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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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57.サラリーマン三種の神器


 星祭り最終日に向けて、それからの真澄は忙しかった。

 なぜか?

 曲がりなりにも一社会人――いわゆる一人の大人として、果たさねばならぬ責任というものがあったからである。またの名を、「調整・根回し・事前準備」というサラリーマン三種の神器を使う時がきた、ともいう。

 焚きつけるだけ焚きつけて、あとは野となれ山となれ、ではいけない。

 それではただの山火事である。

 というわけで、真澄はあちこちに話をつけるために奔走した。



 まずはテオと言い争った日の夜、夜勤組が待つ事務所に駆け込んでからのこと。その日の当番として、ちょうど良く知った顔がいた。

 真騎士のネストリと準騎士のリクだ。

 彼らはヴェストーファからの付き合いなので、数多いる第四騎士団の中でも気心が知れている。二個一でなにやら話をしていた彼らに、真澄はヴァイオリンを持ったまま「今から回復しますよ」の態を装って近付いた。

 大柄な騎士たちの中、さらに頭一つ飛び抜けて大きいネストリが「どうも」と相好を崩す。我を失いさえしなければ、見本のような物腰の柔らかい騎士だ。

「私たちが最初で良いのですか」

「ええ、ちょっと訊きたいことがあって」

「なんでしょう?」

 首を傾げたネストリを、まずは「まあまあ」と椅子に座らせる。

 真澄は調弦をしながらも、議題である「星祭りの警備について」を持ち出した。

「警備って、二人一組で回るの?」

「はい」

「組み合わせって適当? なわけないわよね?」

「もちろんです」

 ネストリがものすごい苦笑をみせる。

「従騎士、準騎士には必ず古参の正騎士か、真騎士以上が付きます」

「……なるほど」

 それとなく周りを窺ってみると、確かに若手同士の組はなかった。同じ年頃の組もちらほらとはいるようだが、彼らのいずれも真澄と同じかそれ以上の年齢なので、彼らは正騎士同士で組んでいるのだろう。

 祭りといえば酔っ払いや喧嘩がつきものだ。

 まして昼間とは違い視界の限られる夜。ただの帳面消しではなく、騎士団として本腰を入れて対応していることが分かり、真澄としては胸を撫で下ろす。

 隣に座る年若いリクを見て、真澄は頷く。

 視線を受けたリクが「自分は」と話し出した。

「今日が初めての星祭り夜勤なので、お願いしてネストリさんに付いてもらったんです」

「選べるんだ? 意外と自由なのねー」

 公平にくじかじゃんけんあたりで決めているかと思いきや、そうでもないらしい。

「本来は無作為に組決めされます。ただ、指導騎士エルダーであることを盾にとられてしまったので」

 無下に断れなかった。

 そう言ってネストリが眉を下げた。

指導騎士エルダー? なにそれ」

「従騎士には必ずその面倒をみる先任騎士が付きます。最初の一年を公私ともに指導する役目を負うのです。準騎士に昇格したら本来お役ご免なのですが、」

 盃を交わす強固な信頼関係なので、その後も関係性は続くことが多いのだ、とネストリが説明した。


 人格者ともなれば、一人といわず二人三人と後輩の面倒をみる騎士もいる。

 そして同じ指導騎士に育てられた者たちは、これまた兄弟騎士ということで結束が固くなる。さらに彼らが一人前となり後輩の面倒をみるようになると、最初の指導騎士は「おじいちゃん」指導騎士となり、その系譜は脈々と受け継がれ一大勢力を築くのだ。

