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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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56.売り言葉に買い言葉(年齢無差別級)


 真澄は鬼神のごとき勢いで選考会用の楽譜変換をやり遂げ、ダッシュでそれを提出しに行った。肩で息をする真澄に、楽譜を受け取りながら宮廷楽士長は言った。

 参加表明はただの冷やかしなのかと思っていた、と。

 なぜなら提出したのが堂々の最下位、それも〆切直前だったからだ。本来もらわんでもいい小言をもらったのは、間違いなくアークのせいである。


 それはさておき、昼食も採らず没頭したお陰で、どうにかおやつの時間には間に合った。


 彫像の庭園を脇目もふらず突っ切り、青い絨毯を踏みならし、息を切らしてテオの部屋に飛び込む。

 不安定なテオを待たせたことに少なからず真澄は罪悪感を抱いていた。それが出会い頭の「待たせてごめん」の一言に表れたわけである。

 だがしかし。

 真澄の内心などどこ吹く風、正直すぎるテオの返しで申し訳なさは一瞬で吹っ飛んだ。

「遅い」

 ぴき。

 真澄の額に青筋が浮かぶ。

「私にも仕事があるんです、そう怒らないでください。殿下の相手だけしてればいいわけじゃないんですよ」

 部屋に着くなり九歳から文句を言われ、二十八歳の真澄はまたしても大人気ない言葉を返した。

 最大限努力して今の時間である。

 本来はもっと遅く、夜に差し掛かってもおかしくはない状態だったのだ。このくそ暑い中をわざわざ走ってきて、ありがとうと言われこそすれ罵られる謂れはない。

 そんな真澄の歯に衣着せぬ物言いを歯向かったと捉えたのか、テオがあからさまにむっとした。

「わたしは王位継承権第二位なんだぞ」

 なんと小癪な。

 降って沸いた忙しさと暑さのせいで沸点が低くなっている真澄は、全面的に迎え撃つことを今この瞬間に決めた。そうとなれば、黙っていられるはずもない。手加減などなしだ。

「私は第四騎士団総司令官の専属楽士ですけど」

「父上ならまだ、……え?」

「ん? 昨日ヒンティ騎士長から紹介ありましたよね」

 相手の言いたいことを理解しながらも、あえてはぐらかしてやる。尚、大人気ないのは充分承知している。

 出端を挫かれたテオが、それでも気を取り直して小さな胸を張ってみせた。

「そうじゃない。マスミはわたしの言うことをきかなきゃ駄目なんだ」

「お断りします」

「だから今日は、……え?」

「ん? なにをそんなに驚いてるんですか」

 大事なことなのでもう一回繰り返す。無論、大人気ないのは以下略。

「私に命令できるのはアークレスターヴ様だけですよ。第四騎士団総司令官なんだから」

「でも、わたしの方が偉い。アークに継承権はない」

「王位継承権に関してはテオドアーシュ殿下の方が偉いかもしれませんが、それと私に対する命令権があるかどうかは別の話です」

「……じゃあどうしてここに来たんだ」

「仕事ですから」

 ばっさり切って捨てる。

 分かってはいたが、テオが考え込むように目を伏せた。まるで間合いを量るようだ。それを見ながら真澄はヴァイオリンケースをソファの上に置き、昨夜と同じ位置に腰かけた。

 既に準備されていた午後のおやつに手を伸ばしながら、真澄は突っ立ったままのテオに声をかける。

「いいですか、殿下。ここで私が『殿下のことが心配で夜も眠れずこのとおり馳せ参じました』なんて言ったら、本当かよお前って思うでしょう? 初対面でなに言ってるんだこいつって。我ながら胡散臭いと思いますよ。大体ね、会っていきなり都合のいいこと言う奴は信用しちゃいけません。さらわれた挙句に売り飛ばされますよ、殿下は良い金づるですから。身代金、幾らになるかな……人生三回くらい遊んで暮らせるくらいにはなりそう」

