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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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61.臨界点


 滅多にない異色の組み合わせに、アークたちが通るたびに周囲が騒然となった。

 まずは宮廷敷地を出てから星祭り本会場に着くまでの間。先頭を青鹿毛、後ろに付き従う栗毛が二頭。馬の毛色だけで目を引くのだが、その背にまたがっているのが金糸銀糸に縁取られた派手な肩章の騎士服三人である。

 速歩で軽く駆けさせているので呼び止められることはない。

 が、高らかに響く蹄の音に、道行く民たちは指を差したり振り返ったり忙しない。

 アークはもっぱら男から、カスミレアズは相変わらず女性から黄色い声を集めている。真面目なカスミレアズは気付いた声や手振りにはご丁寧に目礼を返してやっている。対応そのものは完全に平常運航だが、その生真面目さがまた歓声を助長させるのだ。

 やかましいからいい加減にしろと小言をぶつけたくなるが、大人気ないのでやめた。どうせ叫んだところでアーク自身への野太い歓声が割り増しになるだけだ。

 少し意外だったのは、ヒンティにも女性支持者が多い、ということだった。

 やたらと「硬派」だの「つれない、でもそこがいい」だの聞こえてくる。男からの血潮たぎる魂の叫びが全てのアークとは雲泥の差だ。


 その男、二回結婚しているがいいのか。


 思わず大声で知らしめてやりたい衝動に駆られたが、大人気ないのでやめた。どうせ叫んだところでアーク自身に女性支持者が増えるわけでもない。

 別に、負け惜しみなどでは断じてない。



 そうこうするうちに本会場に三人は到着した。既に日没を迎えており、そこかしこに大きな光球が浮かび上がっている。

 入口には祭りの警備用控えとして設置された騎士団の幕がある。いちいち宮廷に戻って休憩するなど非効率だからだ。迷子などがいればここで一時預かりをしてやったりもする。

 その幕にアークたちが馬を預けに行くと、入口に立っていた騎士がすわ何事かと直立不動になる。ちなみにその肩章は青い。アークの部下だ。

 当たり前である。

 星祭りの警備はその八割方を第四騎士団が請け負っているのだ、まあ順当にいって最終日も担当になるだろう。まだ若いその準騎士は、おっかなびっくり三本の手綱を受け取りながら、アークたち三人を見比べるのに忙しい。

「そっ、総司令官! に、エイセル騎士長? と、ヒンティ騎士長!? えっ、ご視察予定、ありましたでしょうか!?」

 えええ、と泡食う部下に、アークは一つ手を振る。

「仕事じゃなくて遊びにきただけだ、気にしなくていい」

「へっ?」

「まあついでだ、様子を見ていこう。馬を頼む」

「はっはい!」

 慌てふためく若手に、アークたちの愛馬がめいめいその鼻面をすり寄せている。基本的に三頭とも気性の落ち着いた良い馬だが、あれは遊んでいる動きだ。その証拠に、尻尾が楽し気に揺れている。

