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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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50.楽士というもの・7

「今度は一体何を始めるつもりだ」

 真澄の仕事部屋に入るなり、開口一番カスミレアズが言った。

 その表情は困惑に満ちている。

 後進のそんな態度さえニヤニヤしながら眺めているセルジュとは正反対の堅さである。生真面目な第四近衛騎士長は隣で縮こまっているグレイスにちらと視線をやりながら、胃の痛そうな顔を真澄に向けてきた。

 グレイスに対して詰め寄らないあたり、主犯は真澄だと分かっているのだろう。


 一体どんな呼び出しをかけたのだろう。


 二人の絶妙な距離に、思わず真澄までにやにやが止まらなくなる。

 これじゃ興味本位のおっさん――セルジュと一緒である。だが楽しいから仕方がない。

 顔面が緩み切っているロクデナシ二人を前に、カスミレアズはつかつかと歩み寄ってくる。かっちりと着こまれているのは騎士服で、どうやら書類仕事か何かの内勤に勤しんでいたと見える。

 その格好を目にして、真澄は腕組みをした。

「ねえカスミちゃん、今って魔力満タン?」

「は?」

「大事なことなのよ、答えて」

「特に減ってはいないが」

 今日は訓練に顔を出していないから、と真面目な補足がつけられる。

「それ、ちょっと訓練場で空にしてきてくれない?」

「……は?」

 たっぷりの溜めと共に吐き出されたのは、至極真っ当な「は?」だった。

「手伝ってやろうか。その方が早く済む」

 真澄が「どう説明したもんか」と考えていると、横から援護射撃が飛んできた。

 絶妙だ。

 セルジュは笑顔だが、四の五の言わせない迫力を纏っている。

「お待ち下さいセルジュ様。何の話か私にはさっぱり」

「実戦形式の方が遠慮なくぶっ放せるだろう」

「いえあの、そういうことではなくてですね」

 絶対に頭の上がらない遥かな先輩、生ける伝説を前にカスミレアズは汗を拭う。

 そして彼は、「どういうことだ」とばかり真澄を見据えてきた。すごい目力で。

「説明してもらおう」

「うん、そうくるよね」

 へらりと笑って、真澄は事の次第をかいつまんで説明した。


 そして、説明の終わりと同時にカスミレアズの苦り切った顔である。


「どうしてそう次から次へと」

「ちょっ、異議あり!」

 怒涛の勢いで真澄が手を挙げると、カスミレアズが仰け反った。

「昨日も今日も私が悪いんじゃないわよ、喧嘩売ってきたのはあっちなんだから」

 ねえグレイス、と同意を求めると、彼女はものすごく必死に首を縦に振った。

 そんなビビらんでもとは思うが、「恐れ多い」と言っていた相手――カスミレアズが怒髪天の一歩手前とくれば、まあ致し方ないかもしれない。

 とにかく、魔力を空っぽにしなければならない理由は説明した。

 セルジュが「ほら行くぞ」と急かしたので、カスミレアズは素直に連行されていった。


 少しして、訓練場でやたらと派手な音が轟きはじめるのだった。

 訓練に勤しんでいた下っ端騎士たちは、さぞかし肝を潰したことだろう。


*     *     *     *


 未だ爆音冷めやらぬ中、ノックの音が高らかに響いた。

 部屋の端でグレイスと頭を突き合わせて楽譜を見ていた真澄は、初動が遅れた。四拍ほど遅れて顔を上げると、開け放した扉からおよそ半身だけを窺うようにしている騎士がいた。

 髪をオールバックに固めた、目付きの鋭い騎士だ。

「こちら、碧空の楽士殿の部屋で宜しいか」

「そうですが、何か御用ですか」

 立ち上がりながら真澄は応対のために扉へ向かう。入口まで辿り着くと、騎士の広い背中に隠れるようにしてもう一人の来訪者がいることに気付いた。

 今日の相手だ。

 今朝方に啖呵を切った相手、ともいう。

 おお、と思ってよくよく見れば、騎士の肩章は黒紫だった。紛うことなき宮廷騎士団の所属だ。

 その肩章には銀糸の縁取りがされていて、カスミレアズと同じである。

 わざわざ忙しいはずの近衛騎士長を引っ張り出してきたとは、どうやら相手は本気で勝ちを狙いにきたらしい。縄張り争いがすぐに決着しなかった件、相当根に持たれているようだ。

