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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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49.楽士というもの・6

 その一言で、部屋に一触即発の空気が張り詰めた。

 昨日の今日でこれだ。

 爽やかな朝をぶち壊しにされて思わず真澄はため息を吐く。それが相手の癇に障ったようで、さらに彼女のまなじりが吊り上がった。

「退出するつもりはない、ですって?」

 ぎり、と音が聞こえそうなほどその楽士は歯噛みする。

 彼女の取り巻きたちはそんな激昂を見たことがないのか、なだめようとするも口を挟めないようで、傍目に分かるほど狼狽えている。

「私を誰だと……宮廷騎士団の次席楽士である私の言うことがきけないっていうの!?」

 ヒステリックな金切声に、真澄は片目を眇める。

 感情の起伏が実に激しい。静かな声でグレイスを追い詰めていたレフテラとはまた違ったタイプだ。

 火に油を注ぎ続ければ、そのうち燃え尽きるだろうか。

 これも口に出せば「なんですって!?」と激昂されそうだが、とりあえず真澄は先ほど説明した内容をもう一度だけ繰り返した。

「特定の個人に割り当てられた練習部屋はないと伺っておりますが」

「楽士長がそうおっしゃったとでも?」

「いいえ。彼女から聞きました」

 真澄が手でグレイスを指し示すと、相手が鼻で笑った。

「誰の専属でもないガウディの言葉を信じるなんて、おめでたいこと」

 明らかな蔑みの視線をグレイスに向けて、激昂の楽士は吐き捨てた。


 朝っぱらからなにを揉めているのかというと、楽士棟の中に数ある練習部屋のどこを使うか。

 いわゆる縄張り争いである。


 昨晩の騎士団会食を切り抜けた、その翌日だ。

 よくもまあこれほど突っかかられるものだと感心さえする。他の騎士団はともかく、第四騎士団としてはどうも宮廷騎士団との折り合いが最高に悪いらしいというのは昨日再確認したので、目の前に対峙する相手から絡まれるのは遅かれ早かれ既定路線だったのかもしれないが。

 目の前の楽士は、宮廷騎士団の次席楽士と名乗った。

 つまり近衛騎士長の専属なのだろう。第四騎士団に当てはめればカスミレアズの専属に等しいということであり、それなりに実力は備わっているらしい。

 宮廷騎士団の考え方はきっと染みついているはずで、己がルールだと声高に叫んで譲らないのもある意味納得である。

 だからこそ、この部屋は自分の場所だと主張するわけだ。

 面倒くさいのに当たったなと辟易するが、さりとて言われたからといって退く義理はない。この部屋に最初に陣取ったのは真澄であり、一緒に部屋を使うことさえ提案したのに、それを相手は蹴ったのだ。交渉は既に決裂していて、さてどう対応したものかと思案しているところだ。

 真澄があれこれ考えていると、隣の気配が動いた。

 おや、と見れば、グレイスが気丈にも立ち上がっている。なにを言うつもりなのか、硬く握られた拳は小さく震えていた。

「私がどなたの専属でもないことは事実ですし、叱責を頂戴するのももっともでございます。楽士として至らないこの点についてはお詫び申し上げます。ですが、碧空の楽士様にそのようなお言葉は差し控えるべきかと存じます」

 全ての勇気を振り絞ったのか、語尾が震えている。

 宮廷次席楽士の目に剣呑な光が宿った。

「……いつからそんなに偉くなったの、ガウディ」

「私がどうということではなく、碧空の楽士様に敬意を払うべきと申し上げております」

「敬意を払う? 宮廷騎士団に専属を持つ私が、たかが第四騎士団の専属に? 冗談も休み休み言うのね」

「騎士団の序列はそうかもしれませんが、楽士としてはあくまでも首席が上位に」

 バシッ。

 手加減なしの殴打に、グレイスの言葉は遮られた。表情を消した宮廷次席楽士の手が宙に浮いている。

「それこそお前ごときに言われる筋じゃないのよ、この三流楽士が」

 ぞっとするほど低くなった声には、プライドを越えた怨念のような何かがこもっていた。

「家格にあぐらをかいて仕事を選り好みする楽士に発言権があると思って? いいわね、実家の後ろ盾がある楽士は能天気で。所詮ガウディ家が相手を見繕うまでの腰かけ仕官ですものね」