 わあ、と声を上げながら三頭を引っ張っていく背中を見送った後で、アークは幕に手を掛けた。

 ばさり。

 防水の白く分厚い布をひるがえし、中へ入る。

 いくつか並べられた天幕用の簡素な長机と椅子が並べられている。そのうちの一角に座っている騎士たちが、音に反応して振り返った。

「あれ? 総司令官?」

「え? あ、ほんとだ」

「騎士長も? ってかうわ、ヒンティ騎士長までいるぞおい」

「あー……これはバレたな」

「どうすんだおい」

「いやどうするもこうするも、こうなったら俺たちにできることはねえよ……」

 がっくりとうなだれる六人の部下たち。

 警備の休憩中だったのだろう、手元にそれぞれ飲み物が置かれている。汗をかいている杯は、彼らがここに座ってそれなりに時間が経っていることを示している。

 頭を抱えた部下たちは、やがて「やむを得ない」と意を決したように立ち上がった。

 そして全員、一糸乱れぬ動きで騎士の礼を取る。アークは返礼しつつ、彼らの傍に寄った。一番年かさの――とはいってもアークより若い――騎士が、代表で口を開く。

「今のところ問題はございません。声を掛けようとしていた不埒な奴はこっそりぶっ飛ばしておきましたから、大丈夫です。今も別の組が巡回してますので、」

「……なんの話だ?」

 目的語が抜けている報告にアークは首を捻る。なにかを知っている前提で話をしている部下も、そんなアークの問いに首を捻った。

 首を傾けあって数秒。

「マスミ様を捜しにきたのではないのですか?」

「それはそうなんだが」

 お前たちはなにをそんなに絶望しているのか。

 アークが問うと、部下は「あれ?」という顔になった。

「さっきの『ぶっ飛ばす』というのはなんのことだ」

「マスミ様に手を出そうとした一般人です」

「あ?」

「ひいっ! ですから指一本触れられないよう、この手でしっかり制裁を加えてきましたので!」

 ご安心ください、と破れかぶれで部下が叫ぶ。

 曲がりなりにも騎士が一般人相手にいかがなものかと思うが、まあやってしまったものは仕方がない。それはさておき、どうも彼らはマスミたちの動向を知っていた風である。

「落ち着け。俺たちはマスミに呼ばれてここに来ただけだ」

「へ……? だってマスミ様、総司令官と騎士長にバラしたら二度と俺たちのこと回復しないって……だから今日は第四騎士団全員、出てるんですけど……」

「全員? 非番は?」

「出てます」

「神聖騎士たちもか」

「はい」

「まさか指南役も?」

「全員です」

「あいつ、……」

 なるほど、話が見えてきた。

 アークは痛んだ額を手で押さえる。自分の専属楽士は思った以上にやり手だった。

 総司令官の自分、そして近衛騎士長のカスミレアズを差し置いて、まさか第四騎士団を動かしてみせるとは。同時に、かなり強引なやり口だがよくぞここまで配慮したものだと褒めてやりたい。


 かわいそうに、無駄に脅された部下たちが一番貧乏くじを引いている。

 さぞかしビビったことだろう、「回復しない」と脅されたら。職権乱用にも程がある。


 あとで説教だ。

 心に決めつつ、そういうことなら急ぐ理由はなくなった。監視の目が張り巡らされているのなら、滅多なことはないだろう。アークは手近な椅子を引っ張りだし、どかりと腰を下ろす。

「アーク様?」

「お前たちも座れ。刻限までここで待つ」

 会場に繰り出せば否応なく人だかりができる。

 アーク一人ならまだしも、この騎士長二人を連れて歩くとなると目立つことこの上ない。自分に興味のない女に揉みくちゃにされるなど真っ平ご免だ。興味を持たれても応える気はさらさらないので、やはりそれもご免だが。

 カスミレアズとヒンティが大人しく椅子にかける。

 いきなりそろい踏みした総司令官と近衛騎士長二人に、下っ端騎士たちはそわそわしている。が、交代の組が戻ってくるまで勝手に幕を空けることはできないので、借りてきた猫のようになりながらやむなく座っている。

 中の一人が「なにか飲まれますか」と席を立つ。

 礼を言おうとアークが口を開きかけた時、一人の騎士が大慌てで幕内になだれ込んできた。



「きっ、緊急招集! セルジュ様の緊急招集がかかっ……総司令官!?」

 転がり込んできた騎士は、肩で息をしつつ、口をあんぐりと開けた。

 幕内にいる全員の視線が集中する。カスミレアズが立ち上がった。

「セルジュ様の緊急招集だと? なにがあった」

「は……はい。『魔の蛇』が本会場内に入り込んでいる模様。セルジュ様が一部捕えておりますが、まだ相当数は捕縛に至っていない状況です。早急にマスミ殿とテオドアーシュ殿下を保護するように、とのご下命がありまして」