「私の楽士がご無理を申し上げたようで」

 隙の無い目付きながら、宮廷近衛騎士長の口調は穏やかだ。真澄は身体を開いて二人を「どうぞ」と室内へ招き入れた。

 ちょうど指南役たちが出払っているため、無人の応接に促す。

 お茶でも出すかと真澄が身を翻すと、グレイスが既に準備を整えてくれていた。なんて気の利く子だろう。お礼を言いながら真澄はお盆を受け取り、来客二人にとりあえずの茶を振る舞った。

「わざわざご足労頂きまして恐縮です。もう少しでこちらの神聖騎士も参りますから、それまでお待ちください」

「いえ」

 簡潔な返事に、座っていても堂々と胸を張る姿勢の良さ。


 自信に満ちた態度だな、というのが第一印象だった。


 いきなり突っかかられるかと思ったが違った。

 隣に座る楽士が小さく見えるくらいだ。もちろん体格差はあるのだが、それ以上に「朝の勢いはどこいった」と言いたくなるほど彼女は縮こまっている。

 真澄が内心で首を捻っていると、ゆっくりと部屋を見渡していた近衛騎士長がグレイスに目を留めた。

「これはこれは、ガウディの白百合殿――高嶺の花が何故ここに?」

「……ご無沙汰しております。碧空の楽士さまとお付き合いがございまして」

「ほう。魔術士団が怒りそうだ。せっかく必死であなたを囲っているのに、こうも簡単に逃げられてしまっては」

「契約を交わしているわけではございませんので」

 グレイスの表情が強張った。

「正論だ」

 ぽん、と近衛騎士長が膝を打つ。

「受けてくれるのなら、私だって申し込んだ」

「戯れはおやめください」

 毅然と遮ったグレイスだったが、その顔は青ざめていた。

 が、それ以上に顔色を失っていたのは近衛騎士長の隣に座る楽士だった。朝の勢いを考えれば絶対に噛みついてきそうな場面なのに、唇を噛みしめて押し黙るばかりである。


 因縁があるのかないのか分からない。


 宮廷近衛騎士長の年の頃は三十を過ぎたあたりだろうか。

 片や楽士の方はいっても真澄より明らかに年下であるから、二人の間にはそれなりに年の差がある。なんとも言えない距離感に突っ込むこともできず、真澄は黙ってカップに口を付けた。