 軍人として、命令で動く縦の関係が基本の中にあって、これが意外に侮れない。

 それは今回のリクのような援助願いから果ては私生活の相談まで多岐に渡り、結果として騎士同士の繋がりが深くなることに一役も二役も買っている制度なのである。


「あちらもそうですよ」

 ネストリが指し示す方向には、リクと同じくらいの若い騎士と、壮年騎士の組み合わせがいた。

「みんな面倒見いいのねー」

 感心しつつ、真澄は内心でこれならいけそうだ、と算段をつけた。

「ところで折り入って相談というか、お願いがあるんだけど」 

 真澄は声を落とし、向かいに座っているネストリに身体を寄せる。怪訝な顔をしながらも、長身のネストリはその背を曲げて聞く体勢になった。

「私にできることでしたら。なんでしょう?」

「最終日なんだけど、できるだけ巡回の人数増やしてほしいの。正式な夜勤組じゃなくていい、私服で飲みながらでもいいから。出来る限り皆に声かけてくれたら助かる」

「……え?」

「色々と事情があってね。テオドアーシュ殿下とお忍びで星祭りに行くことになったの」

 驚きの声は出なかったが、それでもネストリの目は見開かれた。

 まだ想定内の反応だ。なにごとも無かったかのように演奏を続けながら、それとなく真澄は続ける。

「内緒だから、私たちに気付いても見なかったことにして」

 まさかないとは思うが、それでも万が一なにかあった場合に備えての保険である。

 真澄の補足は効果抜群だった。

 あからさまにネストリの顔が引きつる。

「エイセル騎士長は、このこと……」

「もちろん知らないわよ。言うわけないでしょう、バレた時点で絶対に止められるって分かりきってるんだから」

 もう一段声を低くして真澄が凄むと、ネストリが息を呑んだ。

「では総司令官も……?」

 恐々、といった様子で重ねてくる。

 上の上まで確認する。組織人としては正しい作法だが、世の中知らない方が良いことも沢山ある。残念ながらネストリは真澄の張った罠――蟻地獄に今この瞬間に片足を突っ込んでしまったので、あとは共犯者として引きずりこまれるだけである。

「二人にバラしたら、あんた二度と回復してやんないわよ」

「そ、」

「ついでにこの件に協力しなかった人間も、全員そうなると思ってね」

「ぜん、え!?」

 急に身体をびびらせたネストリを見て、リクが首を傾げた。ヴァイオリンの音に紛れ、二人の会話はほぼ拾えていなかったはずだ。

 卑怯なのは承知の上。

 補給線と連帯責任を合わせて盾にするという禁じ手――またの名を、楽士最終奥義――である。絶対に断れるわけがない。

 結局ネストリはろくな反論もできないまま真澄に押し切られ、最終日には第四騎士団の大部分を動員することを約束させられたのだった。


*     *     *     *


 同日夜。

 深夜に落とした灯りの中で、真澄は女官のリリーと文机を囲んで頭を突き合わせていた。二人で「ああでもない」「こうでもない」と吟味しているのは手紙の文面である。

 文章を考えるのは真澄、書くのはリリーの分担だ。

 漢字とひらがなでしたためた手紙を渡したところで、どうせカスミレアズもヒンティ騎士長も読めるわけがない。かといって真澄はアルバリークの言葉を書けるわけではない――どういう了見で「喋る」「聞きとる」という芸当ができているのかは不明だが、それはそれとして――というわけで、ゴーストライターを頼んでいるのである。

 リリーは最初、ぽかんとしていた。

 真澄の「大変に重要なことを近衛騎士長のカスミレアズに伝える必要がある」という頼みを聞いて、「そういうことでしたら」と引っ張り出してきたのが目の前にある可愛らしい便箋だ。

 地が薄桃色で花紋様が描かれている。香が含まれているのか、甘い花の香りも漂う。

 これでなにを伝えるというのか。

 愛を伝える以外の用途がちょっと思い浮かばない。

 書いてもらおうとしている内容は、言うほどご機嫌な話ではない。桃色どころかビジネスライクに白ないし薄青くらいが妥当である。ゆえに別の、もっと普通の便箋がないのか尋ねたが、リリーがすぐに用意できるのはこれしかないと言うのだから困ったものだ。

「ねえリリー、やっぱりシュールすぎると思うんだけど」

 文面を指でつつきながら真澄は言った。

「題名が『テオドアーシュ殿下の所在に係る件』ってのはまだいいわ。『近衛騎士長殿におかれましては日々のご公務大変お疲れ様です』っていう冒頭もまあよしとしましょう。でもね、次に続くのがいきなり『さて掲題の件、テオドアーシュ=アルバレーウィヒ=カノーヴァ殿下につきましては、わたくしこと第四騎士団首席楽士であるマスミ=トードーがその身柄をお預かりしております』って……」