 休憩組も動員するため、こうして戻ってきた。額に汗を浮かべる騎士は早口でまくしたてる。

「会場内では随所で交戦が始まっています。伝令も走ってはいますが、どの組が近くに控えているかが不明です」

 蛇の構成員を相手取る騎士がいる一方で、逃げ惑う一般人を誘導、保護する騎士もいる。

 混乱を極める市街地で圧倒的に人出が足りない。

 そんな状況を耳に入れて、まず動いたのがヒンティだった。

「後方支援が必要ですね。第一、第二騎士団を投入します」

 右手にすみれ色の光があふれる。小さな猛禽の形をとった伝令は、空気を切り裂くようにすぐさま飛び去った。

「三十分ほどで第一陣が到着するでしょう。第四騎士団は交戦と探索のみに集中ください」

 迅速な手配にアークは片手で礼を述べる。

「……『蛇』か。レイテアの犬め、懲りねえな」

 それはアルバリークに最も多くスパイを送り込んでくる一大組織である。

 どんな仕事も金で請け負う裏家業というやつで、楽士さらい、騎士の闇討ちなどなんでもござれの魔術士くずれ集団だ。有名なかの「隠蔽された術者」も大概はこの魔の蛇が絡んでいる。

 アークを狙ってくる者はカスミレアズが都度きっちり締め上げている。

 他の騎士団がどういう対応をしているかは定かでないが、それにしてもまったく堪えていないのは明白だ。良い機会である、直々に潰してやるのもいいだろう。いい加減うっとうしい。


 祭りを台無しにするなど不躾がすぎる。五体満足で許すつもりは毛頭なくなった。

 まして、マスミに手を出していたら生きては返さない。


 じわり。

 アークの目の周りが熱くなり、口の端が持ち上がる。戦いに胸躍るのは母の血だ。

「戦力を固めるぞ。まずはセルジュに合流だ」

 端的に言ってアークは立ち上がる。

 騎士長二人を従えて、アークは天幕を後にした。


*     *     *     *

  

「精が出るな」

「……これはアーク様。お早いお着きで」

 アークが声を掛けると、息一つ乱さずにセルジュが応えた。言葉の合間にもその手は動き、一人の男を縄で縛りあげている。

 男は白目を剥いている。

 目立った外傷は見えないが、油断してこの指南役筆頭にしたたか殴られたのだろう。小物もいいところだ。相手の力量を見極められない兵隊は、兵隊でさえない。

 この中央広場の一角、女神デーア像の膝元に同じような輩が十人ほどまとめられている。

 いずれも意識不明のまま拘束されており、セルジュが手加減なしで相手をしたことがそれと知れる。

 周囲は巻き添えをくらって怪我をした一般人が多い。その手当てに若い騎士たちが走り回っている。喧騒を横目で眺めながら、アークはセルジュに向き直った。

「それで?」

「本隊とは言い難いですな。弱すぎて話にならん」

 セルジュは本気で呆れ顔だ。

「どいつもこいつも目的を吐かせる前に落ちてしまいました。まったく、根性なしばかり揃えおって」

 腕組みをしながら、セルジュの足が男の腹にめり込む。容赦なし。顔は穏やかだがやっていることが鬼だ。

 うう、と苦し気な呻き声が男の喉からもれるが、目を覚ます気配はない。きっと悪夢に苛まれていることだろう。

「狙いが不明なので、早々にマスミ殿を」

 連れ戻さねばならない。

 そう続きそうだったセルジュの言葉はかき消された。


「アーク!」


 幼く高い声だ。

 弾かれたようにアークとセルジュは周囲を見渡す。カスミレアズとヒンティも気付いたようで、同じように視線を走らせている。ややあって、小さな身体が雑踏をかき分けて転がり出てきた。