 それから五分と経たず、カスミレアズは戻ってきた。

「お待たせしました……っと、ヒンティ騎士長?」

 呼ばれた宮廷近衛騎士長が目線を投げる。

「おや、エイセル騎士長」

「まさかあなたがお出ましになるとは……」

 カスミレアズはあからさまに面食らっている。

 すると、ヒンティと呼ばれた騎士長がくつくつと笑った。

「これのたってのお願いとあらば、きかねばなるまい。それを言うならエイセル騎士長の方が『まさか』だ」

「確かに専属ではありませんが……神聖騎士との指定を受けましたゆえ」

「それもそうだな」

 近衛騎士長たちは存外に穏やかな会話をしている。

 トップ同士とは違い、一触即発にならなくて良かった。胸を撫で下ろしつつ真澄は彼らに向き直った。

「じゃあ始めましょうか。魔珠、出してもらえます?」

 真澄の指示に、二人の近衛騎士長が素直に従う。

 宙に浮かんだ二つの珠は、中身は空っぽだが輪郭は美しい白金に煌めいていた。


 本物だ。

 彼らが紛うことなき神聖騎士である、という証左である。


 綺麗な光に思わず真澄の目は細められた。

「うん、二人ともしっかり空ね」

 ヒンティ騎士長はここに来る前に空にしてきたらしい。

 物分かりが良すぎる。

 本当にあの宮廷騎士団所属とは俄かに信じられないが、そこは本題ではない。真澄は抱いた感想を飲み込みつつ、そういえばまだ名前も知らない次席楽士に顔を向ける。

「それじゃ、もう一度ルールの確認しましょうか」

「早くしなさいよ」

「はいはい。今から互いに選んだ曲を交換して、三十分だけ練習。その後に先攻後攻に分かれて、二人の近衛騎士長に対して曲を弾く。二曲合わせて多く回復出来た方が勝ち、ということでオーケー?」

「……二人同時にやるの? 自分の騎士だけでいいじゃない」

「それだと専属補正かかって不公平でしょうが」

 真澄は腰に手を当て半目になる。

「まさか補正前提で勝負しようとかそんな姑息なこと考えてないわよね? まさか宮廷騎士団の次席楽士様が、まさかそんなこと、ねえ? 真っ当な楽士だっていう自信があるなら当然受けられる条件でしょ。むしろこれでもまだ私に不利なんだから」

 煽りに煽る。

 やるだけタダである。

 グレイスは「その手がありましたね」と目から鱗の顔をしているが、カスミレアズなんかは「おいやめろ」が顔に力いっぱい書いてある。意外だ、グレイスの方が肝が据わっているかもしれない。

 ヒンティ騎士長は余裕の表情で彼の専属を見守っている。

 語弊を恐れずにいえば勝ち負けは二の次、楽士がどんな反応をするかに主眼を置いているように見えた。そんな視線を知ってか知らずか、次席楽士はぐいと顎を上げた。

「……いいわ、その条件でやるわよ」

「そうこなくちゃね」

 真澄は笑った。


 自分が不利だと言いつつ、その実そうではなかったりする――音感には自信がある上に、実験の裏付けまでとってあるので、補正に頼る相手には正直負ける気がしない――のだが、まあそこはそれ。


 次席楽士が先攻、真澄が後攻となり、勝負の幕は切って落とされた。


*     *     *     *


 相手の選んだ曲は『月章旗げっしょうきよ永遠なれ』というアルバリーク国歌だった。


 すごくどこかで聞いたような名前である。


 そしてその記憶に違わず、軽快で明るいメロディラインという点までもが同じだった。

 真澄が知っているのは『星条旗よ永遠なれ』という曲で、アメリカのジョン=フィリップ=スーザが作曲した行進曲である。マーチ王という二つ名を欲しいままにしたスーザは、その名のとおり百曲以上ものマーチを世に生み出した。

 時代や国が違っても、というのはまあ分かる。

 だが世界さえ飛び越えて尚、人間というのは名付けのセンスやメロディに込める意図が似通うものなのだろうか。

 おそらく自分にしか理解はできないであろう難解な問いに、割と真剣に悩む。とりあえず、明るく勇猛な国歌を聴いて「アルバリークらしいなあ」と感想を抱く程度に、真澄はこの場所に馴染んでしまっていた。



 一方、真澄が選んだのはパガニーニの『24の奇想曲カプリース』である。

 超絶技巧という名のえげつない演奏技術で有名な、あのパガニーニだ。その技術があまりにもぶっ飛んでいたがゆえ、当時「悪魔と契約した」だの「悪魔に魂を売った」だの言われた御仁である。

 題名にあるとおり、この奇想曲は全部で24曲から成っている。


 その中から真澄が選んだのは最後の24番だ。


 イ短調の曲ながら、主題は大変に伸びやかで響きが美しい。

 これは変奏曲なので最後はイ長調になるのだが、途中に織り込まれているのはアルペジオ、オクターヴ奏法、高音と低音を交互に演奏――これは正確無比の運弓運指が求められる――があって、そして有名どころの左手ピッツィカートときて、駄目押しにかなりの高音での半音階変奏と、パガニーニらしさが目白押しとなっている。