「違います、腰かけなどでは」

「へえ、そう? では破格に過ぎる専属の申し込みを断り続けるのはどうしてかしらね?」

「それは……」

 頬を打たれたグレイスは顔を背けたまま唇を噛みしめて黙り込んだ。

 彼女自身を槍玉にあげられると言い返せなくなるのは、兄のためにという限定的な想いが後ろめたさをかきたてるからだろうか。

 真澄にしてみれば結構な動機であって、褒められることはあっても貶められる謂れはないのだが、アルバリークでは違うらしい。

「お前みたいな半端者がいるから、いつまでたっても楽士が十把一絡げに軍属としての覚悟を疑われるのよ!」

 随分と体育会系なことを叫び、次席楽士はグレイスを睨みつけた。


 へえ。


 思わぬ展開に、真澄は目を瞠った。

 考え方が偏っている上に人の話を聞かずおまけにすぐ手を出すが、どうやら楽士が補給線であるということは理解しているらしい。それどころか、己の仕事に矜持さえ抱いていそうだ。

 レフテラとも違う第三勢力と評せばいいか。

 楽士の中にも派閥があるんだなあ、などと改めて認識すると、白熱する一方の相手とは異なり真澄には冷静さが戻ってくる。


 最初は単なる縄張り争いだったはずである。


 ところがいつの間にか当事者であったはずの真澄は置いてけぼりだ。一方で次席楽士はグレイスに詰め寄っているし、取り巻きはおろおろするばかりで、いよいよ収拾がつかなくなってきた。

 このまま放置すると、いつまでたっても埒が開かない。

 体育会系ならば、分かりやすく決着をつけるのが良かろう。そう考えて、真澄はヴァイオリンをケースに置いて立ち上がった。

「オーケー分かった。そこまで言うならどっちが上がはっきりさせましょうか」

「……のぞむところよ」

 それまでグレイスに噛みつきそうだった次席楽士が、ぐいと真澄に向き直った。

 血気盛んだ。楽士じゃなくて騎士になった方が良かったんじゃないのか、と素朴な疑問が浮かぶほどに。

「軍属としての価値を問うなら、やっぱりどれだけ回復ができるかが肝よね。それは第三者に判断してもらいましょう。目に見える形で」

 意図を読み取ったか、次席楽士は真正面から真澄の提案を受けた。


*     *     *     *


「さてと。啖呵切ったのはいいけど、誰に頼もっか」

 鼻息荒く退出していった一行を完全に見送ってから、真澄は肩を竦めた。


 勝負の条件は至極単純だ。

 互いに一人ずつ神聖騎士を連れてくる。判定員だ。騎士の中で魔力保有量が最も多いので、曲の途中でうっかり満タンになって差が分かりませんでした、とはならないだろうという意図である。

