72.異文化の洗礼再び
その魅力的な提案は、部屋で食事をとっている時に持ち掛けられた。
「ヴィスカス湖?」
焼き立てペルタをちぎる手を止め、真澄は聞き返す。
すると、そうです、とリリーが笑った。
「帝都の北に山がありますよね。その中腹にある、とっても綺麗な湖なんです」
「でもそこって一般人立ち入り禁止じゃないの?」
話題に上っている件の山は、星祭りでテオに連れていってもらった。ホタルの一大繁殖地で、夏の宵闇に青く輝く光が幻想的だった。
森の入口は女神デーアの眷属が守っており、アルバリーク王族しか立ち入りは許されていないと聞いた。
首を捻る真澄に、リリーが「神域と俗域に分かれているので」と付け加えた。
「森には入らない別の道があって、定期馬車が通ってるんですよ。元は王族の避暑地だったんですけど、一部は恩賜されて誰でも入れるようになっています。山の中で涼しいし、水は冷たくて気持ちいいし、夏は皆が行く避暑地です」
「へえ」
「もう晩夏の月半ばですから、ほとんど人もいないと思います」
だから気分転換にどうか、というのがリリーの言なのである。
日に日に手桶の氷水を換える頻度が上がるのを心配して、いっそ今日と明日くらい休んでみたらどうか、と真剣な顔で諭されてしまったのだ。
明後日は壮行会、そして三日後には出立が迫っている。
それを考えれば確かにゆっくりできるのは今しかない。なにより惹かれたのは、冷たい水が気持ちいいということだった。
今日と明日、まったく弾かずに湖で腕を冷やせば、多少は良くなるかもしれない。そんな希望が、真澄の目を輝かせた。
「行ってみようかな。どうせ午後も散歩するつもりだったし」
「じゃあ、定期便の時間を調べてきますね!」
真澄を乗り気にさせたのが嬉しいのか、リリーがいそいそと部屋を出ていった。
その背を見送りながら、真澄は残りのペルタを口に放り込んだ。
ヴィスカス湖への定期便は、女神デーアの噴水がある中央広場から出ていた。
リリーの書いてくれた往復の時刻表と地図を握りしめつつ、真澄は一人馬車に揺られている。リリーも一緒にどうかと誘ったが、気を遣われたのか「仕事があるから」と固辞されてしまった。あまり強く誘うのも悪いので、最終的にはアークへの伝言だけを頼んで単身宮廷を後にした次第だ。
大きな幌馬車がのんびりゆっくり進んでいく。
既に季節の終わりということで、真澄以外の誰も乗っていない。優雅に場所を取りつつ、真澄は流れていく景色を楽しんだ。
帝都の中心を賑やかす露店の区画を過ぎれば、瀟洒な大店が大路に立ち並ぶ。形も色もとりどりの構えに見入っていると、やがて子供たちが走り回る住宅街へさしかかる。テオと同じくらいの年の頃だろうか、男女関係なしにきゃあきゃあと楽し気だ。
北門は今日も当番の騎士たちが目を光らせている。
肩章の色は山吹色、第三騎士団だ。
通行証を持っているこの定期便は、特に検められることもなくすんなりと門を抜けた。
夏場は行き交う馬車や人で街道も賑わうらしいが、今となってはすれ違う相手もとんと見かけない。帝都周りの主要な街道には魔獣除けの術が施されているらしく、安心して旅路を楽しめた。
目的地のヴィスカス湖には古い神話があるらしい。
真澄は午後の明るい陽射しの中、リリーが「行き帰りに退屈しないように」と持たせてくれた古い書物を気の向くままにめくっていた。
アルバリーク建国記である。
叙事詩の形式で謳われるそれは、女神デーアの時代の出来事が様々に描かれている。その中の一つにヴィスカス湖の逸話があった。
元々女神デーアは、とある罪を犯してこの地に堕とされた。
水は枯れ、大地はひび割れ、乾いた風だけが吹きすさぶ荒野。生きているのは魔獣だけの遥かな魔境に女神は一人放逐され、そこから理想郷を築くまでに千年の戦いが始まったのだ。