 24曲の締めくくりにふさわしく、耳だけでなく目も楽しませてくれる曲だ。

 その最後は楽器が全身全霊で震える華やかな終わりである。


 パガニーニは自身も演奏家であったためか、超絶技巧ではあっても楽器に対して無理のある運指や鳴りづらい音は取っていない。

 情緒的にどう表現するか難しいというよりは、純粋な意味で技術的に難易度が高いので、練習を積めばある程度は到達できる曲だと真澄は思っている。


 初見でパガニーニとか嫌がらせか、とも考えた。


 が、相手の実力が分からない以上、手抜きはできないのである。

 真澄が負ければ第四騎士団そのものがそしられるわけで、それは絶対に避けねばならない事態だ。相手がどんな曲を持ってくるか分からないというのもあった。

 ちなみに楽譜はタブ譜に変換した。

 せめてもの配慮である。いきなり五線譜を叩きつけた挙句にパガニーニとなると、さすがに神経を疑われそうだったからだ。タブ譜変換を手伝ってくれたグレイスも言っていた。「なんですかこの修行……いえ、苦行のような曲は」と。

 事実、真澄は難なく弾きこなしたが、相手はさすがに粗が目立つ演奏となった。

 重音は単音に、アルペジオは不安定な音程、特に左手ピッツィカートは全滅だった。それでもたった三十分で最後までさらったのは、ある意味見事な根性ではあった。


*     *     *     *


 そして結果は出揃った。

 魔珠そのもので見比べることはできないので、紙に書き写すというローテクに頼ったのはご愛敬だ。

 六人で――いつの間に戻ってきたのか、ちゃっかりセルジュまで混じっていた――紙を見比べてみる。まるで全国模試の結果を確認するようなシュールさだ。

「……」

 六者六様に黙り込む。

 口火を切るのが誰か、互いに出方を窺うような気まずい空気が流れた。

 が、それも束の間、

「私の目には、マスミさまが多く回復しているように見えます」

 遠慮がちながらもはっきり言ったのはグレイスだった。

 意外と剛毅なのである。

 見た目が儚げなのでよくマウンティングされているが、実は折れない心を持っている。殴られても怯まない。ついでに「自分はこう思う」というのをはっきり言える芯の強さもあるのが彼女、グレイス=ガウディだ。

 真澄はこの数日でそういうもんだと理解した。

 ところが隣にいるカスミレアズがびっくりしている。「ちょ、それ言っちゃうの?」という顔でグレイスを見るのだが、逆に「なんで事実を言わないんですか?」と怪訝な顔返しをされている。


