給線。さっそく頑張ってもらおうかな」

「武楽会の前哨戦ですね」

 ぱちりと片目を瞑ったイヴが、ソファの前に置かれている卓にヴィラードを広げ始める。どうやらこの二人は随分と息が合うようになったらしく、それを横目で眺めつつリシャールが別卓にかける騎士陣に向き直った。

「捜索隊は分散させたくありませんよね。今夜のうちに、東西どちらかの見当をつけましょう」

「できるか」

「はい。効率は落ちますが、そこは数で補えば」

 リシャールが手のひらを上にして両手を卓上に置く。

 深い針葉樹の光が渦巻き、やがて拳ほどの小鳥たちが何十羽と生まれた。次から次へとさながら水が湧き出るように、あるものはセルジュの肩に止まり、あるものはヒンティ騎士長の頭で羽を休め、またあるものはイヴの指をつつく。

 なんとも自由で豊かだ。

 魔力の鳥で鳴き声こそ聞こえないが、部屋の景色が途端に騒々しくなった。

 最後の一羽がぽん、と生まれる。だが半端な魔力しか残っていなかったのかよちよち歩きのひよこで、眉を上げたリシャールはそのひよこをつまみあげて自身の手のひらに乗せた。

「第一騎士団では、相手の魔力を辿れない――つまり枯渇していると想定される時は、返事のないことを返事とみなします」

 手の中で丸くなるひよこの頭を撫でながらリシャールが言う。

 その後ろで、イヴが静かにヴィラードを奏で始めた。

「ほう。どうやって?」

 ヒンティ騎士長が興味津々で尋ねる。

「目標につながる目印――名前、性別、年齢、あとはたとえば身近で使っているものとか――を組みこんだ上で、捜索の範囲と時間を決めて鳥を放ちます。戻ってきた鳥が全数だったらその範囲に目標はいません。これを繰り返していってどこかで戻ってこない一羽がいれば、それは目標に到達したことを意味します」

「なるほど。返事がない、つまり鳥が戻らないということか」

「ええ、そうです。単位あたりの範囲を狭めてかつ時間をかければ確実性は上がりますが、そこは状況次第ですね」

 あまり丁寧にやっても仕方がない。

 ある程度の見切りをつけるのが目的であるから、精度はそれなりでも東西どちらかの範囲は総ざらいした方が良い、というのがリシャールの意見だった。

 カスミレアズは卓上に地図を広げた。

 帝都周りを中心に拡大されたもので、北の広範囲に三連峰とヴィスカス湖、その周辺に広がる深い森が示されている。手に持った羽ペンでヴィスカス湖の上に線を引く。そのまま裾野までペンを走らせると、地図が東西に二等分された。