 舐めるようにテオを上から下まで見つめてみる。

 身の危険を感じたか、テオが後ずさった。うむ、正しい反応である。

 この際だ、ついでにもう一押ししておくことにする。

「人を見たら泥棒と思った方がいいですよ。あ、これ私の母国の諺なんですけど。私のことは、……まあ信用しない一択でしょうね。でも心配ご無用。私はこのとおり貧弱ですし、なにかしようとしても外にいるヒンティ騎士長に取り押さえられるでしょうから。あの人は仕事できますよ、ええ、はい」

「……お前、なんなんだ?」

「私は第四騎士団総司令官の専属楽士ですけど」

「そうじゃない。仕事って言ったじゃないか。なのに信用するなとか、じゃあなにしに来たんだ」

「殿下の茶飲み話相手ですかね」

 あながち嘘でもない。

 白磁でできた丸いティーポットに手を伸ばし、真澄はカップに注ぐ。ドライフルーツが練り込まれたパウンドケーキを頬張りつつ、ナッツがふんだんに盛られた別の一切れをテオの前に差し出してやる。

 受け取るのを一瞬テオがためらったので、「こっちがいいですか?」と真澄の食い差しをあてがってやると、ものすごく嫌そうな顔で最初のナッツケーキを取られた。


 態度が実に生意気である。

 この負けん気の強さ、これは将来有望だ。


 ケーキをもぐもぐやりながら真澄が横目で観察していると、テオが向かいのソファに座った。昨夜と同じ位置関係である。まるで昨日をなぞるように、テオは金糸銀糸で刺繍がされた高価そうなクッションを抱きしめて、真澄を見つめてきた。

 その青い視線。

 口と態度はいきがっているのだが、探るような目は揺れている。

「……嘘だ」

「は? なにがです?」

「本当はわたしの魔力を回復するために、ここに来たんだろう」

 声は頑なだった。

 真澄はお代わりの茶を注ぎながら、テオを見た。小首を傾げ、続きを促す。青い瞳は伏せられて、クッションを抱くテオの爪は白くなった。

 だが言葉は続かなかった。

 二杯、三杯、四杯目。ティーポットが空になるまで待ってみたが、駄目だった。

 今日はこれ以上待っても無意味だろう。そう結論付けて、真澄は口を開いた。

「……できないことはやりませんよ。無駄は嫌いですから」

 赤いジャムのマーブル模様ケーキを手に取り、それを二つに割りながら真澄は言った。

「正直な話、私が本気出せば殿下の回復なんて朝飯前です。腐ってもアークの――第四騎士団総司令官の専属ですしね」

「ほらやっぱり」

「人の話は最後まで聞きましょう。誰が殿下の魔力を回復するなんて言いました?」

「でもお前は楽士なんだろう。仕事、……」

「楽士ですけど、私はアークの楽士ですから、その回復に責任を持たねばならないのはあの人だけです。正直殿下がどうなろうと知ったことではありません」

 テオが絶句した。

 だがこれが真澄の偽らざる本心である。再三再四繰り返して、大人気ないのは百も承知だ。だが対等に話をするためには、避けては通れない大切なことでもある。


 自分が心を閉ざすのに、相手に本音を求めてはいけない。


 信頼関係というものは些細な積み重ねをもとに築いていくものだ。配慮はしても、偽りはご法度である。いつかそうではなかったと真実が知れた時、些細であってもそれは人を傷つける。

 かつて自分が痛かったから分かることだ。

「確かに私はヒンティ騎士長に『殿下にお会いしてほしい』と頼まれました。でもそれだけです」

「それだけ、って……」

「最終的に引き受けたので便宜上仕事と呼んでますけど、回復云々については私が最初に『どうせ無理だ』って断りましたから。言っておきますが私の腕がへっぽこだからじゃないですよ。殿下がどっかポンコツなんでしょう」