 そして互いにこれと決めた曲を互いに弾く。

 同じ相手に同じ曲を弾くのだから、どちらがより多く魔力を回復させられるかの実力勝負になるという寸法だ。


 単純ではあるが、結果は誰が見ても明らかになる、公明正大な勝負である。

 そして、二回やれば誤差も小さくなるだろうと見越している。


 しかしグレイスは浮かない顔をして不安を口に出した。

「どうするのですか、あちらの近衛騎士長殿がお出ましになられたら」

「ん? 別に構わないんじゃない? どうせ神聖騎士なんでしょ、勝負の条件は満たしてるし」

「それだとマスミさまに不利になります。かといってマスミさまの専属は総司令官殿ですから、神聖騎士ではないのでお願いできませんし……公平な勝負とはとても言えません」

「慣れた相手かどうかは大した話じゃないわよ。どうあれ実力以上の演奏はできないもんだし、音感なんて一朝一夕に身に付くわけでもなし」

 今さら足掻いたところで無駄足だ。

 そう真澄は諭したのだが、グレイスの顔はさらに曇った。

「専属契約はその点補正されますよ」

「は? まさか契約してたら回復量が倍率ドンとか? そりゃ困るなあ」

「専属契約の内容次第なので、なんとも……ただ、あのお二人はまだお若いので倍はないと思います。良くて二割から三割増しでしょうか」

「へーそうなの? 新発見」

 たった今判明した新事実を前に、真剣勝負が真澄の頭から束の間吹っ飛ぶ。

 真澄はヴァイオリンケースに仕舞いこんでいたメモ羊皮紙を引っ張り出し、自分の虎の巻に今しがたの情報を書き留めた。

 ふむ。

 顎に手をかけて、ヴェストーファでやった実験の数々を思い出す。

「だから皆あんなに専属にこだわったのか。なるほどなるほど、ふーん。補正されることが前提なら、厳しい音感判定ってのも頷けるわ。あれ、でも」

 魔術ってすげーなー。

 真澄にしてみればその程度の感想だったのだが、妙に引っかかる部分があり真澄はグレイスに顔を向けた。

「ねえグレイス」

「はい」

「専属契約ってさ、つまり回復量が増える補正って理解で合ってる?」

「ええと、はい。より厳密に言うと制約という縛りをかけて、それと引換えに補正を得るという古式魔術ですが、おおむねマスミさまの理解で間違いありません」

「やっぱりそんな感じよね」

 きっと、縛りがきつければきついほど見返りも大きくなるのだろう。

 古今東西どこにでもある話だ。

 しかし不可解なことがある。真澄はアークと専属契約を結んでいるはずなのだが、その回復量が有意に増えたという認識はまったくない。

 むしろカスミレアズや他の騎士たちと同じにしか見えなかったのだが、これいかに。

「ねえグレイス」

「はい」

「回復量の変わらない専属契約ってある?」

「それは……少なくとも私は聞いたことがありません」

 むしろそれは専属の目的を果たしていない。

 そう言って完全に怪訝な顔になったグレイスを見て、真澄は確信した。


 理由は良く分からないが、どうもアークとの専属契約には何かありそうだ。


 より正確に表すと話がこじれそうなネタ、ともいう。

 そういえば「対外的には絶対にアークの専属だと言い張れ」と念押しされた記憶が蘇る。余計なタイミングで余計なことに気付いてしまい、真澄の顔は微妙になる。

 だがしかし、触らぬ神に祟りなし。

 いずれにせよアークがいなければ問い質すこともできないので、現時点では自分の契約に関しては棚上げにするしかない。

 そして真澄はグレイスにお遣いを頼んだ。「とりあえず、カスミちゃん呼んできて」と。


 色々考えるともう面倒くさかったのだ。


 真澄の場合は第四騎士団の誰を選んでも結局補正はかからない。結局どの神聖騎士がいいかなんて分かるわけないんだから、じゃあとりあえず最上級を出しておけば間違いないだろうという安易な結論だ。

 とりあえずで気安く呼べる相手じゃない、とグレイスの腰はかなり引けていたが、そこはまったく取り合わなかった。



 さて、所変わってここは第四騎士団訓練場、その横にある真澄の仕事部屋である。

 指南役は全員揃っていないのでいつものお茶会は開催されていないが、それでも余裕のセルジュがソファに陣取っており、優雅な朝のひと時を楽しんでいる。

 聞けば、既に稽古をつけてきたらしい。

 主に真騎士相手に。

 かすり傷一つ負わず涼しい顔をしているこの人は、今日も鬼神のごとき強さで後輩たちを叱咤激励してきたのだろう。元気が良くて結構なことだ。

 きっと憔悴しきっているであろう若者たちを回復してやりたいのは山々なのだが、しかし残念なことに真澄は真澄で忙しい。

 昼からの勝負にどの曲を弾こうか。

 あれやこれや考えながら真澄がいろいろな楽譜を引っ張り出しているのを見て、セルジュが声を掛けてきた。

「また面白そうなことを企んでいるな?」

「ちょっとセルジュさま、『また』とはなんですか人聞きの悪い」

 語弊のありすぎる言われように、さすがに真澄も抗議する。

 が、セルジュはそれもどこ吹く風、完全ににやにやしていた。この御仁はどうやら器がかなりでかいらしいので、大抵の面倒事はもはや笑いごと、観察対象でしかないらしい。

「白黒はっきりつけることになっただけですよ」

「今日も宮廷騎士団からの因縁かな?」

「良く分かりますね」

「昔っからだ、今に始まった話じゃない」

 あっはは、と実に楽し気にセルジュが笑う。

「アークの態度が悪いから目を付けられるのはそうでしょうけど、そんなに前からですか?」

 第四騎士団は一体いつから札付き集団になったというのか。

 アークの前任は中継ぎ司令官が頑張っていたと聞くし、さらにその前任の総司令官はかなり前に第四騎士団の表舞台から姿を消していて、長く空位だったことくらいしか真澄は知らない。

