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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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60.つきまとう影


 やめろ、という勇ましい声と共に、テオは一人をめがけて体当たりした。

 衝撃に男がたたらを踏んで地面に倒れ込む。背後からの闖入者ちんにゅうしゃに、よってたかって鷲をいたぶっていた男たちの手が止まった。

 狙いどおりだ。

 しかし同時に真澄たちが窮地に立たされたのも事実である。まるで狼が獲物を追い詰めるように、男たちがテオに詰め寄った。

 太い腕が伸びる。

 が、寸でのところで真澄はテオの首根っこを掴み、引っこ抜いた。

「ごめんなさい、躾のなってない弟で」

 咄嗟にテオを背中に隠しながら、真澄は男たちに対峙する。

 気色ばんだ彼らはしかし急に現れた真澄に面食らったようだった。が、その顔はすぐに下卑たものに変わった。

「弟だって? ずいぶんと失礼な態度だったなあ?」

「ってぇな……チッ、どう落とし前つけてくれるんだ」

「待てよ。おい、それなりの顔だぜ。鳥なんかよりこっちで遊ぶ方がよっぽど楽しめそうだ」

 口々に勝手なことを言う男たちにテオが言い返そうとする。が、真澄は後ろ手でその口を塞いだ。

 一歩、二歩。

 ゆっくりと後ずさり、僅かだが距離を取る。これ以上は無理だ。そう判断し、真澄は素早く振り返った。

「約束です。あの場所で待ってて、テオ」

 とん。

 細い肩を押す。

「マスミ!?」

「大丈夫、皆がきます。いいですか、約束ですよ」

 頭の良いテオのことだ。

 これだけ言えば誰が待っていて、どうすべきかは理解したはずである。

 わずかなためらいの後に、テオが一目散に駆けだした。遠ざかる小さな背を見送り、ひとまず真澄は胸を撫で下ろす。真澄の代えはいても、テオの代わりはいない。迷うことなどない、最優先すべきはテオなのだ。

 市街地に入れば警備の騎士たちの誰かに行き合うだろう。

 最悪出会えなくても女神デーアの噴水まで行けば、出迎えの騎士と会えるよう手はずを整えている。きっと大丈夫、祈るような気持ちでそう呟く。

「できた姉さんだなあ、おい」

「っつ、……」

 不意に左腕をねじりあげられ、真澄はたまらず声を漏らした。

「そら、こっち向けよ」

 手加減なしの乱暴な力に、不承不承ながらも従わざるをえない。

 掴まれた手首が壊れそうだ。痛みに思わず真澄の顔が歪む。そう遠くない過去が脳裏に浮かび、そして初めて思い至る。アークもカスミレアズも、不審者呼ばわりしながらその実 真澄に最大限配慮してくれていたことに。

 長剣を突きつけようと、寝台に縫い止めようと。

 いずれであっても二人は決して力ずくではなかった。

「いい目だな。さあ、俺たちと遊ぼうぜ」

 酒精を含んだ息が真澄の顔にかかる。

 ろくな抵抗もできず、真澄はその場から連れ去られた。


 ばさり、ばさり。

 もがくように地面で羽ばたいていた鷲に、手を差し伸べてやることも叶わずに。


*     *     *     *


「団長に良い手土産ができたぜ」

 先頭を歩く男が上機嫌で振り返る。

 その視線は真澄を頭のてっぺんからつま先まで、舐めるように視る。品定めの目線だ。顔を背けたいが、そうしたところで別の男が視界に入るだけである。

 真澄は後ろ手に拘束されている。

 紐で両手両足を縛り上げられるよりはマシだが、がっちり握りこまれた手首が軋む。遠慮のない不躾な力だ。痛みを逃がそうと身動みじろぎするたび締め上げられ気が散ってしまい、道順を覚えるどころではない。