 二人の顔芸を見比べていると飽きない。


 普通に接する分にはグレイスの方が「恐れ多い」と言っているくせに、いざ顔を合わせてみればこんな感じだ。小さな子猫と優しい大型犬のような構図である。


 思わず相好を崩しそうになるが、今は厳正なる審査中だ。

 にやにやしそうになるのを真澄が気合で堪えていると、次に口を開いたのはセルジュだった。

「私もそう見えるが、まあ同じ陣営の言うことだ。そちらとしてはどうかな、ヒンティ騎士長」

 ごく自然な流れで相手に水を向ける。

 さすが年の功。

 ところがヒンティ騎士長は困ったように笑った。

「測定対象の私には発言権はないものと思料します」

「……右に同じです」

 なんと、カスミレアズまでもが乗っかる始末だ。

 それに対してグレイスが信じられないものを見るような目を向ける。カスミレアズは一瞬その視線を受けたが、すぐに目を逸らして文字通り見なかったことにしていた。


 駄目だ面白すぎる。


 行儀の悪い部下には片手アイアンクロー吊りで説教をかますあの近衛騎士長が、これだ。今すぐに第四騎士団の騎士たちを大声で呼んでやりたい、「良い見世物があるぞ」と。

 真澄の腹がよじれそうになって、だんだん勝負がどうでも良くなってきた。よくない傾向だ。

 口を開けば爆笑しそうな真澄を見かねてか、セルジュが進行を買って出てくれた。

「発言権は、そうだな。元神聖騎士としても妥当な判断だと思う」

 柔らかくくすんだ緑の瞳。

 それにまっすぐ見つめられながら丁寧に言われると、この人も確かに騎士なのだと思わされるからすごい。

「あなた自身はどう思われますか」

 セルジュの問いかけに、次席楽士は口を引き結んだ。

 視線が手元の紙に落ちる。穴が開くほど見ても、まあ結果は変わらないのだが。

「黙っていては分からないよ、シェリル。言ってごらん」

 予想外に可愛い名前がヒンティ騎士長の口から出てきて、今度は真澄がびっくりした。

「……私は負けてないわ」

 シェリルと呼ばれた次席楽士は、硬い声でそう言った。


 さて困った。

 騎士の三人組は、彼ら自身が結果に対して言及することを是としていない。

 ということは判定は楽士である真澄たち三人でやるしかないのだが、このまま多数決をとっても絶対に納得はされないだろう。なんせ真澄陣営の方が人数が多い。


「引き分けという選択肢はないのか」

 提案はカスミレアズからだった。

 そして真澄が応えるより早く――むしろ電光石火の勢いで、グレイスが言った。

「あり得ません」

 びしゃっ。

 音が聞こえそうなぐらいの断言だった。

「そ、そうか」

 一回で引き下がったのは懸命な判断と評したい。

 しかしこのままではいつまで経っても決まらない。真澄はとりあえず対案を出してみることにした。

「ねえカスミちゃん、もっと正確な魔力の測定ってできないの?」

「正確、というのは?」

「ここまできたら数値で厳密に分かるのが手っ取り早いんだけど」

「……そこまでするのか」

「そりゃ乗りかかった船ですし」

 気が進まない様子でカスミレアズが押し黙る。

 後を受けたのはセルジュだった。

「となると、魔術研究機関に頼むしかないな」

「セルジュ様! それは」

「お前が嫌なら代わりに私が行っても構わないぞ。括りで言えば神聖騎士だ、異存はあるまい」

「資格の問題ではありません。ヒンティ騎士長も反対では?」

 カスミレアズが最後の砦とばかりに彼の人に振った。

 ところがヒンティ騎士長は小首を傾げて、

「私は構わないよ」

 などと完全に背後から撃った格好である。

 うなだれるカスミレアズを横目に、真澄はセルジュに尋ねた。

「なんですかその魔術研究機関って」

「名前のとおり、魔術の一切に関して研究をしている機関だ。魔力の可視化に長けた職員がいるから、マスミ殿の言う数字で比較ができる」

「そういや前にアークがそんなこと言ってたな……」

 薄く記憶が蘇ってくる。

 あれは確か、ヴェストーファで魔珠に関するクイズ大会をやっていた時だったか。


 厳密に数値化された魔力は機微情報である。


 確かあの時、アークはそう言っていた。

 なるほど道理で。真澄はぽむ、と手を打った。

「機微情報だからカスミちゃんは反対ってことね。あれ、でもヒンティ騎士長はいいんですか」

「開示のされ方は選べるからね。最大値は伏せて、現時点での残量だけを見ることもできるから」

「え、じゃあなんの問題もないじゃん」

 純粋な感想がつい口から滑り出た。

 カスミレアズは観念したように深いため息を吐き、「分かった」と頷いた。

「但しアーク様の許可を頂くことが条件だ」

 これだけは絶対に譲れない。

 頑ななカスミレアズをそれ以上押し切ることはできず、真澄は首を捻りながらもその条件を飲むことにした。


 そして場は一旦解散となった。

 まずはアークに説明をしなければならないので、どうしても今すぐ出発はできない。


 一度職場に戻るといったヒンティ騎士長が、出ていく時にカスミレアズの肩をぽん、と叩いた。

「ありがとう。配慮、痛み入る」

 ヒンティ騎士長が苦笑している。

 カスミレアズは「いえ、……」と言葉少なに見送っていた。



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