「なっ、わたしが悪いというのか!?」

「だってそうじゃなきゃ宮廷楽士が全滅なんて説明つかないもの。あの人たちもあれはあれで頑張ってるんですよ」

「……わたしが言うのもなんだが、お前、なんでそんなに偉そう……というか、他人事なんだ……? お前も宮廷楽士じゃないか」

「私が外国人だからですかね?」

「なんで疑問形……」

「この国に親しい人間は一人もいないので。アルバリークで義理のある相手なんて、強いて挙げればアークくらいしかいません。あ、カスミちゃんもカウントしていいかな」

 真澄は親指を折り、人差し指を折った。

 路頭に迷いかけたところを面倒見てくれた二人だ。余計なオプションはついて回ったが、感謝するべき相手だろう。

 だが。


「私自身はアルバリークという国そのものにはなんの感慨もありません。むしろ来たくて来たわけでもなかった」


 もっというなら、本当は楽士でさえない。

 自分は一度、失格の烙印を押されている。だからその称号は自分にはふさわしくない。そう呼ばれるたびにあの日の眩しい舞台が脳裏をよぎり、「自分はなにものにもなれなかった」という事実だけが圧し掛かってくる。


 今さらどうしていいかなど分からない。


 本当に豊かな音は、自分にはきっと奏でられないのだ。

 今は卓越した演奏技術が物珍しくても、いつかアークも気付くだろう。真澄の音が空っぽで、感情のない演奏だということに。その日が来たとき、真澄はアークの傍にいられなくなる。

 心を求められると辛いから。

 どんな音なら受け入れられるのか、自分にはもう、分からないから。


*     *     *     *


「……嫌なのか?」

 消え入るような声でテオが言った。

 どんなに生意気でも、まだ九歳。生まれ育った国を「どうでもいい」と言われたら、やはり思うところはあるのだろう。ゆくゆくは国を導いていく立場でさえある。母国を愛してほしいと願う気持ちは分かる。

 物思いを切り上げて、真澄はふ、と頬を緩めた。

「いいえ。嫌ではありませんよ」

「でも、来たくなかったって」

「少し違います。来るとは思っていなかった、という方がより正しいですね」

「帰りたいのか?」

「……どうでしょうね。そう言われてみるとどこでも大差ないかもしれません。私には大事な人がいませんから」

「一人なのか?」

「はい」

「父上は?」

「遠くに行きました」

「じゃあ母上は」

「私が若い頃に死にました」

「弟や妹はいないのか」

「きょうだいというものには恵まれませんでしたね」

 そこでテオが押し黙った。

 友人知人という枠が出てこない、これがすなわちテオの世界なのだろう。どうせ訊かれたところで「いない」という答えは変わらないのだが。


 ヴァイオリンの繋がりは国際コンクールの終わりと共に断ち切った。

 失格の烙印を押されて尚、なにごともなかったかのように付き合い続けるのは互いに辛すぎた。

 かといって、普通の友人もいなかった。

 学生時代のほぼ全てをヴァイオリンに注ぎ込んだから、誰かと遊びに行くようなことがなかった。社会人になってから人付き合いを覚えたが、それもドロップアウトするまでの短い期間のことだった。身体を壊し、同僚に迷惑をかけ、逃げるように退職した状態で、変わらず付き合っていけるほど厚顔ではなかった。


 そして真澄には誰も残らなかった。


 誰かを責めるつもりは毛頭ない。そういう生き方を選んできたのは自分だから、仕方ないのだ。

 テオが、それまで握ったままだったナッツケーキをかじる。

 小さな手に大きな一切れ。彼がゆっくりと一つを食べ終わるまでに、真澄は三切れを腹に収めた。そしてテオのカップにお代わりを注いでやろうと真澄が手を伸ばすと、若く青い瞳が真澄を捉えた。