「テオ!」

 思わずしゃがんで両腕を広げる。

 テオは迷わずアークの胸に飛び込んできた。

「無事だったか、テオ」

 安堵のため息が一同からもれる。

 しかしテオは答えず、頭を強く横に振った。二度、三度。その拍子にあたたかな雫がアークの頬に飛んできた。

「……テオ?」

 顔を覗き込む。

 長兄に良く似た青い瞳が、涙に濡れていた。

「アーク、助けて……」

「どうした」

「連れて、マスミが、連れていかれた……わたしを守るために、わたしが悪いのに、マスミが」

 テオがしゃくり上げる。

「わたしのせいだ……!」

 大粒の涙が薄い頬を伝い落ちていく。

 次から次へ、ぽろぽろと。

「わがままを言ったから……! わたしに魔力さえあれば、あんな、っ」

 ごめんなさい。

 泣き濡れた声で、心の底からの後悔がこぼれ出た。


 そうか、と。


 耳元で小さく呟いて、アークは一度だけテオを強く抱きしめた。それから身体を離す。腕の届く距離で、アークはテオの頭を撫でた。

「……そうか。ここまでよく頑張った」

 全力で必死に駆けてきたのだろう、息は上がり、汗の滲む額に金糸がまとわりついている。それを丁寧によりわけてやる。

「マスミに言われたんだろう。俺たちを呼んできてくれと」

 こくり。

 細い首が弱く頷く。また涙がこぼれる。アークはもう一度、片手に収まる小さな頭を強く撫でた。

「よくやった。マスミは絶対に大丈夫だ。後は俺たちに任せろ」

 だからもう泣くな、男だろう。

 力強いアークの声に、テオは唇を噛みしめながら頷いた。そんなテオを抱き上げてやる。そのまま振り返ると、臨戦態勢に入った騎士長二人が控えていた。

「なんなりと」

 青い闘気をまとうカスミレアズが胸に手を当てる。

「お供致します。宮廷騎士団の名に懸けて」

 鋭さを増したヒンティの瞳が、常にはないすみれ色の残像に輝いた。

 二人の気迫を受け止めアークは命令を下す。

「帝都全域に能動探知。カスミレアズが北、ヒンティは南だ」

 騎士長二人が頷き合う。

 整った唇が無声で言葉を紡ぐ。次の瞬間、青とすみれの光が大きく膨れ上がり、魔力の風がうずまく。女神デーアの背丈に届こうかというほど大きくなった光が、やがて衝撃波のごとく帝都を駆け抜けた。