デーアが最初に求めたのは水だった。
そしてその舞台となったのが今のヴィスカス湖である。建国記最初の戦いとして記されたのは、豊かな水源地を我がものとしていた魔獣レヴィアタと女神デーアの一騎打ちだった。
山一つ分ほどもある巨大な大蛇と小柄な女神は、三日三晩争った。
四日目を迎える払暁に雌雄は決したと建国記は書き残している。デーアの振るった長剣がレヴィアタの喉元に突き刺さり、水源地を占拠していた魔獣はその瞬間から女神の軍門に下って、以後は水源地を守るように命じられている。アルバリークが今日に至るまで豊かな水の恩恵を受けているのは、その勝利があったからだと神話は語る。
そんなヴィスカス湖の平定を皮切りに、女神デーアは戦いの日々に身を投じていく。
彼女自身はなにも語らず、純白の六枚羽をひるがえしながら振るった剣の軌跡や、屠った魔獣の数だけが幾多の逸話の中で積み上がっていく。なぜ彼女が戦うのか、なぜ彼女が堕とされたのかは、建国記のさわりには一切触れられていなかった。
そうして女神デーアの活躍譚を十ほども読み進めた頃、馬車がゆっくりと動きを止めた。
目的地に着いたらしい。
御者の声掛けに礼を言って、真澄は馬車を降りる。空気が澄んでいて気持ちが良い。馬車を見送った後に振り返ってすぐ、目の前に広がる圧巻の光景に真澄は息を呑んだ。
遠くに三つ、雄大な連峰がそびえ立っている。
その威容はさすが帝都を守る天然の要塞だ。
手前に目を移すとこれがヴィスカス湖なのだろう、透明な水を湛えた鏡のような湖畔がどこまでも続いている。対岸は遥かにあり、隆盛を極める緑と僅かに色づき始めた葉の織り成す彩が美しい。
アルバリーク帝国始まりの地である。
そう思ってみれば感慨深いが、波一つない水面はかつての戦いなど忘却の彼方にあるようにただ静かだった。
定期便の終着駅から少し歩くと、湖畔に繋がる小道に行き当たる。下りきったところは開けていて、簡素な東屋が建てられていた。
のぞきこんでみるも、やはり人っ子一人いない。
これから先もどうせ誰も来ないだろう。そう結論付けて、真澄はぽいぽいと服を脱いだ。
濡れても構わない薄手のシャツとショートパンツ姿で、静かに波打つ水際に寄る。そっと手を差し入れると、確かに水は冷たくて気持ちが良かった。真夏に訪れていたなら、さぞ生き返る心地がしただろう。
思わず口元がゆるむ。
これならば心臓マヒを起こすほどでもなさそうだ。真澄は一度身体を伸ばし、ヴィスカス湖の中へと飛び込んだ。
ヴィスカス湖はほとんどが遠浅で、それも足元が見えるほど透明度が高い。時折、小さな魚が横切っていく。安心感に任せて湖の中心目指してしばらく泳いだところで、ふと真澄は手を止めた。
平泳ぎだった体勢を、くるりと反転する。
力を抜くと身体がふわりと浮いて、夏の終わりに薄くなった空が目の前いっぱいに広がる。少しだけくすんだ青は確かに季節の移ろいを感じさせて、否応にもアルバリークで過ごした時間の長さを突きつけてきた。
「……帰りたい?」
自分で自分に問うてみる。
「帰ってどうするの。やりたいことなんてないくせに」
夢も、人付き合いも、働き方も、色々なことを諦めたくせに、と。
もう一人の自分が真正面から答えてくる。
「でもここにいたってそれは一緒でしょ?」
声に出せば重みが違う。
日本とアルバリーク、一体なにがどこまで違うのだろう。自分自身はこれっぽっちも変わっていないのに、世界の器が違うだけで、未来にどれほどの違いがあるというのか。
なりたかったものになれなかった時、人はどうやって生きていくのだろう。
考えても結論は出なかった。
そうやって物思いにふけってどれくらい経っただろうか。