 河のほとりから離れて、しばらくを歩いた。

 市街地に戻ってきたようだが周囲の雰囲気はうら寂しい。祭りの喧騒で華やかな中心街と同じ街とはとても思えないほど、灯りも人通りもほとんどなかった。

 古い家がところ狭しと並んでいる。

 整然とはとても言い難く、潰れかけたもの、おざなりな補修跡が目立つものばかりだ。そのどれもが暗く沈み、生活の息吹はまったく感じられない。

 商業地区でもない、住宅区でもない、かといって歓楽街とも違う。

 まるで影のようにそこにある。

 知られざるアルバリークの側面を目の当たりにし、真澄は所在なくあたりに視線をさまよわせた。

「俺たちの庭へようこそ」

 楽し気な声で、右を固めている男がこれ見よがしに腕を掲げる。

 左手の甲に黒い紋様がある。入れ墨だろうか。先ほどは暗がりの中で気付かなかった。

 乏しい真澄の知識であっても、身体に紋様を入れる類の人間はあまり話が通じる相手とは思えない。事実、先ほどから真澄は一言も発していないが、男たちの中では勝手な想像が膨らんでいる。


 身体はさしてそそられない。もう少し肉感的な方が稼げるのに。いや、俺は細い方が好みだ、味見したい。誰がてめえの好みを聞いてるんだすっこんでろ。

 しかし身代金は取れないだろう。

 この貧相な身体じゃろくに食べてなさそうだ。まあ言うだけ無駄だな。だから行き遅れなんだろうさ、本人に稼がせるのが手っ取り早い。こんなんでも顔はそれなりだ、看板は無理でも中堅どころくらいなれるだろ……

 

 大概失礼である。

 だがここで噛みついても真澄の得には一つもならないので、口を噤む一択だ。反応を返せば相手を喜ばせるだけだと分かっている。

 両腕を拘束されながら歩く一方で、真澄は胸元に忍ばせているスカーフのことを考えていた。

 よもや本当の奥の手を使うことになるとは思っていなかった。こうなった以上は四の五の言わず認証警報を発動すべきなのだが、いかんせんそのタイミングが難しい。

 迎えの騎士とテオが行き違いになるのだけは避けたい。

 確実にテオが保護されて、真澄の話はそれからである。となると刻限は九時ということになるのだが、あいにく真澄は時計を持っていないし、連れていかれた先で時の鐘が聞こえる保証はない。

 どれくらい地の星を眺めていただろうか。

 体感で、あと一時間ほどで刻限は来そうだ。それまで一人でしのぎきれるか。真澄の背に冷や汗がにじんだ時、とある家の前で歩みが止められた。

 通り過ぎてきた数々の家に比べて二回り以上も大きな構えだ。

 が、漏れ出る明かりはなく、さながら廃墟である。先頭を行く男は勝手知ったる様子で、古い木の扉に手を掛けた。

 外観とは裏腹に、中の空気は淀んでいなかった。

 暗がりの中を足元がおぼつかない真澄のかたわら、男たちは難なく進んでいく。一方の真澄は次の瞬間、なにもないところで無駄にコケた。

「うぉっ!」

「なにしてんだおい!」

「なんだどうし、いてっ!」

「急に止まるな馬鹿!」

 連鎖反応で追突多重事故発生である。

 ちなみに最初の男らしい発声が真澄だったというのは余談だ。

「なんもねえとこでコケてんじゃねえよ!」

「うっさいわねコケたくてコケたわけじゃな、ったぁ!?」

「おいっ言ってるそばから!」

 たかが通路一つ歩くのにこれだ。

 そんな真澄に業を煮やしたか、最も体格の良い男が真澄を担ぎ上げる。そしてどこに運ばれるのかと思いきや、連れていかれたのは地下室だった。

 構えの大きさから部屋数はありそうだと踏んでいたが、まさか地下室まで備えているとは。

 驚くと同時に悪事の匂いしかしない。

「しばらくここで待ってろ。団長がお戻りになるまで、な」

 すっかり酔いの醒めた表情で、男は部屋から出ていった。

 階段の軋む音が遠ざかる。完全に聞こえなくなってから、真澄は扉に寄った。駄目元で取っ手を回してみるがびくともしない。やはり鍵がかけられているらしい。

 部屋にはお情け程度に小さな明かりが一つだけ置かれている。炎を使うごく普通の明かりだ。一つでも強い光を放つ光球とは違い、なんとも頼りない。まして狭い地下室、当然ながら窓はない。