 問われたセルジュは何かを思い出すように、宙に視線を投げた。


 やがてその目と頬がふと緩む。


「前の総司令官は、今の総司令官とそっくりだったよ」

 柔らかな物言いは、彼方の記憶をひどく懐かしんでいるようだ。

「当時の宮廷騎士団長と仲が悪いのも一緒」

 アデルハイド=アルバレアード=カノーヴァという名の元総司令官は、それはそれは血気盛んで、現総司令官であるアークよりもう三段飛ばしで瞬発力があったらしい。

 主に「キレる」という方面に。

 裏を返せば他の追随を許さないほど勇猛果敢だったそうだが、現役時代のアデルハイドを知っている者にしてみれば、アークなどまだ我慢強い部類だというから凄い。

「生まれの境遇なども良く似ているが、そうだな。唯一違うのはマスミ殿がいなかったことだ」

 だからあの人が膝を折ったとは言わないが。

 そんな断りを入れながらも、セルジュの目はどこか眩しそうに真澄を見ていた。

「つまり、破格の『熾火』だったから敬遠されていた、と?」

「いや。アデルハイド様は常識的な『熾火』だったよ」

「ではなぜ専属なしで? まさかそれも宮廷騎士団の嫌がらせの一環ですか?」

 そこから続く因縁だとしたら、今なお両団が犬猿の仲であることも頷ける。

 ところがセルジュはあっさりと首を振った。縦ではなく、横に。

「候補は一人いたんだが、専属になる前に殉職してしまったんだよ」

「……え」

「それっきり、どれだけ周りが説得しても、アデルハイド様は専属楽士を持とうとはしなかった」

「ですが、それだと仕事に支障があったのでは」

「無論そうならないよう任務の都度、単発契約の楽士がいたとも」

 セルジュの言葉に、真澄はそれ以上の「なぜ」を重ねられなかった。


 その行間に、ひとかたならぬ想いが滲んでいたからだ。


 楽士と騎士、あるいは魔術士。それはただの仕事の関係ではないのかと困惑する。

 たまたま男女が揃って長く付き合いを続けていれば、結果として公私ともにパートナーとなることもあるだろう。だがたった一人の影を追うような、そんな叙情的な関係が存在し得ることに真澄は戸惑いを隠せない。


 一体彼らは、楽士になにを見ているのだろう。


 考え込み口をつぐむ真澄に、セルジュは言った。

「専属を持ちたがらなかったアデルハイド様に常々説教していたのが、当時の宮廷騎士団長――アデルハイド様の兄君だった。思えばこれも今と同じだな。いずれにせよ、宮廷騎士団長から再三勧められた専属契約の全てをアデルハイド様は断ったから、私たちも専属は持たずじまいだったわけだ」

「……遠慮をした、ということですか」

「逆だな。むしろ『自分達にも、生涯を貫き通したいと想える相手がいたなら』と夢を見てしまっただけだ」

 ゆえに、旧第四騎士団を支え新第四騎士団の礎となった十人の神聖騎士は、軒並み独身のまま今に至る。

 拗らせた結果がこれだ、とセルジュはさもおかしそうに笑った。

「昔は楽士の数も多かった。だから予算の限りはともかく、専属がいなくても今ほど困窮はしなかった。心配というか、厚意を無視してそうやって好き勝手やっている第四騎士団の手綱を取ろうとしたのが、宮廷騎士団だった。手綱を取るというのはつまり、責任をも負うということだ。だから個人的な嫌がらせもある程度混じっているだろうが、一から十まで憎くて因縁をつけてくるわけじゃない。まあ立場的にどうあっても上から目線でこられるわけだから、アークレスターヴ様がうっとうしがる気持ちも分かるが」

 過去を知るセルジュの言葉を咀嚼しようとして、真澄は黙り込んだ。

 そこには一息では飲み込めない、大切な示唆がいくつも含まれていた。


 楽士とはなんなのだろう。


 音を奏でる以上のなにかがその存在意義に含まれているようで、けれど問えば二度と後戻りはできないような気がして、真澄は身動きが取れなかった。

 そんな真澄を、セルジュは穏やかな目でただ見つめてくるのだった。




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