 左手側、西の支流は蛇行を繰り返しながら西北へ下る。

 一方の右手側、東の支流は大きく東を回った後、ほぼ直線で帝都へ向かっている。


 森の深さは西が倍以上だ。おまけに全て神域指定されていて、人の手の入らない太古の姿そのままにある。

 東は帝都に注ぐ支流である関係上、途中まではかなり道が整備されている。公道が終わって裾野に入った区域にも、水源を見守る森の民が暮らしている。

 男四人の目が地図に集まった。

「……西、だろうな」

 顎に手を当てつつ、カスミレアズは呟く。

「同意だ」

 ヒンティ騎士長が腕組をしたまま頷いた。

 全域を一度に探せない以上、困難な方から手をつけるべきなのだ。「そこにいる」と分かってもたどり着くのに時間を要する箇所から可能性を否定していかねばならない。

 東は捨てる。

 森の民に行き合う可能性があるし、展開が多少遅れても整備された道がそれを挽回するだろう。

 カスミレアズは西の森にさらに線を引き、全部で十五のマス目を書きこんだ。その中から、最も遠いマスから順に番号をふっていく。

「リシャール。この地図の縮尺で一辺がこの四方だとすると、一マスどれくらいかかる?」

「そうですね……一時間あれば、八割から九割の精度は出せます」

「精度が出ない条件は?」

「水中もしくは深い地中に隠れていることです。そこまでを探すなら、単位範囲を狭めるか時間を増やすか、どちらか必要になります」

 現時点で単位範囲は十五ある。

 時刻は夜の十時で、日の出は五時を過ぎるだろう。七時間しかない。制限を増やして可能性の低い場所を探すよりは、今のままの条件で進めた方が良い。

 決心し、カスミレアズは頷いた。

「このままの条件で確定だ。一番から始めてくれ」

「捜すのは総司令官で良いですか?」

 二人同時は避けた方がいい、とリシャールから助言があった。

「あまり複雑な条件付けをすると効率が落ちます」

「分かった。アーク様で頼む」

「かしこまりました」

 リシャールが宙に指をかざす。気付いた一羽がその指にとまった。

 賢そうに小首を傾げる鳥に、リシャールが小さくなにかを語りかける。やがてその一羽が輝きを増した。その光は部屋の中にあふれかえっていた他の鳥にも次々と伝播していく。

 光が行き渡ってすぐ、リシャールの指から小鳥が素早く羽ばたいた。

 大群はその一羽に続き、数瞬のうちに部屋から緑が全て消えた。

「見事なものだ」

 セルジュが最後の鳥を目で追いながら、息を吐く。次いで「カスミレアズ」と呼びかけがあった。

 懐かしい温度だ。

 新人の頃を思い出しながら、カスミレアズは返事をした。

「はい」

「指南役と神聖騎士全員に召集をかけてくれ。場所は第四訓練場、私の指揮下で捜索の隊分けと準備を進めよう。真騎士以下は頃合いを見計らってこちらから召集をかける」

「宜しくお願い致します」

「なに、司令官はどんと構えて座ってりゃあいい」

 これだけ参謀が揃ってたら安心。

 からりと笑ったセルジュは「宜しくどうぞ」と選抜者たちに頭を下げ、さっさと部屋を出ていった。


*     *     *     *


 明け方のことだった。

 さざめくようなかすかな気配に、アークは閉じていた目を開けた。腕の中の真澄は目を覚ました様子はなく、穏やかな寝息を立てている。

 狭い洞窟の中は未だに暗いが、入口からは青い薄明の光が一筋差し込んでいる。

 そっと耳をそばだてながらアークは左の腰をまさぐった。

 シャツの下、密かに巻きつけた止血用の野草はじっとりと濡れている。気休めとは思っていたが、やはり一晩で塞がるような傷ではなかった。

 指先が冷たくなっている。

 だがその指で触れた額は熱かった。

 ついでに息をするたび胸に痛みが走る。折れてはいないだろうが、多分ひびが入っている。どちらも急流の中で岩に叩きつけられたにしてはマシとはいえ、実にありがたくない状態だ。


 戦えるか。


 ウォルヴズの群れ相手だと多勢に無勢で芳しくない。

 張り詰めながら息を殺して様子を窺う。暫時を待ってみても唸り声や殺気は感じられず、どうやらウォルヴズではないらしい。耳鳴りがするような感覚を不思議に思っていると、気配の正体が現れた。

 雪のようにふわりと舞う。

 入口から降りてきたそれはしかし、深い緑に輝く光だった。暗かった洞窟内が柔らかく照らされる。

「……鳥?」

 敵意はない。

 構えていた短剣を降ろし、左手を伸ばしてみる。すると、入口を漂っていたその光はアークの指にとまった。その羽より一段濃い碧の目がのぞきこんでくる。

 ただの伝令がここに届く道理はない。

 辿るべきアークの魔力がないのだ、来るはずがない。

 だがこの色は覚えがある。そういえば第一騎士団は偵察と捜索に長けた部隊だったなと思い出せば、心当たりに気付く。これはきっと長らく伝えられている常盤ときわのお家芸なのだろう。

 器用なものだ。

 感心しながら二度三度まばたきをすると、いつの間にか小鳥のくちばしが紙切れをくわえていた。

 手に取ると見慣れない筆跡で「あなたはアークレスターヴ=アルバアルセ=カノーヴァ、二十九歳、男性ですか」としたためられていた。

「そうだ」

 相方を起こさないよう、無声音で肯定する。

 返事を受けた小鳥と尋ね文は、光に変わりかき消えた。まるで明け方の夢のように一瞬のことだった。


 再び暗闇に沈んだ空間で、アークは思考を巡らせる。


 あの伝令にどういった仕掛けが施されているのかは分からない。だが帝都からの救援の意志を確かに感じ取り、気を奮い立たせた。

 なんとしても今日のうちに捜索部隊と合流したい。

 速度は出せなくても、少しでも下山を目指さねばまずい。このままだと遠からず自分が動けなくなる未来が見える。そうなれば終わりだ。捜索隊が先かウォルヴズが先かなど賭けたくもない。アーク自身が血の匂いを漂わせている時点で結果は目に見えている。

 日の出まで、まだ時間がある。

 血とともに失った体力を少しでも回復すべく、再びアークは目を閉じた。 


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