 部屋の奥には木箱が積み重ねられている。

 よく観察してみると、箱のふたには黒い稲妻とそれに絡みつく双頭の大蛇が刻印されていた。先ほどの男たちと同じ模様だ。宗教結社かなにかだろうか。

象徴シンボルには全て意味がある」

 テオの講釈をふと思い出す。

 稲妻、蛇、そして黒。

 こんなことになるのなら、もう少し真面目にテオの話を掘り下げておくべきだった。そうすれば、どんな思想の連中かくらいは分かっただろうに、後悔するももう遅い。

 知らないなりに読み解いてみようかと刻印を眺めてみる。

 激しく、狡猾で、全てを塗りつぶすような――あまり良い印象は抱かない。これらを戴く組織の人間は、何を目指すのだろう。


 青い鷲が信頼と誠実を携え誇りを抱くのなら、黒の大蛇は。


 はっきりいって良くない予感しかしない。

 逃げるか身を守るかいずれにせよ使えるものがないかと探ってみるも、木箱は全て空だった。「期待させやがって、使わないなら捨てろ」と文句の一つも言ってやりたくなる。

 ともあれ、やはり自力での脱出は難しそうだ。

 しかも悪いことに地下室なので、絶対に時の鐘は聞こえないだろう。真澄は積み上がった木箱を一つとり、とりあえずそれを椅子代わりに腰かけた。直接座ると石の床は冷たくて身体に悪い。

 真澄は胸元に手を入れて、スカーフを取り出した。


 はらり。

 金糸にふちどられた碧空の青が柔らかく広がる。


 警報を発動したとして、それからどのくらいの時間で助けが来るだろうか。割と真剣に真澄は考え込む。

 これを破いてすぐ解決するわけではない。

 警報がカスミレアズに届いてから、まずは能動探知で真澄の所在を捜し当てる。宮廷どころかこの帝都全域だ、まずこの部分にそれなりに時間がかかりそうだ。場所を特定した後はそこに辿り着かねばならない。中心街からさほど距離は離れていなさそうだが、祭りの人出に阻まれて馬が使えない恐れがある。となると機動力はガタ落ち。いくら鍛えた軍人の足とはいえ、馬よりは格段に遅くなるだろう。