*     *     *     *


 鬼気迫る三人の勢いに、道は自然と割れた。

 馬蹄が石畳を砕かんばかりに激しく叩く。主たちの激情を汲み取るように、三頭は素晴らしい速度で帝都を駆けた。

 たどり着いたのは旧市街である。

 帝都の発展とともに忘れ去られた古い地区だ。

 そのほとんどは時の果てに朽ちるのを待つものばかりだが、わけあって貧民に身を落としたものが息を殺すように、最後に辿り着く場所でもある。

 探り当てたのは構えの大きい建物だった。

 門は朽ち、既に用を為していない。窓が幾つも見え、この捨てられた街に似つかわしくない強い光が漏れている。

「隠れる気は毛頭ない、か」

 青鹿毛から降りたアークは抱いていたテオをヒンティに渡す。

「その度胸に敬意を表して、こちらも正面から行くぞ」

「では露払いは私が参ります」

 一切のためらいなく、カスミレアズが先陣を切った。


 正面、最初の扉が立ちはだかる。


 取っ手にカスミレアズの手がかかるが、開かない。鍵がかけられている。

 舌打ちが闇夜に響く。

「……小賢しい」

 カスミレアズの腕に青い光が宿る。

 大きく振り抜かれたその腕は拳とともに、扉を蝶番ごと破壊した。

 アークが続き、しんがりをヒンティが務める。廊下に沿っていくつも部屋があるが、それらには目もくれず最奥を目指す。


 突きあたりにあったのは両開きの扉だった。


 もはや確かめることさえせず、カスミレアズの全身が青く染まる。

 そして溜めもなにもない第四近衛騎士長の蹴り一つで、あっさりと扉は破られた。

「なっ、なんだてめえら!?」

 中にいた数人の男たちが浮き足立つ。

 だがカスミレアズは口上を述べもせず、一番手前にいた男を殴り倒した。

 久しぶりに見る本気だ。

 振り返りざま、背に迫っていた男の首に手刀が叩きこまれる。喉を潰された相手は、叫び声も出せずくずおれた。


 部屋の中央にカスミレアズが立つ。


 相手はまだ六人残っている。

 一人が短刀を振りかざす。が、難なくかわし、逆にその腕を自身の膝に打ちつけて粉砕する。骨の折れた音と、耳障りな悲鳴が上がった。

 間合いを詰める。

 速さについていけていない一人が次に捉えられる。胸倉を掴み首を絞める。落ちかけた瞬間、裏拳が炸裂して男が吹っ飛んだ。

 常より一層深く輝く碧眼が、残りを射抜く。

 二人が左右から飛びかかる。

 カスミレアズは引くどころか右手に踏み込んだ。急激な接近に、攻めかけた男の反応が一手遅れる。一瞬の隙をついて、その長い腕から繰り出される掌底が顎にまる。それと同時、腹に膝蹴りが入った。

 鮮やかな決め口はセルジュの得意技である。さながら生き写し、見事に体術の全てを継承している。

 間髪入れず左手の男が背に迫る。

 青い残像を残し、カスミレアズが視界から消えた。ガ、と払いの音、なにかが潰れるくぐもった音、倒れ込む音が続く。倒れた男の腹を、筋肉質の足が容赦なく踏みつけた。後頭部をしたたか打って昏倒する男がいる。その鼻には真っ直ぐ肘が入ったらしく、潰されて血まみれになっていた。

 カスミレアズが右手を添え、自身の首を振る。

 ばきり、骨が鳴った。

 息は一つも乱れていない。準備運動にさえならなかったようだ。そして残る二人を片付けんとした時、すみれ色の光が部屋の中を走った。


 稲妻とも蛇ともつかないうねる光。


 それは牙を剥くように網目に広がり、声も上げさせず二人を捕縛した。

 気付けばカスミレアズがなぎ倒した六人にも、同じように拘束術がかけられている。実に手際が良い。さすがは宮廷近衛、実に優秀な間接攻撃の使い手だ。誰にでもできる芸当ではない。行方を見守っていたアークは舌を巻いた。