水中はゆるやかに流れがあったようで、真澄は湖の中心に向かって流されていた。それと気付いてみれば、湖岸がずいぶんと遠くなっている。身体を起こせば底についていた足も、今は届かなかった。
まずい。
我に返り、真澄は遠くに見える東屋に向かって泳ぎ始めた。
視界は確保されているし日もまだ高い。潮流の激しい海でもないから、慌てなければ大丈夫。言い聞かせるように何度も心で呟きながら、真澄はひたすら手と足を動かし続けた。
が。
「なんで……!?」
思わず泳ぎを止めて、叫んでいた。
その途端、ぐいと身体が後ろに流される。渦ができそうなほどの強い水流だ。危うく水を飲みそうになるのを必死に避けるが、溺れないようにするのに精一杯で湖岸を目指すどころではない。
泳いでも泳いでも、近付く気配のない東屋。
妙だと気付いた時には遅かった。多少泳げる程度の人間に、この流れに抗う術はない。
やがて水の色が透明な青から濃い碧に変わった。深い。ふと周囲を見渡せばいつの間にか霧がただよっていて、湖岸はおろか少し先も見通せない。
その代わり、水は一切の動きを止めていた。
もう流されていない。息を詰めて様子をうかがっていると、水面が揺れ始めた。たぷん、たぷん、と。それは徐々に大きくなり、真澄の身体を木の葉のように弄んだ。
白波が何度も顔を濡らす。息継ぎが怪しくなってきた頃、霧の向こうに一対の赤い光が妖しくきらめいた。
* * * *
アークが女官と行き会ったのは中央棟の庭園を抜けた時だった。
ちょうど最後の審議会が終わり、武楽会に関する警備計画の最終承認を取り付けたところである。これで晴れて自由の身、ようやく自分の時間が持てると息を吐いた頃合いだ。
元はアーク付きだった彼女であるが、いかんせん認証を持っていない。
だからこうして庭園の外で待っていたのだと言われれば、一体なにごとかと驚きもする。それは隣にいたカスミレアズも同じようで、やはり意外そうに眉を僅か持ち上げていた。
「マスミさまから言伝をお預かりしました。ヴィスカス湖に行かれてます」
「ヴィスカス湖だと?」
どうしてまた急に。
そんな怪訝さをアークが露わにすると、女官が「実は」と顔をくもらせた。
「ここ最近、マスミさまの腕の調子が芳しくありません。ヴィラードを弾くと痛むようで、氷水で冷やしながら練習されています。私は誰にも言うなと固く口止めされておりますが、あのままではきっと武楽会本戦はお辛いはずです」
だから気分転換も兼ねて、腕を休められるヴィスカス湖を勧めた。
顛末を明かされたアークには、色々な思いが一気に押し寄せてきた。
なにより最初に、なぜ言わなかったのかと憤りを覚える。が、それはすぐにかき消された。会話どころか顔を合わせる時間さえ作れなかったのは自分だ。ただいま一つ、おはよう一つ言えていなかった状態で、なにを今さらと自分に反吐が出る。
避けていたわけではない。
ただ、本当に忙しかった。会いたくもない次兄――宮廷騎士団長と連日顔を合わせ、朝から晩まで綿密な警備計画を日割り、時間割で組み立てていた。それはひとえに楽士たちに、真澄に、万が一が起こらないよう万難を排すための準備だった。
やみくもに全騎士団を引き連れていけば良いというものでもない。
帝都の守りは手を抜けないし、かといって王太子の長兄以下数名の王族の警備も固めなければならない。毎年恒例ではあるが、警備担当の割り振りは機密扱いで適当な部下にやらせるわけにはいかなかった。
そうやって言い訳を並べたててみても、結局取り戻せない時間に歯噛みする。
「……悩んでいたか?」
「一度も弱音は吐かれませんでした。むしろ、アーク様にも隠し通すおつもりのようです」
レイテアでどうやったらバレずに氷を調達できると思うか、真剣に訊かれた。
めちゃくちゃ正直な女官の報告に、思わずアークは頭を抱えた。
「あいつ……」