「ねえ、マスミ」

 真澄は驚いた。年相応の幼さのまま呼ばれたことに。

 思わず眉が上がる。これまでの威勢の良さから一転、どういう風の吹き回しだろう。返事の代わりに真澄が小首を傾げると、テオは視線を手元に落としたまま続けた。

「アークは」

「アーク? と、いいますと?」

「……大事じゃないのか」

 遠慮がちな問いだった。


 そこまで意を決して訊かれるようなことか。


 実に不思議だ。どうやらテオは、アークに対して随分と思い入れがあるらしい。一体どんな繋がりなのかと訝りつつも、真澄はこれもまた正直に答えた。

「ただの雇い主なので、特にこれといって深い思い入れはありませんね」

 ついうっかり深い関係――主に身体の――にはなったが、だから特別かといわれると決してそうではない。

 惚れた腫れたの類でもなし、将来を約束したわけでもなし。

 単なる雇用関係、いわゆる甲と乙の間柄である。相手を大事に思うかどうかの観点は、そもそも入る余地がない。

 ところがテオの追求はそこで終わらなかった。

「専属なのに?」

「専属ってのはただの雇用形態なので、それについてどうこうは思いませんよ。アークに対して恩は感じてますし義理もありますけど」

「……」

「納得いきませんか?」

 こくり。

 細い首が上下した。素直なしぐさは年相応で可愛らしい。肩肘張った言葉遣いや板についていない偉そうな態度より、よほど人の心を掴む。

 素直さに免じて、真澄はもう少し丁寧に説明することにした。

「もちろん、アークのことは尊敬していますよ」

 クッションに落ちていた青い視線が再び上がり、真澄を捉えた。

「周りから厳しい目で見られていることは知っています。第四騎士団への風当たりも強い。それなのに強引で雑で駆け引きなんてできなくて、いつでも真っ向勝負しかできない直情型の、まあ敵を作るのがうまい男ですよね」

 テオの眉間にしわが寄る。

 これは疑われている顔だろう。確かに尊敬しているといった同じ口で、雑だとか敵を作るとか言えば、まあけなしているようにしか聞こえない。それは真澄も充分理解している。

 けれど、ちゃんと続く言葉があるのだ。

「それでも私はあの人のことを尊敬しているんです」

「……どうして?」

「強いあの人が、泣くほどこの国を愛しているから」

 つぶらな青い瞳が、こぼれんばかりに大きくなった。

 にわかに信じがたい。

 分かりやすく戸惑いを見せるテオに、真澄は続けた。

「大人になったら辛いことや悔しいこと、痛いことくらいじゃ涙は出ません」

「なんで……」

「自分が我慢すればいいだけだからです」

 ヴェストーファの夜が目蓋に蘇る。


 アークは泣いた。

 騎士として立ちながら、守るこの手は一度きりであっていいはずがない、と。


 誰が報いてくれるわけでもない。

 百も承知で、それでも生涯を懸けて他人のために在ろうとするその生き方は、馬鹿正直で愚直で融通が利かなくて、でも美しかった。


「私は、あの人が私と出逢うまでどんな風に生きてきたかを知りません。

 でもあの人は自分を曲げることが大嫌いだから、これまでも誰とどれだけぶつかろうとも筋を通してきたでしょうし、これからも騎士としての誓いを一生守り続けるのでしょう。頑なに。