 ラブレター然としているくせに、開いてみれば三行目でいきなり誘拐宣言ときた。

 結論を先に書くのはビジネス文書の基本ではあるが、それにしても。

 そそっかしい近衛騎士長なら、ここまで読んだら即座に飛び出しかねない文面である。別に喧嘩を売りたいわけではないので、もう少し穏便な表現にしたいところだ。

 しかしリリーからは逆に怪訝な顔を返される。

「なにをおっしゃるんですか、マスミ様。これでも私は不安です」

「不安ってなにが?」

「エイセル様が恋文と勘違いされないか、心配で心配で」

「……あのカスミちゃんがそんなめでたい頭だったとしたら、それはそれで面白すぎるけどさあ」

 繰り返すが、この題名と開始三行である。

 いったいどこに恋だの愛だの垣間見えるというのだ。これを読んでそんな勘違いをする人間なんぞ一直線に隔離病棟行きだ、もちろん頭の。

 たかが手紙一枚でこれである。つくづくアルバリークという国の常識が分からない。

 ところが真澄の主張はまともに取り合ってもらえない。

 大丈夫だ心配ない、そう真澄が言えば言うほどリリーは「念には念を入れて」と書き直し、業務連絡がどんどん脅迫状へと変わっていく。

 そんなに心配なら、適当な紙の切れっぱしに集合時間と場所を書けばいいではないか。

 まずは便箋の見た目をなんとかしろと勧めるも、そういう問題ではないらしい。わざわざ手紙をしたためて渡すという行為そのものに意味があるらしく、心の底からアルバリークという国が理解できない瞬間だった。



 真夜中に小一時間ほどもかけて書いたその手紙を、真澄はとある人物へ手渡した。

 テオの部屋付きになっている侍女だ。

「これを、明後日――星祭り最終日の夕方六時に、第四騎士団のエイセル騎士長か、宮廷騎士団のヒンティ騎士長へ渡してください。必ず時間は守って、必ずどちらかに渡してね」

 何度も念押しする真澄を前に、真面目そうな侍女はこくこくと頷いた。

 


*     *     *     *


 そんなこんなで色々と根回しをしつつ、星祭り最終日がやってきた。

「ちゃんと食べてたみたいですね」

「男に二言はない」

 武士みたいなことを口走りながら、テオが腰に手をやりふんぞり返った。

 見本のようなどや顔に、思わず真澄は人差し指でデコを突いてやった。生意気なのである。だがその下に続く血色の良くなった頬に、同時に安堵も覚える。

 これなら暑さの残る夕方に出かけても、体調を崩すことはないだろう。

「それじゃまずは着替えましょうか」

 言いながら、真澄はヴァイオリンケースを開けた。

 これまで持ってくるもののまったく手を触れなかったそれに初めて触れたとあって、テオが目ざとく反応して覗き込んでくる。


 ぱか。


 チャックを開いて長方形のケースを開ける。

 期待に満ちていたテオの顔が、中身を確認したとたんに怪訝なそれに変わった。

「……これ、ヴィラード入れじゃないのか」

「ヴァイオリンケースですよ、それがなにか」

「なんでヴィラードが入っていないんだ」

「そりゃまあ、殿下の変装一式を詰め込んだらヴァイオリンは入りませんよね」

 流線形の型の中に畳んで入れておいたシャツを取り出し、真澄はテオに渡す。ついでに紺地の半ズボンも渡してから、真澄は自分の制服に手をかけた。

 襟元に巻いていた青のスカーフを解く。

 シャツのボタンを上から一つ二つ外したところで、テオが力いっぱい目線を逸らした。

「まっ、マスミ! なにをするつもりだ!?」

「ただの着替えですよ。やだ殿下照れてるんですか? かわいー」

「ふっ婦人は夫以外には肌をみせるものではないんだぞ!」

 ぎゅ、と目をつぶって叫ぶテオの頬は赤い。

 

 至るところでアークにそっくり、縮小版といって差し支えない相手だったが新発見だ。

 あの超絶手の早い男に比べたらこっちの方がよほど紳士である。


 今夜にでも「もう少し見習え」と言ってやろう。真澄はこっそり心に誓った。

「大丈夫ですよ、殿下。下にちゃんと着てますから」

「……え?」

「こんな小さいケースに大人の着替えが入るわけないでしょう。そんなに細くないですよ、私」

 あはは、と笑いながら真澄は制服の光沢あるシャツを脱いだ。

 中は生成りのシャツを着ているのだ。街を出歩くのに目立たないよう、この三日間で市街地に出て研究した成果である。

 上流階級のなんたるかを知らない真澄でさえ、一目でそれとわかる上質な服をテオは身に着けているのだ。お忍びで出かけたところで、身なりの良い人間がいればそれだけで注目を集めてしまう。隣にいる真澄に関してもそれは同じである。出来る限り誰にも邪魔されずに楽しみたいので、これは万難を排すための方策だった。

 恐る恐る目を開けたテオが呆気に取られている。

 少し前までかっちりとした宮廷楽士だった真澄が、今はゆるい町娘に様変わりしているからだろう。下衣も足首が隠れる長い巻きスカートだ。色は今、帝都で流行っているというなんとか色――真澄の知る言葉だと、オレンジ――を選んだ。祭りの会場にいけば、似たような格好の娘がそこかしこにいること請け合いだ。