 不意に片付いてしまい戸惑ったか、カスミレアズが後ろを振り返る。

「横から失礼。意識がなければ尋問できないと思ってな」

 ヒンティの言に、カスミレアズが男どもを眺める。飛び散る赤、耳障りな呻き声。足元に広がるそんな惨状に、カスミレアズはばつが悪そうな顔になった。

「ありがとうございます。危うく全て沈めるところでした」

「気持ちは分かる」

 苦笑しながらヒンティが抱き上げていたテオを下ろす。

「少しお待ちくださいね、殿下」

 ヒンティは低く優しい声で断りを入れた後、拘束術をかけた二人の前にしゃがみ込んだ。

 男たちの目は恐怖に見開かれるが、あいにくその身体は一切の動きを封じられている。

「さて、質問に答えてもらおうか」

 右手の親指と人差し指が軽くすり合わされる。首から上だけ術を解除してやるのだろう。

「女性を連れ込んだだろう。どこに隠した?」

「くそが! 言うとお、もっ!?」

 すみれ色の光が一閃。

 が、と男は呻き、意識を失った。ヒンティはその胸倉を掴み上げ、片手で脇に放り投げた。

 隣の男に視線を移す。

 一歩、二歩。殊更にゆっくり歩き、三歩目で目の前に立つ。意識がある最後の一人だ。惨状を一番長く見ている一人、ともいう。

 その男の前にしゃがみ込み、ヒンティは胸倉を掴んでぎりぎりと絞り上げた。

「残念ながらお前が最後の一人だ。言うまで意識は手放せないと思え」

「……!」

 容赦ない所作と、天気の話でもするような穏やかな声の対比が空恐ろしい。

 さしたる溜めも作らず、もう一度その人差し指と親指がすり合わされた。

「さあ、どこだ?」

 簡潔な問い。

 答えは怯えた目線が示した。それを辿ると部屋の隅、一部の壁が奥まっていて、そこに扉があった。

「俺が行こう」

 騎士長二人を下がらせて、アークは扉を破った。


 そして、目の前の光景に絶句する。


 広くはない部屋、簡素な寝台と申し訳程度の机が置かれている。浮かぶ光球、照らされる二つの影。

 重なる身体のうち、組み敷かれているのは。

「……死にたいらしいな」

 出した声は、自身でもぞっとするほど低かった。

 マスミに圧し掛かっていた男が身体を起こす。ばら色の光弾が襲い掛かってくる。が、アークの周りに広がる青い極光がその全てをかき消した。

 魔術を使う、つまり幹部だ。

 相手に不足はない。

「へえ、まさか本物の楽士だったとは……」

 気安い口調の男が再びマスミに手を伸ばした。

 マスミからは声一つもれない。拘束術の餌食になったらしい。四肢は力なく寝台に投げ出されたままで、上衣は無残に破かれて白い肌が露わになっている。

 抵抗できないその首筋に分厚い舌が這う。

 目の当たりにしたマスミの嫌悪に歪む顔に、アークの中でなにかが切れた。


 部屋――否、建物全体が震える。

 右手にあふれる極光に呼応して、空気の圧が増していく。


 人質を取って余裕だった魔術士の顔色が変わった。

「く、……いいのか。大事な人質が巻き添えを食うぞ?」

「三下のお前と熾火の俺を一緒にするな」

「拘束には鍵をかけ、……っあああぁぁあ――!」

 断末魔の悲鳴は青白く爆ぜる光に飲み込まれていった。

 目も眩むような光が四散する。それは暫時強い輝きを放ち、やがて収束した。


 魔術士は跡形もなく消えていた。

 まとっていた黒衣の切れ端だけが辛うじて床に残っている。


 寝台に身体を投げ出したままのマスミは、急に消えた魔術士に何が起こったのか理解できない様子で、ぽかんとしていた。

 アークは上衣を脱ぎながらマスミにゆっくりと近づく。

 安堵に頬を緩めたマスミはしかし、次に眉をひそめた。声が出せないらしい。細い身体を抱き起こしながら、アークは自分の制服でマスミを包む。

 だらりと弛緩する身体を強く抱きしめ、肩口に顔を埋めて確かめる。


 生きている。


 やっと人心地をつけて、アークは再び集中して魔力を込めた。アークの身体から清水のように湧き出る光が、マスミの中へと流れ込んでいく。

 極光に包まれて、マスミが眩しそうに目を細めた。

 ぱきり。

 氷が割れるによく似た、高く澄んだ音が鳴る。

「たかが拘束術ごとき――解錠できなければ破壊するまでだ」

 一魔術士の分際でよくも熾火と交渉しようとしたものだ。思い上がりも甚だしい。その存在を消しただけでは飽き足らず、アークの中でまだ苛立ちがくすぶる。

 しかし、背中に回された手が一瞬でそれを鎮めた。

「ありがと……心配かけてごめん」

 掠れているが、それは確かに求めたマスミの声だった。

「……待ってた」

 小さく震える華奢な身体をアークはただ無言で抱きしめた。

 強く、ただ強く。


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