 なにより懸念すべきは、発動した後で真澄自身が別の場所に移されることだ。

 余裕のある時分に無駄撃ちしてしまい、いざ命の危険を感じた時に使えなくては意味がない。かといって、遅すぎればそれもまた意味がない。

 どの程度をもって緊急と判断すべきだろうか。

 実に難しい問題に、しばらく真澄は頭を悩ませるのだった。


*     *     *     *


 どれくらいそうしていただろうか。

 人が降りてくる気配を感じ、真澄は広げていたスカーフを再び胸元にねじ込んだ。身構えながら扉を注視する。くぐもった話し声と共に、鍵が開けられる鈍い音が聞こえた。

 入ってきた男は一瞬、視線を左右に走らせる。

 低い位置に真澄が座っているのに気付いたらしい彼は、意外そうに眉を持ち上げた。

「てっきり泣いてるもんだと思ってたぜ」

 つかつかと寄って来て、真澄の二の腕を掴み起こす。

 相変わらず雑な扱いに眉根が寄る。手首と同じく、赤く痕が残るだろう。

「団長がお戻りだ。さて、どれくらいの値段がつくだろうな?」

 できれば味見してえんだけどな、と下衆な台詞が続く。

 真澄は否応なくしかめっ面になるが、さりとて抵抗できるわけでもない。悪態をつくのは簡単だが、怒らせて殴られた挙句に気絶、となると非常にまずい。

 よって、ひたすら我慢の時間だ。

 地下室の外に出ると、先ほどとは変わって廊下に灯りが入れられていた。真澄を慮るわけはないだろうから、本当に彼らのボスが戻ってきたようだ。

 階段を昇り、一階に戻る。

 地下室とは段違いの明るさに、自然と真澄の目は天井へと向けられた。そこにはごく普通の炎の明かりではなく、あのまばゆい光球が浮かんでいた。


 嫌な予感がもう一つふくれ上がる。


 あの光球は魔力を源にしているものだと聞いている。少なくとも真澄が知る限り、騎士や魔術士がいるところでなければお目にかかれない代物、ともいう。ヴェストーファでの叙任式や今回の星祭りなど、国に絡む行事はゆえにこれほど華々しいが、一般人にはそんな魔力はないので作れないものだ。

 技術的には魔珠の応用だとカスミレアズが言っていた。

 つまり騎士でいえば、叙任されたばかりの従騎士には扱えないのである。それが示すところは、最低でも準騎士以上に匹敵する人間が彼らの長であるという、まったくもってありがたくない事実だった。

 そんな真澄の様子には気付かず、男は最奥を目指して廊下を歩く。

 突きあたりに待ち構えていたのは他の片開きとは違う、両開きの大きな扉だった。

「失礼します」

 連れてくる、と先に断っていたのか、中からの返事を待たずに男はさっさと扉を開けた。

 中は大広間のようだった。

 ヴェストーファのメリノ家ほどではないが、それでも一般家庭とは言い難い。大商家などが備えていそうな規模である。

 先ほどの男たちが部屋の隅に行儀よく並んでいる。人数は七人。真澄を押さえている男を入れて、八人だ。部屋の中にも光球がふんだんに浮かんでいて、彼らの顔がはっきりと見える。

 広間の奥には一人掛けの立派なソファがあり、そこに深く身体を預けている男がいた。


 年の頃は真澄と同じか少し上か。

 その身体は黒い長衣に包まれている。体格は分かりづらいが、首と肩回りから察するに細身のようだ。目を引くのは伸ばされた髪である。一つに束ねられたそれは胸辺りまでかかっていて、肉体派というか、とても騎士には見えない。

 ひじ掛けに乗せている両手の甲には、あの黒い稲妻と双頭の大蛇が浮かんでいた。


 そんな男の前に、真澄は引き出される。

「どうです? 身体は貧相だけど、それなりに上玉でしょ?」

 勝手な評が背中から聞こえる。

 長衣の男は、そこで愉快そうに首を傾げた。

「まったく。楽士じゃないものを手当たり次第に拾ってくるなと言っているだろう」

「だって、俺たちが楽しんでるのを邪魔してきたから」

「それで代わりに遊ぼうと?」

「です」

 期待に満ちた声で男が答える。

 だがちょっと待ってほしい。不穏な単語が飛び出したのを真澄は聞き逃さなかった。


 彼らの狙いは楽士だというのか。

 ということは、武楽会絡みでなにがしかの思惑が動いている、そう疑うのが妥当だ。


 ヴェストーファでの誘拐騒動が真澄の脳裏によみがえる。

 あの時の黒装束も、楽士としての真澄を狙っていた。その後、カスミレアズも「誘拐はそう珍しくない」と暴露した。対策は考えると宣言されていたが、今回に関しては事故に事故が重なった結果なので、近衛騎士長を責めるのはお門違いである。

 まだ真澄の素性はバレていない。

 ただの通りすがりの女だと思われている。このまま一般人を装って逃げ切れればいいが、どうだろう。

「遊んだあとの始末はどうするつもりだ」

「面倒はみると金かかるし、適当に売り飛ばそうかと」

「まあ、……身代金も取れなさそうだ。好きにしていい」

「団長は? どうします?」

「見物させてもらおう」

 長衣の男が頬杖をついて、楽し気に目を細めた。

「さすが団長、話分かる!」

 そして次の瞬間、真澄は床に押し倒された。

 どん、と背中に衝撃がくる。

「ちょっ、とっ!」

 圧し掛かってくる胸板を押し返そうとするが、左腕に激しい痛みが走る。

 ここに来るまで散々掴みねじられたので、筋を違えたかもしれない。力が入らずまともな抵抗ができないのをいいことに、あっさり両手をまとめて頭上で拘束されてしまう。あまり頭が切れるタイプには見えないが、力はそれなりにあるらしい。