 駄目押しで、仕事中は八割方まとめている髪を下ろす。

 これでいつもの真澄とはまずその印象が似ても似つかない。

「見惚れてないで、早く殿下も着替えてください」

 さあさあ。

 真澄が急かすと、我に返ったテオが慌てて着替え始めた。

 それを眺めながら、真澄は認証スカーフを小さく折りたたんで胸元へと忍ばせた。家の鍵と同義なので、邪魔くさくても常に肌身離さず持ち歩かねばならないのである。

 ついでにいえば、いざという時の警報ブザーでもある。

 これを破きさえすればカスミレアズがすっ飛んでくるというのを過去に実証済みだ。ちなみにもれなく激烈な説教も付いてくるので、奥の手であると同時、できればあまり使いたくない最終手段でもあるのだが。

 他にもいくつか保険はかけている。

 が、もう一つ気をつけねばならないことを思い出し、真澄は言った。

「外に出たらさすがに『殿下』呼びはまずいんですけど、殿下はなんて呼ばれたいですか?」

 シャツをズボンに仕舞いこみながら、テオが小首を傾げた。

「……名前でいい」

「テオドアーシュ?」

 こくり、と細い首が縦に動いた。

 が。

「長いんで、テオにしますね」

「聞いた意味がないじゃないか!」

 いい突っ込みだ。なかなかの瞬発力である。

 だがテオはそれ以上ごねることはなく、「もうなんでもいい」とぶん投げた。どうせ真澄に言っても無駄だと悟ったらしい。賢明な判断である。



 そうこうしているうちにテオの着替えも終わり、宮廷に似つかわしくない庶民派の二人組が出来上がった。

 年の離れた姉弟か、あるいは若い母親とその息子か。いずれにせよ、これで雑踏に紛れても違和感はないだろう。

「それで、その抜け道ってどこにあるんです?」

 真澄が尋ねると、テオが「こっちだ」と手招きし、寝台の奥へと向かった。そして部屋の最奥、隅にある絨毯の一部をめくる。石造りの床が露わになるが、とある一か所にテオの指がかかると、真四角にすこん、と床が抜けた。

 思わず真澄は無言で拍手した。

 気を良くしたテオが「うむ」と頷く。


 警戒レベルが最高に引き上げられている現状で、どうやって脱走するのか。


 三日前、星祭りに行く約束をした後のことだ。

 正々堂々と正面玄関から出ていこうとすれば、盛大にお供がつくのは避けられない。どうするのかと問うた真澄に提示された答えが、王族と極一部のものだけしか知らないというこの抜け道の存在だった。

 敵に攻められた時など、本当の有事の際に使われる道だ。大抵の城や砦、軍事的要衝にはこういった秘密の道が必ず作られているものらしい。

 一般庶民の暮らししか知らない真澄には完全に未知の領域である。そりゃあ興味津々で覗きこみもする。

 穴の底は、差し込む光でわずかに様子が窺い知れる。床と同じような石造りで、ひやりと冷たい風に乗って湿っぽい匂いが昇ってきた。

「結構、……深いですね」

「……そうだな。わたしもここを通るのは初めてだ」

 ごくり。

 二人同時に喉が鳴った。

「それじゃ、行きましょうか」

「お、おう」

「でん……じゃなかった、テオ。テオが先に降りてください」

「え!?」

「だって絨毯と入口のふた、元通りにしなきゃまずいでしょう。これ、片手だと結構力いりますよ?」

 暗に「できないだろう」とほのめかすと、それ以上重ねられるのが屈辱だったのか、テオがはしごに足をかけた。さすが負けず嫌いである。

「あ、そうそう。約束してほしいことがあるんですけど」

「今度はなんだ!?」

 テオが背中をびびらせる。

 満面の笑みを浮かべながら、真澄は右手の小指を差し出した。

「バレたら一緒に怒られましょうね!」

「……いいからさっさと行くぞ!」

 指切りげんまんをする間もなく、テオはさっさとはしごを下っていった。

 薄い金髪の頭を見送り、真澄の頬がゆるむ。小さくても男、プライドは一丁前に備わっているらしい。


 さて、どんなエスコートをしてくれるのだろうか。


 期待に胸を膨らませつつ、真澄は絨毯を伸ばし、入口をそっと閉じた。

 いざ、星祭りへ出発である。


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