自立心旺盛なのは結構だが、どうして助けを求めるべきところであっても頑なに手を伸ばそうとしないのだろう。
前から疑問だった。
ある程度は近寄らせるくせに、最後の一線は絶対に越えさせない。身体はゼロ距離でも心が遠い。手を差し伸べてもあいまいに笑って見送る。こちらが踏み込もうとすると、するりと逃げる。
まるで心の中を絶対にのぞかせまいとするように。
あるいは、いつ誰が離れていっても良いと心の準備をするように。
真澄がなにを恐れているのか、アークには皆目見当もつかない。
正直、突っぱねられたことは特段気にしていなかった。互いに良い年の大人だ、放っておいてくれと言われればある程度の距離も置く。かといっていつまでも放置しておくのは良くないことも同時に理解していて、どこかで必ず話し合いの時間が必要であるとは痛感している。
ある意味でちょうど良い口実ができた。
ヴィスカス湖まで迎えに行けば、その帰りにでも時間が取れるだろう。どうせ女官もそのつもりでこれを伝えに来たはずだ。
「状況は分かった。今から迎えに行くから、夕食は部屋に用意しておいてくれ」
「かしこまりました!」
女官は花がほころぶように、ぱっと明るく笑った。
アークの予定は決まった。さて部下はどうするのか。横目でうかがうと、微妙に難しい顔をしているカスミレアズがいた。
「別についてこなくていいぞ。ガウディのところに行ってやれ」
最も努力が必要と言われながらも、カスミレアズと妹ガウディはあまり二人の時間を取れていない。それを知っているアークは、第四訓練場の方向を顎で示した。
きっと辛抱強く待っているはずだ。
この二人、周りがお膳立てしても中々動かないのが難点なのである。ここ二週間、カスミレアズに何度「途中で抜けていい」と言っても「穴は開けられません」と頑なに首を縦には振らなかったし、妹ガウディも文句を寄越してくるどころか「勉強になるから」と言って第四騎士団の面倒を見続けている。
助かっているのはアークで、喜んでいるのは指南役たちだ。
だがあまりに滅私奉公すぎる二人を前に、もう少しなんとかしてやらねばとも思うわけである。
が、そんなアークの心境をよそに、カスミレアズが女官に視線を投げた。
「魔獣除けの貴石は、……お持ち頂いてはいない、な」
問いながらも、答えが分かっている呟きだ。
当たり前である。
魔獣除けの貴石など、管理番号が付与されて厳重に保管されているものであって、各団でその管理責任者となっているのは他でもない近衛騎士長だ。当のカスミレアズに心当たりがなければ、当然それは持ち出されていないわけである。
女官は戸惑いながらも、俗域と神域が分かる地図は渡したと言う。
「その地図、湖水上にも区別が入っていたか」
「……そういえば書かれていなかったかもしれません」
でも、と女官は続けた。
「湖畔近くは安全ですよね? 私も泳いだことがありますし、そんなに深い場所まではさすがにいかないのでは」
「あまり奥まで踏み込まないよう伝えたか?」
「いいえ、……当たり前だと思って、なにも」
女官の顔が徐々に青くなり、カスミレアズも眉間の皺を深めた。
彼らが心配しているのは、ヴィスカス湖に棲む魔獣レヴィアタのことである。
神話の時代、山ほど大きかったと伝えられる高位の魔獣であり、ヴィスカス湖の中心部に生息している。が、近年はその姿を目撃されることはほとんどなく、一説では絶滅したのではと囁かれるほどの希少種でもある。
二人のやりとりを聞きながら、アークは腕を組んだ。
「マスミがどこまで泳げるか知らんが、まあ湖横断まではしないだろうよ」
その遠泳ができるなら、立派に騎士団で働ける。
真澄にそんな体力など備わっていないことを知っているアークは、だから湖水の神域には間違っても踏み込まないだろうと付け加えて、女官を落ち着かせた。