 私には、――できなかった生き方です」

 あの日の宣誓が忘れられない。

 祝別とはまさにその誓いに殉じることを認めるものだ。あちらとこちらの境界は明確で、抱く信念が強いからこそ涙に変わる。その一途な愛が、ただ眩しかった。



 テオのまつ毛が揺れる。

 二度、三度と繰り返されるまばたきは、幼いなりに真澄の真意を読み取ろうとしているようだった。


*     *     *     *


「マスミもいなくなるのか」

 絞り出されたテオの声は沈んでいた。

 すぐには答えを出せずに、真澄は上等なソファに深く座り直した。そのまま背もたれに身体を預けて天井を仰ぎ見る。無数の光球がふわりふわりと漂っていて幻想的だ。

 しばし真澄は口を噤む。

 そのままゆっくりと横に倒れて、真澄は四肢を投げ出した。

 額に手を当てる。目線だけをテオに投げると、沈黙をどう受け取ったのか、テオが続けた。

「どうしたらいなくならない」

「……私がいなくなることは、殿下の中で決まりですか?」

 真意を確かめようと問うてみるが、返事はなかった。

 代わりに次の質問がきた。

「マスミはアルバリークが嫌いなのか」

 なんという直球。

 某騎士団総司令官の、アークなんたらとかいう男にそっくりだ。感心しながらも、真澄は正直に答えてやる。

「嫌いと思えるほど長く暮らしていません。逆もまたしかり、ですけどね」

「どうしたら好きになる」

「え?」

「わたしは国に暮らす民に責任を持たねばならないのだ。そういう立場だとずっと教えられてきた」

 民がいてこその国であって、そんな彼らにはこの国で生きることが幸いであってほしい。だから、アルバリークという国を好いてほしい。幼き為政者はそう言った。

 どこまで理解して口にしているのかは分からない。

 まだ九歳、受け売りの部分はあるだろう。

 だが一目で青いと分かる理想を、一体何人がためらいなく言えるだろう。きっと世間知らずなその心は、同時に白く純粋だ。そんなところもアークに似ている。

「だからわたしは、マスミにアルバリークを好きになってほしい」

「殿下のお考えは素晴らしいと思いますけど、人の心配よりまず自分のことをどうにかすべきですね」

 おもむろに真澄は身体を起こしてテオに向き直った。

 クッションを抱きしめるテオの腕に、身構えるように力が篭もる。

「なにが理由かはあえて訊きません。でもご飯もろくに食べられないような殿下に国を守れるとは思いませんし、そんな危なっかしい指導者のいるアルバリークを好きになるのはごめんです」

「わたしが食事をとればいいのか」

「それは最低条件ですね。好きになれというなら、アルバリークの良いところを見せてください」

「いいところ……」

「殿下が好きだと思うアルバリークのなにかを。あるでしょう?」

 さて、なにが飛び出してくるだろうか。興味津々で真澄はふっかけた。


 話の行きがかり上、幼く純粋な正義感につけこんだ態となったがこの際目をつぶる。

 手段など選んでいられない。大人は汚いのだ、内心で言い切っていっそ清々しく開き直る。


 俯きがちに考え込んでいたテオが、ややあって面を上げた。

「星祭りに行くぞ」

 固い決心の表れに、テオの声は上ずっていた。

「星祭り? って、街中で今やってるあれ、ですか?」

「そうだ」

「へえー、意外。殿下もそういう俗っぽい場所にお出ましになるんですねえ」

「俗っぽ……アルバリークの誇る四大祭事の一つだぞ。わたしたち王族が最初に祈りを捧げなければ始まらない、大切な祭りだ。マスミは外国人だから知らないだけで」

 わたしだって真面目に勤めを果たしているのだ、とテオが胸を張った。


 彼の言をよくよく聞けば、ただの夏祭りかと思いきや季節の盛りを祝う重要な行事らしい。アルバリークでは四季に一度必ず大々的な祭事が行われ、夏がその星祭りなのだという。

 あの人たち、ビアガーデンにでも行くような軽さだったけど。

 思わず昨夜の騎士たちのノリを思い出す。目の前で熱弁をふるうテオとの差が著しいが、殿上人と下々ではまあ役割が違うので、捉え方に差があっても致し方ない。

 いずれにせよ、面白そうだ。

 既にぬるくなったカップの中身を飲み干して、真澄は笑った。

「いいですよ。星祭り、まだ行ったことないですし」

「よし言ったな。じゃあ、」

「最終日に行きましょう。それまで殿下が毎日、三食しっかり食べるのが条件です」

 今から行こうと言い出しそうだったテオが、ぐ、と黙り込んだ。

 こういうものはさっさと畳みかけた方が勝ちである。

「夜もまだ暑いんだから、体力無くて途中で倒れられると面倒なんですよ。もしもそうなったら置いて帰りますからね」

「……どうせろくに道も知らないくせに、偉そうな」

 小さな口が生意気に尖った。


 かっちーん。


 大人気ないスイッチがまたしても入り、真澄は満面の笑みを顔に貼り付けた。この九歳、なんか知らんがアークにそっくりすぎて腹が立つ。

「そういう台詞は五体満足で私の案内を終えてから言ってほしいですねー?」

「三日もあるじゃないか、充分だ」

 鼻息荒く宣言したテオは、目の前に置かれていたジャムケーキをむんずと掴んだ。それから三十分と経たずに、テーブルの上のおやつは綺麗さっぱりなくなった。

 そして真澄は今日もヴァイオリンを弾くことなく、三日後に向けてああでもないこうでもないとテオと言い争った。日が暮れるまでそれは続いて、夜勤組の回復に遅刻しそうになったのは余談である。


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