 まずい。

 いきなり貞操の危機だ。

 身体をよじるが、体格差のある相手から逃れることは叶わない。男の手が胸元に伸びる。び、という音と共に、シャツが破かれた。


 隠し持っていたスカーフが滑り落ちる。


 柔らかい布は、暴かれた勢いで石の床を流れていった。

「……待て」

 低い声が制止に入る。

 乱雑に胸をまさぐっていた男の手がぴたりと止まった。

「ちょっと団長、折角いいところなのに」

 文句を言いながらも、大人しく男が身体を引く。ほぼ理性は残っていなさそうだったのに、ずいぶんと主に従順なことだ。

 自由になった身体を慌てて起こし、真澄は壁に背を預けた。

 両手は破かれたシャツをかき寄せる。肩で息をしながらなにが始まるのか注視していると、長衣の男が立ち上がって、ゆっくりと部屋の中心――真澄のスカーフのもとへ、歩み寄った。


 足元にそれを見ながら、立ち止まる。

 そのまま暫時スカーフを見つめる。

 やがて男はしゃがみ込み、青いスカーフを拾い上げた。


「……認証……?」

 注意深くスカーフを検める男が、怪訝そうに呟く。

 その手は布の端、金糸の縁取りをゆっくりとなぞっている。さながら骨董品の真贋を確かめるような手つきだ。裏に表にしばらく確かめていた男が顔を上げた時、口元には愉悦の色が浮かんでいた。

「ずいぶんと面白いものを持っているじゃないか。お前――宮廷楽士だな」

 やがて断言された事実に真澄の身体は強張った。

 それまでどこか気の抜けていた男の視線が、にわかに鋭さを帯びる。がらりと変わった雰囲気に気圧されていると、男の手が伸びてきた。

 真澄は身構える。

 が、その手は真澄に触れる寸前で動きを止めた。男が小さくなにかを呟く。それと同時、その手がふわりとばら色に光った。

 この色、見覚えがある。ヴェストーファの黒装束と同じだ。

 光は真澄の身体を包みこみ、やがて吸い込まれるように消えた。

 それを確認してから、男の手が再び伸びてくる。顎を捕えられる。顔を背けようとしたが、しかし真澄の身体は金縛りにあったように動かなかった。

「なん、で……!?」

 かろうじて声は絞り出せる。だがそれ以外の一切の動きは封じられていた。

「なんの間違いでこんな大物がかかったんだか……運を使い果たしたのか? ……まあいい、でかしたぞお前たち」

 言いながら、長衣の男は真澄を抱きかかえる。

 狐につままれたように呆けている部下たちを尻目に、男は部屋の奥にある続き間への扉に手を掛けた。中に入る前、下衣のポケットから小さな包みを取り出して放り投げる。それは袋で、放物線を描きながら金属音とともに床に落ちた。

「これの代わりだ、その金で好きなように遊んできていい」

 問答無用だ。

 言いたいことだけさっさと述べて、男は後ろ手に扉を閉めた。


 中は少し広めの一人部屋だった。

 ベッドが一つ、あとは本棚と机が置いてある。あまり生活感はない。真澄は乱れ一つないベッドに落とされた。意のままにならない身体は、力なく横たわるだけだ。

「さて」

 真澄の顔の両脇に、腕の檻ができる。

「ライノからお前の話は聞いているぞ――なあ、第四騎士団総司令官の専属楽士」

 どうしてやろうか。

 酷薄に笑う男を前に、真澄には為す術が一つもなかった。



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