ところがカスミレアズだけは引き下がらなかった。
「アーク様、やはり私も参ります」
「いらん。俺一人で充分だ」
右腕の申し出をアークは一刀両断した。
いい加減真面目すぎるのである。
「上官命令だ。お前はガウディと合流して、武楽会に備えろ」
伝家の宝刀「上官命令」を抜いたアークに、カスミレアズがぐ、と黙り込む。ついでに「文句があるのか」と追い込んでやると、渋々、本当に渋々といった態で「異存ございません」と返ってきた。
行先が決まったので、アークは厩舎に向かって歩き出す。
背中から「なにかありましたら必ずご連絡ください」とカスミレアズが叫んできたので、アークは適当に手を振っておいた。
* * * *
少し前のそんなやり取りを思い出しながら、アークの目は否応にも眇められた。
眼前に広がるのは濃淡ある霧に包まれたヴィスカス湖と、その中で鎌首をもたげる魔獣レヴィアタ、そしてその長い身体に簀巻きにされている真澄。
言伝を受けてすぐに早駆けしてきたから、真澄との到着時間は一時間も開いていないはずだ。
にもかかわらずこの状況である。
探すのが面倒で、手っ取り早く湖全体に探知をかけたのが不幸中の幸いか。おそらく中心部にいたはずのレヴィアタが、敵襲と勘違いして食事そっちのけで湖岸近くに寄ってきたのだ。
だが未だに真澄を離す素振りはない。明らかに様子見の態で余裕がある。二、三発くらい火球をぶち込んでやれば真澄を放ってアークに向かってきそうだが、どうだろう。
「おいマスミ! 抜けられそうか!?」
声を張って尋ねてみる。
が、
「それができたら最初っからやっとるわー!」
と、なんとも威勢の良い返事が飛んできた。
こっちも意外と余裕がある。とりあえず捕まっただけで、怪我などはしていないらしい。急に大声を張り上げた獲物に、レヴィアタが一瞬びくりと巨体を揺らした。
さすがだ。
神話に謳われる魔獣をびびらせるなど中々の胆力である。
アークが一人感心していると、「さっさと助けにこんかー!」と気迫の要請がもう一つ飛んできたので、苦笑しつつもアークは湖に踏み込んだ。
「放り投げられるだろうから息吸っておけよ!」
右手に青い極光を膨らませつつアークは叫ぶ。
存在感を増し始めた魔力に、レヴィアタが警戒心も露わに唸った。大きく開かれた顎、居並ぶ牙の奥が金色に光る。彼らが高位魔獣と呼ばれる所以となった、「火の槍」が襲い来る前兆だ。
紫電一閃。
神速で放たれた火の槍はしかし、碧空の盾が轟音と共に挫く。二閃目が来る前にアークの火球が天を駆けた。
狙った急所――額は外された。
が、もたげていた長い首の中ほどで火球が爆ぜる。
そこまでは良かった。その後が問題だった。
仰け反ったレヴィアタの尾が反動で高く上がり、あろうことか想定外の位置から真澄が宙に放り投げられた。焦ったのはアークだ。あの高さから水面に叩きつけられたらただでは済まない。かといって、水の抵抗で走り寄ることも敵わない。
手段を選んでいる余裕はなかった。
魔力の目減りなど考えず、真澄の下に幾重にも碧空の盾を連ねてやる。
ゆっくりと青い光を抜けてくる真澄は驚きに目を見開いていた。真澄が水面に着く頃には、アークはその下で迎えることができた。
最後の盾を抜ける。
広げたアークの両腕に、真澄の身体がすとん、と収まった。
「……なにこれすごいんですけど」
「大盤振る舞いしたからな」
極端な放出反動の立ちくらみを堪えつつ、アークは真澄の身体を検める。
「怪我はないか」
「大丈夫、びっくりしただけ……なんだ、けど」
「けど?」
尻切れの言葉に首を捻る。
すると、真澄が引きつり笑いを浮かべながらアークの背後を指差した。
「絶対怒らせたと思うんだけど、どう思う?」
振り返ると、金色の光がまさにアークたちに向かって放たれるところだった。




